明月ばかりと思うなよ 04
『実は……好きな人ができたんだ!』
好きな子に頼られるというのは男にとって嬉しいものだけれど、その時ばかりはどうして別の奴に相談してくれなかったのかと、初めて彼女との間に築き上げてきた信頼を呪った。
湧き上がる怒りを腹の奥で噛み殺して、気の無いフリでやり過ごす。けれど自分と共に呼び出されたデュースはわかりやすく悲しみの表情を見せていた。
馬鹿正直な奴だからなあ、ただ思ってたよりも早くデュースは仮面を被った。オレの作り笑いと違って感情を完全に隠しきれていないそれは少し気を向ければ無理してるなと見て取れる。
でもは気付かない。デュースの精一杯の強がりも、目の前の男共に向けられてる想いにも。本来の意味とは微妙に違うが、恋は盲目とはよく言ったもんだ。
その男自体には毛ほども興味が無い。でも敵の情報は掴んでおきたかった、少しでも付けいる隙があるなら容赦なく奪ってやるつもりだったから。
から教えられた憎き恋敵はハッキリ言って冴えない男だった。成績は筆記も実技も丸っきり普通、とびきり顔が整っているわけでもなく、ユニーク魔法だってありきたり、家柄もごくごくありふれた一般家庭。なんでお前NRC入れたのってぐらい平凡な、見るからに一生日の目を浴びることはないタイプだ。だからその日まで認識すらしてなかった。
なんであんな奴に。そう思って彼女から聞いた恋のきっかけは本当に些細なことで。自分には到底理解できなかったし、それならオレでもいいじゃんと。どうしてオレじゃダメなんだよって。
一番最初に話しかけたのも、一番最初に仲良くなったのも、一番最初にお前を好きになったのだってオレじゃん。なのにデュースならまだしも、なんでそんなポッと出のヤツ選んじゃうんだよ。
だけどアイツのことを話す彼女は決して自分達に向けてくれなかった恋する女の子の顔をしていて。アイツと会話してる時のは今まで見てきたどんな女の子よりも綺麗だった。だから毒気を抜かれてしまって。
腹立たしいことにアイツもまたに想いを寄せてるのが見てわかったのも一因だろう。アイツのこと嫌いだし、許せないし、なんなら死んでしまえって思うよ。
でもあんなの顔を見ちゃったらそんなこと言えるはずもなかった。そうやってずっと幸せそうに笑っててほしいなって。
ヴィランなんてもんはどいつもこいつも強い女が好きだ。
だからオレ達と違って何も持ち合わせなくても、まっすぐ前を見て歩き続けようとする彼女の姿にはつい心を惹かれるもので。
その上は自分の事だけで精一杯のくせに、誰かのために手を伸ばしてやれる優しい奴だったから、オレやデュース以外にも想いを寄せる相手は少なからずいた。
一番傍にいたオレ達ですらダメだったのだから、もちろんその数多の自分へと向かう矢印には一切気付いてなかったけど。
そんな中、そいつらからしても自分達より遙かに劣る男に彼女が恋をしたとなれば面白いはずがない。妨害を試みる輩だって出てくる訳だ。
だからとあの男の恋路を邪魔しようとする奴を二人に悟られないように片付けて、煮えくりかえる腸を押し込んで上手くいくようにお膳立てして。
オレ何やってんだろうって自分でも思ったし、勘の良い奴とか、家族とか、しまいにはデュースにまで言われたんだよな。お前、それでいいのか?って。
良いわけないじゃん。何が嬉しくて好きな女の子と別の男の橋渡しなんてしなくちゃいけないんだよ。
でも、しょうがねーだろ。には笑っていてほしいんだよ。元の世界へ帰れないと知った時みたいに、こっちまで泣きたくなるぐらいボロボロ涙する彼女なんてもう見たくない。
本当はオレだって、オレの手でのこと幸せにしてやりたいよ。元の世界の未練なんて一切なくなるくらい、むしろこっちの世界に残ることになって良かったって思えるまで、ドロドロに甘やかして愛してやりたい。
だとしてもがアイツを選んだんだよ。自分じゃその相手になり得ないって思い知らされたの。だから、だから、仕方ねーじゃん。
オレ、自分がこんな健気な男だなんて知らなかった。知りたくもなかったよ。
放課後に告白してくる!とが言い出したあの時だって、なんとか今まで通り親友の仮面を保ってたけどさ。処刑台に立つのってこんな気分なのかなって考えてたの、はもちろん知らないしこれから知ることもねーんだよな。わかってたけどキッツいわ。
これまで邪魔してきた奴はあらかた締め終わってるし、デュースみたくの幸せの為に応援する側に回った奴もいたから心配いらないとは思うけど……万が一の妨害に備えてちょっとしたおまじないをかけて送り出してやった。
その後はじゃんけんでグリムの相手をデュースへ押しつけられたから、ただぼーっとベッドの上でスマホを弄ってた。どうせアイツのことを話す時みたいなハイテンションの報告が届くんだろうな、と。結果なんて考えるまでもない。だってムカつくことにアイツら両思いなんだから、でもだからこそが泣くことはないんだよなって。
その分また傷つくとわかりきっていたのにオレは律儀にの連絡を待っていたのだけれど、一向に匂わせるようなマジカメがアップされることもなければメッセージも送られてこない。
あーもしかしてずっと溜めてた分、告白の勢いでそのまま盛り上がったとか? 十分あり得るなあと、だったら邪魔をしてやろうとメッセージを打ち始めた時だ。専用の着信音が鳴って。
『フラれちゃった』
「……は?」
オレとデュースと、三人のグループへと投じられた言葉は到底信じられなかった。
フラれた? なんでそんなことになるんだよ。お前ら、どう見ても両思いだったじゃん。だからオレ感情ぐちゃぐちゃにされて吐きそうになりながら頑張ってやったのに、どうしてだよ。意味わかんねーよ。
予想とは違う方面に心をかき乱されながらも打ち込んだのは『お前今どこ?』だったんだから、我ながらなかなか優秀だと思う。
この時点でなんとなくだけど、がひどく傷ついてることをオレは予測してたんだろう。メッセージが送られてくるまでの間とか、その文面が簡潔すぎることに、そういったところに今の彼女には余裕がないことを無意識のうちに感じ取っていた。ここまで察しが良いのはきっと相手がだからなんだろうけど。
『オンボロ寮』とまたしてもシンプルな回答に財布を用意したちょうどその時、オレと同じ結論に至り、グリムの面倒を後輩達へと託したデュースが部屋へと戻ってきた。こいつの場合はオレみたく推理したんじゃなくて野生の勘だろうね、まあ気付くなら何でも良いけどさ。
そこからは二人急ぎで購買に駆け込んで。宴会に必要なものを値段も気にせずどんどんカゴへと詰め込んだ。
酒を買ったのは頑固な彼女のこと、酔わせでもしないと何があったか正直に話そうとしないと思ったからだ。ただフラれただけならあんなに傷つく訳がない。彼女の強さも弱さもオレは知ってる、だから否が応でもそう理解しざるをえない。
でも、できることなら、この予感は外れてほしいとも思ってた。
「、大丈夫か?!」
「うっわ、お前顔べっちょべちょじゃん」
「デュース、エース……」
だけど悪い予感ほどよく当たるもので。ドアの向こう側にいた彼女はあの時と同じ位、もしくはそれ以上に泣きじゃくっていた。
何とか取り繕ってはみたものの、その泣き顔を見た瞬間、ぶつん、と自分の中で何かが切れる音を聞いた。そうしてやっとオレは自分の行動が間違っていたことに気付いたのだ。
なーに良い子ぶってんだよ、オレ。お前ヴィランだろ。
に選ばれなかったからなんだってんだ、だったら最初から奪いにいけば良かったんだろうが。のためとか変に遠慮してその結果がこれだ。オレもデュースも、何よりが無駄に傷つけられただけじゃん。
だから優しい友達ごっこはここでおしまい、もうこれからはオレの好きにさせてもらうからな。
彼女に気付かれないようデュースに目配せ一つ。それだけでオレが言わんとしていたことをちゃんと理解したらしく、デュースは何も言わず小さく頷いた。さすが元副寮長様、お前を相棒に選んで正解だった。
まずは共謀して彼女を酔わせることに専念する。彼女はヤケになっていたのだろう、少し促しただけでどんどん飲み進めるのは好都合だった。飲めば飲むほど彼女の口は緩くなるから。
そうして聞き出した件の言葉にじりじりと苛立ちが胸に食い込むのを感じながら、何重にもオブラートに包んだ評価を下した。
こんな百年の恋も冷める発言をされてもなお、はまだあの男を嫌いきれていない。だからまだあまり強い悪態を吐くのは得策じゃないと。
それにオレよりもよっぽど沸点の低いデュースが我慢してるんだ。だったらオレが耐えない訳にはいかないじゃん。刻々と時を待つ。
ああそれにしてもムカつくな。出会った当初、自分も彼女へ似た暴言を吐いたことを棚に上げて唇を噛む。これは例えだけど成績が悪いとか、太ってるとか、そういう対処の方法があることならまだしも、よりにもよってそれを理由にしたのかよって。
魔力は訓練次第で増やせるといえ、ゼロからは生み出すことはできない。まあ本当は一つだけあるんだけど、今までのに実行するには酷な方法だった。今までは、な。
可愛げがないというのは、必要とあらば自分よりも上の相手でもぶつかっていく彼女の強さを羨んだ負け惜しみだろう。の場合、そうなるしかなかったのに。
つーかマジで見る目ない男だな。そりゃあコイツたまにドン引きするしかないような、とんでもねーこともやらかすけど……。そういう含めたって可愛いじゃん。精一杯虚勢張ってる姿とか、小さいなりに頑張って威嚇してるハリネズミっぽくてさ。
でもたぶん自身はそう思ってないんだろうな、あの言葉にそれだけ傷ついてるってことは。だったらオレ達の手でわからせてやるだけだ。
あの男が何を持って直前で尻込みしたのかなんて知ったこっちゃねーけど、つーかどうでもいい。ただ形だけでも礼は言ってやるよ。ありがとう、まんまとを逃がしてくれて! もう二度とお前には攫わせてやらねーよ。
「……エースかデュースを好きになれば良かったなあ」
彼女のその発言が口火になった。彼女が我に返る前にデュースが仕掛けて事を互いが望む方向へと運ぶ。
せいぜい身をもって思い知ればいい。欠けた恋を一夜で塗りつぶす、オレ達の想いのほどを。