蟻に砂糖を預けたら 01
「申し訳ありませんが、私トレイ先輩が好きなんです」
予想していた告白に私はすっかり慣れた断り文句を口にする。日本人の性というやつだろうか、いつもながら愛想笑いしてしまいそうな表情筋をグッと押さえて冷めた顔を意識する。
ちなみに好きの前には異性ではなく『人間として』の文字が入るのだけれど。でも嘘は言ってないし、このことについてトレイ先輩の許可は貰っているので問題ないだろう。
◇
あれは遡ること二週間前。お呼ばれしたハーツラビュルの談話室にて、私は親友であるエースとデュースに相談を持ちかけていた。
——告白断るのがクソ面倒くさい、いい断り文句はないか、と。
普通なら人間として最悪だしモテ自慢か?案件だが、ここはNRCである。俗世からとことん隔離された男子校、そして私は唯一の女。ついでに在学する生徒は自尊心クソ高見栄っぱりお坊ちゃんが殆どだ。
なので彼女持ちという特別なステータス欲しさに私に告っているだけであり、私のことが本気で好きなわけではない。だから面倒なのだ。プライドが傷つけられて躍起になるのか、手に入らないからこそ欲しくなるのか、フってもなかなか引かねえ。
グリムやマブのおかげで今のところ無事とはいえ、そのうち手に負えないぐらい面倒なことになるかもしれない。
そこで二人にアドバイスを求めたのだが、まず私の日本人特有な曖昧な態度が悪いというのを教えてもらい、それからフるにしたって明確な理由を定めるべきだと言われた。
よく知らない人からの告白はちょっと……じゃワンチャンある!と思わせてしまうのか。私としてはお前には一ミリも興味がないという意味で使ってたんだけどなあ。
ここは常套句だけど「好きな人がいる」がベストじゃないかと提案してくれたけれど、問題は人選だ。別に設定しなくても理由としては成立するが、やはりここをちゃんとしておいた方が信憑性が上がるだろう。
私の好みを知っているからか。まっさきに「デュースとかどうよ?」とエースが推薦して、デュースも「使ってくれてかまわないぞ!」と快く言ってくれたが断った。
彼は腕っ節こそ信頼できるが、何分私に告白してくるのは上級生が多い。ならば喧嘩を売られるとなると、知識量というアドバンテージから魔法で攻撃される可能性が高いのだ。
だから、理想としては好みからさほど外れておらず、ある程度付き合いがあって、恨みを買ってなくて、上級生の魔法に対抗できて、この提案を呑んでくれる人が良いと。自分でも無茶なのはわかってた、特に最後が難しすぎる。
交流のある各寮長達は私を何かと気に掛けてくれているので乗ってくれると思うけど……こんなことで迷惑かけたくないんだよなあ。
「三人とも、さっきから随分白熱してるみたいだな」
「あっ、トレイ先輩」
「そろそろ甘い物欲しくならないか? 差し入れにいちじくのタルト持ってきたぞ」
そう言って先輩は私達の前に切り分けたパイを置いていく。嬉しいなあ、大好物を前にこれまでの憂鬱な気持ちが晴れていく。デュースと私が目を輝かせる中、エースだけは微妙な表情で「あからさまなんだよな……」と呟きながらパイ生地にフォークを刺していた。
「そうだ、。クローバー先輩に頼んでみたらどうだ?」
「ちょっ! デュース、おまっ、」
「なにか悩み事か? 俺が力になれるなら手伝うぞ」
エースは何故か止めてきたけど、デュースのアシストに確かにと納得する。トレイ先輩から訊ねてくれたこともあり、私は例の話を説明し始めた。私から話を聞き終えた先輩は「そういうことなら任せてくれ」と快く了承してくれて。
そういった経緯により、私は「トレイ先輩が好き」という、告白を断るにおいて最高の名目を手に入れたのだ。
エースが「もうオレ知ーらね」と可哀想なものを見る目を向けてきたのはちょっと気になるものの、今のところ支障はないのでたいしたことではないんだろう。
◇
大抵の男は冒頭の返事で諦めてくれるのだが、今回の男はそうじゃないパターンだったらしい。話は終わったと踵を返す私に待ってくれ!と大きな声で引き留めてくる。
面倒だけれど、ここでおざなりにしたら後々もっと面倒な事になるのは目に見えていた。まあポムフィオーレ生だからどんな質問が飛んでこようとも比較的対応が楽なのもあり、改めて男に向き合う。
「彼のどこがいいんだ……!」
「自分の作ったお菓子が原因なら彼女がどんなに太っても受け入れるどころか喜びそうなところですね」
「クッ否定できない!」
わりと定番の質問で助かった。美容に特別気を遣うポム生にその寛容さは無理だろう。トレイ先輩に対する認識がちょっと酷いかもしれないが、実際喜びそうじゃんあの人……。
リドル先輩やラビュル生に対する態度を見てるとわかる。トレイ先輩は呼吸するように人を甘やかすし、気に入った相手を餌付けするのも大好きだよ。そしてマメで、依存されても受け入れそうだし、尽くすのが好きで、大体のワガママ許して、嫌われたりするのが怖くて怒れない。メンヘラ製造機のお手本かな?
自分の性格を考えるとわりとシャレにならないので、絶対にトレイ先輩を彼氏にはできないなと思う。そもそも誰とも付き合う気はないんだけど。というか、そもそも私なんぞトレイ先輩に相手にされないでしょ。
さっきまで散々な言いようしてみたけど、誰にでも優しすぎたりクッソモテるせいで不安になりそうぐらいしか欠点見当たらないし。彼氏としても旦那としても理想だなーと思う。
「では、そういうことなので」
ともあれ、これで話は終わったはず。頭を抱えている男に背を向ける。今度は引き留められることなく、私はその場を立ち去った。
◇
「はあ……」
労働の後の甘い物も同じように美味しいのだろうか。告白のお断りを終えた私はハーツラビュルのキッチンにて、先輩お手製のパンデピス(自分も初めて聞いたがスパイスケーキらしい)を堪能しながらボンヤリ考える。
紅茶の入ったティーカップを提供して先輩は私のはす向かいの席に腰掛けた。頬杖をつきながら私を眺める先輩は苦笑いのように眉を下げている。
「相変わらず大変そうだな」
「私としてはいいかげん飽きてほしいんですけどね……トレイ先輩、本当に喧嘩売られたりしてません? 大丈夫ですか?」
「特にこれといって問題は起こってないな。だから安心していいぞ」
先輩の名前を借りるのと引き換えに私は新作の試食を頼まれている。その試食会は先輩の部活がない放課後に時折行われるのだが、今日はちょうどその約束をしていたのだ。
正直、この交換条件では私にしかメリットがないんじゃないかと思うのだけれど、他に差し出せるものもないので、先輩の優しさに甘えさせてもらっている。
「ならいいですけど……あ、これ、イチジク入ってますか?」
「ああ、良いアクセントになってるだろう?」
「この感触は面白いですし、蜂蜜の甘みが優しくてちょうどいいですね。ただパーティよりも軽食とかの方が向いてそうな気がします」
「確かにそうだな。ありがとう、参考にさせてもらうよ」
おかわりいるか?と訊ねる先輩に首を横に振る。私の返事を確認すると先輩は残った分をタッパーに詰めてくれた。こうしていつもグリムの手土産まで用意してくれるのだ。
正しくいたり尽くせり、もう先輩に足向けて寝れないや。先輩に靴を舐めろと言われたら余裕で舐める、まあトレイ先輩はそんなこと言わないが……。
試食会はこれで終わり。ここからは恒例のおしゃべりタイムだ。
はじめはあんまり長居しては迷惑だろうと思ってすぐに帰ろうとしていたのだが、トレイ先輩から雑談に付き合ってほしいとねだられたのだ。なんでもキッチンから出たらすぐ寮生達に頼られることになるから、たまには息抜きしたいのだと。
確かに先輩はいつも寮生達にヘルプを頼まれているイメージがあった。自分も隙あらば学園長に事務仕事を押しつけられるので、痛いぐらい気持ちがわかってしまう。なので私はその申し出をOKし、いつもこうしてしばらく他愛ない話をするようになったのだった。
新作のレシピ開発も大切な仕事なのだろう。普段の先輩は引っ張りだこだけど、この時間に寮生が訊ねてくることは殆ど無い。一度だけ来たことがあったけど、他の寮生達に「おい今は絶対止めとけ、邪魔すんな。副寮長スミマセンでした、お気になさらず!!」とすぐに引きずられていった。
あの焦りぶりからして、トレイ先輩にとって料理の妨害をされるのは地雷なのかもしれない。私は穏やかなトレイ先輩しか知らないけど、エースから聞いた限り、先輩、怒るとすっごい怖いらしいからなあ。
この時間は主に私が話し手となる。先輩いわく聞き役の方が好きだからと。薔薇の王国の言葉遊びの本が面白かったこと、ハーツラビュルの内観のユニークさを楽しんでること、他の寮生からハーツラビュル生が蟻もしくは蜂と称されている(どちらも女王を仰ぎ、甘い物が好きだかららしい)こと……エトセトラ。そんな本当にくだらない話ばかりだが、先輩はいつも真剣に耳を傾けてくれている。
「これからもよろしくな、監督生」
楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。帰宅の準備を始めた私におみやげを渡しながら先輩は微笑む。
迷惑ばかりかけているのに、私が気負わないように声をかけてくれるその優しさには感謝しかない。だから、とびっきりの笑顔で私は「はい!」と大きく頷いた。