明月ばかりと思うなよ 05

 閉め忘れたカーテンから射し込む朝日がいやに目に染みる。眩さに瞼を半分だけ開いて眺めた天井は見慣れたオンボロ寮のそれで。窓際の枝に止まっているのだろう、ちゅんちゅんと可愛らしい鳥のさえずりが聞こえてくる。
 ありふれた朝の光景だ、私と両隣で眠る二人が——素っ裸でさえなければ。

 思わず顔を手で覆う。これが例の賢者タイムってやつだろうか。控えめに言っても死にたい、誰か私を殺してくれ。なーにが明日の私でどうにかしろだ! 昨日の自分ぶっ殺すぞ!
 予想通りの頭痛はともかく、喉に腰に言いたくない所まで、ありとあらゆる場所の痛みと全身を覆う倦怠感はどういうことなの? 正解は3P決めたからです! 自問自答して私は白目を剥いた。
 そして追加される胃痛。ガンガン、ガラガラ、ズキズキ、キリキリ、痛みの四重奏。ついでにメンタルもゴリゴリ削れてる、地獄か?
 さっきから私のちょっとした動作にすらベッドが嫌な音を立てている。三人で寝ているだけでもアレなのに、昨夜の過重労働を考えるとまた買い換える羽目になるかもしれない。

 ……そう、大変残念なことに私は覚えている。二日酔い確実な勢いで酒を食らう前から、ベッドの上で繰り広げられた大運動会まで、ぜーんぶ記憶に残っているのである。クソッ、なんで私は酔うと全部飛ぶタイプじゃなかったんだ!
 何年も好きだった人からフラれた当日に、同じく長い付き合いの親友達とワンナイトラブ決めるとかレディコミか? どっちかといえばAVだわ。だって昨日のできごとを言葉で表した場合、泥酔3P処女喪失中出しセックスだよ。ハハッ狂ってやがる!

 そりゃあね、エースとデュースのことは彼とは別枠で大好きだよ? だからってこんな簡単に体許すとか我ながらチョロすぎて涙出てくるわ。
 二人ともデロデロに甘やかしてくれたし、多少意地悪しつつも終始優しかったけどさ。それにしたって昨夜の私、行為自体には一切抵抗してねえんだよなあ……。唯一胸見られるのヤダって言ったのすら、すぐ絆されてやがる。
 せめて元々の好感度がマックスだった事と、酒の勢いに飲まれてたのと、傷心でヤケになっていたとか、そういう色んな要素が重なったからってことにしておこう。私の精神衛生のためにも、もう現時点で心折れそうだから。

 きっと二人はそんなに呑んでなかったから雰囲気に酔ってしまったんだろう。アルコール摂取するとムラムラするっていうし、そこにたまたまちょうどヤれそーな女がいた。こんなのよくある話。お酒に負けた、若気の至り、ただそれだけ。
 にしても酔った私、我ながらクッソ面倒くさい女なのによく二人あれを抱けたな……。普通あの場で乳さわんなとか空気読めないにも限度あるでしょ。スタイルだって平均的どころか、この世界の基準からするとめちゃくちゃ貧相だろうに。二人とも私よりべらぼう可愛い学外の女の子達にめちゃくちゃおモテになってるのを知ってる身としては相手させたのが申し訳なくなってくるんだけど。

 まあでもうっかり決めた女が私で良かったなとは思う。この状況って男が分からすればシャレにならないでしょ。特に二人みたいなエリート街道約束されたタイプはこれを理由に大半の女の子が関係を迫るだろうし……。でも私の場合わりと自業自得だし、親友である二人の輝かしい未来を邪魔する気なんてないからさ。
 お酒の怖さを知る為の勉強料にしてはあまりに高く付いたけど犬に噛まれたとでも思って忘れよう。勢いにしては甘すぎた雰囲気とか、好きだ大好きだなんて二人の言葉ごと、それにうっかり嬉しいとか返しちゃったの含めてなかったことにすべきだ。
 酔っ払いの発言は大げさになりがちだから半分で聞けっていうし、恋人じゃない男のベッドの中での睦言はムード作りの為であって信用すんなとどこかの偉い人も言ってたし、一回寝たぐらいで彼女面できるほど乙女じゃない。そもそも乙女は3Pとかしねえわ! うん……三人とかありえない、よね……。

 とりあえずこのままにはしておけない。どうすれば最適解に至れるか、頭の中で計画を立てながらおなかをさする。まずはこれだよなあ……。
 綺麗になったシーツや妙にさっぱりした体からして宣言通り後始末してくれたんだろうけど……さすがにここはどうしようもなかったか。そうだよな、私もここに洗浄魔法使われるとか普通に怖い。
 うーん、サムさんのとこにモーニングアフターピルって置いてるんだろうか。男子校だから、たぶんないよなあ。それに確かあれ先に産婦人科で診断受けないと貰えないはずだし、置いてたとしても買ってるところ見られたら困るしな。
 もう一つの品のことも考えると……やっぱりクルーウェル先生頼るしかないか。間違いなく死ぬほど叱られるだろうけれど、女性には優しい先生のことだから最終的には力になってくれることだろう。そうわかった上で彼の元へ行こうとしている事に、私もすっかりNRCに染まってるなあと密かに思った。
 そうと決まれば二人が起きる前にさっさと終わらせないと。避妊薬と二人に飲ませる忘却薬をゲットすべく起き上がろうとして、掛布の中にて左から伸びてきた腕がおなかに巻き付いたことでそれは失敗に終わった。
 きっとちょっと寝ぼけただけ。そう自分を励ましてはいるものの、さーっと血の気が引いていく。ぎぎぎと錆付いたブリキのオモチャみたく首だけを腕の主の方へと向ける。

「……おはよ」
「オ゛ア゛ッ」

 体ごと私の方へと向けたエース、その目はパッチリと開ききっている。驚きすぎたあまりルチウスのパチもんみたいな声が私の口から飛び出た。
 回されていた腕にぐっと体が引き寄せられる。それにより仰向けだった私は半強制に体もエースの方へと回転して、彼の腕の中にすっかり収まってしまった。
 そうしてぎゅうと抱きしめられてる状態なのだけれど、お互い素肌のせいでダイレクトにエースの体温が伝わってくる。それに昨晩の彼に縋り付いた時のことを思い出してまた奇声をあげそうになった。何とか耐えたけど今にもドッカーンしそう、止めて死んじゃう。

「え、エース、離して……」
「やだ」
「ヤダじゃねえんだよな〜〜!」
「エースお前だけズルイぞ」
「ヒョオ゛ァ゛?!」

 寝起きだからか、いつもより少し掠れた声がした瞬間エースから引き剥がされ、背後から抱きしめなおされる。それに自分でもどこから出てるの?って聞きたくなるような絶叫を吐き出していた。

「ひっこんでろよ、デュース。オレだってイチャイチャするって言ったじゃん」
「……そんなの忘れた」

 エースとのやりとりを塗り替えるかのよう、デュースはべったり密着してくる。その上、肩を甘噛みされて思わず身じろいだ。ほぼ耳元で吐息を漏らすの止めてくれ。私が耳弱いのは昨日のでわかったよね?!

「あっ」

 暴れたせいで、どろりと粘着質な何かが足の間を伝う。それに私は思わず声を上げていた。
 何かなんて本当は考えるまでもない。独特の感触にその意味を考えてしまい焦りが芽生える、早く何とかしなきゃいけないのに。
 だがそうしている間も溢れてくるそれに打開策の見えない現実を突きつけられ、なんとか保っていたはずの情緒がぐちゃぐちゃにかき乱される。気付けば涙目の私はおなかを押さえるようにして身を縮めていた。
 元凶の一人であり、今視界にいる彼を睨み付ける。だが、そんな私を見る赤い瞳は細められていて。えっ、それどういう感情?
 まったく理解できない状況に軽く恐怖を覚えていれば、デュースが耳の後ろに口付けて、そして囁く。

「僕達で朝飯作るから、それ食べたら話をしよう」

 そんなことやってる場合か?と本当は言いたかったが、デュースの有無を言わせぬ声色と、エースの意味ありげな表情に、私はなすすべもなくその提案に同意させられたのだった。

 二人の手によって朝食の用意やその片付けを終え、私達は談話室へと場所を変えていた。
 現在ソファに腰掛けているのだが、お誕生日席に私、左の長椅子にエース、右にデュースという配置である。ベッドと違って長椅子は三人掛けだから、また二人に挟まれるかと思っていた為すこしホッとした。そっちの体勢だとパトカーで連行される容疑者の気分だったことだろう。
 ベッドを出てからここに至るまで二人の態度はいつも通りで。あんまりにも和やかな雰囲気は、私の気が狂ってるのか?と疑問を感じるほどだった。ただし夢オチにするのは体中の痛みが許してくれない。
 なんで二人とも、そんな落ち着いてるの? それまで友達だった相手と3Pしちゃったんだよ? つい数時間前の話だっていうのに、こんな割り切れるものなの……?
 昨夜から食べてなかったせいでおなかがペコペコだった私は彼らの朝食をおかわりしながら、ひたすらそんな事を考えていた。 
 ……散々二人の鬼強メンタルに物申したが、あんな初体験の後でおかわりしてる時点で私もたいがい図太い性格なのである。そうじゃなきゃ、この悪童轟く魔境で四年も過ごせる訳がない。
 おかげで話合いに移る頃には私はこの一見平和な修羅場をさっさと済ませて、とにかく一刻も早く避妊薬を取りに行こうと考えられるまで立ち直っていた。

「いや、私としてはこれからも二人と親友でいたいなあ……って」
「別にオレはいーよ、恋人と兼任だったら」
「僕も恋人になったからと言ってマブを止めるつもりはないな」
「話が通じねえ」

 だが早速心折れそうだ。二人からトンデモ提案を持ちかけられた事といい、それに目眩を覚えながらもお気持ち表明したら、とんちんかんな返答を寄越された事といい。もしかして実は二人とも危ない薬かなんかキメてたりする?
 二人が持ちかけてきた提案だが『三人で交際しよう』という、とち狂ってるとしか思えないものだった。
 責任を取ろうとした結果で、そんな考えに至ったというなら今すぐ避妊薬取りに行かせてくれれば、それで解決する話だよ。貞操に関してはしれーっと無かったことにするから。だいたいさあ……。

「仮に付き合うとして、それで二人に何のメリットがあるの……」
「は?」「あ゛?」
「えっ……あ、あのどうしたの、二人とも顔怖いよ……」

 両方の口からドスの利いた声が漏れる。いったい何が二人の逆鱗に触れたのか。デュースは完全にヤンキーモード入ってるし、エースは表情抜け落ちてるし目のハイライトも消えた。
 この二人を同時に相手取る以上、それがただの虚勢だとしても強気な態度を崩してはいけないのだ。だが二人から感じる激しい怒りに気圧され、今の私は完全に萎縮していた。

「お前、オレ達にあれだけ言わせておいて、まだなーんにもわかってないのかよ」
「ニブいニブいとは常々思っていたけど、ここまで酷いとはな」

 いつものエースならばデュースの発言に「デュースに言われるなんてどんだけだよ」なんて茶化してくるのに。今のエースはただただ私へ冷めた表情を向けている。
 それにようやく彼らを本気で怒らせたのだと気付く。だがその理由もわからないまま謝るのはダメだ。その謝罪は自己満足であって、本当に反省したわけじゃないのだから。

「エースも僕も、お前が好きだから欲しいんだ」
「ハハッ、もしかして酔っ払いの戯れ言だと思った? ……ふざけんな」

 苦しげに絞り出したかのようなデュースの声とは対照的にエースは軽快に笑う。だがそれも一瞬のこと。最後に小さく呟いたエースは明らかに傷ついた顔をしていた。
 二人の本音に私は何も言えない。だってエースに言われた通りだったから。自信がなかったなんて言い訳にならない、どんな理由があろうと私は二人の言葉を蔑ろにしていたことには変わりないのだ。
 ふーっと大きく息を吐くエース。それからエースはデュースに視線を送って、それを受け取った彼が頷く。二人が寮長、副寮長の関係になった時から頻繁に見る動作だった。目だけで通じ合ってて凄いなと思うと同時に、自分じゃできないことに少し寂しさを覚えていたり……するっちゃするんだけど、ついでに私は寒気も感じていた。

「……こうなったらわかるまで言ってやる」
「えっ」
「もう酔いは醒めてるんだ、酒のせいにはできないぞ。
「あ、あの……お二人、さん?」

 何故ならば二人がアイコンタクトを取る時はだいたいロクでもないことを起こす前兆なのである。
 立ち上がった二人が私の両サイドを固める。結局、私はパトカーで連行される容疑者の気分を味わうことになるらしい。まずは僕からと立候補したデュースはとっても綺麗な……ヴィランらしい、あくどさマシマシの笑顔をしていて。

 ——こうして私は二人から思いの丈を約三時間にわたって綿々と語られる事となるのだった。

「……つまり、二人とも私が彼を好きになる前から、私のこと好きだった……って事であってますか……」
「そういうことだな!」

 いくら私が自信なさげに尋ねてるからってそんな元気いっぱいお返事しないで、デュースくん。
 結論から言えば、二人とも私のことが大好きだった。それも並大抵のものじゃない。めっちゃくちゃグラビティだった。なんで私気付かなかったの?ってレベル。
 隠していた二人が凄いのか、私がラノベ主人公ばりに鈍感スキルが高かったのか。それとも無意識のうちに。ともあれ私はただただ頭を抱える。

「ウッソやろ……」
「なら、もう一時間追加いっとく?」
「エース、そんなカラオケを延長するノリで激重感情語ろうとしないで」

 あれで終わりじゃないの? しかもこの様子的にまだ一時間以上あるね? ……藪蛇だから突っ込むのは止めておこう。
 平凡な女にイケメン二人が想いを寄せるとか少女漫画ムーブが我が身に起こってる現実を受け止めきれない。最終的にはAV展開になったけどな!
 それにしたってまだ単に女体に興味があったとか、誰でもいいから一発かましたかったとか言われた方が説得力ある。とか言ったら、またややこしい事になるのは目に見えるから絶対口には出さないけど。
 ただ重い重いとは称しているものの、それに引くこともなければ、嫌だとも思ってない。昨夜の二人が本当のことしか言っていなかったように、私も本音しか言ってないから。
 だからこそ自分が許せない。タイムマシンがあったなら迷わず、色恋沙汰に頭パッパラパーになった直後の私をしばきに行くことだろう。だって、私がやってたことってさあ……。

「……私ってば、よりにもよって自分に想いを寄せてくれてる人の前で、他の人のこと好き好きとか呑気に言ってたの? 問答無用のクソ野郎じゃん……無神経の擬人化かよ……」
「すっごいしんどかった」
「ホントごめん……というか、なんでこんな女、好きになっちゃったの……。むしろどうして嫌いにならなかったの……。二人ともマゾだったりする?」
「それでも嫌えないぐらい好きだったんだ」
「ジョーク完全スルーでマジレスしちゃうかあ、良心が痛い……」

 衝撃の事実に落ち込み、それ以上に二人への申し訳なさでいっぱいになる。
 だってさ、エースとか特に私と彼の仲取り持とうとしてくれたんだよ。そして何も知らなかった私はそれに全力で甘えていた訳で。考えれば考えるほど胃がキリキリする。これもう穴空いてない?
 そうこうしているうちに両方の手を二人に取られていた。おふざけはここまでか、いいかげん私は向き合わなきゃいけない。重ねられた二人の掌は微かに震えていた。

「悪いと思ってるなら責任取ってよ、。お前のこれからをオレ達にちょうだい」
「どうか僕達の気持ちを受け止めてくれ。僕達は絶対離したりしないから」

 張り詰めた声色に隠しきれない切望が滲む。そんなに私ごときを欲しがるなんて、どうかしてるよ。二人共にはきっともっとふさわしい人がいるんだから。
 本当に彼らのことを思うならここは心を鬼にして断るべきなんだろう。だって私は魔力が無くて、将来も輝かしくなく、彼らと同じだけの気持ちをまだ持っていない。一番自分の事を大切にしてくれた人達をずっと傷つけてきた酷い女なのだから。

「二人の想いにちゃんと返せるようになるまでしばらくかかると思うけど……どうか、これからも私とずっと一緒にいてください」

 けれど私は二人の手をしっかり握り返す。さっきも言った通り、私はどうしようもなく二人のことが大好きなのだ。
 だから友達でいたかった。だって恋は本来一対一でするものだから。二人と離れずに済むには友達じゃなければならないのだと思っていた。
 でもどんな形だろうと一緒にいられるなら何でも良い。その願いが叶う前提があった上で二人が恋人という形を望んでいるならそれでいいのだ。
 私の答えに破顔する二人。そんな嬉しそうな姿に私の唇も自然と緩む。……ああ、本当に酷い女だなあ。

 back