婚星迎え来たる夜に 03
頼りないシーツ一枚しか羽織ってない状態でベッドに腰掛ける私はきっとかつてない死んだ目をしてることだろう。目の前のやたらツヤツヤしてる彼とは違って。
「、おはよう」
昨夜の淫靡極まりないアレはただの夢だった、そう思わせるような爽やかな笑顔だった。実際そうならどれほど救われたことだろう。
——私、もう二度とお酒飲まねえ。目覚めて早々に私は禁酒宣言をキメざるをえなかった。この通り現在進行形で、とてつもねえやらかしをしてしまっているので。
差し出されたカップからふわりと漂うコーヒーの香りに目が冴える。それが今は憎くてたまらない。こんなことならいっそ一生目覚めたくなかった。
私の心情など知らず、記憶よりも大人びた顔の彼は「飲まないのか?」と呑気に首を傾げてる。そのいとけなさを感じる仕草は相変わらずだなあと思って、同時にそんな細やかな部分まで覚えてる自分の未練がましさに嫌気が差した。
せめて先に目覚めて逃げ出していたなら、と一瞬悔いたものの即座に無理だなと結論付ける。だって昨日アホほど飲んでたし、めちゃくちゃ疲れさせられたし、大体彼は朝練とか職業柄で早起きに慣れてる。そもそも、ここどこかわかんねえ。いやデュースの手慣れた様子と纏ってるパジャマからして彼の自宅だろうなってことはわかるけども。
一応拭いてくれたのか、事後特有の肌のべたつきこそなかったが言えない場所の違和感には頭を抱えたくなった。昨夜は相当酔っていたので全部とは言えないものの大半は覚えていて、その中には彼の問題発言や行動も含まれている。なので自分の身にナニがあったのか、ちゃんと理解してる。
ここからどうするべきか。そう考えてひとまず私は腰の鈍痛に少し呻きながら散らかされた洋服類をかき集める。それに気付いたデュースがカップを置いて手伝ってきたが、今はその親切を純粋に受け止められそうもない。
疲労困憊の体を無理矢理動かして服を着込む。よろよろと立ち上がって私は彼に向き合って。
「昨夜はご迷惑おかけしました、それではさようなら」
「待ってくれ」
「ええい離せ! 私帰る、おうち帰る!!」
昨夜以上に自棄になりながら叫ぶ。掴まれているのは手首だけ、なのにびくともしない。相変わらず馬鹿力だなあ! でも痛くないのが今は逆に腹立つ!
こんなことなら律儀にお詫びなんか言わずに無言でトンズラすべきだったか。どうせ10mも走らないうちに捕まるだろうけど!
「一緒に飲んでたジャックならまだわかるよ! でもなんで私デュースと朝チュン決めてんのさ!!」
「……ジャックが良かったのか?」
「言っててキレるぐらいなら口にしない方がいいんじゃないかなぁ!? 結婚相手としかする気なかったよ! そもそも論点そこじゃない、なんであの場に居なかったデュースとこんな事になってるの?!」
声を張り上げて訴えかける。すっかり昨夜のアレで喉が嗄れてるというのに酷い仕打ちだ。
叫びまくってぜーぜーと息を切らす私へ「ああそのことか」とデュースは腑に落ちたように呟いた。それと同時、彼の抜け落ちていた表情が戻ってくる。普段怒った時のヤンキーモードとは違うガチギレした時の顔に実はすごいビビっていたのは私だけの秘密だ。
「僕とエースもあの場にいたからな」
「は……?」
「ボックス席に座ってた。一応軽い認識阻害魔法はかけていたが……お前、かなり見てくるから内心ヒヤヒヤしてたんだぞ」
デュースの発言に昨夜チラ見しただけのボックス席の金髪二人組の姿が頭に浮かぶ。彼らは私より先に座っていた。じゃあつまり昨日の全部、筒抜けだったってこと……?
それと連ねて昨夜なんとなく覚えていた違和感が浮き上がる。休日前にしてはやけに空いていた店、長時間飲んでいたにもかかわらず全く出入りのない客、多少無茶の利く馴染みの店を指定したのは。
「もしかして……ジャックとエースとグルで」
「ああ。ちなみにグリムとエペルとセベクもだ。本当は全員来れたが、わざと断ってもらった」
私の推理は当たっていたが、デュースは完全に開き直っていた。その態度に二日酔いとはまた別の意味で頭が痛くなる。
エース、今日残業で無理〜とか断ったくせに。おそらくあれだな、一人だったらカウンターに座るしかなくて盗み聞きがバレやすくなるから協力を頼んだんだろう。いつの間にそんな悪知恵付けたんだ、親友だからってそんなとこまで影響されるんじゃない!
「仕方ないだろ、は僕に連絡してくれないし、させてもくれない。人伝じゃなきゃ何もできないんだから」
若干怒りを滲ませた声色だった。それに私は一瞬言葉に詰まる。
私はあの日デュースの連絡先を全て消して、機種変した後は共通の友人達へ漏らさないように頼んでいた。たぶん客観的に見れば私に非がある。
それに全部バレてしまった。あの日吐いた嘘も、彼から離れた理由も、未練タラタラなのも、本当の願い事も、デュースの耳に届いてしまった。
「離して、デュース」
だったらなんだ。だとしても、私が彼の傍に居られないことには変わりないのだ。好きな人が自分のせいで不幸になっていくのを見て耐えられるほど私は強くない。
「聞いたならわかってるでしょ。私、結婚するの。だから今夜の事は忘れるし、デュースの子供だって産まない」
「僕と結婚するんだろ」
「ッだから、できないってば! 本当は、デュースと結婚したいよ。でも、できないんだよ、私じゃダメなんだよ! だからお願い、離して、もう諦めさせてよ……」
あれだけ泣いたのにまだ残っていたなんて。大粒の涙が私の目からぼたぼたと滴っていく。ひっくひっくとしゃくりあげる私をデュースは困ったように眺めている。
昔の彼ならおろおろ慌てふためいていただろうに。この五年で私の知らない彼に成長したのだなと少し寂しくなってしまう。ただ「なあ」と問いかける声はあの頃と変わらず優しいままだった。
「は学園長からの話、了承したんだよな?」
「うん」
「つまり僕との縁談受けたんだよな?」
「そうだ…………なんて???」
疑問を詰め込んだ瞳を向ければ、やっぱりデュースは困惑した顔のままで。でも私の方がもっと混乱していることだろう。お互いの頭の上に無数のハテナマークの幻覚が見えそうな混迷具合である。
ついでに脳内の義父が私優しいですから!とほざきながらダブルピースを決めているのが見える。だって、デュースの言い方じゃまるで、学園長が薦めてきた相手は。
「、頼む。一度ちゃんと話し合おう」
切実な彼の声色に、未だ当惑の最中にいた私はただ頷くしかなかった。
◇
まず私が質問する形になったのだが、それにより私が今まで抱いていた認識の殆どを否定されて。次に彼がこの件に関連することについて語り出し。
「——と、これで僕が知ってることは全部だな」
デュースは口下手で、エースとはまた別の意味で誤解を受けることが多かった。警察官はあらゆる職の中でも報連相が重要視されるし、その頻度も極めて多い。だからこのままではマズいなと在学中ひたすら彼の弁論スキルを鍛えられるよう特訓して。その甲斐あってだろう、先程の彼の説明は大変分かりやすかった。
だがデュースの話を聞き終えた私は眉間に皺を寄せ、おそらく非常に難しい顔をしていることだろう。私がそんな態度を取っていたから「もう一度話した方がいいか?」とデュースが尋ねてくる。それに私は「わかったから大丈夫だよ」と断って。
そう、彼が言ってくれたことは情報量の密度が凄まじかったものの、ちゃんと理解しているのだ。ただ心が追いついてないだけで。
結論から言えば、今の私は彼と結婚しても何ら問題なかった。というか、むしろ推奨されている状況らしい。
かの名門魔法学園ナイトレイブンカレッジを治めるディア・クロウリーの義娘。この肩書きはそこへ至る経歴が不問になるほどの社会的立場を得るもので。またそれ以外にも私は各国の要人と深い親交を持っていた。
おかげで様々な界隈に強力なパイプを獲得している私は人脈を求む者からすれば、喉から手が出るほど欲するもので。警察社会からしても魅力的だったと。
普段ダメなとこばっかり見てるから俄には信じがたいけど……学園長ってそんなに凄い人だったのか。なんか犬と喧嘩して私が作ったプリン食べられたなんて泣きついてきたりする人なのに……?
あと各国の要人うんぬんは単に後輩のよしみで仲良くしてもらってただけなんだけども。そういえば、あんまりにも普通に付き合ってたから忘れてたけど、先輩方、名家当主とか王族とか業界人ばっかりだったなあ……。
ともかくそういったわけで私が警察官の彼と結婚することで、学園長は警察組織とのツテが持てる、警察側としても様々な方面に繋がりを持ちやすい。そしてその婚姻における当事者達も気持ちが通じ合ってるから、なおさら歓迎してると。
もう私、この時点でおなかいっぱいなんだけど。やっぱりまだ頭を抱えるのを止められそうもない。
「お前の言うとおり利用する意図もあっただろうが……学園長は学園長なりにのこと大事にしてるぞ。さっき話したが、僕のことを熱心に応援してくれてたぐらいだからな!」
「それ応援じゃなくてたぶん嫌味だよ、デュース……」
私が知ったら何もかもかなぐり捨てて全力で逃げるとわかっていたからだろう。学園長はうまく仕事を割り振ることで、私と鉢合わせにならないようにして、定期的にデュースを学園に呼び出しては会合を重ねていたらしい。そこで毎回デュースに早く就任してくれ、そう言い聞かせていたと。
学園長もグルっていうか黒幕じゃん。おそらくデュースの話を聞く限り、私の魂胆を全部見透かしてこのような状態へと運んだのだろう。昨日「元の世界に戻りたいからってデュースと別れたのに?」って聞こうとしたのは何だったんだ。
……あー、なんとなくわかってしまった気がする。あれだ、わかってないフリしてこの一連の展開を私に悟られないようにしたと。普段おちゃらけた態度ばかりで完全に油断してたけど、そうだよね、ヴィラン育成機関の総括が食えない人のはずないんだよなあ……。
「そうなのか? 確かに学園長にはたまにイラッとさせられる事もあったが……。大体は我慢できたけど、さすがにの手作りプリンを自慢された時はキレたな、つい奪って食べ尽くしてしまった」
「犬ってお前かい!」
「え?」
「ごめん、こっちの話」
人間、成長した所で性根はそうそう変わらないものだ。だからあの頃からピュアだった彼は私の指摘にきょとんとしていて。だからこそ学園長のさらっと出された蔑称がよく目立つ。
学園長、コネは欲しいけど基本的に警察嫌いなんだろうなあ。国家の番犬って言われるように、少なくとも表面上は正義寄りの職業だし……ヴィラン的には思うところがあるんだろう。
それだけ嫌ってても私とデュースの結婚を薦めたのは警察という巨大組織との繋がりが欲しかったのか、あるいはデュースが言った通り多少なりとも私の心情に沿ってくれたのか。何にせよ、次会った時は少しばかり優しくしてあげようと思った。
「なあ、」
まるでガラス細工に触れるかのような手付きで、両手が彼の掌に包み込まれる。そんな風に私の手を握りながら、デュースはまっすぐ真摯にこちらを見つめていた。彼が何か言わんとしていたのはわかっていたが、まごついている間に私が口を開く。
「……デュースは、怖くないの?」
「何がだ?」
「私が傍に居てもデュースの夢を壊さずに済むのはわかった。けど私は結局、異世界の人間である事には変わりないんだよ。見かけと違って、この世界の人とは体の作りが根本的に違うかもしれない。だから子供ができない可能性があるし、生まれても魔力がないかもとか、そもそも人の形すらしてないかもしれないのに」
「待ってくれ、もしかして……それも聞いてないのか?」
「えっ」
再びデュースの解説タイムが始まる。さすがに自分の話だから知っているだろうと判断され、省かれたそれは先程と同レベルの重大な情報だった。
私が学園長の養子になるにあたって、おおよそ数ヶ月に渡る精密検査を受けることになった。体液や細胞組織等、正式な研究機関に依頼して調べてもらうと。それほど大規模なのはきっと検疫に纏わるから、そう思っていたのだけれど。
言ってしまえば私は外来種である。この世界において未知の病原菌を持っていても何らおかしくはない。だけども、それまでそういった事を全く考えてなくて、私はデュースと体の関係を持ってしまっていた。
だから彼に悪い影響がないか、それだけは真っ先に確認してもらったら問題ないと。で、あとは学園長の養子として認められた以上クリアしたんだなあと流してしまっていた。
だがデュースいわく、私はこの世界の人との子供を産む事に問題がないどころか、むしろ魔法士の母体として最高の資質を持つらしい。
仕組みについてはデュースが「説明は受けたんだが……スマン、全く理解できなかった!」と言っているので、まあ後々個人的に確認するにして。
魔法士の間でも限られた者しか知らないらしいが、この世界の人間でも極稀に、私と同じく魔力を全く持たずに生まれてくる者がいる。そしてその人達の子供は必ず強い魔力やユニーク魔法を持っているのだと。
確認しようにも魔力が無いことを恥じて隠す場合が殆ど、見つけたとしても全力で逃げられるため、今まで殆ど研究が進んでいなかった。だが私が惜しみなくサンプルを提供したことでハッキリ証明されたと。
こんな大事な話、それも私に関する話なのに肝心の私が今の今まで初耳ってどういうことなの。なお、この件についてもデュースは学園長から聞いたらしい。義娘への報連相もちゃんとしてよ、頼むから。
あとついでに学園長がホロスコープでガッとした結果も大丈夫だったと。未だに占星術が苦手なデュースらしい報告を受けながら、私はただただ居たたまれない気持ちになっていた。
っていうかこの一連の話を聞いて今更ながら気付いたが、学園長が私とデュースをくっつけるのに協力したのは私達の体質もあるんだろうなと。デュースの、ヴィランの血を引いていれば闇の鏡に選ばれやすくなる。学園を運営する立場からすれば、一人でも多くの優秀な魔法士候補が欲しいだろうから。ホンット食えない人だな。
「今度こそ誤解とけたよな? ……色々とおかしいと思ったんだ。皆して『このままじゃが学園長の決めた相手と結婚するぞ』って謎の作戦立て始めるし、お前はお前で僕と結婚できないような事を口にしてるし」
デュースからすれば本当に意味のわからない状態だっただろう。なのに流されるままにな部分もあれど、よくここまで持ち直したなと感心してしまった。
未だ情報と心の整理がちゃんとつかないっていうか、感情ぐっちゃぐちゃなんだけど。こんな時どんな顔をすればいいの。たぶんベッドに座ってた時みたく死んだ目をしている私に対して、デュースはいつもの実直な表情のまま。その浅葱色の眼差しがひどく眩しい。
「その、さっきの話の後でなんだが、僕はにお嫁さんになってほしい。たとえ子供ができなくてもかまわない。いやもちろんとの子供は欲しいんだけども。才能とかそういうのはどうでもいい、の子供だから欲しい。悪い、うまく言えないんだが……」
あれだけの醜態を晒してきたにも関わらず、デュースは私に愛想を尽かしてないらしい。それどころか改めてプロポーズをしてきてくれる。
こんな私に彼の手を取る資格はあるのか。どこまでも彼が優しいからこそ、私は自分をどんどん許せなくなっていく。
「……私が今までやってきたことって、なんだったんだろう。全部無駄だった。デュースの為だって言いながら、デュースのこと傷つけただけとか……バカみたい」
「そんなことはない。あの時、俺を思って突き放してくれたお前の優しさは間違いなんかじゃない」
私の体を引き寄せて、デュースは強く抱きしめてくる。そのあたたかさにまた泣きたくなる。なんでそんなに優しくしてくれるの。私、デュースにとってすごく酷いことしたし、誤解だったとはいえ、もっと酷いことしようとしてたのに。
「別れの時、お前は言葉こそ冷たかったけど、僕以上に辛そうな顔をしてたのがずっと気になってた」
猫かぶりは得意なのになあ。にぶいはずの彼にこんなハッキリ見抜かれているなんて。それだけ無理をしていたんだけどさ。
「僕が警察官になる前に母さんが言ったんだ、自分のせいで僕が警察官になれないかもしれないって。今はそうでもないけど、昔は片親だと不利だったらしいから。それで身辺調査のことを知って……が僕から離れたのは、もしかしてこのせいだったんじゃないかって気付いた。その日まで僕は知らなかったんだ」
「仕方ないよ。私、言わなかったもん……」
学生時代、デュースにはよく勉強を教えていた。元々勉強は嫌いじゃないし、兄にあれ以上迷惑をかけたくなくて中学時代は優等生として通っていたから。
NRCに通い始めてからも座学については強かったから、最終的には魔法についても取り扱うようになったけれど、まずはミドルスクールの問題から始めて、そのうち父と兄の影響で知った警察官に関する話題もデュースへ伝えるようになった。
でも私にとって都合の悪い話は敢えて教えなかった。あの身辺調査の件だってそう。デュースのお母さんは気にしていたけど、私はもう、それが問題にならないとわかってたから口にしなかった。だから彼は知らなくて当然だ。
「今でこそ問題ないと判断されたけど、あの時のお前はまだ身寄りがなかった以上、身辺調査が入ったら警戒対象になっていたと思うんだ。だからあの日、お前が突き放してなかったら、僕は……夢を諦めてたかもしれない。知っていた場合でも同じ事になってた気がする。そしたら……それこそ、お前は僕から離れていって、僕どころか誰にも届かない場所へ死ぬまで逃げ切るんだろう」
「……少なくとも、今みたいに会おうと思えばいつでも会える場所にはいないと思う」
「だから、きっとあの日の別れは必要だった。でもそれで良かったんだ。ほら、約束しただろ」
——迎えに行く、って。
腕を緩めてデュースは私から身を離す。けれどその事を寂しがる間もなく唇を合わせてきた。胸が満たされていくような優しい口付けだった。
私の大好きな青色が細められる。あの日とは違って、幸せそうにデュースは微笑んでみせる。
「、僕と結婚してくれ。そして僕がおじいさんになるまで、おかえりって返してくれ」
必ず彼はこの願いを届けてくれるのだろう。彼と共に未来を歩める喜びに頬を緩ませながら、私は今度こそ迷いなく頷いた。