終わらないハッピーエンドを君に 02
「メシの食い方ってモロに育ちが出るじゃないッスか」
昨日の宴の残り物(スカラビア寮提供)をラギー先輩がアレンジして作り出した朝食を共に口にしている時だった。いつものように豪快かつ素早く食べ終わった先輩が、私の食事の様子をしばらく眺めた後そう切り出した。
彼の言うとおり、食事時というのは最も育った環境が出る瞬間だ。食は日常であり、本能の一つでもある。だからこそ取り繕うのが難しく、素が出てしまうものなのだろう。
彼の話に返そうにもまだ最後の一口が飲み込めていなかったので、ひとまず頷いて肯定を示す。
「くんもお嬢様だけあって、レオナさんとカリムくんみたくメシの食い方めちゃくちゃ綺麗だなと思って」
スプーンを置いて、こちらの世界では意味がないと分かりつつもごちそうさまを唱えてから改めて先輩に向き合う。私のその対応に「あとそういうところも」とラギー先輩が付け加えた。私としては習慣だからあまり意識していなかったけど、他の人からするとかなり行儀よく見えるものらしい。
「うーん……でも私は所詮成金の娘ですから、お二人みたいな本物の方と比べたらお粗末なものですよ」
「確かにくんって言い方悪いんスけど、彼らと比べるとだいぶ俗っぽいッスよね。考え方とか金銭感覚やらが、庶民的というか」
「たぶん元の世界では普通の公立の学校に通ってたので、そのせいかと」
名門校に通わせる為のお金が惜しかったのか、資本階級だけでなく一般的な思想についても学べということなのか。今となっては知るよしもない。
ただ学校は好きだった。しょっちゅう他の子と比べて自分の異質さを思い知らされていたけど、それでも学校にいる間はただの女の子でいられたから。
父にとって私は政略結婚の駒でしかなかった。私自身には関心がなく、そして私が本気で反抗できるほどの気概がないと知っていた。きっとあの家出すらラギー先輩の「命さえあれば何とかなる」という言葉を聞いていなければ、言われるがまま例の婚約者に嫁いでいたことだろう。だからこそ父が定めた花嫁修業や礼儀作法の稽古事さえこなしていれば他は比較的自由が利いたのだ。
学校をあれほど楽しく思えたのはきっと小学校からの親友達がいたのも大きい。彼女達とは中学を卒業するまで毎日のように遊んでいた。
話したことも聞かれたこともない。でも今思えば、彼女達は薄々私の事情に気付いて、少しでも家の事を考えずに済むようにしてくれていたのだろう。
好きな人のお嫁さんになりたい、そんな一般的には幼稚と捉えられる私の夢を彼女達は決して笑わなかった。それどころか、ならきっと叶えられるよと応援してくれて。
「くん」
でもそんな彼女達を私は一方的に裏切って切り捨てた。
「はどこの高校に行くの? 同じ高校だったらいいな」そう聞いてくれた彼女達に、家事手伝いとしか書くことが許されなかった進路希望調査票を握りつぶしながら「親の仕事の都合で外国の学校に行くんだ」なんて平然と嘘を吐いて。
知られたくなかった、見られたくなかった。むざむざ夢を潰されて、好きでもない男に媚びへつらって生きていくしかない私を。きっと助けてと縋れば助けてくれたであろう優しい彼女達を巻き込みたくなかった。
卒業してからは外出を禁じられていた事もあり、スマホを壊してしまえば彼女達との連絡は一切断つ事ができた。便りが無い以上、きっと新しい生活が始まれば私のことなどすぐに忘れるだろう。
……だったら良かったのに。あの子達はきっと私を忘れようとしない、彼女達はそういう子なのだ。何年も一緒いたのだからわかる。わかってしまう。突き放した今もなお、彼女達は昔なじみである私を心配してくれているのだろう。
「なんでまた泣きそうな顔してるんスか」
ラギー先輩の追求に、すっかり思考に溺れていた私は我に返った。
言ったところでどうにもならない。でも何かと鋭いラギー先輩相手に誤魔化せる自信はなかった。だからぽつぽつと、その未練について私は口にする。
あの子達にごめんねって、それからもう大丈夫だって、幸せになったよって、伝えたかった。できるだけ簡潔に彼女達の事を語った後、そんな願いで話を締める。ずっと静かに耳を傾けてくれていた先輩は苦笑いを向ける私に目を細めて。
「ならイデアさん頼ると良いッスよ」
「へ?」
「数少ない友人であるくんのお願いとあらば、あの人絶対断らないだろうし」
意外な名前が出てきたことを不思議に思って、深く話を聞いてみたところ驚くことが判明した。
なんとイデア先輩、私と会話するうちに、私が元いた世界のゲームや漫画に興味を持ってしまい、密かに取り寄せる技術を開発していたらしい。異端の天才やばいな。才能の無駄遣い、いやこれは一応有効活用なのか……?
取り寄せられるのだから、ちょっと弄れば逆に送り出すことも可能だろうというのがラギー先輩の見解だった。
何故ラギー先輩がそんなことを知っているのかと言えば、イデア先輩の方からこの技術を使って私をツイステッドワンダーランドへ取り戻そうと協力を持ちかけたからだそうだ。
ただこの技術は一度、送付元となる世界で対象を転移が容易となる細胞レベルまで分解して、渡った先で再構築するという設計上、無機物にしか使えなくて断念したらしい。普通に死にそうなので生命体では絶対やりたくないと。
……なんか元の世界のホラー映画でそんなのあったなあ。人間と蝿が混ざっちゃうやつ。フィクションとはいえ、あれを知ってる身としてはイデア先輩に備わった倫理観と慎重な性格には感謝するしかない。
というか思ったより私、イデア先輩の好感度稼いでたんだなあ……。最初の野良猫ばりの警戒心バリバリの姿を思い出し、なんだか感慨深い気持ちになる。
「ラギー先輩、教えてくれてありがとうございます」
「お礼なんて必要ないッスよ、お代はもうたっぷり頂いたんで」
ほくほく顔になっているだろう私に何故かラギー先輩も上機嫌だ。情報料はいつものドーナツでいいだろうか、そう考えつつ心からの感謝を込めて礼を口にする。
ならば思ってもいない回答がラギー先輩から返ってくる。ごろごろ、先輩は楽しそうに喉を鳴らしながら分かっていない様子の私に笑いかける。
「おかわり、とーっても美味かったッスよ」
喉に続いて先輩の大きな耳をぴこぴこ動きはじめる。なんで先輩、本当にこんなご機嫌なんだろう。せっかく付け加えてもらったが、やっぱり咄嗟にはわからず私は首を傾げる。
おかわりって……今日の朝食はラギー先輩が作っ……。
——オレ、おかわり大好きなんスよね。
熱くなった顔を両手で押さえながら俯く私へ、ラギー先輩はニシシと笑って「ごちそーさま」と告げたのだった。