明月ばかりと思うなよ 01
『君みたいな魔力も可愛げもない女性なんて冗談じゃない』
ショックのあまり、寮までどうやって帰ってきたか覚えていない。
寮に戻って玄関で顔を覆って、気持ちを切り替えようと入ったお風呂でも涙が滲み、そうして今は誰も見てないのをいいことに自室でびゃーびゃー泣きわめき、彼の断り文句を思い出してぐずぐずと鼻を啜る。
来た当初はひどい有様だったが、今や色んな人の手を借りてオンボロ寮の名に似つかわしくないほど綺麗に改装された為、この涙は決して埃のせいじゃない。アレルギーにはアレルギーなりの辛さがあるけど今はそっちの方が良かったと思ってしまう。
ついさっき、私は一年の時からずっと好きだった同級生にフラれてしまった。少しずつ距離を詰めて、日常的に会話するぐらい親しくなって。だから、もしかしたら両思いかも、なんて期待していたのが馬鹿らしくなる惨敗ぶり。のぼせ上がっていた自分が恥ずかしい。
これまでは告白しようにも私は異世界人という立場故に持っていた色々な負い目から躊躇っていた。
だが学園長が私の戸籍を取得した上、卒業後もNRCで事務員として雇ってくれると約束してくれた事で一安心できたこと。
そして何よりもうすぐこの学校を卒業する以上、簡単には会えなくなってしまうから、そうなる前に特別な繋がりが欲しかったのだ。
で、勇気を出した結果がこれだ。どうやら私の精一杯は蛮勇でしかなかったらしい。
「おーい、。入るよ」
パタパタと二人分の足音がドアの向こう側から響いて、かけ声と共に扉が開く。今のオンボロ寮はかつての先輩達によってガッチガチにセキュリティが設定されている。それを突破できて、ましてやノックもせずに入れるのはあの二人だけ。
「、大丈夫か?!」
「うっわ、お前顔べっちょべちょじゃん」
「デュース、エース……」
抱えていた荷物を置いて二人は私の方へと駆け寄ってきた。床に座り込んで泣きっぱなしの私の顔面をエースがハンカチで拭い、デュースはそっと背中を撫でてくれる。その優しさにまたぶわっと涙が溢れた。焦る二人には悪いが押さえられそうもない。
行ってこいと背中を押してくれただけでなく、フラれたと報告しただけでまさか訪ねてきてくれるとは。元寮長・副寮長ということで多少融通は利くだろうけど、それにしたって面倒ごとでしかないのに。
「……グリムは?」
「後輩に預けてきた」
「今日は夜通しでカードゲームするらしいぞ」
告白するにあたってエース達にグリムを任せていたのだが、二人の気遣いによって今夜は鉢合わせせずに済むようだ。
出会った頃はあんなに薄情だったグリムだけども、四年近い付き合いを経てすっかり親分が板に付いた彼のこと。子分の私がこんなに泣かされたとなれば、たぶんあの人のことを燃やしに行きかねない。今はちょっと止められる元気がないのでそれは避けたかった。
二人とは普段から馬鹿をやったり、連携して意地悪を仕掛けられることもある。でも二人とも私が本当に弱っている時は茶化したりせず、真剣に向き合ってくれた。
もう元の世界に戻れないと発覚した時もそうだ。二度と家族に会えない悲しみや将来の不安からわんわん泣き叫ぶ私に寄り添って励ましてくれた。二人がいてくれたから何とか立ち直れたのだ。
……そして今日も二人は私をデロデロに甘やかしてくれるつもりらしい。
「ここはパーッと飲んで忘れようぜ!」
「うまいつまみも買ってきたから」
二人が持ってきた荷物は私を慰めてくれるための物資だったらしい。エースは私が以前好きだと言ったデザートワインを、デュースはチーズにスナック菓子、ナッツやらの袋を掲げて見せてくる。
元の世界と違ってこの世界では十八歳で飲酒が解禁される。だから合法になってからはこの二人や、そこにジャック・エペル・セベクを加えたりして何度も飲み明かしてきた。だから二人の提案は賛成一択だ。
ぐう、とおなかが軽く鳴る。そういえば泣くばっかりで晩ご飯食べ忘れてたなあ。昔どこかで人はおなかが減ってると落ち込みやすくなると聞いたことがあるし、おつまみじゃそこまでおなか膨れないし、何か作るべきなのだろうけど……面倒だ。
そうして考えている間にエースが三人分の紙コップを並べる。空きっ腹にワインは酔いやすいらしいけど、たまには良いだろう。むしろ今夜は思いっきり酔ってしまいたい。
とぷとぷと紙コップがワインで満たされていく。かんぱーいと掲げた後、私は勢いよくそれを喉へと流し込んだ。
◇
このワインは口当たりが良くて、そこまでお酒が得意じゃない私でもジュースのようにごくごく飲めてしまう。悪い飲み方だなあと思いながらも手が止められない。
ちびちび進める二人に対して、さっきから一人でガバガバ飲んでいるがエースもデュースも気にしてなかった。むしろ無くなったらどちらかが注ぎ足してくれる。これじゃあ明日は確実に二日酔いだろう。
私達以外に人目が無いから、二人は寮服のジャケットとベストを脱ぎ捨ててラフな格好をしている。私は酔いが回って暑くなってきたけど、今の自分は上下共にパジャマ代わりの半袖Tシャツとショートパンツ一枚。なので、これ以上脱ぎようがない。
あれだけ応援してくれた二人にはケジメとして連絡しておいたけども、まさかまた来てくれるとは思ってなかったし、それも酒盛りになるとは思ってなくて。
あと、どうせ泣き疲れてそのまま寝ちゃうだろうなあと思ってたからブラジャー着けてないんだよなあ。まあこのトップスぶかぶかだし、私おっぱいないからどうせバレやしないけど。若干空しくなりつつ、またコップを呷る。
酔っ払っているせいか、普段以上に私は饒舌になっていて。あんまり言わない方が良いとは思いながら、気付けば例の断り文句を口にしていた。そして自分で言っておきながら悲しくなって涙ぐんでしまう。
「そんなんでお前をフるとか見る目のない、ちっせぇー男だね」
「……自分を責めなくていいぞ、お前は悪くないんだから」
二人はそう言ってくれているけれど、この世界じゃ魔力がないのは大きなハンデキャップとなる。例え魔法が使えなくても、この世界の人々は魔力を持って生まれるのが当たり前。多かれ少なかれ魔力ありきでこの世界は成り立っている。みんなができて当然のことが私はできない。友人達や二人の家族のように受け入れてくれる人の方が珍しいのだ。
そんな風に思いながらも二人の優しさが今の私にはひどく染みる。二人ともどうしてこんな的確に私の欲しい言葉をくれるんだろう。短くない付き合いとはいえ、理解度高すぎない?
友達の私ですらこんなに優しいのだ。恋人に対してはもっと凄いんだろうなあ。そう考えてちくちくと胸が痛む。だって私は二人の恋人には絶対なれないから。二人に好きになってもらえた人はきっと幸せなんだろうな。いいなあ。
「……エースかデュースを好きになれば良かったなあ」
精一杯の告白に、あの人の態度があまりに冷たかったからなんだろう。そう思ってしまったのは。そしてそれは酔って緩んだ口からぽろっと独り言として零れてしまった。
言ってからひどく後悔した。こんなの二人に対してあまりにも失礼だ。ごめんと謝って、少し外で酔いを覚ましてこようと私は立ち上がろうとした。だが私の腕を掴んだデュースによってそれは遮られる。
「……デュース?」
「今からでも遅くないだろ」
そのまま引き寄せられ、気付けば私はデュースの腕の中に収まっていた。彼のぬくもりに安心感を覚える反面、合わさった体から伝わってくる早鐘のような鼓動に釣られてドキドキと私の心臓も高鳴っていた。
素面でも落ち着けないシチュエーションなのだから、酔っ払っている現状となれば尚更考えが纏まらない。さっきの言葉の意味も、抱きしめられている理由もわからない。
「そうそう。失恋の特効薬は新しい恋っていうじゃん」
ゆるゆると腕の拘束が外れたかと思えば、横から伸びてきた手に顎を持ち上げられ顔の向きを変えられる。楽しげなエースの顔が目の前にあった。ただ意地悪な表情のわりに、触れた唇はひどく優しい。
キスされてることに驚きはしても嫌だとは思わなくて、それどころかどこか心地良さを感じていた。ちゅ、ちゅと触れ合うだけのキスを繰り返した後、私の体は持ち上げられていた。
背中からマットレスに沈む。入れ替えたベッドは前よりもだいぶ広くなったとはいえ、三人分の体重は想定していないのだろう。寝転ぶ私へ覆い被さるように二人が乗り上げた途端、ギシッと嫌な音を立てて軋んでいた。
「あんな奴、すぐに忘れさせてやるから」
そう告げたのはエースだったのか、デュースだったのか。もしかしたら二人ともだったのかもしれない。
夜の気配を纏った二人にどこか現実感を覚えられぬまま、ふと窓の方へ顔を動かす。満月だからだろうか。閉じ忘れたカーテンの隙間から見えたそれが、なんだか今夜はひどく眩しかった。