花盗人さん、どうかハッピーエンドで抱きしめて 03
「あいたたた……」
どさっと大きな音と共に埃が舞い上がる。彼の手に引っ張られた途端、私の体は鏡の中へと吸い込まれた。そして今、床に倒れている先輩を押し倒すかのよう覆い被さっていた。
慌てて身を起こし、彼の前に座り直す。そして周りを見渡してここがオンボロ寮の自室だと気付いた。
「……痛いってことはこれ現実ッスよね」
よいしょと起き上がった先輩が私を頬をペタペタと触る。その手付きの優しさにまた泣きたくなった。あたたかい、これ、夢じゃないんだ。私、先輩のところに帰って来れたんだ。ひっくひっくと嗚咽を漏らす。
「らぎーせんぱい……」
「あーあー気持ちはわかるけど泣かないでほしいッス!」
くんは泣き虫ッスねえとまたシャツでぐいぐい顔を拭われる。子供みたいにぐずぐず鼻を鳴らす、ここ最近泣いた回数からするとそろそろ干からびてしまいそうだ。
先輩が私を宥めていた中、ダダダダダと聞き慣れた足音が猛スピードで近づいてくる。いくら体が小さいからってそんな勢いよく走ったら床抜けちゃうよ。そう思ってるのに早く彼に再会できることを楽しみにしている私が居た。
「おい、ラギー! さっきの音は……って?!」
「グリム!」
「オマエ、俺様のこと置いて今までどこに……! というか、その変な格好なんなんだゾ!」
私の姿を見つけた瞬間、いつものようにグリムは胸元へと飛び込んでくる。何とか耐えてるようだが、ターコイズブルーには薄く涙の膜が張っている。ごめんね、ただいま、会いたかったとその小さな体をかき抱けば、グリムのまなじりからついに溢れた涙が自慢の毛皮を濡らして。それを皮切りにグリムは幼子のように泣きじゃくった。
◇
私とグリムがひとしきり泣きわめいた所で現状把握へと移った。
私が居なくなってからツイステッドワンダーランドでは半年、つまり私が元の世界で過ごしたのと同程度の時間が過ぎていたらしい。
突然行方をくらました私はひとまず休学扱いとなっており、皆必死で捜索してくれていたのだと。
情報交換が終わると同時、が帰ってきたって学園の奴らに知らせてくるんだゾ!と張り切った様子でグリムが部屋を出て行った。そして部屋は私とラギー先輩の二人きりになる。
「にしても間一髪だったんスね……」
私があのおまじないをしたのと同時刻、ラギー先輩もまた私の部屋で同じく件の呪文を唱えたらしい。そして号泣した花嫁姿の私が写ったものだから咄嗟に手を取ろうとしたのだと。
本来このおまじないに異界へ渡るような効果は無い。ただ奇跡的にタイミングが重なったことで境界線に何かしら干渉が起こったのだろう、というのがラギー先輩の見解だった。
それから先輩がこの部屋にいたのは私がいつ戻ってきても大丈夫なように掃除していたのと、私の消息に繋がる手がかりがないか探すためだったと。
くんってば隣で寝てたはずなのに朝起きたらいなくなってるんスもん……、そうペタンと耳を畳むラギー先輩は空気を読まず申し訳ないがベリーベリーキュートだった。
まじまじと私の全身を眺めた後、ラギー先輩は唇を尖らせる。眉間の皺からしていかにも不機嫌ですといった様子だ。
「花嫁姿はともかく、それが他の男の為っていうのは気に入らないッスね……」
「私としてもこれ布地少なくて嫌なんですよね」
ぼやく私にラギー先輩は何かを思いついたようだった。
先輩は近くにあったテーブルクロス(あまりにみすぼらしいからと哀れんだヴィル先輩がプレゼントしてくれた値段を考えたくない総レース)を引っこ抜いて私の頭へと被せてくる。ついでに花瓶から取り出した花も乗せると、マジカルペンをくるりと回しながら楽しげに先輩はその一説を歌った。
「Bibbidi-Bobbidi-Boo!」
詠唱が終わると同時、テーブルクロスは光を纏い私へと巻き付く。あまりの眩さに思わず目をつぶってしまい、私が再び瞼を開けた時にはすっかりキラキラは落ち着いていた。
そして胸や背中が大きく開きはっきり言って下品だったドレスは、レースと花をモチーフとした可愛らしいデザインへと様変わりしていた。鏡を覗く、擦られてよれていたはずの化粧もしっかりこのドレスに合うよう直されている。あまりのできばえに自分の事だというのに思わず見惚れてしまう。
「先輩、すごい、すごい……!!」
「ニシシ、里帰りするたびガキ共にねだられるからこのくらい慣れたもんッスよ」
それから今度はカーテン(カリム先輩からのプレゼント。100%絹、手洗いするたびに全神経を使う)を取り外した先輩は自分に巻き付けて呪文を唱える。
光のカーテンがほどけた中から現れたのはタキシード姿のラギー先輩で。トキメキ過ぎて心臓発作を起こすかと思った。
「どうせくんの帰還祝いにまたあのお祭り騒ぎになるのは目に見えてるッスからね。このさい結婚式もやっておくッスよ」
「……確かに!」
「ばあちゃん達には次のホリデーで改めてお披露目ってことで。こんな綺麗な嫁さん見たら……きっとばあちゃん達、感動のあまり泣いちゃうッスね」
シシシッと笑ってラギー先輩が両手を広げる。その胸に私は迷わず飛び込んで。もう二度と離れることのないよう互いの体を強く抱きしめ合う。
ハッピーエンドのお約束、それから結婚という未来へ向かって、私達は一足早い誓いのキスを交わした。