つまり、とこしえ 06

「昨日、トレイン先生に告白してフラれました」
「……そうか。頑張ったのう」

 先輩に手紙を送ってもらった後、お茶に誘って。開口一番、本当に失恋したのかと言わんばかりに、あっけらかんと私は先輩に恋の終わりを告げた。
 だから「それにしてはあまりにも吹っ切れすぎではないか?」と疑惑を向けられる覚悟をしていたのだけれど、リリア先輩は目を丸くして驚いてこそいたが、帰ってきたのは優しい声色の労りと頭の撫でてくれる手だけだった。
 撫でられる心地よさに目を細めながら、私は報告を続ける。

「恋文を書いたんです。きっと先生はちゃんと思いの丈を伝えたなら、無碍にするような人じゃないから」

 そして先生から返ってきたのは私が思った通りの台詞だった。
 「君のことは生徒としか見れない。何より私は妻を愛している」と。それは気の迷いだと恋心自体を否定したり、面倒だと拒絶した方がよっぽど簡単だっただろう。でも先生は私の想いに真剣に向き合ってくれた。
 はなから叶うとは思っていなかったが、少しばかり悲しくて。同時に晴れ晴れとした気持ちだった。先生が出してくれた答えは、大泣きしたあの日から生まれていた胸のつっかえを綺麗に取り除いてくれた。
 だから、心から思える。先生を好きになって本当によかった。この初恋はいずれ大事な思い出へと変わっていくんだろう。

「そんなわけなので、もう私、恋バナできないんですよね……」

 初恋は終わってしまった。というか、私自ら終わせた。
 あの日から新たに芽生えてしまった気持ちに気付いてしまったから。リリア先輩のことが好きになってしまったから。
 さすがに本人への恋バナはできない。だからと言って二心を抱えた状態で、先輩の時間をもらうのは彼に対してあまりに不誠実だろう。それで蹴りを付けることにしたのだ。
 本当は先輩との時間をなくしたくない。だけど続ける理由がない。その葛藤が表情に出ないよう意識してみたけれど、私は今いつも通り笑えているだろうか。

「確かにきっかけはそうじゃが、別にそれ以外で話せばよかろう。というか、もう最近は殆ど恋バナより別の話題が占めてたじゃろ」

 私の失恋報告と同じぐらい、あっさり継続が決まった。嬉しいのだけれど拍子抜けして、おかげでたぶん今の私すごい間抜けな顔してる。

「お主との逢瀬を止める気はないぞ。若い娘と話していると元気になれるんでのう」
「発言がおじさんくさいですよ、リリア先輩」
「おじさんどころかお主の生涯七回分生きてるジジイじゃぞ、わし」

 可愛さを重視しているからか、普段はピッチピチの美少年エイティーン(×38.88888以下略)ってキャピキャピしてるのに、ここぞとばかりに実年齢持ち出してくるじゃん……。
 でもよかった。先輩も私と過ごす時間を好ましく思ってくれるなら。だが、そう安心できたのは束の間のこと。

「とは言ったが、うーん……そろそろ頃合いかの。今度はわしの恋バナするか」
「えっ」
「幼い頃はまだしも、今のわしを臆させるとはやはり恋はままならぬ。まさかこの年で一目惚れを味わうことになるとは。彼女を見た瞬間にビビッとき、んぐっ」

 饒舌にもたらされる情報にとっさに体が動いた。リリア先輩の口を手で塞いで続きを遮る。自分は散々彼に語ったくせに。
 何やってるんだ、自分。ほら、リリア先輩びっくりしてるじゃないか。ちゃんと説明しないと……なんて説明するの?

「や、やだ!」

 混乱の末に出てきたのはあまりに幼稚な意思表示だけ。聞きたくない、先輩の好きな人の話なんて、昔のことでも、今のことなんてもってのほか。
 なんとか誤魔化す方法を考えるけど、もう手遅れだろう。赤くなっていく顔は醜態を晒したことを恥じているだけじゃない。きっと先輩にはバレてしまった。
 言葉にできない、言葉にしちゃいけないこの気持ちを、よりにもよって先輩に明かしてしまった。
 怖くて先輩の顔が見れない。視線の位置も体勢も不自然なまま私は固まって。

「ひゃわっ!?」

 べろっと生ぬるい感触が手のひらに走って、驚いた私は勢いよく手を振り上げる。そして座ったまま飛び上がったことで、ソファから転げ落ちた。
 ひとまず上体は起こしたものの、私は床に座り込んだまま動けずにいた。何が起こったのか。全く理解が追いつかなくて、半ば現実逃避から視線で追っていた床の木目に影が差す。
 仰向いた先には立ち上がり楽しげに笑うリリア先輩がいた。私を見下ろす赤色は爛々と輝いている。
 異様な空気に思わず後ずさるが、背中にソファがぶつかってそれ以上は下がれない。腰が抜けてしまっていたようで、走って逃げることもできそうもなかった。

「わしとお主の祖父はそっくりのようじゃから親愛はともかく、と慎重に、長期戦を覚悟してたんじゃが。その必要はなかったか」

 その場にしゃがみ込んだ先輩。知らない眼差し、いつもよりも浮ついた声色。雰囲気に呑まれて動けない私の耳を先輩は撫でる。彼とは違う丸くて、きっとどうしようもなく赤らんでいるそれを。
 彼から与えられる未知の感覚に体が震える。呼吸するはずだった口から小さく意味のない母音が零れた。

「そんなに怯えずともよい。ちっとばかし、お主を愛おしむだけじゃ。そうじゃな、ざっと百年くらいか」

 『生涯の愛を誓うなど、生半可な覚悟では無理よ』
 かつて耳にした、花婿姿の先輩の忠告が蘇る。先輩が仰ったんですからね。だから一息おいて、私は人間のくせに「千年は欲しいです」と彼の望んだわがままを口にした。

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