二度目はないって言っただろ 01

『セックスしないと出られない部屋』

 掲げられた文字を認識した途端、全身から血の気が引くのがわかった。ガチガチと歯が音を立てる。そんな態度を取ってしまえば、彼に失礼だと思いながらも体の震えは止まらない。
 いつものように放課後の植物園でレオナ先輩と他愛のない話をしていたところ、急に周囲が光って気付いたらこの場に運ばれていた。謎の光に気付いた先輩が咄嗟に防衛魔法を唱えようとしていたけれど、現状を見る限り間に合わなかったのだろう。
 レオナ先輩のことは好ましく思ってる。だがそれは人間としてであって、決して恋と呼べるものではなかった。そもそも私は初恋すらまだだ。自分でも遅いと思う、けど私は友人達の恋バナを聞くのを楽しんでも自分自身だとあまり興味が無くて。
 こっちの世界に来てからはいっそう考えられなかった。毎日忙しくてそんな余裕どこにもなかったから。
 だけどいつか本気で誰かを好きになる日が訪れて。そしてその人と互い望んだ上で初めてを捧げられたらいいなと夢を見ていた。なのに、こんな形で失うことになるなんて。
 命を奪われることにならなかっただけマシだろう。そう自分に言い聞かせるけど泣いてしまいそうだった。涙を必死で噛み殺して、先輩に対して笑顔を作る。

「私みたいなちんちくりんじゃ難しいと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 震える手を悟られないようにぎゅっと両方の指を絡み合わせて強く握り込む。歪な私の口角を見た先輩は不愉快そうに眉をしかめていた。頭を押さえて大きく溜め息を吐いている。それに私はまたびくりと怯えた様子を見せてしまった。
 レオナ先輩だって望んでこの場にいるわけじゃないのに、どうして私は気遣えないのか。よくよく考えれば相手がレオナ先輩だったのはまだ幸いだったのかもしれない。彼は女性を敬う種族だから乱暴されることはないだろうし、性格的にも不幸な事故だったと後腐れ無く割り切ってくれるから。だから、良かった。そう、良かったって、思わなきゃ。
 激しい動悸に心臓が痛くなる。喉が締め付けられて上手く息が吸えない。血の気を失った手足が冷えてひどく寒いのに体中に汗が滲んでいた。いやだ、やだ、こわい、たすけて、やめて、いやだいやだいやだ。

「おい、下がってろ」

 頭の中がぐちゃぐちゃになって立ちすくんでいた私に先輩が言い放つ。言われた通り、後ろへ下がる私とは反対に先輩はドアの方へと向かっていた。
 先輩はドアに手のひらを押しつける。それから大きく息を呑んで。

「俺こそが飢え、俺こそが渇き。お前から明日を奪うもの。平伏しろ! 王者の咆哮キングス・ロアー

 頑丈そうな扉が一瞬でパラパラと小さな砂山と化す。ドアの向こうにはぐねぐねと渦めく空間が広がっていた。
 思わぬ展開に呆気にとられていた私に「ぼーっとしてねえで、さっさと行くぞ」と先輩が声をかけて、迷わず渦へ足を踏み入れる。私も慌てて彼の後を追う。
 鏡をくぐった時のような、あの何とも言葉にしがたい感覚に襲われたのち、瞼を開けばそこは元いた植物園だった。
 腕時計を見たが、あれから大して時間は経っていないようだ。さっきのは悪い夢だったのか、そう考えていた私に後で説明してやるから帰れと先輩は促す。何も分かっていなかったが先程と同じく私はオンボロ寮に向けて足を動かす。

「……二度目はねえぞ」

 去り際、私の背中に向けられただろう、その言葉がひどく耳に残った。

 オンボロ寮に戻ってからレオナ先輩から電話がかかってきた。
 彼の説明を聞くに、どうやらあれは妖精のイタズラだったらしい。イタズラというにはあまりにも悪質だけども。その妖精はテリトリーにいる二人組を異空間に閉じ込めて困らせるのが趣味なんだとか。
 それからああいった空間魔法は膨大な魔力を使うらしく連発される可能性はまずないが、用心して遠ざけたとも。
 レオナ先輩はこの世界の常識をあまりわかっていない私にもわかるように噛み砕いて解説してくれて、ああ本当にこの人は賢いんだなあと今更の感想を私は抱いていた。
 私が納得したのが伝わったようだったので、先輩に「おやすみなさい」と告げて通話終了ボタンを押す。それから私は座っていたベッドへとスマホを握りしめたまま倒れ込んだ。
 あの部屋に閉じ込められたときのように心臓が早鳴っている。けれど先程のような嫌な感じはしない。むしろ、すごく。

「レオナ先輩……」

 思わず彼の名前を口にしたならば、さっきよりも胸が高鳴る。今までそんなことなかったのに。原因はわかってる。まさか、こんなことになるなんて。驚いて、戸惑って、でも唇が勝手に緩んでいく。
 あまり先輩は自分のユニーク魔法を好ましく思っていないようだった。それでも力を振るって私を救ってくれた。もしかしたら嫌がる女を無理矢理抱くのが面倒なだけだったのかもしれない。だったとしても、私が助けられたのは事実で。私のささやかな夢を、大事にしていたものを守ってくれた。
 もしかしたら私は彼の言う草食動物じゃなくて、原生生物なのかもしれない。ころんと彼へ恋に落ちた自分の単細胞っぷりに私はそう思わざるをえなかった。

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