明月ばかりと思うなよ 08

「えー……このたびというか、約三ヶ月ほど前から私こと元オンボロ寮監督生は」
「オレ、元ハーツラビュル寮長エース・トラッポラと」
「僕、元ハーツラビュル副寮長デュース・スペードの三人で」
「「「入籍いたしました!」」」

 ——どうなってるんだ。なんで、そんな、その時、君は僕が好きだと言っていたじゃないか。

 卒業式の日、僕はようやく彼女の姿を見つけることができた。だが式の前も最中もあの二人が纏わり付いているせいで、彼女にはなかなか近づけない。
 でもまだ式典後のパーティが残っている。人気者の彼女にはしばらく人がたかるだろうが、それでもきっと僕が話しかければ一緒に抜け出してくれるはず。そこで今度こそ伝えてあげればいい。
 きっと大丈夫。だって彼女と僕は両思いなのだから。彼女は何年も僕を愛してくれていたのだから。

 案の定パーティで彼女は多くの人に囲まれていた。あの二人はハーツラビュルの連中の相手をする為に彼女から離れていて、これはチャンスだと思った。
 だが彼女の友人であるサバナクロー、ポムフィオーレ、ディアソムニア、それぞれの元寮長達。それに続くように現寮長達と並々ならぬメンバーが彼女の周りに集まっていて、なかなか話しかけるチャンスが訪れない。
 そうこうしているうちにパーティが終わりに近づく。だが突然彼女は皆に断って一人歩き出した。ああやっと、そう思って彼女を呼びかけたのだが聞こえなかったのか、彼女はそのまま僕から離れていって。
 まっすぐ彼女が向かった壇上には、あの二人が待っていた。

 そうして主役は揃ったとばかりに、彼女は思いもよらない言葉を口にした。
 降って湧いた朗報に、厳つい見目のくせして恋愛沙汰を好むサバナクローの連中が真っ先に沸き立つ。次に反応したのはロマンチスト揃いの人魚を多く抱えるオクタヴィネル、奴らが人を惹きつけてやまないその美しい歌声を惜しみなく使って。三人と関わりが深いハーツラビュルの者達は興奮を隠しきれない様子だった。
 周囲が異様な盛り上がりを見せる中、僕はただただ呆然と立ち尽くす。何故、どうして、そう困惑することしかできない。

「ここでもう一つ、お知らせがあります」

 そう告げた彼女があの二人の手を握り、呪文を唱え始める。だとしても不発に終わるはずだ。だって彼女には魔力が無いのだから。
 なのに彼女の体は淡く魔力による光を纏っていて。詠唱を終えた彼女が勢いよく両腕を振り上げた瞬間、辺り一面に薔薇の花びらが舞い降りた。
 赤、白、黄、橙、桃、青、紫、黒、色とりどりの花びらが宙で踊る。この学園に入ってすぐ習う程度の魔法だ。だがそれは一色ならともかくこれほどの色数を揃えるとなれば、相当の魔力を要するはず。そもそも魔力を持つはずのない彼女がどうして。
 何かに気付いたらしいディアソムニアの妖精族が「もしかして」と喜色を見せる。それに彼女は頷いて。

「今、私のおなかの中には子供がいます」

 ——ガツンと頭を殴られたような衝撃を覚える。
 彼女の言葉はハッキリ聞こえた、だが頭が理解を拒む。嘘だ、嘘だ、嘘だ、そんなの嘘に決まってる! だって彼女は僕のことが。
 どういうことだと尋ねる生徒に彼女は腹をさする。愛おしくてたまらない、そんな眼差しを自身の手元に向けて。

「魔力が極端に少ない女性が身ごもった場合、おなかの子を通じて魔力が増えるそうです。私の場合は全く魔力が無かったせいか、特に馴染みやすかったと」

 知らない。知らない。そんなこと誰も教えてくれなかったじゃないか! わかっていたら、僕はあんなことを口にしなかった!
 受け入れられない僕を置き去りにしたまま、終幕に向かって時間が過ぎていく。唇の震えが止まらない、ああなんでどうしてこんなことに!
 そんな中、周囲を見渡していた彼女と一瞬視線が合った。だがすぐに彼女の目は僕から外れていった。わざと逸らしたわけではなく、ただただ自然と首を動かしただけ。僕に反応する必要はないとばかりに。

 君の愛する男はここにいるだろう? どうか、もう一度僕を見てくれ!
 どんなに願っても彼女は寄り添うあいつらを眺めるばかり。かつて僕を見つめていた時よりも熱が籠もったその瞳は二人にだけ向けられている。僕のことは決して写さない。
 甘やかな視線に気付いた二人が見つめ返せば、花がほころぶように彼女が微笑む。僕の絶望とは裏腹に、他の男からの幸福で満たされた彼女は目眩を覚えるほどに愛らしく美しくて。

 そうしてようやく僕は思い知る。あの男が言った通り——とうに月は消えていたのだと。

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