恋するタイムパラドクス 01
「えっ」
胸ぐらを掴まれた瞬間、反射的に足をかけていた。それによってぐりんと後ろ向きに半回転した彼を見ながら、長年の習慣ってなかなか抜けないものだよなと他人事のように思う。背中から床にたたきつけられた彼は何が起こったのか分かっていない様子だった。こっちの世界には護身術はあれど、柔道とかはないらしいのでそりゃわからないよね。
喧嘩において胸ぐらを掴むのは悪手である。両手で掴まれそのまま下へ押し込まれれば床に転がされるし、捻り上げて脇で固められたら骨折られるし、今の彼みたく顔面を押された勢いで投げ技を決められたりするのだから。
「あだだだだだッ、いっ、おまっ、やめっ」
孔雀色の目を丸めて、ぽかんとしていた彼には悪いが、あの態度からして会話に持ち込めるまで無力化しておくべきだろう。なので仰向けになっている体へのしかかり、彼の右腕に関節技をかけさせてもらう。
きまった途端、彼は必死でもがいている。かけた技の影響で私の背中を叩く彼の左手には殆ど力が籠もっていない。どんなに体格差があろうとも相手の力が強くとも、逃げ方を知らない素人相手を押さえ込むのは容易いものだ。
ちゃんと頭を打たないよう落とし方から注意を払ったし、今とて痛みこそ凄いだろうがちゃんと怪我しないよう手加減だってしているし。
体重をかける為にもぐっと胸を押しつければ、びくっと彼の体が跳ねて声色が変わる。
「あ、あれ、むね、やわ、えっ、おまえ、おんな……?」
「だったら話聞いてくれるかな、デュースくん」
「なんでお前、俺の名前知ってんだ……?」
女には暴力振らないって言ってたし、この調子だったら離しても問題無いなさそうだな。そう思って解放してやれば、起き上がった彼の顔はトマトみたく真っ赤になっている。
私に対する対応は普通だから忘れてたけど、そういえばデュースって女の子に耐性無かったな。なのに顔面におっぱいなんて刺激が強すぎたか。でも寝ている相手への関節技で危なくないのって同じような体勢しかないので許してほしい。
姿勢を正して彼の正面に座る。たとえ彼の方が気まずげに目線を逸らしていたとしても、会話する時はちゃんと相手の目を見ようとするスタンスは崩したくなかった。
「こうして夢で会うのは初めてだけど、現実の方では会った事あるからね」
「そうなのか……?」
今のデュースとは会った事があるので全くの嘘ではない。だが私の言葉を素直に信じ込む姿にやっぱり彼はデュースなのだなと実感する。
今、私の目の前にいるデュースは相変わらず綺麗な顔だが見慣れたそれより幼く、髪はド派手な金色に染められている。胸ぐらを掴まれた時の目線もいつもより低かった。目つきの鋭さのせいもあって印象が違いすぎる、声変わり前だったらたぶんわからなかっただろう。
私にはこの不可思議な状況を迎えた原因に心当たりがあった。おそらくだが昨晩摂取した『分け合って飲んだ相手と夢を共有できる薬』のせいだろう。授業でペアになったデュースと作ったのだが、その結果をレポートにまとめるよう課題が出ていたのだ。
飲むにあたって私の体質的に問題ないか、クルーウェル先生には確認してOKを貰っていたのだが……。現状からして効果は多少変質してしまっているようだ。たぶん安全面では大丈夫そうだからゴーサインが出たんだろう。
これらは後でレポートに記載するとして、まあそれだけのこと。深くは追求しまい。とにかく気付けば私はこの見慣れぬ部屋におそらくミドルスクール時代のデュースと閉じ込められていた。
記憶は昨晩、課題も兼ねて泊まりに来た恋人の方のデュースと……その、そういうことをしていたところで途絶えているし、先述の通りここは夢の中なのだと思う。
そのわりには見た事ない彼の姿がやけにハッキリしてたり、痛みとか感覚があるのは気になるけれど、ひとまず私の妄想力が凄いということにしておこう。
なんで男装してた頃の姿になっているのかはわからないけど、夢なんてそんなのだし、もし寝るというか気絶した時のままだとすっぽんぽんなのでどんな服だろうと着ているだけありがたい。
さっきは状況を確認しようとしたところで、突然現れた彼に「なんだテメエ」としょっぱなから喧嘩を売られた為、あのやりとりに至ってしまったのだ。ひとまず雰囲気的にも心情的にも落ち着いたので改めて周囲を見回す。
ひとまずドアを調べたがガッツリ鍵がかかっている。もしかしたら魔法が使えるかもしれないが、マジカルペンを持って無さそうなのと初期の彼の魔法の腕を顧みて敢えて尋ねなかった。あとは大きなベッドが一つ。
「えーっと、なになに……『相手と仲良くしないと出られない部屋』……?」
白いシーツのせいで見えにくかったが、ベッドの上に一枚紙切れが落ちていた。
古代語で書かれたそれはどうやらこの部屋の説明書らしい。他には何も書いていない、これじゃあ他の訳もできちゃうんだけど。うーん、夢とはいえ仕事が雑だなあ……。
きっと書かれた条件を達成し、この部屋から出れば目覚めることができるのだろう。わかりやすくて何より。
デュースが私の後ろから紙を覗き込む。「うっ」と嫌そうな声に彼の古代語のテストの点数を思い出して納得を覚えた。
「……お前、それ読めんのか?」
「実技がダメな分、筆記で補う為にも頑張って勉強したからね」
「あんなに強えくせに運動苦手なのか?」
「体力には自信あるんだけど、全く魔法が使えないんだ」
女とバレた以上まずありえないが、懲りずに襲ってくるようだったら、もう二、三度投げ技からの締め技を決めるつもりだったんだけど。
あんな仕打ちの後だからもっと険悪な雰囲気になるかと思いきや、想像以上に彼は好意的な態度を示してくる。脱出方法からしてこの方が助かるものの、純粋にどうしてだろうと不思議だった。
魔法が使えない奴にマウント取ってたって言ってたから舐められると思っていたのだ。もしかして性別のせいだろうか、そう一瞬考えてすぐ改める、そういえばヤンキーとか不良って拳で友情芽生えるところあったなと。過去の経験もあって、いやというほど納得してしまう。
彼の中では魔法が使えることより喧嘩が強いことに重きを置いているのだろう。ということはあの初期対応は彼相手だと最適解だったらしい。
彼の質問を軸にして私達の会話は弾んでいく。
「さっきのアレってなんだ」
「アレっていうと……大外刈のことかな? 故郷の武術の投げ技だよ」
「お前小さいくせによくあんなのできるな」
「実家が現代武道の道場……えっと色んな格闘技の稽古やってて、お父さんがその先生なんだよ。それで昔からやってて慣れてるからね」
武道の中には自分より強い相手と敵対した状況を想定した技があって、そういったものは体格差や力関係無く決められるようになっているのだ。仕組みを語ると長くなるから略すけど。
なおそういった技を私は得意としている。というのもお父さんの道場の生徒は彼みたく自分より大きい上にヤンチャ……ぶっちゃけガラの悪い悪童ばっかりだった。で、私はチビであり、男だと思われていたせいで昔はしょっちゅうちょっかいを出されて、その反撃にああいった技を決めまくってたから。
まあ幸いちゃんとした(?)というか筋の通った不良だったらしく一回ボッコボコにしたら後は舎弟として付き従ってきたけど。
「おおそとがり……だっけ。アレ全く見えなかった。お前凄いな」
シンプルな褒め言葉。でもひどく心に染みる一言だった。思わず唇が緩む。
父が教えてくれた技の数々は私にとって誇り高いもので、だからこそこちらの世界に来て私は自信をバッキバキに折られてしまったのだ。周囲にとっては当たり前の魔法という存在によって。
私が身に付けた技は相手と距離が近くないと使えない、でも魔法は遠くからでも攻撃できるし、私は魔法を防ぐ術を持たない。拳が銃に勝てないのと同じ。銃が規制されている現代日本ならばそこまで気にしなかったけれど、こちらの世界では自分が培ってきた技術が通用しないのが当然。その現実が私を大いに打ちのめした。
ただ、そんな私を再び返り咲かせてくれたのはデュースだった。あれはいつものように見も知らぬ輩が絡んできた時の事だ。下手に怒らせて魔法を使われてはたまらない。そう思って黙ってやりすごそうとしたところ、デュースが乱入してきて拳で相手をボッコボコにしつつ私を見て叫んだのだ。私闘で魔法は使えないんだ、と。
そんなの建前じゃないかと思ったけど実際に拳で相手を締めてる彼を見たら、なんだか変に吹っ切れてしまって。迷わず相手に金的を決めた。なお「さすがにあれはダメだ」と後押ししておきながらデュースにのちのちツッコまれた、何故。
ただあの件以来、格段に絡んでくる連中は減ったし(目を合わせた瞬間、震えたり逃げ出す奴は増えた)それでもちょっかいをかけてくる根性のある連中は投げたり締めたり落としたりしているうちにどうしてか親しくなったり。(私が一方的にだけど)殴り合った末に謎の友情が芽生えるのは異世界の不良でも同じらしい。まあ結局、女バレした今はみんな普通に優しいんだけどね。
そんなこんなで魔法の世界だろうと拳が通用すると知った私は自信を取り戻して、ついでにデュースへの好感度が跳ね上がっちゃたりして。
「お前、そういえばなんで男の格好してるんだ?」
「……女の子なのが嫌だったから」
こちらの世界に来る前から、私は髪の毛を短くして、胸を潰して、男の子みたいに振る舞っていた。だからツイステッドワンダーランドにて突如始まった男装生活もすんなり受け入れられて。長い間、私は『ぼく』として振る舞っていたのだけれど。
私の様子に何かしらの事情を感じ取ったのだろう。デュースは踏み込んでいいものかどうか悩んでいるようだった。私としてはデュースとは長い付き合いだし何なら深い関係に至っているから全然構わないけれど、彼からしてみれば、ほぼほぼ初対面なのだ。だから私の方から切り出す事にした。
「私ね、小さい頃にお父さんを捨てて家を出て行った母親にそっくりなんだ。女の子の格好してると余計に似てて、それが嫌だったんだ。お父さんにあの人を思い出させて悲しい気持ちにさせたくなかったんだよ」
冷静に思い返せば、そんな風に無理してる私を見てむしろお父さん辛そうにしてたんだけど。あの時は意地になっていたのと、精神的に余裕がなかったせいか、全く気付かなかった。
まだ微かな手がかりが見つかったばかりだけど、いつか元の世界と行き来する方法が確定したら、ちゃんとお父さんに謝らなきゃな。それから女の子になった私を見せて、デュースのことを紹介したい。その件について彼は了承済である。
「ここではどうしてか男装しちゃってるけど、今はもうちゃんと女の自分を受け入れてるよ。好きな人のおかげで女の子に生まれて良かったって思ってる」
私が語った事により、何だか気遣おうとしている様子が彼から見えて。
だから、もう解決してるので気にしないで、そうアピールする為に説明を加える。ちゃんと主張できたはずなのにデュースは先程よりも暗い顔を見せる。なんか私、変な事言ったかな。いや言ってないよね?
「……好きな奴、いるのか」
「うん。真面目で努力家で優しくてかっこいい人だよ」
「……そうか」
彼は正体を知らないとは言え、本人に言うの結構恥ずかしいな、コレ。
私が女だと最初に気付いたというか、指摘してきたのは意外にもデュースだった。きっと何かと鋭いエースの方が先に突っ込んでくると思っていたのに。
どこで私が女だとわかったのかは教えてもらってないけど、ただ彼は「一人の女の子としてがずっと好きだった」と告白してきて。
女の子として扱われるのが嫌だったはずなのに、彼が私の事を女の子として見てくれているのが嬉しかった。それに私もデュースが好きなのかとその時に自覚して。
彼と付き合い始めてから最初はデュースの前だけで女の子に戻っていたのだけれど。しばらくしてというか、その、えっちなことをしてからは完全に男装を止めて、今に至る訳だ。
あれからだいぶ経っている。なので現在、身に付けてるだろうサラシがキッツイ。たぶん(デュースのせいで)成長したせいもあるんだろうけど……。
さっきまで立て続けに質問を繰り返していたデュースだったが、急に黙り込んでしまった。きっと話のネタが尽きてしまったんだろう。
「鍵、開かねえな」
「……そうだね」
「俺はお前の事、好きになってるのに。お前は違うのか」
汚れのない瞳に言葉が詰まる。大好きだよ、元から。だが私が狼狽えているのには事情がある。なんとなくそんな気はしてたけど、できれば避けたかったなあと。
「私も君のこと好きだよ」
「じゃあなんで扉開かねえんだよ」
「…………その、なんていうか、えっと」
「嫌いなら嫌いってハッキリ言えよ。もう嫌われるのなんか慣れてんだよ」
言葉に対して、彼の声色は切羽詰まっている。それを聞いてしまったからにはもう腹を括るしかなかった。
「さっきの命令書の『仲良く』って単語なんだけど、性行為って意味もあるんだよ」
「……は?」
「つまり、その、セッ……ぇ、えっちしないと、出られないんだと思う」
私の推測に火が付いたかのよう真っ赤になったデュース、おかげで見開かれた反対色の瞳がよく目立つ。ぎゅっと噤まれた唇と震える体に彼の動揺がありありとわかった。
私達のすぐ傍にある都合良く置かれてるベッドにそんな気はしてた。たかが夢の世界での話。だけどなんかやけに現実味がある夢だから嫌だったんだよ。だいたい私達まだ出会って数十分しか経ってないんだぞ!
でも……どうしようもないんだよな。くいと彼の服を引いて「ごめんね」と謝った。