花盗人さん、どうかハッピーエンドで抱きしめて 02
「ひどい顔……」
鏡に映る自分はこれから挙式を迎える花嫁のものとは余りにもかけ離れていた。
先方が勝手に決めた布地の少ないそれは、心境と色のせいで私からすれば死装束にしか見えない。あるいは無駄に値が張る拘束衣といったところか。
それもそうだろう。花嫁が美しいのは愛した男の隣に立ってこそ。望まず着替えさせられた私が輝くはずもないのだ。
◇
夢の終わりはあまりにも突然だった。
ツイステッドワンダーランドへと迷い込み、二年生へ進級したばかりのある日。いつものようにオンボロ寮のベッドで眠っていたはずの私は元の世界の自室のベッドで目を覚ました。
学園長にはもう戻るつもりはない事を伝えていたし、戻る方法を調べることも止めてもらっていたから彼が帰した可能性は考えられない。
あの世界に迷い込んだ時は誰かの手を取る不思議な夢を見たのに、そんな前触れすらもなかった。
ただ目覚めただけ。それだけなのに、まるであの幸せな日々は全ては夢だったとばかりに、私は父から半年後に式を挙げると告げられた悪夢の日へと戻っていた。
一年の間に伸びたはずの身長も、男装のために切った髪も、昨夜先輩が付けた赤色も、全部元に戻って。
ひどく混乱したし、ショックだった。きっと昔の私なら心折れていたことだろう。でもあの世界での様々な体験を経て、私は逞しくなっていた。
趣味の菓子作り以外使い道がなく溜まっていく一方だった小遣いをかき集め、最低限の荷物を詰め込んだリュックを背に私は衝動的に家を飛び出した。
殆ど考えなしに行動してしまったが、あの世界ではそんなことばかりだったから不思議と不安はなくて。
また幸運なことに家出一日目にして私は衣食住にありつけたのだ。
目くらましに髪を切り、次はホテルを確保しようと歩き回っていた途中、困っている女性がいて手助けしたところ、ひどく感謝された。
そして私の身の上を聞いた彼女は同情して、だったらうちの店に住み込みで働けばいいと申し出てくれたのだ。
もちろん最初は迷惑をかけられないと断ったのだが、彼女は一切引かず結局押し切られてしまった。密かにフロイド先輩を思い出す強引さだった。
彼女ことセイラさんは亡くなった旦那さんの和菓子屋さんを一人で切り盛りしていた。男の子にしか恵まれず、ずっと娘が欲しかったのだと彼女は私をとても可愛がってくれた。
「私と旦那さんは住む世界が違ったの。でも私ね、どうしても彼の事が諦められなくて全部捨てて嫁いできたの。でも後悔してないわ、私とても幸せだもの」
一人息子も私に似て、好きな人を追って遠くに行っちゃったのよね。とコロコロ上品に笑うセイラさん。そんな大きな息子さんがいるとは思えず実年齢を聞いてつい三度見した美しい彼女はとても情熱的な人で。
私の恋の話を聞いてなんて素敵なの!と頬を染めて、まるで自分のことに喜んでくれて。もう会えないかもしれないけど諦められないと言えば励ましてくれて。
「あら、そのおまじない私も試したわ。そしたら旦那さんが映ってね……」
私達が付き合うきっかけとなったおまじないについて話したところ、セイラさんにとっては旦那さんと駆け落ちする引き金だったと。
こっちの世界でも似たようなおまじないがあったとは。でもあっちの世界で知ったおまじないは試してみたが何も起こらなかった。どうもおまじないと言ってもれっきとした魔法の一種らしく、魔力のない私には使えない代物だったのだ。
頭のかわいそうな子と思われるのは悲しいので、魔力がなかったせいというのは省きつつ自分が知ってるそれは失敗してしまったと言えば、セイラさんは「じゃあ私のパワーを分けてあげるわ!」と張り切って手を握ってきた。
「再び愛し合えた恋人達はもう二度と離れることはないわ。だから大丈夫。きっと最後はハッピーエンドに辿りつけるわ!」
何かが変わったようには見えないが、繋がれた彼女の手からは熱い物が流れ込んできたような気がして。本当に彼女の強さを分けてもらえたみたいだった。
◇
でも結局幸せな日々は続かなかった。
家出から約三ヶ月。セイラさんに頼まれた買い出しの帰り道で、私は車へと引きずり込まれ、実家へと連れ戻されてしまった。
なんてことはない。私の決死の逃避行は最初から全て筒抜けだった。
抵抗しても無駄だと思い知らせるために、私は泳がされていただけだったのだ。我が父親ながら吐き気を催すほどの外道だ。
連れ戻されてまっさきに頭に浮かんだのはセイラさんの安否だった。
彼女は私を匿っていた、そして私の父親はたいそうな女好きで特に美人に目が無い。私をすぐに連れ戻さなかったのはきっと彼女を誘拐犯として仕立て上げる為の証拠集めの意味もあったのだろう。誘拐犯として訴えられたくなかったら妾になれと持ちかけるつもりなのだ。
だが父は機嫌を悪くするばかりでセイラさんが家へと連れ込まれることはなかった。部屋から抜け出していざという時のためにちょうどいい鈍器を持ち帰ろうとした途中で、使用人達から盗み聞きした話によると彼女は店ごと忽然と姿を消したのだという。それもあそこはずっと空き地だったという証言や記録しかないと。そんな魔法みたいな事が起こるなんて、でも彼女ならできそうだなと思う自分がいた。
ただ不幸にもこの時、別の使用人に見つかってしまい、せっかくの鈍器は没収された。父はマジかコイツみたいな顔をして見張りを増やした。クソが。
それから短く整えた髪が元の長さに伸びるまで私は自室に軟禁されて、何もできぬまま結婚式の日を迎えてしまった。
◇
「ラギー先輩」
ドレスへと着替えさせられた後、式が始まるまでの間、私はこの控え室で待機させられている。最後ぐらい一人にしてくれという願いは一応叶えられ、部屋には私しかいない。
だけど部屋の外には見張りが立っている。窓もはめ殺しかつ強化ガラスだ。例え割れたとしても物音を聞きつけてすぐさま見張りが飛び込んでくることだろう。
これがイデア先輩の言ってた詰みという状況なんだろうな。他人事のように考えながら時計を見る。あと三十分、三十分後に私は全てを奪われるのか。
ささやかな夢を破られ、愛した人のぬくもりも塗り替えられ、ただ家畜のように子を産まされる。あの優しい世界の日々と迎える未来の格差に絶望する。
声こそ殺せても涙ははらはらと溢れて零れていく。花嫁の化粧は泣いても落ちないようにできてると今初めて知った、それだけ嬉しくて泣いちゃう人が多いんだろうな。私もプロポーズの時みたいにそんな風に泣きたかった。
こんなことならいっそぐちゃぐちゃに崩れてほしい、それを直すだけの時間が稼げただろうから。そんな悪あがきすらさせてくれないなんて。
「いや、だ。先輩、先輩、私、先輩以外のお嫁さんになんかなりたくない」
鏡に向き合う。そこに映るのは絶望に濡れた私の顔だけ。けれど気付けば私はそれを唱えていた。
『どうか導いて、私の運命の人。私の愛する貴方、どうか私の愛に応えて』
あの日唱えた時、何も起きなかった。私には魔力が無いから。この世界には魔法すら無いのに——鏡が淡く光を放つ。
「ら、ぎー……せん、ぱい……?」
光が収まる頃、不幸な花嫁が映っていたはずの鏡は驚いた顔の彼を写していた。彼は何かを叫んでいたが、声は届かない。そうしている間にも彼の姿が薄れていく。
そんな中、先輩が私へ向かって手を伸ばす。鏡だということも忘れて私は迷わず彼の手を取った。もう二度と離れることのないようにきつく握りしめて。
——ああ、そうだ。やっと思い出した。私、あの日もこうして先輩の手を取って。
——ガシャン
中から聞こえた大きな破壊音に見張り達が一斉に部屋へと乗り込む。
だがそこはもぬけの殻。花嫁の姿はどこにもなく、ただ割れた鏡が床に散乱していた。