君だけのダークヒーローになりたい 02

 私の初恋はある女児向けアニメに出てくるマスコットキャラクターだった。

 まあ、よくある話。私には全く似てない双子の姉がいて、両親の関心はとにかくできの良い彼女に殆ど注がれていた。
 幼い頃は両親に振り向いてほしくて必死だったけれども、私がどんなに努力したところで姉には勝てなかった。姉もまた努力する人間だったから。
 美人で勉強もスポーツもなんでもできて、性格も良い姉は誰からも好かれていた。姉になびかない人間なんていなかった。おかげで大人はみんな口を揃えて姉を見習うように言うし、仲良くなった同年代の子も姉を知れば皆、姉と遊びたがり私のことはおざなりになった。そのうち姉と繋がるために利用されるようになった。
 そんなことが続けば両親のことは衣食住を提供してくれるだけマシ、他の人は将来独り立ちするまで学校生活を円滑に進められる程度に付き合おうと割り切ってしまった。
 十才にしては随分冷めた子供だったと思う。でも大切にしても大切にされないことにもう耐えられなかった。

 ただ体調不良の時とか困ることもあったけど、親に放置されているのは悪い事ばかりじゃなかった。溺愛から期待されガチガチに習い事でスケジュールを固められている姉と違って、私は学校生活を除けば自由が利いた。
 図書館の閉館時間まで入り浸ったり、親が仕事や姉の送り迎えやらでいないことをいいことにテレビを占領したり。そうした中で私はそのキャラに出会ったのだ。
 主人公の相棒となる魔法生物。彼はそのアニメのマスコットキャラクターで、最近の作品にしては珍しく人間に変身できないし人型ですらなかった。
 彼はとにかく主人公のことが大好きで、敵の罠にハマった主人公が世界と敵対しても彼だけは味方して、強力な洗脳魔法すら主人公に対する愛で払いのけ、最後まで決して主人公を裏切ることはなかった。
 私はそんな彼の在り方に夢中になった。健気で優しい彼に恋してしまった。主人公はどうでもよかったけど、彼の献身が報われるのか、それだけが気になって物語を追い続けて。
 結局、主人公はなんかいつの間にか登場してたイケメンと結ばれた。そいつ確か最初の頃にまんまと敵の思惑通りに攻撃してきた奴だろ、ふざけんな。
 これは後で知ったことだが、当初の予定では彼がヒーローになるはずだったが、例のイケメンを気に入ったスポンサーの意向で差し替えられたらしい。
 あまりにも理不尽だと思う。でも私は無力な子供で、なにより彼が快く主人公とイケメン(笑)の恋を送りだしていたから、私はただ彼を思って泣くことしかできなかった。

 それからしばらくして私は彼のぬいぐるみを買った。物語が終わってもなお私は彼の事が大好きで、CMを一目見た時からどうしても欲しかった。
 でも両親含め、誰も私の娯楽のために力を貸してくれる人なんていない。だから両親から渡される生活費をやりくりして。やっとの思いで手にしたあの感動は一生忘れられないだろう。
 原寸大のその子は抱き枕にするのにちょうどいいサイズで、毎晩私はその子を胸に抱えて眠った。いつも睡眠のお供をしてもらっていたのと、毎日の日光浴のせいで、すぐに生地が薄くなったけど補修して、日に当てるだけじゃなくこまめに洗って。
 最終的には何年も寄り添ってもらったから当て布じゃ直せないぐらい痛み、違う布でくるむようにしたことで原型を留めていなかったけども、それでも私はその子だけが心の拠り所で。
 だけどさすがに高校生になってバイトができるようになったら引退させてあげようと決めた、そんな矢先だった。

 ある日、林間学校から帰ってきたら、あの子はいなくなっていた。
 呆然とする私に母が「あの小汚いクッションは捨てた」と言い放ち、部屋から出てきた姉が「はこのキャラが好きなんだよね」と、あの子より一際大きいサイズのぬいぐるみを差し出してきた。意味がわからなかった。

「あれ随分汚れてたでしょ? 前から気になってたの」
「全くいい年してぬいぐるみなんて……。アンタの為にお姉ちゃん買ってきてたのよ、ほらお礼は」

 私に無関心な母が自主的に私の物に手を付けるはずがない。母にとっては姉が全てなのだから。ならば、あの子は、お前のせいで。

「ありがとう」

 姉から押しつけられたそれは切り刻んで次のゴミの日に捨てた。両親も姉も何かごちゃごちゃ言ってたけど、どうでもよかった。ついでに本当に必要な物以外も全部捨てた。
 大切にしてたって捨てられるなら、もう絶対に捨てられない物だけでいい。
 そうして残った部屋はおおよそ女子中学生のものとは思えない殺風景なありようで。自分でしたことなのに、まるで自殺を決意した人の部屋みたいだな、なんて感想を抱いていた。

 そこからの私はただただ空虚に日々を過ごして、高校進学を一月後に控えたある日、ツイステッドワンダーランドへと飛ばされたのだ。
 強制的に始まった新たな生活は最悪の一言に尽きた。魔力という努力じゃどうにもならない才能が占める環境。周囲は見下してくる人間と足を引っぱる存在しかいない。加えてまっとうな生活水準を保障されていない時点で元の世界より劣悪だったと断言できる。
 だからこれならまだあっちの方がマシだ。と、やってきた当初はさっさと帰ることを何よりの目標にしていた。

 それが変わり始めたのはいつ頃だっただろう。
 自分を大切にしてくれる友人達と過ごす日々は思いのほか楽しくて、一番になれなくても努力を認めてくれる人がいて、自分で欲しくて手に入れた家具が増えていって。
 おそらくイデア先輩とオルトくんと早くに仲良くなったのも大きかったと思う。

 二人と交流を持ったきっかけは先輩のキーホルダーを廊下で拾ったことだった。何のグッズかわからないけれど、裏にシリアル番号が刻まれていることから貴重な物の可能性が高い。
 となると落とし物として届け出るのはこの学園では得策じゃない。ここの生徒の性格的に、もしプレミア品とか高額で売れる物なら持ち主を騙って引き取る奴が出てくるだろうなと。
 だからと言って誰かに聞いて回るのもダメだ。理由としては似たようなもので、高値が付くなら無理にでも奪い取る輩が出てくるだろう。私はこの世界じゃただでさえ無力なのだ、守り切ることはまず不可能だろう。
 考え抜いた末、私はグリムにも見つからないよう手元で保管しつつ、学内で何かを探し回ってる人と出くわすのを待つ事にした。そして次の日の放課後、何かを探している様子のイデア先輩(タブレット)とオルトくんを捕獲したのだ。
 めちゃくちゃ警戒されているのはわかっていたけど「落とし物はキーホルダーか」「裏に刻まれてる番号は」「糸で結ばれてる三人の女の子のデザインか」と矢継ぎ早に質問を繰り返し、先輩が持ち主だと確信したところでそれをオルトくんに返却した。
 その後に落とし物に出せなかった事情やらを説明したところ、先輩には納得してもらえたのだが、続けて煽るような言葉を長々と浴びせられた。
 要約すると、なんで見ず知らずの自分の為にここまでしてくれたのか、見る限り綺麗に保管してくれてたようだが何故なのか、返却に当たって有利な交渉ができただろうにあっさり返してくれたのか、と言ったところだろう。
 せっかく見つけてくれたのにそれは失礼じゃないかなとオルトくんに咎められていたけれど、仕方がないと思う。私だって同じ立場だったら、同じ気持ちになっていただろうから。

「大切な物って人それぞれじゃないですか」

 ただ、誰かに大切にされている物なら、私も大切にしてあげるべきだと思った、それだけ。あの子だって、他者にとっては古びたクッションだろうが、私にとっては大切なものだった。
 そう、これらはけっして先輩の為に取った行動じゃない。持ち主に大切にされていたのに、他者の価値観や心情によって廃棄されるなんて、物が悲しむと思ったからだ。
 私はあいにく姉のような根からの善人じゃない。あくまでも先輩が真剣に求めていたから彼に返したのであって、もし誰も探し回っている気配がなければ、そのうち拾った場所に戻していたことだろう。
 でもその本心を取り繕って、それらしい言葉で返答する。だってこんな物を中心とした思考、普通の人には理解できないだろうから。

 そこでキーホルダーについてのやりとりは終わったのだけれど、以来何かとイデア先輩(本体)やオルトくんが絡んでくるようになったのだ。
 今でこそ解消されたとはいえ、当時はまだ人間不信をこじらせていたのでオルトくんはともかく、イデア先輩に対しては『寮長って立場からして仲良くしておいて損はないか』と屑思考全開で接していたのだけれど……。
 私と同じように対人恐怖症をこじらせている上にそれを隠せてないがゆえに、色々と可哀想なことになっている彼を放っておけず、オルトくんと一緒に世話を焼いてるうちに絆されてしまって。いつの間にか兄弟揃ってよく遊ぶ友人ポジションに収まっていた。
 まあ幼い頃からロクに人間関係を築けていないものだから、イデア先輩やマブ達とは友人だってことをなかなか実感できなかったんだけども。

 ただオルトくんに恋したきっかけについてはよく覚えてる。あれは小テストの点数で落ち込んでいた時だった。
 私は勉強が苦痛じゃないタイプだ。独り立ちするに当たって少しでも良い条件を迎えられるよう、成績優秀であることに越したことはないと勉強する習慣が身に付いていたから。
 なので元の世界と共通している数学といった一般科目や魔法史のような暗記系は問題なかったが、逆にこちらにしかない理解型教科にはめっぽう弱かった。なにせ基礎がない、だけどこの学校で習うのはそれを学んだ前提の問題だからだ。
 きっと先生方に相談すれば親身になって解決方法を考えてくれただろうけど、その頃の私は姉と比べられてきた経験から大人を信用できなかった。一番身近な学園長がその信頼できない大人のトップを極めていたから、なおさら。
 だからといって生徒達を頼るのはもってのほか。頼ったところで弱味を握られるだけで力にならない可能性は高いし、確実に応えられる相手は相手で対価に何を要求されるかわからない。今になって考えたらあまりにも失礼だな……。
 実際はデュースの成績を見る限り鬼補習で済んだんだろうけど、当時は早くなんとかしないと退学させられる、身一つで見知らぬ土地に放り出されてしまうと恐怖に駆られ、でもどうしたらいいのかわからなくて。

 そうして図書室の死角になっている場所で頭を抱えていた私のところに、たまたま通りがかったオルトくんがバイタル異常を察して話しかけてくれたのだ。
 私はオルトくんには初期から心を開いていた。彼はヒューマノイドだったし、私が大好きだった彼にどことなく似ていたから。
 それで全く躊躇うことなく一部の教科が基礎からわからなくて悩んでいると話したところ、オルトくんは搭載してる検索システムを使って、適切な参考書を探してくれたのだ。
 検索内容を口頭で伝えるぐらいはできるが、教育用プログラムはインストールされていないから授業のように人に教えるというのは難しいらしい。そう言って彼は一冊目が終わった後のオススメの参考書も教えてくれて。
 それがひどく嬉しかった。そんなこともわからないのかと馬鹿にされなかったことが、まるで自分ならできると期待してくれているようなことが。もちろんオルトくんはこういった場合に罵倒するようなプログラミングがされていないだけで、基礎から学びたいという悩みに最適解を演算で弾き出しただけだとわかってる。
 それでも今まで姉と比べられバカにされたことしかなく、期待や興味を持ってもらえなかった私にとっては何よりも嬉しかった。

 あの頃はまだオルトくんへ恋してる自覚はなかったけれど、図書室での一件からというもの私は積極的にオルトくんと話すようになった。
 私達が一緒に過ごしていると、よく「ふええ」と言いながら凄いスピードで何かをメモするイグニハイド生が物陰から見ていて若干恐怖を感じたりしたこともあったが、それでも私はオルトくんへ会いに行くのを止められなかった。
 外部刺激による知識のアップデートを好む彼に合わせて、この世界だと得ることのない知識……つまり私の世界についての話題を中心にしておいた。目論見通りネットには無い知識は新鮮だったようで、とても食いつきがよくて。
 地球における名作、私の世界のエネルギーについて、この世界で伝わる神話との違いなどなど、図書館に置いてあった学習漫画から深く調べていった内容を彼にたくさん語った。彼にとっては何の役にも立たない話だろうけど、真剣に耳を傾けてくれるのが嬉しい。

 そうやってオルトくんと親しくしていたある日、私は元の世界の、あの子を失った時のことを夢で見た。おかげで朝からメンタルはぐちゃぐちゃで、オルトくんと会う放課後まで引きずってしまっていたように思う。
 もちろんそんなのバイタルチェックを有しているオルトくんにはお見通しで、だから私はこれまで誰にも話したことのない元の世界における自分の情報を初めて口にした。語りながら思わず感情的になってしまいそうな自分を押さえ込みつつ、できる限り客観的に説明して。
 学園長は明らかに私の帰還方法を探していない。おそらく私を帰さないつもりか、そもそも最初から帰る道はないのだろう。
 だからもう私には関係ない過去の話だと区切りをつけたはずだった。でも全く決別できていなかったらしい。思い出すたびに異常なまでに口が渇くし呼吸が速くなる。バイタル的に問題があったのだろう。途中オルトくんがストップをかけてきたけど、それでも私は話し続けた。
 そうして語り終えた時、予想とは裏腹に私はこれまでにないくらい晴れやかな気持ちになっていた。誰かに話すと心が軽くなるとはよく聞くけれど、まさにその状態だったんだろう。
 話を聞いていたオルトくんは無言で何か演算している様子だった。きっとこの場における最適解を出そうとしてくれたんだろうけれど、私はそれを遮った。話を聞いてくれて楽になった、ありがとう、と。この問題はきっと彼のスペックをもってしても解決策は出ないし、私自身も求めてない。だからただただ彼の負荷になるだけだって。
 それで終了した話だったのだけれど、オルトくんはなんと次の日にカウンセリング機能をイデア先輩に言って搭載してきたのだ。彼は最先端の医療ツールを搭載しているものの、イデア先輩の判断でメンタル面のサポートは対応が難しいからといって省かれていたらしい。だが私の様子からして、早急にこの機能が必要だと判断したとのことだった。
 正直私としてはその行動だけで充分だったのだけれど、イデア先輩からも研究データが取れそうだからとお願いされたこともあり、使用させてもらった結果、精神的にかなり安定したように思う。具体的には今度こそ元の世界のことを振り切れる事ができたのだ。
 そこでようやく私はオルトくんへの片思いを自覚した。でも叶えるつもりはなかった。だってそうだろう、彼が私に優しくしてくれるのは、私がイデア先輩の友人だから。それ以外の理由なんてないのだ。

 元々の好意に加えて、二度も助けられたことから日々恋心を募らせる中、あの事件が起きた。シュラウド兄弟オーバーブロット事件、ついでに私の女バレである。
 その影響でオルトくんは自我を持って編入してきたけれども、あと私が女ということで周囲の生徒達の態度が軟化したりしたが(どうもツイステッドワンダーランドの男は女を大切にするよう刷り込まれているらしい)それ以外はこれといって大きな変化もなく、平和に日常を過ごしてきた。
 きっとこの学園に居る限り、今後も様々なトラブルに巻き込まれるだろうけど、それも悪くないかなとか。卒業後、嘆きの島で就職できる資格についてイデア先輩にアドバイスもらっておこうかなとか。そんな風に考えていた矢先、私は学園長からその考えを覆すような説明を受けた。どこまでも世界は私に優しくないらしい。
 その件についてショックを受けていた私を助けてくれたのも、やっぱりオルトくんだった。様子のおかしい私をいつものように宥めてくれて。今回のことについては話せなかったけども、無理に話さなくていいよと言ってくれた。
 その優しさにああやっぱり好きだなあと胸を痛めて。けれどそんな事は言えるはずもなく、ありがとうと言って終わるはずがあの日は少し違った。

「僕ね、さんのことが好きなんだ。だから、さんの力になりたい。さんのヒーローになりたい」

 思わぬ言葉に固まってしまって、けど「こんな風な言葉をかけてくれるぐらいの友情を築いてきたんだ」と喜んでいたのも束の間、続けざまに「さん、お願い。僕の恋人になって」とおねだりしてきたものだから、完全にオーバーヒートした。
 一瞬、学園長からの宣告が吹き飛ぶほどの衝撃発言にめちゃくちゃ動揺して、それから彼の事を思うなら止めておけと理性的な私が叫んでいたけれど、本心には逆らえず私は彼の告白に頷いてしまっていた。
 あの事を考えると憂鬱で、でもそれ以上に嬉しくて、色んな感情がごちゃまぜになる私に「ありがとう! じゃあまずは交換日記からだね!」と張り切った様子のオルトくんが交換日記を渡して、私達の交際は始まったのだった。

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