唇は私だけにしてね 03

 元々本を読むのが好きで、ついでに自習にもぴったりな為、私は特に用事のない放課後は図書室に入り浸っている。人が少なく、またいたとしても本の方に集中しているという環境も個人的に助かるのだ。
 で、今日もまた私は何か面白い本ないかなと探しているうちにハロウィン研究会の役に立ちそうな本を何冊も見付けて。
 特に意識していたわけじゃないけど、スカリーくんの元に遊びに行く理由が欲しくてつい探してたのかもと思うと少し恥ずかしい。別に何もお土産なしに行ったって全然歓迎してくれるのに。というかわざわざ部室に行かなくたって、夜になればオンボロ寮に帰ってくるわけだが。
 まあそれは好きな人と少しでも長く過ごしたい乙女心ということで大目に見てほしい。
 ともかく本を借りて、ハロウィン研究会の部室を向かうことにしたのだが……。

「はぁ……」

 両手に本を抱えて、中庭に隣接している外廊下を歩いているだけ。なのに無数に突き刺さる視線に思わずため息をこぼす。
 昔からのことなので見られるのには多少慣れてるし、どこから見られても恥ずかしくないプロポーションをしていると自負している。
 でも、それでも好奇の視線を不躾に浴びせられるのは単純に居心地が悪い。
 芸能人のヴィル先輩とか、王族のレオナ先輩とかツノ太郎は日頃からもっと囲まれてるんだろうけど、よく平気だなあ……。一般ピーポーには荷が重すぎる。

さん!」
「あ、スカリーくん」

 先生に見つかったら怒られるけど、さっさと小走りで向かおうか。そう悩みはじめていたら前からスカリーくんがやってきた。
 その瞬間、今まで感じていた視線が一斉に消える。うーん、わかってたけど露骨。治安が悪い事にNRCではガン見は基本的に挑発行為なので。今回の場合、私と彼の距離が近いので、スカリーくんにケンカ売ったと取られないから避けたんだろう。

「お借りしますね。どちらに運ばれる予定ですか? ……あれ、ハロウィンの本?」
「ありがとう。スカリーくんのところに行く途中だったんだ。その本、活動に使えそうでしょ?」
「我輩の……」

 スカリーくんはひょいっとスマートに私の手から本を貰い受ける。そして表紙を確認して目を丸くしていた。
 嬉しそうに微笑んだ彼から良ければ部室に来ないかと誘われる。もちろん私は喜んで頷くのだった。

さん、もしやお一人の時はいつもあのような状態なのですか……?」

 オンボロ寮のものより小さなソファで、スカリーくんが出してくれたお茶菓子に舌鼓を打っていた時だった。隣から尋ねてきた彼の表情はどことなく暗い。
 部室に案内してくれてからスカリーくん、ずっと何か言いたげだなとは感じていたけれど、このことが気になっていたのか。
 奇異の目で見られ避けられた過去があるスカリーくん的には友達が同じ目にあってるのは気がかりだろうな。
 一応さほど実害はないから、あまり心配をかけたくはないのだけども。誤魔化そうにも実際の現場を見られちゃってるんだよな。隠しようがない以上、素直に白状するしかあるまい。

「そうだね。でも元の世界にいた時とは違って、単に見られるだけだから」
「好奇の眼差しで見られて遠巻きにされるのはだけでは収まらないと思いますが……」
「でも『巨乳ってバカなんだろ、それにどんくさそう』とか、良い成績取っても『先生に色目使って成績上げた』とか言われないし、たまたまその子の好きな人が私に惚れたからって『そんな体してんだから遊んでるんでしょ』って暴言吐かれたあげく絶交されたりしないし」

 他にもたくさん言われてきたが、ぱっと浮かんだものを口にする。軽いジャブのつもりだったが、それにしてもなかなかに酷い。
 私が悪意に対してうるせーーー!!!なメンタルつよつよガールだったから良かったけど、そうじゃなかったら今頃たぶん首吊ってたぞ。
 この学園は治安こそ悪いけど、生徒教師含め女の子には基本的に紳士である。だからこっちの世界に来てからというもの、体のことでからかわれたことはなかった。ただしガン見はされる。
 まあそんな感じで元の世界に比べたら全然平和なので大丈夫だと訴え顔を上げた私はぎょっとした。スカリーくんがボロボロと号泣していたから。

「す、スカリーくん、どうしたの? 大丈夫?」
「ひどい、ひどいひどいひどいッ! どうして、何故ですか、何故、さんのような素晴らしい方がそんな風に言われなきゃいけないんだっ!」

 予想外の反応にぽかんとする私に、涙を拭うこともせずスカリーくんは言葉を続ける。

さんは、我輩が同級生の間で浮いていたなら馴染めるように取り持ってくれた優しい方で、異世界出身というハンデがありながら成績上位に入るほど頑張り屋さんで、そんな素敵な女性なのに!」

 わんわんと泣きじゃくるスカリーくんはまるで自分の事のように嘆き怒りに満ちていた。
 家族にはなんとなく言えなくて、元の世界での知人には茶化されるからいつの間にか冗談っぽくも言わなくなった、私が受けていた悪意は自分でも思う以上に酷いものだったらしい。
 ああ、そうか。どうでもいいことじゃなかったんだ。だって本当にそうなら覚えてない、すぐに忘れるもん。わざと麻痺させていただけで、私は大多数の心ない言動にずっと傷ついていたんだなと今更ながら気付く。
 負けず嫌いを理由にできる限りの抵抗はしてきた、でも泣いたことはない。泣いたら負けてしまう気がして。たぶん今も泣けやしない。
 だけどそれでも問題はないのだ。だってスカリーくんが今こうして私の代わりに泣いてくれているから、なんならすっかりかさぶたになった傷すら癒える気がした。

「スカリーくん、ハグしていい? するね」
「はい……はいっ?! はゎ……」

 スカリーくんも許可なしでキスするからええやろ精神で、承諾を得る前にさっさと抱きつく。嬉しさに感極まった結果だから許してほしい。
 ソファの上かつ私が一方的に抱きついているので変な体勢になっている。けどちょっと喋る分には問題ないだろう。

「大きくなってから家族以外でそんなに私のこと見てくれる人いなかったから、すごく嬉しかった」
「そ、そうでありますか……」
「うん。私の為に本当にありがとう」

 目いっぱいの感謝と喜びを込めて、更にぎゅっと抱きつく。それにスカリーくんからのアクションはない。
 キス魔の彼のことだから抱き返すぐらいあるかなーとちょっと期待してたんだけど。ただの友達相手にそれはないか。

「…………あの、さん、お願いしてもよろしいでしょうか」
「なあに?」
「しばし瞼を閉じられたまま離れていただけませんか」
「ああ苦しかった? ごめんね」

 彼の指示をちょっと不思議に思いつつも、目を閉じてパッと身を離す。
 ごそごそと物音がして、それから「もう目を開いていただいて大丈夫です」とスカリーくんが言ったのに合わせて目を開けた。
 ジャックさん(骨)がそうしてるのか、結果的に狭くなるからか。おそらく彼の性格的に後者かな。スカリーくんは私と座る時、足を組むことはない。でも今は珍しく足を組むように座り直していて。うーん、そういう気分なのかな。
 深く考えることなく、私はせっかくなので今日借りてきた本へと話題を移すのであった。

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