かっこいいヴィル様いません 01
「、こっちへ背中を向けなさい」
「は、はいっ!」
ヴィル先輩に指示されるまま、ぐるっと自身の体を半回転。そして向けた背中側からヴィル先輩は覆い被さるように私を抱きしめた。この部屋の仕様と彼のさっきの指示からして予想できていた事だろうに、それでも私の口からは「ミ゜ッ」と奇妙な悲鳴がこぼれる。
世界的俳優であるヴィル先輩からすればバックハグなんて朝飯前なんだろう。だがこちとら魔力が全くないことを除けば生まれながらの一般ピーポーだ。リアルで男の人とこんな体勢になるのは兄弟達にダル絡みされた時ぐらいなのである。つまりこれっぽっちも男性からのトキメキシチュに耐性がない。
おかげで今現在、私の体は絶賛バイブモードである。致し方ない状況とはいえ、ヴィル先輩にバッグハグされてるんだぞ。というか、うわー先輩めっちゃ良い匂いする。この空気だけ吸って生きていきたい。
これがファンサービスならば今頃、私は昇天していることだろう。一分間ハグしないと出られない部屋だから耐えられた、ファンサービスなら耐えられなかった。たとえ先日のルーク先輩のようにここからバックドロップを展開されるとしてもおつりがくる。
心の中は大変うるさいが、このごちゃごちゃの思考回路でも口に出さない程度の制御機能は残っていたようだ。まあ、あまりの供給に言語能力が著しく落ちていただけとも言う。
そんなこんなでお互いの呼吸だけが響く中、突如ブブッーー!とクイズ番組の不正解音のようなアラームが鳴った。私から体を離したヴィル先輩と共に音がした方を見る。
『正面からの密着ハグ以外認めないよ』
部屋の名前の下にいつの間にか現れていた注意書き。それを目にしたヴィル先輩のこめかみに青筋が立つ。美人の凄んだ顔こっわ。
とっくに一分は経過してるだろうに全然開かないなあとは思ってたけど。後出しでルール追加とか閉じ込めてきた妖精さんは随分と性格がよろしくないようだ。しかも普通に一分以上バックハグ放置してたし。
先輩に想いを寄せてる自分としては全然良いというか、むしろ役得なんだけども。ヴィル先輩としては望んでないスキンシップの強制は不快でしかないんだろう。当たり前の事とはいえ、ちょっとだけ傷ついている自分がいた。
見目を捨てざるをえない生活を送る私を見かねて、なにかと世話を焼いてくれているヴィル先輩。諦めていた女の子としての時間を与えてくれた先輩のことが、私はいつの間にか大好きになっていた。彼にとって私はたくさんいる手のかかる後輩のうちの一人でしかないのに。
私達がこの『一分間ハグしないと出られない部屋』に閉じ込められたのは運が悪かったとしかいえない。
たまたま私が学園長からのおつかいでポムフィオーレ寮にやってきていて、たまたまスケジュールの空いていたヴィル先輩が私からお届け物を直接受け取って、たまたまその場に鉢合わせた男女カップル応援したい妖精が勘違いして私達をこの部屋に閉じ込めた。
と、いくつもの偶然が重なり合った結果、こうして私とヴィル先輩は妖精さんの指示に従うはめになっている。
先輩からすれば、顔面偏差値がお似合いの数多の女優やモデルとの熱愛報道を完全否定してきたというのに、私のような芋娘と恋人に間違われるなんて屈辱だろうなあ……。そう同情してもこの部屋が魔法無効なことには変わりない。
嫌な事はさっさと終わせるに限る。なのでヴィル先輩には気の毒な話だが、ここは素直に指示を仰ぐことにしよう。
「ヴィル先輩、失礼します!」
振り返って、私からぎゅっと先輩に抱きつく。飛びつかれて驚いたのか「アンタね……」と先輩からクレームが入ったけども、犬にじゃれつかれたと思って観念してほしい。無事にその意志は伝わったのか、しばらくして先輩の腕が私の背中に回った。
普段の先輩は仕草がどれもしなやかで、女性的というかやわらかい感じが強い。でもこうやってぴったりくっついた胸板の厚さや固い肉質に男の人なのだと強く実感させられる。
全身で感じる先輩に心臓が破けそうなほど飛び跳ねている。半ば押しつけている状態になっている胸から、この鼓動が伝わってしまうのではないかと心配でしょうがない。
ヴィル先輩の体、熱くて大きくて気持ちいいなあ。バックハグで幾分か耐性ができていたのか、抱きしめてくる先輩の体を堪能していたその時だった。ごり、と何か固いものが、おなかに当たって。
「へっ? えっ?」
私は男性経験こそないが、いかんせん兄弟の自己発電現場に遭遇してしまったことは一度や二度ではない。だから私はその塊の正体に気付いてしまった。
ぴっ、と本日二度目の変な悲鳴が上がる。先輩の胸板に埋めた顔はきっと惨めなほど赤くなっていることだろう。
兄弟に対しては完全スルーできたのに、今回ばかりはどうしたらいいのかわからなくて。私の反応に察してしまったのか。先輩は顔も見れない位、ぎゅうぎゅうときつく抱きしめてくる。
「お願いだから何も言わないでちょうだい……」
絞り出したような弱々しい声色からはいつものヴィル様とはまるで別人みたいで。
ぐんっと体が熱くなる。それは私の体温が急上昇したせいなのか、それとも先輩が温度を上げたのか、はたまた二人ともなのか。
結論が出ないまま、あっという間に一分が経ったらしい。ガチャンと扉の方から鍵が開く音がした。
「あの、ヴィル、せんぱ、」
「不愉快な思いさせてごめんなさいね」
鍵の音を確認した途端、ベリッと先輩は私から体を離す。何事もなかったかのよう、涼しい顔。さっきの細々とした声が聞こえたのは私の気のせいだったのか。
謝罪を終え、いつものようにキビキビ動いて彼は私を置いて部屋から出て行った。その後を追うように私も扉へと向かう。
扉の向こうは閉じ込められた時とは違う廊下だった。周囲にヴィル先輩の姿は見当たらない。どうやら脱出先はランダムらしい。一応お使いは終わってるし、幸い玄関までの道のりがわかる場所だからこのままお暇させてもらおう。
帰り道を足早に進む私はさっきの事を思いだして、経験上ある結論を出していた。誤作動だな、と。
男の人は疲れてたりすると、そんなつもりはなくともちょっとした刺激でそうなっちゃうものだって、バイトから帰ってきて夕食を食べながら下半身がアピール状態になってたお兄ちゃん言ってたし!
だって、そうじゃなきゃおかしいだろう。バインバインの美人女優とのベッドシーンでも顔色一つ変えない先輩が、あんな風になるなんて。
となれば意識しないに限る。さっきの先輩みたいに、これまで通りに振る舞わないと。そう決め込んでいる私は知らない。
「どうしましょう……」
その頃、脱出先が自室だったヴィル先輩が、顔を真っ赤にしながら頭を抱えていたなんて。