君だけのダークヒーローになりたい 06
私の懸念とは裏腹にイデア先輩は例の話をオルトくんに黙っていてくれたらしい。あの日からも私に対するオルトくんの反応は何も変わりなかった。
ただここ最近、二人とも新規事業の研究の為に忙しいらしく、イデア先輩とオルトくんと放課後に遊ぶ機会はめっきり減っている。クラスのイグニハイド生(例の不審者だが、なんか弱ってたから行けるかなと)をとっ捕まえて聞いた限り、かなり切羽詰まってるようだ。そんな中でもオルトくんはちゃんと交換日記を書き続けてくれていた。
健全なもので私達の関係はそこで止まっている。そのもどかしいほどのピュアさで売れてる少女漫画を参考にしたらしいので、私達の仲が進展するのはまだまだ遠そうだ。ただキスすらないのは正直寂しいけど、今後の影響を考えれば逆に良かったのかもしれない。
交際開始と同時に始まったこの日記も次、私の番が回ってきたら一冊目が終わるだろう。今度サムさんの店に行って、私の方で二冊目を見繕うかと考えながらベッドに潜った。
◇
「こんばんは、さん」
「へ、あっ、えっ」
咄嗟に漏れた声が裏返る。寝苦しさから目を覚ませば、そこには何故かオルトくんの姿があった。今の彼はイグニハイド・ギアを身に付けているが、いつもと違って口を覆うパーツがなく、笑いかけてくる彼の口元からはイデア先輩と同じギザギザの歯が覗いている。
突然の非現実感しかない光景に状況が把握できず、私は目を丸くするだけ。窓の外で光る月によく似た瞳を彼は細めるようにして、私をただただ見下ろしている。オルトくんが馬乗りになっているのだと気付いてもなお、私はどうすべきかわからず動けずにいた。
今日グリムはエース達の元でお泊まりしていて不在である。でも、もしグリムがいたとしても私は助けを求めることはなかっただろう。不可解な現状に戸惑ってこそいるが、怯えているわけではないから。
「オルトくん、こんな時間にどうしたの……?」
「やっと『ヘスティア』の実装が完了したんだ!」
「ヘスティア?」
確か、かまどを守る処女神だ。オリュンポス十二神の一柱として扱われることもある重要な神だが、例えいかなる天変地異が起ころうとも炉から離れる事ができない為、あまり神話には登場しない。ただ、あのゼウスの求婚を躱し、純潔を守り切ったというエピソードが有名だった、はず。私の世界の話だから、ツイステッドワンダーランドの扱いはわからないけど。
象徴からして、なにか台所の関わるシステムだろうか。ハテナを浮かべる私にオルトくんはにっこりと笑う。
「グリムさんが不在になるのを狙わせてもらったんだ。今から僕が話すことは機密情報だから、交換日記では説明できない。記録として残っちゃうからね。それに今回の件についてはさんの素早いレスポンスが欲しかったんだ」
「とりあえず事情はわかったよ。それで、話って……?」
彼の口ぶりと表情からして別れ話の心配はいらないだろう。おそらくオルトくん達が開発していたらしい新規事業、ヘスティアの話なのだと予測している。だが何故それを私に話すかまではわからなかった。
「まずヘスティアについて順を追って説明するね。このシステムは魔導エネルギーを使用しない、従来とは違って一切魔力を含まないエネルギーを利用したシステムなんだ。つまりさんの教えてくれた電力だね。それの開発から着手しないといけないせいで、少し時間がかかっちゃったんだ」
わかる限りの知識は授けたとはいえ、実際に発電装置を作るにはあの程度の情報では到底足りなかっただろう。それに資金と技術力は別として、他にも足りないたくさんあるはずだ。パッと浮ぶのは発電できる資源を有する土地に大義名分か。
土地はマネーイズパワーでなんとかなっても、大義名分は難しいように思う。以前この件について話した時、演算したオルトくん曰く、電力はどんなに工夫したところでこの世界の魔導エネルギー生産量の十分の一程度しか生み出せないらしいから。
魔導エネルギーが不足しているなんて話は聞いたことがないし、そんな非効率的な生産量のエネルギーを開発する必要は薄い。なのでわざわざ電力を使うシステムの開発に着手したという行動が合理的な彼らしくないのだ。おかげでますますわからなくなる。
「嘆きの島だと立地的にかろうじて水力発電はできるんだけど、そんなに頻繁に門を開閉したりしないから設置しても必要量が確保できなくて……。かといって他の発電方法も不可能だったり、安全面に不安があったんだ。ただこのシステム開発の概要を聞いたある財閥が協力してくれて、世界各国にある太陽光発電と風力発電と地熱発電に有効な土地を貸してくれてたんだ。それで資源面はクリア」
太陽光と風力は安定した天候と広大な土地があれば有効だし、地熱も条件に適った場所さえ用意できれば天候も時間も関係なく発電できる。私も詳しいわけじゃないけど、ベストな選択だと思う。
最大限頭を働かせ、いっぱいいっぱいの私とは対照的にオルトくんはどこまでも楽しそうだ。ニコニコと口元をほころばせ、彼は言葉を続ける。
「上層部には百年以内に大災害によって魔導エネルギー開発に必要な魔力が枯渇する可能性を提示したよ。そしたらシュラウド家に代替エネルギー開発事業を任せてきたんだ。僕らはこういった重要でありながら、嫌がられる仕事を押しつけられてきたからね。予想通りだったよ」
「百年単位でも積極的に動くんだね」
「さんの世界と違って、ツイステッドワンダーランドは妖精族の人達みたいに長命種が社会に進出してるからね。長く生きている分、過去に被災した経験を持つ人も少なくないんだ」
思わず漏らした独り言にもオルトくんは説明を挟んでくれる。そうか、世界規模で思考が違うのか。ひとまずの疑問は晴れたけれども、たぶんまだこれはさわりだ、おそらくここからが本番なのだろう。緊張感から手に汗が滲むのをごまかすようにシーツを掴む。
「新エネルギーの開発には成功したけれど、実際に活用した場合の確認をしなければならない。それでね、シュラウド家が持っているシステムでバックアップが非常に重要なものがあるんだ。でもそのシステムは休眠状態かつ再稼働時期も不明なせいで、膨大な記憶装置が余ってしまっている。そこで新エネルギーとさっきのリソースを組み合わせてできあがったのが『ヘスティア』だよ」
つまり、彼が生み出したのは魔力を一切使わない記憶装置。
弾き出した予測にぐるぐると頭が回る。オルトくんの口ぶりからして、彼は一族の立場を利用して、そのシステムを作り上げた。そして活用テストの名目で、本命のそれを運用している。
そんな、まさか。シーツにくっついたままの背中に汗が噴き出る、なんとか浮かべようとした笑顔は硬く不格好なことだろう。
「……ねえ、オルトくん。そのヘスティアは何を記憶してるの……?」
「さんにまつわる、ありとあらゆる記録とデータのバックアップだよ」
何の躊躇いもなく返された答えに息を呑んだ。読み通りだったことに愕然とする私の頬にオルトくんの頬が触れる。
「僕ね、心が芽生えてからずっと、どうすればさんが元の世界に帰らずに済むのか調べてたんだ。それでさんが兄さんに説明していた話を、僕は学園長より先に気付いてた。監督生さんの思いついた方法も有効だけれど、もっと強力な対処法を用意したかったんだ」
「私がイデア先輩に話したこと、先輩から聞いてたんだね……」
「ううん。兄さんにはシステムの開発を協力してもらったけど、兄さんがさんから話を聞く前から僕個人でこの計画は進めてたよ」
「えっ、それだったらどうして知ってるの」
「さんに渡した髪飾りの聴取・録音機能のおかげだね」
ナチュラルな盗聴宣言に目眩がした。天使のような笑顔だけれど、言ってることは可愛くないんだよなあ!!
屈んできたオルトくんが、私へと顔を近づける。驚いて目を見開いたままだったというのに唇がくっつけられる。突然のことに、ぽかんと口を開けて間抜け面を晒す私にオルトくんは「ふふっ、かわいい」と、とろけるような笑みを見せる。
「世界からの干渉によって、魔導エネルギーを元に作成した感知用データが消えた瞬間、世界中に設置したヘスティアから僕にさんのデータが送信されるようになってるんだ。同時にありとあらゆる媒体でさんと関係のあった人の長期記憶を刺激する情報を公開される。魔力を含まないデータとはいえ、少量であれば世界も抗うだろうけど、ほぼ世界全域、しかも何万箇所にも影響しているとなれば手出しできないはずだよ。強大な力はその分、痕跡が残る。下手に介入すればそれこそ整合性が取れなくなるから」
オルトくんの解説を受けて、私は納得する。だから、ヘスティアなのか、と。世界を司る絶対神すらも退けた不可侵の存在、そこからあやかったのだろう。
もうおなかいっぱいなぐらいの情報を詰め込まれたが、まだオルトくんの言葉は止まらないようだ。今度は先程までとうってかわって愁いを帯びた表情を見せる。
「これでツイステッドワンダーランドからの干渉は心配しなくてもいい。でも、もしかしたらさんの世界から接触してくる可能性もあるんだけど……その時はさんの安全は確保した上で、さんの世界に魔導ビームを打ち込もうと思うんだ」
「極論すぎない?!」
「さんが教えてくれた世界が滅亡する作品で、効率が良いのが未確認エネルギーによる襲撃だったから。あ、でも人工知能の台頭も悪くなさそうだから、世界中のシステムにハッキングして僕の学習データを流し込むのもいいかも」
「滅ぼす前提なんだね……」
「さんを失う可能性は0.001%でも見逃せないからね」
盗聴の事といい、少なくとも笑顔で宣告する話ではないと思う。
ただ私の存在によって地球滅亡の危機に晒されているわけだが、あいにく今の私にはそれを気に病む精神は持ち合わせてなかった。元いた世界がどうなろうと、もうどうでもいい。あの優しくない世界を呪いこそすれ感謝などオルトくんとの話題作りを担ってくれたこと以外はないのだから。優位に立ったからこそ言えることだが、正直ざまあみろと思ってる。
オルトくんとちゃんと向き合いたくて、彼にいったん上から退いてもらえるように頼む。ならば意外にもあっさりオルトくんは引いてくれた。こんなことならもっと早く言っておけば良かったな。
なんて考えながらも身を起こして彼の前に座る。同じようにオルト君も体勢を変えたところで、彼が目を細めた。
「シュラウド家の一族はみんな血縁……特に伴侶に対する情が深いんだ。シュラウドの呪いを、不自由かつ因縁に縛られ続けることを理解してもなお、地底に引きずり込まれてもなお、
「僕は兄さんに作られたヒューマノイドだけど、オルト・シュラウドの遺伝子データも組み込まれて、その性質は彼からそっくり引き継いでるんだ」
「さんは兄さんが言ってたこと覚えてる? 『オルトは僕の弟、オルト・シュラウドだって』」
件の盗聴器から抽出したのだろう。あの日、先輩から宣言された言葉が、オルト君の口から先輩の声で再生される。
わかりきったことだけれど、妙に印象的でずっと頭に残っていた。だから頷けば、オルトくんは穏やかに微笑んでみせた。
「世界よりも
——もし私が世界の敵になっても嫌いにならないでくれる?
交換日記に書きかけて止めた質問が頭をよぎる。オルトくんの誓いはそれのアンサーなのだろう。ただ途中までしか記してなかったから、想定していたものよりも遙かに上回った答えになってしまっているけれども。
ずっと誰かに言ってほしかった。嘘でもいいから、何があったって嫌いにならないよって。まさか心からそれ以上の言葉を向けてもらえるなんて思ってもなかった。
「さん好きだよ、大好きだよ」
「私も、好き。私も、オルトくんが、だいすき……」
やっと叶った願いにずっと言いたかったそれは今までが嘘のように、あっさりと伝えることができた。でもたった一言じゃ足りなくて、何度も何度も声に出す。これまでの分も全部全部。
だんだん視界が滲んでいく。あまりに久しぶりなせいか、言葉も涙も止まらない。
そうやって子供の頃みたいにぐちゃぐちゃに泣く私の涙をオルトくんが舐め取る。しょっぱいね、そう呟いて彼は私に口付けた。