明月ばかりと思うなよ 09
『彼の事はもういい、もういいの。私ね。貴方に綺麗だって思ってほしい。身勝手でごめんなさい。でも私、貴方に好きになってほしいの』
『エリー、君はずっと綺麗だよ、いつだって綺麗だった。本当に……僕で良いのかい?』
『ええ、ジョナサン、貴方がいいの!』
画面の中、物語の終盤でようやく想いの通じ合った二人が見つめ合い、情熱的な口付けを交わす。それにしてもキスなっがいなあ。
ただこれは演出的に意味のあるものだったらしい。今もぶちゅーと熱烈なラブシーンを交わす二人を、彼……エリーがかつて想いを寄せていた男性が呆然と眺めている。バサッとその手からバラの花束が落ちた。
それを機に場面は移り変わり、先程の二人が最初に契約を結んだ場所でこちらに背を向けながら寄り添っていて。そんな仲睦まじい姿の右下に〜FIN〜の文字が浮かび、エンドロールが流れていった。
「いや〜面白かった〜!」
「いつもながらお義兄さんが選んでくる作品は素敵ですね」
「ちゃんもお気に召したようで何より」
私は現在、エースの実家にお邪魔している。もし体調が大丈夫そうなら一緒に映画見ない?とエースのお兄さんから連絡があったのだ。
私の家は代々安産の家系でつわりも軽かったし、お腹はだいぶ目立つようにはなってきたが母子ともにすこぶる元気。その上、暇を持て余しているので、そのお誘いは大変ありがたかった。
当初の予定では私は卒業後はNRCの事務員になる予定だったものの、「妊娠中なのに絶対トラブル巻き込まれるだろう職場行かせられない」と二人からの猛反発に加え、学園長からも「娘と初孫に何かあったら死んでも死にきれませんからねえ」とお断りされ、私は専業主婦を余儀なくされた。というか保護者枠だったはずの学園長が気付いたらしれーっとおじいちゃん面してるのには笑うしかない。すっかりジジ馬鹿でベビー服とか送ってくるとか以前の彼を知ってる身としては想像すらできなかったよ。
まあ彼らの言い分も一理あるし、就職は諦めて、ならせめて家事頑張ろうとするじゃん? でもそれも二人が仕事行く前にだいたいやっちゃって、昼間殆どやることないのである。妊娠してても適度な運動は必要だって言ってるのに二人とも過保護なんだよね。まあその代わり、帰ってきてから毎晩散歩付き合ってくれるんだけどさ。
「こういうラブロマンス、俺はけっこう好きだけどエースは嫌がるからな〜」
「この作品、タイトルだけならエース好きそうなんですけどね。というかどうして『最高の復讐』なんですかね……?」
この映画のあらすじはこうだ。
イマイチ冴えない女の子エリーが幼馴染のイケメンに告白するものの、容姿を理由にこっぴどくフラれてしまう。落ち込む彼女にヒーローであるジョナサンが「僕が君を誰もが振り向くような素敵な女の子に生まれ変わらせてみせる!」と持ちかけ、彼のプロデュースによってエリーは美しい姿へと大変身を遂げる……。
というわりとありがちなサクセスストーリーである。綺麗になった途端、例のイケメンがちょっかいだしてはきたものの、主人公サイドからは大したアクションはとっていない。その為、あまりタイトルと内容が合ってないように思えた。
「たぶんそれ、こっちのことわざが由来なんだよ。えーっとなんだったかな、たしか『最高の復讐とはその事を忘れ、幸福に暮らす事である』ってやつ」
「……うーん。私には理解できないですね、殴られっぱなしはちょっと」
「わかる。少なくとも百倍にして返したいよなー」
「まあそんなに怒る事ってないんですけどね。怒るのってかなりエネルギー使いますし」
よっぽど腹に据えかねない限りは私はすぐに忘れてしまう。その分やり返す時は一切手段選ばないけど。
といってもここ数年はせいぜいNRCに在籍中、あまりにウザ絡みしてくる生徒にブチ切れて金的連発したぐらいだ。それ以来みんな大人しくなって楽だったなあ。知り合いにもしばらくビビられたけど。まあでもあれは必要な犠牲だったんだよ、きっと。
「それにしても、ちゃんとジョナサンが報われて良かった〜!」
「……そうですね」
大変面白かったのは認める、だが同時に若干居たたまれない気持ちになる映画だった。
というのもヒーローであるジョナサンは実は子供の頃からずっとエリーが好きで、けれどその気持ちを隠しながら彼女と例のイケメンの仲を応援するのだ。
そんな彼の健気な姿がかつての二人とダブって胸が痛かった。あとエリーの無神経な恋する乙女っぷりに胃がちくちくした。中盤ぐらいからイケメンにちょっかいを出されるようになって喜ぶエリーにお前って奴は!と怒りを覚えたし、綺麗になってから惜しくなって手出ししてくるクソ野郎だぞソイツ!と思わず心の中で叫ばずにはいられなくて。
もう一度見るかと言われたら見れないタイプの映画だし、できればもうこれ以上は触れたくない。罪悪感で死んじゃう。どうにかして話題を変えたいなあ……と思っていたところ、お兄さんが「そういえば」と切り出した。
「もし話したくないなら無理にとは言わないんだけどさ」
「なんですか?」
「ちゃんがかつて想いを寄せてたあの男、どこが好きだったの?」
実は過去にエースのお母さんやお兄さん、あとはデュースのお母さんに私は幾度となく「うちの息子(弟)彼氏にどう?」と打診されてきた。
だが当時、彼らの気持ちに全く気付いていなかった私はその含みもさっぱり理解していなかった為、普通に他に好きな人がいると言ってしまっていて。
なんなら彼についての話も何度か伝えていたのである。ただフラれた時の話はした覚えがないのだが、たぶんエースとデュースから聞いたのだろう。めちゃくちゃ怒ってくれていた。なんなら「処す?」とか尋ねられたけれど、もう過ぎたことだったので丁重にお断りした。
なんて前提があるからこそ、エースのお兄さんはその質問を投げかけてきたのだろう。彼は少し気まずそうだが、すっかり割り切った私としてはさほど問題なかった。
「あー……その、ですね。元の世界のお兄ちゃんに似てたんですよ、雰囲気とか仕草とか」
私には歳の離れた兄がいたのだが、兄は小さい頃から私をめいっぱい可愛がってくれて。それにより私はたいそうなお兄ちゃんっ子だった。
あと、あまりツイステッドワンダーランドの人間してはそこまでキラキラフェイスじゃなかったのも当時の私には魅力的だったのだ。いかんせん周囲の連中がどいつもこいつも顔面偏差値高すぎて、すっかり女としての自信を無くしていたから。
好きになったきっかけも、かつて兄がしてくれたのと同じ行動だから惹かれたわけで。つまり家族が恋しかった私はつい彼に兄の面影を求めていたというわけだ。
ただしお兄ちゃんは私に対していつも優しかったし、傷つけるような事は絶対言わなかった。今にして思えば重ねていたからこそ、決定的に違う存在だとわかったことで一気に冷めちゃったんだろうなあ。
「そっか。……俺じゃちゃんのお兄ちゃんの代わりになれないかな?」
「お義兄さんはお兄ちゃんと違って、こうスマート過ぎてなんか違うんですよね。顔面の作画崩壊してもらわないと無理です」
「褒められてるはずなのに釈然としない」
「でも、こんな素敵なお兄さんができてすごく嬉しいです」
「うちの義妹がこんなにかわいい」
そんな風に仲良くじゃれあって、ふと時計を確認したところ、すっかりいい時間になってしまっていた。そろそろお暇しますねと彼に別れを告げて転移用の鏡を通る。
すぐさま転移先である私達の家の玄関へと辿り着いて、私は夕食の準備をすべく台所へと向かう。
「あ、やっと帰ってきたんだゾ!」
「あれ? グリム来てたんだ」
リビングへの扉を開けたところ、かつての相棒がソファに寝そべっていた。
初めて魔獣の身でありながら魔法士に就任したグリムはその才能が認められ、卒業後は世界中を飛び回っている。それにより彼はなかなか決まった休みが取れない、だからグリムの都合の良い時にいつでも遊びに来られるよう合鍵を渡しておいたのだ。
私は基本家に居るけれど、今日はちょっと行き違ってしまったようだ。ごめんねと謝れば、グリムはぺしぺしと自分の隣を叩いて私に座るよう促す。
彼の言うとおりに従えば、ぺたりとグリムがお腹に耳を当ててきた。何度も見てきた光景だけど、毎回その姿には密かに癒やされていたりいる。
「腹の子は今日も元気そうだな!」
「うん。元気いっぱいだよ。最近はたまにぽこぽこってお腹蹴ったりする」
私がかつて家族恋しさに泣いているのを知っていたからか。グリムは二人と結婚した時も、妊娠を伝えた時も、そんなに間が空いてなかったにもかかわらず、どちらも自分の事のように喜んでくれた。
グリムはおなかの子をとても気に掛けていて、忙しい中、時間を見つけては私の様子を頻繁に見に来てくれている。グリムも夕食を食べていく?と尋ねたが仕事が押しているのだと断られてしまった。はっきり言われたわけじゃないが、どうやら今回はかなり無理してくれたんだろう。
ゆっくりとおなかを撫でる。その動きに応えるような胎動を掌越しに感じた。
「こんなに優しいお兄ちゃんがいて、この子は幸せ者だね」
「……俺様は親分なんだゾ」
文句を付けながらもスリスリとグリムは私のお腹に優しく頭を擦り付ける。甘えるかのようなその動きがグリムなりの愛情表現だと私は知っている。彼は、私の大事な親分は、この子のことも守るつもりなのだ。だから微笑ましい気持ちで私はそれを眺めて。
しばらくして再び旅立っていったグリムを見送り、私は夕食の支度を始める。ちょうどできあがったタイミングで二人のただいまが玄関から聞こえていた。
違う職場なのに残業とか出張じゃない限り、絶対一緒に帰ってくるのはちょっと不思議。ただ相変わらず仲良しだよなと思いつつ、二人を出迎えに行く。
順番におかえりのキスをして三人で食卓へと向かう。日中に暇な分しっかり仕込みしておいたおかげで、グリムの訪問で時間が限られていた中でも、普段と同程度の品数を用意できた。
おかずを取り合ったりしながら、いつも通り美味しそうに食べてくれる二人を微笑ましく眺めつつ私もスプーンを口に運ぶ。食事を進めながら今日の出来事を思い返す。
お兄さんとのやりとり、グリムの思いやり、それからエースとデュースとの日常、どれも形は違うけれど私が欲しかったものばかり。こんな優しい家族に恵まれた上、もうすぐ大事なこの子までやってきてくれる。これを幸せと言わずなんというのか。
二人とも食べ終えたところで、私はそれを切り出す。
「ねえ、エース、デュース」
「なに?」「なんだ?」
「二人とも幸せ?」
私は二人のおかげですごく幸せだよ。そう続ければ、私の口元はついほころんでいく。
そんな私に二人は互いの目を合わせて瞬き一つ。少しだけ唇を緩めるエース、満面の笑みを見せるデュース。表現が異なるだけで二人の答えは同じなのだろう。
「まあ月を越える位には、ね」
「あ、その表現は僕でも知ってるぞ! 幸せすぎるあまり月を飛び越えてしまうってことだよな!」
「オレお前のそういうとこ嫌い!」
「僕もエースと同じくらい幸せだぞ!」
せっかくこっち特有の表現で私に分からぬようぼかしたのにあっさり暴かれたエースが顔を覆いながら叫ぶ。なんとなくニュアンスでわかったけれど、はっきり言葉にされてしまうのは別格の恥ずかしさがあるんだろう。
悶えるエースを差し置いて叫ぶデュース。仕返ししないと気が済まないのか、平常運転のデュースへまだ赤みの抜けきってない顔のエースがくだらないちょっかいをかける。そして始まる二人の小競り合い。私にとってはすっかり見慣れた日常だ。
けれど父親達のそんな賑やかなやりとりが楽しくてしょうがないとばかりに、二人の声に合わせておなかの子は元気いっぱいにぽこぽこと応えていた。