夢の続きをはじめよう 03

「クルーウェル先生、が元の世界へ帰ったってどういうことですか……!」

 緊急集会の名目で集められた僕達へ学園長が告げたのはの帰還だった。昨日までの彼女にそんな気配、全く見せていなかったのに。なのに周囲を見渡しても、オンボロ寮の列にいるのはグリムだけ。
 だからといってもちろん納得できるはずがなく、エースと共に集会終了直後、学園長へと詰め寄ったが、もう過ぎたことだと軽くあしらわれてしまった。
 だが、一人きりになった僕に学園長は耳打ちして「詳しいことはクルーウェル先生に聞いてください」と。
 誰かに聞かれてはまずいことなのかと思った僕はすぐにも尋ねたい気持ちを抑え、内密でクルーウェル先生へ約束を取付けて。そして今、防音魔法の効いた進路指導室で僕は彼に寄り迫っていた。

「お前は当事者だからな、伝えておくべきだろう」

 意気込む僕に対して、先生は嫌になるくらい冷静だった。ふう、と一息吐いて彼は「お前には覚えがあるだろう」と口にする。その言葉は僕がを傷つけた出来事を指しているのだろう。

「お前が治療した仔犬の病はツイステッドワンダーランドの風土病だ。彼女の世界には存在しない」

 それに僕は最近の彼女の様子を思い出す。はまた調子を崩しているようだった。でも症状は軽く、悪化する気配もなかったから様子見で収めていたのだけれど。
 続けて僕は彼女を死なせたくなくて、でもを傷つけたくなくて、必死で彼女の病について調べた時の記憶を引き出す。結局あそこまで進行してしまったら、性交渉以外の有効な治療法は無いと突き付けられ、絶望する結果に終わったのだけれど。ただ確か初期段階ならば投薬で治療可能と書いてあった気がする。
 そこから僕はとある結論を出す。もしかして……はサキュバス病を再発したんじゃないか。そして幸い今回は薬で治せた。だとしてもこの世界にいる限り何度も発病する可能性があるなら、それは根本的な解決にはならない。
 サキュバスシンドロームは命に関わる病気だと僕は身をもって知っていた。どんどん冷たくなっていく彼女の姿がフラッシュバックする。弱っていく彼女の心音、途切れ途切れになっていく呼吸、あの恐怖を僕は生涯忘れることはないだろう。

「スペード、お前ならわかるだろう? ……彼女の状態を考えるなら、ここから離れるのが最善策だったと」

 先生の投げかけた質問に、あの日、彼女を傷つけてでも、自分のエゴを通した僕は何も答えられるはずがなかった。

 彼女が消えたあの日から、僕の胸はぽっかりと穴が開いてしまったようだった。
 学園内にも、なんでもない日のパーティでも、オンボロ寮にすら、彼女の姿は見えなくて。の声は聞こえなくて。思い出の中でしか感じられない気配と、彼女がいたという痕跡に、がもうここにはいない事実を日々思い知らされる。
 僕はどうするべきだったのだろう。学園長の言うとおり過ぎてしまったことにもかかわらず、僕はあの日の事を選択をずっと後悔し続けて。悩んでも悩んでも答えはでない。こんなの僕らしくないと思っても、いっこうに僕は割り切れず。
 早く彼女への想いを振り切ればいいのだろう。でもそれだけは嫌だ。が好きだ、もう会えないとしても、僕は。

「ぶっちゃけ聞くけど、デュースお前、とヤっただろ」

 明け透けな質問に飲みかけていた紅茶を吹き出す。気管に入ったせいで咳き込みながら目を白黒させる僕。対照的にしれっと防衛魔法で僕から飛んだ飛沫を遮った彼はどこまでも冷静だ。そんな彼の隣に座るグリムも落ち着き払っている。
 というか、二人して僕を見る目は冷めているというか、明らかに呆れた表情を浮かべていた。

 いつまでもそんな腑抜けた顔をされちゃ寮生に示しが付かない、と急遽エースから面談を設定された。確かに最近の僕はずっと心ここにあらずといった状態だから、お叱りも当然だなと納得して。
 僕としては一喝されるつもりだった。だから指定された時間通り、彼の部屋を訪ねれば何故かそこにはグリムも同席していて。
 その事を不思議に思いながら薦められた紅茶を口に付けた瞬間にあの質問だ。質問の内容もそうだが、あまりにも切り出すタイミングが唐突すぎる。これで動揺するなというのは無理があるだろう。

「ちなみにサキュバスシンドロームの治療の為だってわかってるから、まあそれでも一応確認ってことで」

 あまりに混乱していて、それとうっかり余計なことまで口にしてしまいそうで何も言えずにいた僕へエースが言葉を続ける。疑問は残るがそこまでわかっているならとひとまず頷く。

「ちゃんと説明するから、その間に落ち着いてよ」
「わ、わかった……」

 なんとか返事をすれば、宣言した通りエースは話始めた。
 時系列に沿った方がいいだろうということで、まずはエースが彼女の病に気付いた理由について。これは僕が原因だった。
 の病気がわかってから僕は門限ギリギリまでオンボロ寮にいたわけだが、その間エースが副寮長の仕事を一部肩代わりしてくれていたのだ。当時はとても助かった、まあ彼女が治ってから結構な対価を払わされたのだけども。
 そこはひとまず置いといて。エースは代理で処理した資料を僕の机に届けた時、広げていたサキュバスシンドロームについての本の記述を見て、ついでに積み重ねていた他の書籍も同じくあの病に関するものだった事から勘付いたらしい。

 それから僕が治療者だとわかったのは先程知らされたように熱心にあの病について調べていたから……というのもあるが、何よりが回復した後、僕と彼女の間の空気が何とも言えないぎこちなさに溢れていたらしい。
 お前らは今まで通りと思ってたみたいだけど、あの頃からのお前ら、なんか変に壁というか距離あったからねとエースが指摘する。なおあの意見にグリムにも力強く同意していた。
 必死で隠していたことがこんなにもバレバレだったことに思わず項垂れる。と同時に新たな疑問が浮んでいた。
 エースが隠し事に気付いていた理由はわかった、でも何故この場でそれを話題に出したのか。いくら考えてもわからなくて、頭を抱えていれば、いつもの調子でエースは口を開く。

「で、なんでお前はそんなうだうだ悩んでんの?」
「え……なんでって……」
「今のデュース、お前らしくないんだゾ」
「そうそう。なんかさ、諦めようとしてない? 全然できてないっぽいけど」

 僕の悩みは二人にはお見通しだったらしい。今の僕が自分らしくないことは僕が一番分かっている。いつもの僕ならきっと迷わず彼女との再会を目指していたはずだ。なのに二人の言うとおり、今の僕の考えはむしろ逆の方へ進んでいる気がする。
 でもその理由はわからないし、知ることもできない。だってこの事は誰にも話せるような内容じゃ……あれ?
 時間はかかったものの、そこでやっと僕は二人がこの場を設けてくれた理由を悟る。そうか、二人はわかってくれてるんだ。だったら。
 緊張に喉が鳴る。うまく話せるかは定かじゃないけれど、何とか僕は一言目を発した。

「……には好きな奴がいるんだ」
「デュース今さらお前何言ってんの?」
「えっ」

 絞り出した難問へ返された辛辣な言葉に思わず声を上げる。僕何かおかしなこと言ったか、いや言ってないよな……?

「だ、だから、には好きな人がいるのに、僕は無理矢理彼女を抱いてしまって」
が好きなオスはお前だろ?」
「?????」
「……あー、うん。察した。そこからお前ら拗れてんだな」

 グリムの発言に疑問符が湧き出るばかり。そんな中、エースは一人納得していた。本人である僕を置いてわかった顔をしないでくれ。
 そこから今度はエースによる尋問が始まった。彼女の病がわかってからのやりとりを根掘り葉掘り確認される。そして話を進めるごとに「本当に手かかるヤツだよな、お前ら……」と呆れていた。だから一人でわかってないで、ちゃんと説明してくれ。
 僕の祈りが通じたのか。一通り話を聞き終えたエースは先にグリムに耳打ちして、それから僕へ解説し始めた。

「デュースは遠回しじゃわかんないだろうし、端的に言うとはお前が好きなわけ」
「でもは好きな人がいて、僕には抱かれたくないって」
「言葉通りに受け取っちゃダメだって。アイツ、遠慮しいだし変なところで臆病でしょ。で、はお前が自分を好きだと思ってないから、セックスしたら友達じゃなくなっちゃうかもって怖かったんじゃない?」
「そ、そうなのか……? だけど、あの夜、すごく嫌がられたんだが」
「下手なオスの交尾は嫌がられるんだゾ」
「ウグッ」

 グリムのストレートすぎる一言に思いっきり突き刺される。相棒であるの影響を受けているのか、あまりにも容赦がない。そりゃあ僕は童貞だったし、自信があったかと言われたら焦っていたのもあって正直微妙だけれども……!
  いや見栄を張るのはよくないな、あの時のはものすごく痛がってた……。思い返してベコベコにへこむ。どうしよう、泣いてしまいそうなんだが。
 事実だとしても話進まないから早く立ち直ってよ、と圧力をかけてくるエースを少し殴りたい衝動に駆られながらも俯いていた顔を上げる。

「ようはお前、に嫌われたと思ってたから、アイツに会いに行くの怖かったんでしょ」

 エースの一言がストンと胸に落ちた。自分でもわかっていなかった悩みの本質が明らかになったことに思わず目を見開く。

「だったら安心してよ。アイツの性格からして、お前のこと好きじゃないなら友達に戻ろうなんて頑張れないでしょ」
「そう、だな……」
「子分の病気の再発のせいでこっちにこれないなら、俺様達が自由に会いに行けるようにすればいいんだゾ!」

 絶対に大魔法士になった俺様を見せてをびっくりさせてやるんだゾ!とグリムが胸を張って宣言する。そんな自信に満ちあふれた彼の姿は小さな体なのに随分頼もしく見えた。こんなにも良い友人に恵まれた僕は幸せ者だな。
 ありがとうと零す僕に笑った二人が各々に対価を要求する。感動を返してくれ。まあこれこそNRC生なのはわかってるが締まらないな……なんて思いつつも、今の僕は晴れやかな気持ちだった。

 何年かかったとしても会いに行こう。そして伝えたい、お前のことが好きだと。ずっと一緒にいてほしいと。

 その気持ちを胸に僕は密かに異界渡りについて調べだした。卒業してからも、長年の夢だった魔法執行官に就任してからも、暇を見つけては学園に寄って研究し続けて。
 だがこれといった成果が出ないまま、淡々と時間だけが過ぎていった。

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