君だけのダークヒーローになりたい 05
「イデア先輩、すみません。これオルトくんに渡してもらえますか?」
「これ、オルトとやってる交換日記?」
「あ、ご存じだったんですね」
そろそろお暇するよと切り出した先輩に、私は用意していたそれを差し出す。受け取りながらポツと先輩が口にした言葉に、ならば話は早いと遠慮なく持たせる。
オンボロ寮崩壊&ウルトラゴージャス寮再建事件以降、イデア先輩(生身)とオルトくんはよくオンボロ寮へと遊びに来るようになった。今日も兄弟で訪ねていたものの、部活から呼び出しがあったらしくオルトくんは途中で退出していて。
だから本当は帰り際にオルトくんに渡す予定だったけれど、部活に行くなら邪魔になるかなと思い、こうして先輩が寮へ戻る時にお願いすることにしたのだ。
日記帳を受け取ったイデア先輩は困惑している。二人の髪色に似た青い表紙のそれに何ら変わったところはない。この三ヶ月間やりとりしてもまだページが余ってるぐらいには分厚いけれど、いくらイデア先輩とはいえ、さすがにこれが重すぎてツラいってことはないって思うんだけど……。
「パスワードも鍵もなしってセキュリティガバガバ過ぎでは?」
「見られて困るようなことは書いてませんし、先輩はプライバシー尊重するタイプだと信頼しているので」
「そもそも拙者がちょっと本気出せば、どっちも数秒で解けますな」
わりと失礼なことを内心で思っていたのは隠しつつ、先輩へ言葉を返す。そんな当たり障りのないやりとりの中、本心を告げるべきか悩んで、どうせいずれは伝えようとしていたことだしと結論を出した。
本当は恋人であるオルトくんに真っ先に言うべきなのだろうけど、今のままじゃいざ本番で伝えられる自信がない。だから申し訳ないが先輩に練習台になってもらおう。
「……あと、誰でも見れるようにしておきたいんですよ」
「は? どういうこと?」
「私、突然元の世界に帰らされるかもしれなくて。そうなった場合、皆の記憶から、しかも私に関するデータも欠落する可能性が高いらしいんです」
オルトくんと付き合い始める少し前に学園長から告げられた内容について説明する。
こちらに来た原因がわからない以上、同様にまた唐突に元の世界へ戻りかねないこと。また私はかなりイレギュラーな存在であるため、整合性を図るよう世界からの強制力によって、私という存在がツイステッドワンダーランドに初めからなかったことにされるかもしれないこと。
強制的に元の世界に戻るのも、存在が最初からいないことになるのも、あくまでも可能性の話だ。でも0じゃなくて。なんならすぐ身近に奇跡と言っていい存在が誕生してしまった以上、楽観視はできなかった。
「ただ、世界がいくら膨大な力を持つとはいえ、多くの人間から特定の記憶を取り除くとなると凄まじい労力を伴う。だから現実的に考えて魔力を通じた干渉になるでしょうって」
この世界の人は魔法が使えずとも魔力を持って生まれる。そして彼らが刻んだ文字や発した言葉にも少なからず魔力が滲むものらしい。だから本来ならば、その方法で記憶だけでなく記録すら問題なくかき消せるのだ——私自身や私が記したものを除けば。
この懸念が現実のものとなってしまえば、私は覚えていられても、おそらくオルトくんも私の事を忘れてしまうのだろう。交換日記のことだって全部なくなって。でも、もし物好きな誰かが私のことに記載しているこの日記を見つけてくれたなら、その人の記憶に残れるかもしれない。もしかしたら思い出してくれるかもしれない。
本当はそれだけじゃ足りないけども、世界が相手じゃ私ごときができることなんてこの程度の些細な抵抗ぐらいだ。
「……監督生氏は元の世界、帰りたい?」
説明し終えた私にイデア先輩が静かに訊ねてくる。それに私はできる限り笑みを心がける、きっとうまくはないけれど全くしないよりはマシだろう。
「帰りたくないです。来た当初はこの環境ならまだ慣れてる元の世界の方がマシって思ってたんですけどね。今は友達や……オルトくんとこれからもずっと一緒にいたいです」
私の微妙な回答にイデア先輩も色々とお家が複雑だからか、それ以上元の世界の私に関して詮索するような真似はされなかった。ただ先輩は何か深く考え込んでいる。まるでカウンセリング機能を付けるきっかけとなった時のオルトくんのように。
まだオルトくんには言わないでほしい。そう口止めしようとした私をじっと先輩が見つめてきて、思わず中途半端な形で唇が動きを終える。さっきの動作、それと彼と全く同じ色の瞳にやっぱり二人は兄弟なんだなあと実感していたその時だった。
「監督生氏、覚えてて。オルトは僕の弟、オルト・シュラウドだって」
私の思考に被せたようなそれはどういう意味なのか。訊ねようとする私に「じゃっ! そういうことなんで!」と言って、先輩は颯爽とオンボロ寮を去って行った。かつてないほどの俊敏さ。前の世界のテレビで見た、駅からコミケの会場へと競歩していく人達と同じ素早さだったなあ。
「あ、オルトくんにはナイショにしてくださいね!!」
しばらくぼんやりしていたけれど、ふと言い忘れていたのを思い出す。そして絶対に聞こえていないだろうけども、イデア先輩が過ぎていった方向に叫んだのだった。