夢の続きをはじめよう 02

! 俺様、今年の衣装はこの色を使いたいんだゾ!」
「おー今回はなかなか派手なチョイスだね。でもグリムの毛色なら似合いそう」

 私の恋が死んだあの日から早くも一月が経つ。
 死にかけていたのが嘘のように私の体調は回復していた。病を知っていたグリム達は泣いて喜んでくれたし、知らなかった友人達も回復をささやかに祝ってくれた。大々的にしなかったのはすぐに日常へ戻れるよう、配慮してくれた結果なのだろう。
 そして肝心のデュースとの関係だが一番恐れていた事態にはならなかった。あの日、目覚めた時にはデュースはいなくて、他の友人達と共に顔を合わせた彼の態度はこれまで通り。嫌いと言われたのは気のせいだったのだろうか。
 なんにせよ思ってもみない反応に驚くと同時に感謝した。私達の間には何もなかった。そうなる道を選んだ以上、きっと私の恋はもう叶わない。でも彼もまた今まで通り、友達でいられるようにしてくれたのだと。
 嬉しかった、だってこれなら傍で彼の夢を見届けられる。それこそが一番私の欲しかった未来なのだから。

「この色をアクセントカラーにするなら、メインは白地がいいんじゃないかい?」
「白かあ……」

 一年の時のハロウィン衣装はおじさん達に作ってもらったけれど、二年目からはこうしてアドバイスをもらうだけに留めて、自分で作るようにしている。
 気の良い親戚がよくお下がりをくれたり、やんちゃな弟達がよく服を破いてきたこともあって裁縫はわりと得意だった。
 二人目の弟が母のおなかにいる時に父が亡くなった影響で、私は幼い頃から母に代わり家事を担っていて。オンボロ寮が名前通りだった頃の生活は、元の世界で仕込まれた家事がなければもっと苦労してたんだろうなあと思う。

「おや、白は嫌だったかい?」
「嫌というか……ちょっと待ってね」

 おじさんの提案に悩みながら、私はスケジュール帳をめくる。
 もし当日に生理が被っていたらまずいなあと予定日を確認した私はある事に気付いてしまった。何度も何度も確認してもそれは間違いじゃなくて。そんな、まさか。

「どうしたんだい、?! ひどい顔色だよ!」
、また調子悪いのか?」

 ドッドッドッ、心臓が嫌な音を立て始める。かたかたと指先の震えが止まらない。つーっと冷たい汗が伝い、背筋が寒くなる。心配してくれる皆の声がなんだか遠い。

 今まで生理周期が狂ったことなんてなかった。でも予定日は二週間近く前だった。
 最近なんだか吐き気がしていたけれどPMSだろうって。でもお父さんが亡くなる少し前のお母さんも同じ風になってなかったっけ?
 初めてじゃなければ、終わった後に先生の元へ駆け込む余裕があったのかもしれない。だけどデュースとの関係が壊れることばかり気にして、私は自分自身に目を向けていなかった。
 まだちゃんと調べたわけじゃないけれど、気付いた私はもう確信していて。思わずおなかに手を添えていた。

 ——ここにデュースの赤ちゃんがいるんだ。

 そう実感した瞬間、ふっと気持ちが落ち着いた。決して安心できる状況じゃないのに、自分でも驚くほど穏やかな心持ちだった。
 そしてこの子を絶対に守るのだと気力が湧き上がってくる。おかげで顔色が戻ってきたのか。ホッとした様子の皆に心配させたことを謝りながら、私は今後について思考を巡らせていた。

 学園長とクルーウェル先生に事情を話して病院に連れて行ってもらった結果、やはり私は妊娠していた。
 本来サキュバス病の患者が身ごもることはないらしい。魔力と生命力は深く関係している。なので通常は不足している生命力を補おうと取り入れた精気が魔力に変換されるが、私はその性質を持ち合わせていないからだろうとの見解だった。
 避妊薬を失念していたとクルーウェル先生には謝られたけれど、きっと貰っていても思い出せるだけの余裕があの時の私にあるとは思えなかった。
 だけどもこれから行おうとしている無茶を通せるよう、私はその事について口を噤む。ちょっとした後ろ暗さ、それはきっと交渉に上手く作用してくれることだろう。

 デュースとの約束を破ってしまうのは申し訳ないけれど、私は絶対にこの子を育てたかった。
 でも私の立場や年齢からして中絶を薦められる可能性の方が高い。だから徹底抗戦する覚悟を決めていたが、二人とも生むことについては一切反対しなかった。
 ただ私の『元の世界に戻ったことにして誰も知らぬ場所で一人で育てる』という選択については二人して異論を述べた。クルーウェル先生はちゃんとデュースと話し合えと。学園長はデュースにあの夜について忘却処置した上で、休学しオンボロ寮での生活を薦めてきた。
 だがデュースの未来を考えたらそれはできない。この三年間頑張ってきたおかげで、彼は来年、魔法執行官の元でのインターンシップが内定している。夢に大きく近づくチャンスだ。でも、もし私を妊娠させたことが知られてしまえば、その話は取り消されてしまうことだろう。
 それにきっと真面目なデュースのことだ。私の妊娠を知れば責任を感じて、夢を諦めてでも私達を養おうとするに違いない。学園長の案にしたって、子供がもし彼に似てしまえば疑問を抱いて、それにより魔法が綻んでしまう可能性が高かった。いっそ私との記憶全てを消すことはどうかと提案したが、それは負担が大きすぎるし、記憶の齟齬が出やすくなるから意味が無いと断れてしまった。
 よって私の意見は曲げられない。だってデュースは親友である私を助けようとしただけだ。なのに彼の夢を、未来を潰すなんてもってのほか。だから私はこの子と共に彼の前から消えるしかないのだと。

 長らく平行線の会話の後、私の意志が固いことを悟ったようだ。二人は私の案を飲んで、その方向で協力してくれる事となった。
 住居、就職先、みんなへの説明についてなど必要事項を突き詰めていく。そして準備が整い次第、私はナイトレイブンカレッジから立ち去ることに。
 デュースやエース、友人達に別れは告げない。きっと彼らは快く送りだしてくれるだろうけど、離れがたくなってしまうから。
 ただ病気について知っていたグリムには今後の事もあるので、離れる直前に学園長達と考えた理由を話しておくことにした。

「グリムのこと、どうかよろしくお願いします」

 そして退去する当日、私は学園長とクルーウェル先生、いつか大魔法士になって会いに行くと泣いてくれたグリムに涙しながら、逃亡先に繋がる鏡を通っていった。

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