唇は私だけにしてね 02
「尻しか見てない男とか無理ですね」
「ち、ちがっ! 確かに監督生のお尻は魅力的だけど、俺が見てるのはそれだけじゃなくて……!」
「というか私、好きな人いるので無理です」
「そうか。でも俺、諦められない!」
「いや普通に迷惑なんで諦めてください」
「チクショーーー!!!」
また一人どうでもいい男を切ってしまった。私にバッサリ切り捨てられ、告白してきたサバナクロー生は泣きながら走り去っていく。
よく私の尻をガン見している男の一員だなぐらいの認識で、こっちは名前も知らないのになんでいけると思ったんだろう。告白は確認作業であって逆転の一手じゃないんだけど。
視線もそうだけど声も最後までうるさかったな。だがさほど印象に残ることもなく、すぐに忘れるだろうとも思う。興味ないからね。
この世界に来るまでは負担に感じていたお断りだけども、今やすっかり慣れたもので、ほぼこんな感じの流れ作業である。それでもやっぱりちょっと気疲れはするもので。
この所、スカリーくんの好みからかけ離れてる問題で悩んでいたことも手伝ったのだろう。急にドッと疲労感が沸いてきた。
ふらふらと傍にあったベンチに腰掛ける。呼び出されたのが中庭でよかった。校舎裏(この学園広すぎるのでどこに当たるかわからないが)じゃ、地面に座り込むはめになっていただろうし。
いくら学園内とはいえ安全面を考えると寝るつもりはないが、少しばかり休みたくて軽く目をつむる。ああ癒やしがほしい。
「あの、さん……?」
控えめな呼びかけに、ぱちと目を開く。
たぶんハロウィン研究会(会員は今のところ彼だけである)の活動中だったのだろう。布教用のパンフレットを携えて、おろおろと心配そうに私を見つめるスカリー君が前に立っていた。
「こんなところで眠っていては体が冷えてしまいますよ。せめて我輩の部室に……」
寝るつもりは全くなかったのだが、彼の姿に安心してしまったせいだろう。めちゃくちゃ眠くなってきた。とにかく瞼が重い、一歩も動きたくない。
いっそ運んでほしいけども、ここには都合よく生きのいいバスタブはなくて。
スカリーくんはたぶん私がお願いしたら、快く抱きかかえてくれるだろうけど……。ハロウィンの時に既にやられているとはいえ、私は羽のように軽くはないしなあと気が引ける。
でも起き上がりたくない。私の脳内で良識と欲望が戦って、後者へと天秤が傾いた。
「スカリーくん、いつもみたいに横座って」
「え? ……えっと、失礼しま、すぅッ?!」
おずおずといった様子で彼が腰掛けたタイミングで肩に寄りかかる。びっくりさせてしまって申し訳ないが、眠気に勝てずそのまま瞼を再び閉じた。
これも軽くはないだろうけど、抱きかかえてもらうよりは多少マシだろう。
「ひぇ。あの、さん、せめて、せめて、腕を前に組んで。じゃないと、む……お体が触れ……あぁぁ゛……」
数分後、目覚めた時にスカリーくんが虚空を見つめながら、一心不乱に淡々とハロウィンソングを歌うというか呟いていたのでビビった。この短い間にいったい何が……?
◇
「スカリーくん、さっきはごめんね。どうしても眠気に抗えなくて。肩貸してくれてありがとう」
「いえ、たいしたことではないので……さん、随分お疲れのようですが、大丈夫ですか? 今日はもう休んだ方が……」
「最近告白ラッシュで精神的に疲れてただけだから、むしろ楽しいことしたいんだよね。なので観るよ!」
「告白ラッシュ……」
今日はハロウィン研究会の夜活動の日だ。と言っても、オンボロ寮の空き部屋でホラー映画鑑賞をするだけなんだけど。
『ハロウィンは誰もが等しく恐怖するもの』ということで、常に進化させるためにも研究すべきだよね。一応そういう名目があるのでセーフセーフ。
ホラーと言えば夜。でも夜には校舎が閉まってしまうので、結果的に彼の寝床でもあるオンボロ寮で行っているわけだ。
私は会員ではないのだけれどホラーが好きなので付き合わせてもらってる。グリムも嫌いではないのだけれど、選ばれる題材と趣味が合わないので参加していない。たぶん今は既に夢の中だろう。
グリムは最初から反撃の手段があるバトルアクション系が好きだけど、この活動は恐怖の研究ってことで観るのは基本的にホラー要素にやられっぱなし、最後の最後で対抗できることもあるかもぐらいの塩梅の作品だからね。
ジャパニーズホラーとかスカリーくん的にめっちゃ参考になりそうだけど、残念ながら異世界なんだよな〜〜。もし行き来できるようになったらぜひとも見せてあげたい。
ソファーに私と並んで座っているスカリーくんは二つのパッケージを手に悩んでいるようだった。
どちらも主人公らしき人物がメインとなっており、片方は少年、もう一方は老婆が大きくデザインされている。
実はこれもスカリーくんがスマートな子が好きなんだろうなと思った要因の一つだったりする。
ホラー映画は意外と女性主人公が多い。でもスカリーくんが選ぶ作品は基本的に子供か老人が主役のものが殆どで、たまーに年若い女主人公のものも選ぶけど、その場合は決まって、ほっそりと儚げなお嬢様なのだ。あとは病弱属性持ち。
そういった作品が好みってことならしょうがないけども、研究材料は多い方がいい気もする。うーん思い切って聞いてみるか。
「スカリーくんって主人公が若者とか中年の作品は選ばないよね。何か理由があるの?」
「えっ……えっとティーンエイジャー以上がメインだと、その、そういったシーンが流れることが多いので」
「あーそっか。主人公が若いと濡れ場が出てくるからか」
「……はい」
ホラーとエロの組み合わせは鉄板である。かの有名な実はチェーンソー使ってない殺人鬼の名作でもベッドシーン2回ぶち込んでくるぐらいだ。というかたぶんホラー映画エロ担当すぐ死ぬお約束ができたのはこの映画のせい。
なのでスカリーくんの言い分にあっさり私は納得した。
数少ない選択肢のヒロインがひ弱一択なのは、そういう子も濡れ場が起こらないからだろう。ああいう子の場合、セックスしたら死にそうだし。
紳士的なスカリーくんのことだ、おそらく私に配慮した結果だと思う。エロシーン苦手な女の子って多いもんね。
「私が苦手かもって気遣ってくれたんだよね、ありがとう。でも私そういうの平気というか『うーん、こいつら死んだな!』ってゲラゲラ笑うタイプだから好きなの選んで大丈夫だよ。エースと見てた時からずっとそうだから」
「は? エースさんとご覧になってるんですか……? それも何度も……?」
「うん。エースも映画好きだからね」
そういえば最近エースとは映画鑑賞会やってないなーと考えていれば、スカリーくんは立ち上がり、ポールにかけてた鞄から別のパッケージを取り出してきた。
チラッと見えた限り、さっきとは打って変わって、箱には扇情的な姿の若い女性が描かれているようだった。
改めて隣に座り直した彼はそれを私の方へ差し出してくる。
「実はこの作品が一番気になっていて……さんが平気とのことであれば、こちらはいかがでしょうか?」
「あ、最近出たばっかりのやつだね。主人公がこの女優さんなら期待できるなあ」
「さんもご存じの方でしたか。良い演技をされる方ですよね」
「うんうん。あと実はその女優さんのプロフィール見て、勝手に親近感抱いてたんだよね」
「親近感というと、ホラーがお好きなところですか?」
「それもあるんだけど、その女優さん、私とスリーサイズ殆ど一緒なんだ」
「ほぁっ?!」
スカリーくんの手からパッケージをもらって、再生装置に中身をセットする。
あの女優さんが出たら、ほぼ勝利確定。一定の面白さは保障されてる。いやー楽しみだなあ! ウキウキしながら再生ボタンを押す。
映画だが大変面白かった。めちゃくちゃ濡れ場が激しかったのに比例するかのよう、ホラーってかゴアシーンがもー惨いったらなんの。やっぱホラー映画でスケベは特大の死亡フラグなんだよなあ。
なお予想以上にエロかったからか、はたまたとんでもなくグロの予感がしてたからか。スカリーくんは例のシーンの間、ずっと手で顔を覆いながら震えていた。あとやたら前屈みだったけど、おなかでも痛かったんだろうか……。心配だなあ。