酷愛 03
「……ちょっとは落ち着いた?」
「落ち着けるわけないじゃん……」
うわあああと叫びながら私の手から封筒をひったくったはいいが、かつて自分がかけた魔法のせいで破れなかったことにパニックになり、最終的にフレイムブラストを唱えようとして「室内で火の魔法は止めて」と私にひっぱたかれた。
それが現在掛け布団にくるまっていじけているエースの身についさっき起こった出来事である。かなりの大騒ぎだったが、昨晩かけていたらしい防音魔法のおかげで子供達には勘付かれなかったのは幸いだった。こっちの世界では親子で部屋が別々なのが当たり前だということに最初は慣れなかったけど、今になっては本当にこの文化で良かったと思う。
「……むしろなんでお前、あれ読んでそんな平気な顔してられんの?」
エースの追求も一理あるだろう。だって深夜テンションも多少手伝っているかもしれないが、それを抜きにしてもあの手紙は普通にヤバい。こんこんと連ねられた恨み節とか、文面に滲み出まくってるドロドロの愛憎模様とか、ぶっちゃけ人間怖い系のホラー映画で出てきそうだなと思った。だけどもそれはあくまで客観的に見た場合の話である。
「だって戻ってきて誤解とくまでのエースもズバリあんな感じだったし、何を今更……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
本人的に黒歴史だったらしく、私の指摘に再びエースが唸り出す。掛布のせいでわからないが、たぶん中の彼は頭を抱えていることだろう。
いやーあの時は凄かった。なにせ顔見るなり無言で私を家に連れ込んで一晩中抱き潰してきたからね。死んだ目で私のこと犯しながら「オレと結婚するよな?」と言ったと思えば、返事聞く前に中に出したり。
おかげでそれまで私めちゃくちゃ大事にされてたんだなあと思い知る羽目になった。そりゃあ、たまに激しくされる夜もあったけど、基本的にエースは私に無理させることはなかったし、何も言わなくてもしっかり避妊してくれてたし。
そんな意地悪ながらも普段は優しい彼が自分の欲望を剥き出しにしている姿に正直興奮して。状況がイマイチ分からないまま、いきなり激重感情ぶつけられた事に驚きはしたけど、別にまんざらじゃなかったのである。
「そもそも十数年過ごしてきた元の世界を三時間で捨ててきた私がそんな事で引くと思う?」
……何せ私も彼の事を言えないくらい、重い女なので。
卒業式の前日に私は元の世界とツイステッドワンダーランドを行き来する方法を見つけたのだ。だが生憎こちらと元の世界は時間軸が違うらしく、元の世界での一時間がこちらの世界の十日間に匹敵するのだと。
とんだ親不孝ものだとは思いつつも、私は最初からエースのいるこの世界に残るつもりでいた。だから学園長の養子に入ったり、卒業してからはNRCの事務員として働けるよう計らってもらっていて。
けれどせめて家族に別れは告げたかったから、たかだか数時間にはなるものの一時帰宅を決定したのだ。すぐ戻ってくる予定だったから皆には伝えなかった。下手に帰るって言うと、どこかで誤解が生じてお見送り会とか開かれたら気まずいしなあって……。
だから学園長にだけその旨を伝えて「私がいない間は出張に行かせたって事にしてください」とお願いしたのだ。
……なのに私の話を全く聞いていなかった学園長はよりにもよって「元の世界に帰った」という事だけをフューチャーしてくれやがったのである。そりゃ学園長が旅行のパンフを捲ってる時に突撃した私も悪いんだけどさ……。卒業式当日とかそれどころじゃないだろうって気を遣った結果がこれだよ!
おかげでエースと一緒に結婚報告を兼ねて友人達への誤解を解きに行った時、めちゃくちゃ気まずくてしょうがなかった。この件については未だにわりと恨んでたりする。
元々おおらかというかアバウトなうちの両親は約一週間ぶりに帰ってきた娘の絵空事じみたお別れの言葉をあっさり信じて、最後に一緒に夕食を囲むと快く送り出してくれた。
七人の弟妹達もおおよそ同じ反応で。ただすぐ下のしっかり者の妹だけはメンバー内で唯一ツッコんできたが、たまたま持ってこられたスマホにあったエースの写真を見せたところ「このイケメンが相手じゃ無理もないか」と納得してくれた。
友達には魔法の世界うんぬんは伏せつつ「彼氏とずっと一緒にいたいので電波繋がらないくらい遠い国に引っ越す」というメッセージをエースとのツーショットと共に送りつけたところ「リア充この野郎、幸せにならなかったら許さねえぞ!」と野次じみた祝福をしてもらって。
そうやってハイスピードで元の世界とさよならして、再びツイステッドワンダーランドへと舞い戻ってきた私を待っていたのは驚き飛び上がった学園長。
その時点でなんとなく嫌な予感はしてたんだけど、いきなりどこかに連絡し始めた学園長が電話を終えるのを待って、もう一度経緯を話しきった瞬間、息を切らしてエースがやってきて。
で、さっきも言った通り、いかにもヤバい雰囲気を放つ彼に拉致された私は弁解する間もなく……恥ずかしいから省略するけどドスケベな目に合いましたとさ!
私から結婚の承諾をもぎ取った上、子作りを済ませてもエースはまだ闇が深そうな笑みを向けてきたんだけど、一から説明して誤解を晴らしたところ、今みたく身悶えていて。
そんな彼に私は「どうせ学園長、あの調子じゃ事務員の話なかったことにしてるんで養ってください」と最低のプロポーズを決めたのだった。まあ後でちゃんとしたプロポーズも仕切り直しってことでエースがしてくれたんだけどね。
ちなみにその時仕込まれた子供がさっきまで話していた長女で。まだ魔法のコントロールがイマイチなところを除ければエースそっくりな彼女は親の贔屓目を抜いても美人さんなので将来が楽しみだったりする。
ただあの手紙を読んで一つだけ私の中に懸念材料が生まれていた。
「……それより私、エースが子供そんなに好きじゃないってことが引っかかるんだけど」
というのも既に私は彼との間に五人の子供を授かっているのである。ただ本当は欲しくなかったのに、私があんまりにも喜ぶから無理させていたのかなと。私のエゴで彼に良いお父さんを強要させてしまっていたのか、不安に思ってしまって。
思わず俯いていれば、布団から抜け出したエースが目の前に座る。不服そうに唇を尖らせている彼の頬は少し赤い。
「お前みたいに子供好きじゃないけど、との子供はかわいくてしょうがないに決まってんじゃん」
「……そっか。そうだよね。エース、子供達の事、すっごく可愛がってくれてるもんね」
「っていうより、あれはただの負け惜しみというか……どうやってもお前は子供に囲まれて幸せそうに過ごしてるんだろうなって」
「確かにエースの言うとおりだね。そこに素敵な旦那様が加わったら、今の私そのものだよ」
機嫌良く唇を緩めながらエースに抱きつく。突然甘えられたにもかかわらず、エースは当たり前のように抱きしめ返してくれる。
しばらくそのぬくもりを堪能していれば、ゆっくりシーツへと体を倒されて。昨晩と同じようにエースが私に覆い被さる。お互いうっかり起きてからだいぶ時間は経っているけれど、いつもの起床時刻にはまだ遠い。でもまだ朝には違いないのに。
「……エースのえっち」
「よくわかってんじゃん」
咎めてもエースは一切悪びれない。本気じゃないとはいえ、ここまで開き直っちゃうのか。私もとんでもなく悪い人を好きになってしまったものだ。
朝にするには不健全なキスが贈られる。私がその気になってしまえば勝ちと分かってるので舌使いに容赦が無い。ただ私とてやられっぱなしで済ませるつもりはなくて。なのでパジャマの裾に手が入ろうとしたタイミングで私はとっておきを口にする。
「エース、私も後でラブレター書くね。すっごく熱烈なやつ」
「やめて」
「凄く嬉しかったからだめ」
それから実はあんな風にかっこ悪く取り乱してるエースを見るのも好きだから。なんて言わないけどね。
私の企みを阻止すべく、あとは本来の目的に従ってエースの手付きが激しくなる。いつものように何にも考えられなくなる状態に追い込んでやろうという魂胆なのだろう。残念だが、そうは問屋が卸さない。
うっかり失念していたエースと違って、私が忘れることはないだろうから。さっき視界の端へ映ったヘッドボード、そこに彼の手に渡ったはずの私宛の封筒がちゃんと戻ってきてくれていたので。もし頭から抜けてもすぐに思い出すことだろう。
「……私も大好きだよ、エース」
いくら言っても足りないけど今はひとまずこれで。愛しの旦那様の首に腕を回す。彼のパジャマのポケットにそれはそれはあつーいラブレターが挟まる日はきっと近いことだろう。