つまりはそれだけのこと 02

「魔力による疑似妊娠か、珍しいな」

 しばらくして、私はクルーウェル先生にあの件について相談していた。
 エースは対策がないと言っていたけども、魔法に造詣の深い先生方ならばまた違った意見が聞けるかもしれないと思ったのだ。事が事なので恥ずかしくないといえば嘘になる。でも背に腹はかえられない。
 随所はぼかしているとはいえ、生徒の性事情を聞かされたにも関わらず先生は不快どころかむしろ楽しげな様子を見せて。自慢の愛車や愛犬について語る時と同じようにキラキラ目を輝かせていた。

「えっと、珍しいんですか……? 彼の口ぶりからしてよくある事だと思ったんですが」
「トラッポラの話には決定的な間違いがある。あと意図的にぼかしているようだな、アイツらしいといえばアイツらしい」

 一言もエースが相手とは言ってないのに何故バレているんだろう。疑問に思っても話の腰を折るのは憚られる、なので黙って先生の話に私は耳を傾けた。

「結論から言えば、トラッポラが告げた通り対策はない」
「そうですか……」
「当事者達が望んでそうなっているからな」
「えっ」

 おっぱい出すのが?
 まさかの情報に戸惑いを隠せない。私じゃなくてもおっぱい出すのがお前の望みとか言われたらびっくりするに決まってる。するよね、普通?!
 困惑する私へ「特別授業だ」と張り切った様子で先生は語り始めた。

「まず、この現象は異性間でないと発生しない。男の性質と魔力を溜め込む能力を持つ子宮があっての話だからな」

 そういえば授業でそんな話があったなと思い返す。それから異世界の人間だからということで、以前秘密裏で行われた健康診断でも教えてもらったなあーと。
 ただ粘膜接触で魔力云々は全く聞かされてないけど。まあ私もその時はエースとこんな事になるなんて考えてなかったしなあ……。

「魔力は体液に多く含まれる。その為、粘膜接触を行うと女性は相手の魔力を吸収するが、本来であればすぐに排出される。言い方は悪いが異物だからな」
「じゃあ、その……自浄作用的な力が私は弱いからこんな事になってるんですか?」
「いや、診断書を確認したが正常値だ。そもそも排出力が弱いと吸収自体もされない。足りない能力を補う為だろうな、最初から拒絶するらしい」

 ならばどうしてこんな事になったのだろう。元より人体に詳しい訳ではないし、ましてや異世界の知識ともなると全く見当が付かない。
 もったいぶっている訳ではなく、全く知識の無い私に合わせて基礎から教えてくれているのだろう。でも気になりすぎて、ちょっとばかりその気遣いがもどかしかった。

「だがこれには例外がある。本能的に相手の魔力を受け入れ、定着させてしまう場合だ。お前はそのパターンだな」
「本能的に……? 彼の魔力を貰った所で魔法も使えないんですよね」
「なあに、もっと単純な話だ。相手を想うあまり愛する者に纏わるものを身に付けておきたい、ただそれだけだ」
「へあっ?!」

 先生から突き付けられた知識に動揺しすぎたあまり奇声をあげてしまう。限度はあるがな、とクツクツ笑いながら先生が情報を追加する。限度というのがつまりあの状態なのだろう。
 え、じゃあ何、つまり、あれは私がエースの事を好き過ぎたのが原因ってこと? 何それ恥ずかしい。
 無駄足を踏んだだけでなく、結果的にいらない恥まで晒してしまった事に思わず顔を手で覆う。身悶える私を余所に、先生が教鞭で掌をパシパシと叩いていた。

「授業はまだ終わってないぞ、仔犬。そもそも体液に多く含まれるとはいえ、血液やリンパ液等の体内を循環するものと違い、分泌物に含まれる魔力はごく微量だ。そしてどんなに魔力量が多くとも放出量は基本変わらない。相手に与えたところですぐに排出される為、自分の魔力を無駄に消費するだけでさして意味はないからな。それを本能的に察している故に、通常ならば一生かかっても疑似妊娠が発生するほど溜まる量を与えることはない」
「えっ? でもあれは魔力量に差がある場合、起きるんじゃ」
「その下りが間違っている……いやおそらくは意図的に誤ったんだろうな。もっともらしい理由付けではあるが、正しくは交換ではなく、男が一方的に女性へ注ぐ。魔力量は関係無い。最初に言ったはずだぞ、仔犬。これは男の性質もあっての話だと」

 衝撃の事実に気を取られていたが、そういえばそんな事も言っていたような気がする。
 そして訂正するからには先生は嘘だと確信しているようだが、私にはエースが嘘を付いた理由がわからなかった。ただ察しの悪い私に呆れるどころか、教え甲斐があると先生は楽しげに笑ってみせる。

「男には狩猟本能が備わっている、マーキングもその一つだ。だから捕らえた獲物に対して所有権を示す為に魔力を印す、ただしそれが適用されるのはほぼ一瞬のみ。故に粘膜接触で放出される魔力は極少量である……ここまではわかったな?」
「は、はいっ」
「孕ますことができる環境なら発生しないが、それが叶わぬ状況下で相手への想いが強すぎると魔力の放出量を高めてしまうらしい。例え無駄に終わるとしても自分の魔力で染め上げようとする」
「……あの、クルーウェル先生、それは」
「魔力による疑似妊娠は先程告げた両方の条件が揃った場合のみ発生する、極めて珍しい症例だ。まずこの学園で習うことはないな。そして無理に排出させたり、放出量を減らすような真似をすれば逆に害をきたす」

 予習する必要も無いのに知っているということは、きっとエースはそれだけ調べていて、隠すぐらいだから絶対わかっていて。エースにいやというほど伝わっていた事と、彼が何を誤魔化そうとしたのかを悟ってしまう。
 今にも発火しそうな勢いで体温を上げて顔を赤らめる私へ、先生は不敵に笑う。

「恋の病に薬なし、つまりそういうことだ」

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