唇は私だけにしてね 05
オンボロ寮の庭は広い。だから庭掃除するのはなかなか大変なのだけれど、スカリーくんが来てからというもの、毎回彼が手伝いを申し出てくれて大変助かっている。
広範囲の清掃魔法が使えるようになれば、もっと楽なのですが……。としょんぼりしていたけれど、男手があるだけで全然違う。うちの親分なんて集めた落ち葉を燃やす時ぐらいしか参加してくれないし。
まあ室内はともかく、外掃除は魔法使えなくても何とかなるからいいんだけど。(食費を握っている私には逆らえないので)寮内の掃除に関しては容赦しない分、これくらいはね。
「おい、スカリー・J・グレイブス!と監督生さん!!」
スカリーくんとおしゃべりしながら、庭の掃き掃除をしていたら後ろから呼びつけられる。
この声、何となく聞き覚えがあるような……と思いながら振り向けば、そこにいたのは先日私がフった野菜畑イグニ生だった。
門のベルは鳴らされていない。遠目ながら確認する、今朝も手紙を確認した後に鍵をかけた門は開ききっていた。どうやら解錠魔法を使ったらしい。というわけでコイツは思いっきり不法侵入である。
ならば、本来なら手に持っていた箒でぶん殴るところなのだが、相手は何かの液体が入った薬瓶を持っていて躊躇する。効果はわからないけど何かしらの魔法薬だろう。
マジカルペンならば問題なかったんだけどな。一年生相手なら魔法の発動より、私が殴って無力化する方が早いから。
悩んでいる一瞬の隙に男が瓶の中身を届くであろう距離まで接近してくる。せめて顔だけは避けたい、振りかぶられた腕に咄嗟に身を縮こまらせた。
「食らえ!」「10月31日 !」
「スカリーくんっ!」
私を庇って前へと出たスカリーくんがユニーク魔法を放つと同時、瓶から飛び出た中身が彼にかかる。
慌てて彼の様子を確認する。どうも顔から浴びてしまったようだ。不審者はノーコンだったらしい。身長的に私が庇われていなければ、殆ど後ろの地面へと落ちていただろう。
皮膚の変色や火傷は見られない。でもおそらく口に入ってしまっている、もしこれが毒だったら……。
最悪の想像が頭をよぎる。スカリーくんは口元を手で覆い、ぶるぶると震えていた。悩んでいる暇はない、一刻も早くクルーウェル先生を呼んでこなきゃ。
「スカリーくん、待ってて。すぐ先生呼んで」
「我輩、昨晩もさんで自分を慰めました!」
「……はい?」
「我輩はこれまでも何度も何度もさんとの情事を想像して自慰しました!!」
校舎へと走り出そうとした足を止める。スカリーくんからの突然の報告に覚えたのは恐怖や嫌悪ではなく単純な困惑だった。
いくらセクハラに該当する発言とはいえ、嫌がらせの意図が微塵も感じられなければそうなるだろう。悲しいかな、人並み以上に言われてるせいで自分はそういう感情には敏いのである。
だからこれは間違いなくスカリーくんが望んだことじゃない、となると……。
「ひゃーはっはっはっ! どうだ! 思い知ったか、サ部の僕が発明した発言薬の威力を!」
やっぱりコイツだよなあ。煩わしいカボチャは私の呆れた視線にも気付かず、ペラペラと喋り続ける。
「監督生さん、こいつ君の嫌なことしたんですよ! 君が最悪と言っていたことを! そのくせ自分はそんなこと考えたことありませんみたいな涼しい顔で、のうのうと君と仲良くしようとしてたんだ! とーっても酷い男でしょう?」
推測するにどうも最初から狙われていたのはスカリー君だったらしい。まんまと引っかかってしまった自分が情けないけども、それにしたって、なあ。
人の会話盗み聞きしておいて、どの面下げてほざいてんだコイツ。
もう呆れ果ててものも言えない。耳障りな主張にうんざりしている中、スカリーくんの表情が視界に入る。彼は可哀想なぐらい青ざめて、ガタガタと震えながら怯えた顔を浮かべてた。
それに私は気付けば箒を置いて、すぐ近くに落ちていたシャベルを手にしていた。
「だから、そんなやつじゃなくて、僕とッひぎゃ?!」
カボチャのすぐ真横にシャベルを叩き付ける。ガンッと大きな音が立って、角が地面にめり込んだ。
おろしたての新品だ。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。用途が用途なので包丁ほどの切れ味はないけど決して不可能ではない。
「解き方」
「えっ」
「解き方、言って」
「いや、その」
「カボチャ叩き切るのは慣れてるんだよね。で、解き方は?」
側面をパシパシとブレード部分で叩く。本当は踏みつけてやりたいところなんだけど、足ばっかり見てたコイツのことだ。足蹴にしたら喜びそうで嫌だ。
あの、その、そうどもるばかりでなかなか白状しないため、土が付いたままの角でヘタ辺りをコンコンとしばく。あ、ここら辺叩いたら割れるな。
さすがにこれには参ったらしい。たぶん人間の時の頭に匹敵してるからなんだろう。知らんけど。
とにかく、バカはひぃっと悲鳴をあげて話を聞いてほしいと懇願してきた。必要なことだけさっさと言え、そんな気持ちを込めてヘタに角をめり込ませることは忘れない。
「その薬は最初に設定した、言わせたいことだけ言わせられて。でも本当のことだけで」
「ふーん、で?」
「僕が作ったやつじゃ、二言しか設定無理だったんだよ」
「だから?」
「さっきの言い終えたから、もう切れてる!!!」
「あっそ。じゃあクルーウェル先生とイデア先輩に通報するから」
よかった、スカリーくんの体に害が残るものじゃないみたいで。ひとまず安堵に胸をなで下ろす。でも念のため、後でクルーウェル先生に頼んで検査してもらえるようにしておこう。
当然の行いに対してカボチャは色々喚いているが、全部無視して挙げた二人に電話する。ならばすぐさまオルトくんが派遣されてバカは回収されていった。
髪を赤くしたイデア先輩に洒落にならんぐらい怒られるだろうなあ。何せちゃんと寮生の躾しないと、私に姑の嫁いびりもかくやな勢いでチクチクチクチク口撃されるのをイデア先輩は味わってるからね。ざまあみろ。
あと、たぶんあの薬は無断で作ってると思うのだ。一年の教科書には載ってないし、授業やサ部で作った薬ならその活動時間内に使用するのが鉄則である。だから下手したら退学になるだろう。まあ知ったこっちゃないけどね、自業自得。
「スカリーくん」
びくっと私に呼ばれた彼は体を大きく跳ねさせる。元々彼はあまり顔色の良い方ではないけど、今の彼は倒れそうなぐらい血の気の引いた白い顔をしていた。
もし私がスカリーくんの立場だったとしても、さすがにこの状況は泣くわ。あまりにもスカリーくんが気の毒だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。さん、ごめんなさい、我輩、我輩は」
「びっくりしたけど私、気にしてないよ」
「でも我輩、さんに最低の発言をして」
「私を傷つける為に言ったわけじゃない。むしろ私を庇った結果、言わざるをえなかった。だから感謝こそすれ、傷ついたりしてないから大丈夫だよ」
できる限り優しい声色で本心を告げれば、安心したのか。はらはらと静かにスカリーくんは涙を零す。泣かせるつもりはなかったんだけど……。
うーん、ここはもうちょっと安心材料追加しておくか。
「というか、好みじゃなくとも身近な女の方が想像しやすいだろうってのはわかるから。本当に気にしなくていいよ」
「違います! 我輩が貴方で想像してしまったのは、傍にいらっしゃる女性であるからではなく、さんをお慕いしているからでして……あ゛っ」
一瞬にしてスカリーくんの涙が引っ込んだ。そして血の気が回復しすぎたかのよう、彼の顔は真っ赤っかになっていた。
ぶわーっと汗を吹き出して、唇をもにょもにょと気まずげに動かしている。ジャックさん(骨)に尊敬すると言われた時に向けていたのと同じぐらい、照れてるみたい。この人、可愛いな。
そして愛しさと同時進行でむくむくと意地悪したい気持ちがわき上がってきた。わかっていたけど私、性格悪いな。でも欲望には抗えねえ!
「スカリーくん、私のこと好きなんだ」
「その……はい……我輩はさんを心よりお慕いしております……」
「そっか。私もスカリーくんのこと大好きだし、嬉しいからハグするね」
「え? みょあっ?!」
なんか悲鳴っぽいのが上がった気がするけど、お構いなしに抱きつく。脇と胴体の間に腕を突っ込むスタイルにしたので、ぴったりと密着できた。そのままくっついていれば、しばらくしておずおずと背中へと彼の腕が回る。
うーん、スカリーくんの心音爆速。私のハグでそんな照れちゃうんだ、可愛いね。と、ものすごくドキドキしている彼には酷かなとちょっと思わなくもないけど、ガンガン行こうぜから私の作戦は変更されなかった。
「せっかくだからハグだけじゃなくてちゅーもしとく?」
「へあっ?! ちゅ、ちゅー?!」
「そんな動揺しなくても。普段からスカリーくん、いっぱいしてるのに」
「た、確かにそうではありますが、でも、その、貴方が仰ってるのは……」
その通りやでと意識させる為に両手でスカリーくんの顎を覆う。顎の位置たっか。セベクより大きいんだからそうなるか。
そんな私のアプローチにあわあわしていたスカリーくんだが、きゅっと瞼を閉じる。満更じゃないどころか期待してますね、これは。
「あ、だめだ。届かない」
「えっ」
だけど残念ながら残酷なまでの身長差がそれを拒む。
しゃーない。台無しにしてしまっただろう雰囲気に耐えかねて、今日のところはこの位でカンベンしてやるか!と手を離そうとした。が、スカリーくんがその上から手を重ねて阻止してくる。
それから、彼はぐぐっと屈んできて。おかげで問題なく届く位置まで顔が近づく。それだけでなく、うっすら開かれている瞼から覗くオレンジ色にもプレッシャーを感じた。圧が凄い、体は正直だね。
「……だめ?」
そしてトドメのこの一言。更に追い打ちとばかりに、縋るような表情で彼は私の手に頬をすりよせる。あざとさ愛しさ属性S5ランクぶつけるのやめてほしい。反則だろ、こんなん。
おかげで私の根底にはびこってたはずの負けず嫌いが、この一瞬で吹き飛んでいってしまった。
「このちゅーは私だけにしてね」
ただ負けっぱなしは癪だから。約束と引き換えに、待ち望まれている私だけの場所へと唇を寄せるのだった。