酷愛 02

 変な時間に目が覚めてしまった。時計を見たところ、もう一眠りできそうだと思いつつも、全く眠気がなくて。どうしようと悩んでいたところ、ヘッドボードに私宛の手紙を見つけた。
 たぶん寝る前にはなかったはずだ。こんな堂々と置かれている以上、ただでさえ何かと目敏い夫が気付かないはずがあるまい。それにしてもいつの間に届いたんだろう。昨日も夜更かししたというか……させられてたのに。
 封筒を手に取って、隣で眠る夫を起こさないようにベッドから抜け出す。そして現在、リビングにて私はその手紙の文字を夢中になって追っていた。

「……ママ、何してるの?」
「わっ。こんな時間にどうしたの?」

 眠たげに瞼をこすりながら現れた娘に尋ね返せば、水を飲みに来たのだと。魔法が使えたらすぐにその場で用意できるが、私達はそうもいかない。戸棚から取り出したコップへ蛇口の水を注いで彼女に渡す。
 小さな手でコップを持って一生懸命こくこくと飲む姿のかわいい事と言ったら。たぶんこの子は夫そっくりだから余計にそう思うんだろう。私によく似た末の息子達も、もちろん文句なしで可愛いけれども。
 飲み干したのを確認してコップを回収し洗い桶に付けておく。この子を寝かしつけたら戻ってくる予定だから、ひとまず手紙をリビングテーブルの上に置けば、それに気付いた娘が首を傾げる。

「ママ、なんのお手紙読んでたの?」
「病院から来た予防注射のお知らせだよ」

 今も大好きな人からのラブレターなんて馬鹿正直に言ったら、おませなこの子の事だから私も読みたいと言い出すに決まってる。だからと言って下手な嘘はダメだ。この子ってばパパに似てやたら勘が鋭いんだよね……。
 なのでエースから、かつて教えてもらった『嘘を吐く時はちょっと真実を混ぜるとバレにくい』という教訓をここぞとばかりに利用させてもらう。
 今さっき読んでいたのは別の手紙だけれど、昼間読んでいたので一応これでも本当のことを言っているのだ。効果は抜群だったようで、青ざめてぴたりと固まる娘。続けてパパ宛だと付け加えれば見るからにホッとした様子を見せた。
 娘はすっかり手紙への興味を失ったらしい。さっきまで手紙への好奇心でキラキラ輝いていた目はとろんといかにも眠たげだ。だっこと甘えてくる彼女を抱きかかえ、子供部屋へと向かう。
 私の腕の中ですぐに寝息を立て始めた彼女の寝顔はさっき見た夫にそっくりで、つい唇が緩む。ああ、幸せだなあ。

「もう朝……?」
「あ、ごめんね。起こしちゃった?」

 娘を寝かしつけた私は手紙を持って寝室へと戻ってきていた。物音には十分気をつけたはずだけど、部屋の中に入って数秒後のろのろと夫が身を起こす。もしかしたら起こしに行く時と同じ状態だから勘違いしたのかもしれない。

「まだ時間あるから寝てて大丈夫だよ」
「ん……」

 私も二度寝するつもりでベッドの上、いつもの定位置である彼の隣へと座り込む。ぼーっとしている彼の視線が私へと向かって。しばらく私の手元を見つめたかと思えば、ごしごしと彼が目をこする。
 だがあいにく見間違いじゃないんだよね。そのことに気付いてしまった彼の目が見開く。続けてわなわなと形の良い彼の唇が震えて。この薄闇でもわかるくらい、彼は真っ赤になったり真っ青になったり。
 こんなに動揺している彼を見るのは十年前のあの日以来だ。慌てふためいている彼には悪いけれど、私は笑みを浮かべずにはいられなくて。

「これからも幸せにしてね。私も愛してるよ、エース」

 手紙の締めの言葉へ返答する私に、最愛の夫ことエース・トラッポラは絶叫をあげたのだった。

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