蟻に砂糖を預けたら 02

「監督生、付き合ってくれ」
「悪いけど、私トレイ先輩が好きなの」

 それからも私は

「ペラペラペラペラ……というわけで君に交際を申し込みたい」
「すみません。自分はトレイ先輩が……好き、なので……貴方とはお付き合いできません」

 来る日も来る日も

「監督生好きだ!! 僕の彼女になっ」
「ごめんなさい。私は……その、トレイ先輩のことが……」
「アッ、ハイ」

 告白を断り続けて——

 たまにはこういうのもいいだろう?と珍しく出されたアイスティーのストローから口を離す。喉を冷たい感触は頭まで響かなかったようで、思考は冴えることなく、ぼんやりとしたまま。

「もういっそジェイド先輩辺りに偽装彼氏、頼んだ方がいいですかね……」

 最初の契約から早三月、もはや数え切れないほど開かれた先輩との試食会にて。今日の告白について軽く話したのち、最近ずっと悩んでいたことを私は口にする。
 トレイ先輩を巻き込んでから断りやすくなったとはいえ、告白はいっこうに減らない。ならばそろそろ作戦を切り替えて、彼氏ができましたアピールをする方が得策ではないかと。

「おいおい、どうしたんだ、急に」
「いいかげんトレイ先輩にご迷惑おかけするのが申し訳なくなってきたので……」
「俺が好きでやってるんだ、気にしないでくれ」

 そうは言っても先輩に何もメリットがない現状が心苦しい。それに最近、本当に。ふとよぎった考えを追い出すようにぶんぶんと頭を振る。勘違いしちゃいけない、ただ親切な先輩は困っている後輩を放っておけないだけなんだから。

「……ところで、どうしてジェイドを選んだか聞いてもかまわないか?」
「契約ということで割り切ってくれるだろう点と、アズール先輩より報復に利用される可能性が低そうなのと、マフィ……ヤバいって噂されてる人の女に手を出すような命知らずはいないかなって」
「そ、そうか。ただ俺としてはあんまり得策だとは思えないな。もし本当に付き合いたい相手ができた時に困るぞ」
「それは、別に……恋人作るつもりないんで」
「いつか元の世界に帰るつもりだからか?」

 だから無用な心配だと話を終わらせようとした私に珍しく先輩が切り込んでくる。それに自分でも表情が歪むのがわかった。
 正直あまり思い出したくない。でも先輩にはここまでお世話になっている以上、話さないのはさすがに不誠実な気がする。葛藤してしばらく、私の意志は後者へと傾いたが為に口を開いた。

「……元の世界で初めての彼氏に重くてつまらない女ってフられたんです。だからもう恋なんかしたくない」

 このことを知っているのはツイステッドワンダーランドではエースと先輩だけ。
 心情を共有できる相手が一人は欲しくて、前に同じく恋愛にうんざりしているエースには軽く事情を説明しておいたのだ。その時、彼は「お前そんなタイプには見えないけど」と驚いていたが、先輩も同意見らしい。レンズの奥の金色が丸くなっている。
 詳細についてエースは引きそうだと思って話してないが、先輩ならまあキャパ広そうだしな。少し迷いつつも私は全て白状することにした。

「好きってしょっちゅう言ったり、メールの文章長いのとか、お弁当作ってきたのが重いって。そのくせ、体を許さないのがつまんないんだと」
「……ん? それだけか?」
「え?」

 険しい表情から一点、先輩の様子はいかにも拍子抜けと言った様子。てっきりちょっとあの困ったような笑みを見せられると思っていた私も気勢をそがれてしまう。

「返信来てないのに一方的にメールを24時間延々と送り続けたり、スマホにいつでも相手の居場所が確認できるアプリを無断で入れたり、髪の毛混ぜたクッキー送ったりしたわけじゃないんだよな?」
「それは重いじゃなくて怖いでは?」

 続いて先輩が口にしたエピソードにただただ私はツッコミを入れる。ただ先輩が一息で言い切るその前に、なんかちょっと思い出しているような素振りを見せたことには触れないでおこう。深淵を覗きたくはない。
 眉を下げて先輩が笑う。私を見る先輩の目には覚悟していた拒否反応はなく、ひたすら温かい眼差しを向けてくる。

「そんなの全然重くないぞ。ただ、その男が単にヘリウムみたいに軽い男ってだけだ」
「ヘリウム……というより水素ですね、私と別れてすぐ別の彼女とくっついたので」
「……ああ、軽くてエッチで、シーとすぐ結合するってことか」

 驚いた。サイエンス部とはいえ、私の言葉遊びを即座に察してくれるとは。ただ生々しい表現に置き換えるのはどうかと思うけど、結合って。
 まあ先輩の出身地である薔薇の王国って言葉遊びが文化として根付いてるっぽいし、リドル先輩も謎解きとか好きそうだしな。日常的にこんな風にやりとりすることもあるのかもしれない。
 そのわりにはゴスマリの時は……いやあれはあれでユーモアがあるよ、うん。先輩はあれをネタにされるの本当に嫌らしいから言わないけど、私、実はあの歌、わりと好きなんだよなあ……。
 余計なことを考えていたのがバレたのか。軽くツンと額を指で小突かれる。頬杖を付きながら私を眺める先輩の目はどこまでも優しかった。

「普通の男から言わせてもらえば、むしろいじらしいだけさ。だから安心していいぞ」

 先輩の言う『普通』は正直当てにならない。先輩は全然普通じゃない。優しくてかっこよくて素敵で、私の想像してる普通の男とはかけ離れてる。でも先輩の言葉がぐるぐると頭の中を走り回る。
 自分としては普通に好意を示しただけだった。それを嫌がられて、自分の『好き』は好きな人にとって迷惑なのだと思い込んで。だから恋をするのが怖くて、面倒との言い分で遠ざけていた。けど。
 ……少なくとも先輩は私が好きになっても嫌じゃないのか。

「……ジェイド先輩に彼氏役を頼むのは止めときます」
「ああ、その方が良いな」
「なので、あの、またよろしくお願いします……」
「任せてくれ」

 即答してくれる先輩に思わず俯く。顔が熱くなっていくのを誤魔化すよう、残っていたアイスティーを口に含む。だが残念ながらすっかりぬるくなったそれでは、到底、頬の赤みを抑えることはできそうになかった。

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