他愛無い 01
子供の頃から幼馴染が好きだった。だから自分でも覚えてないぐらい何度も告白して、そのたびにフられてきた。
それでも諦められなくて、諦める気もなくて。高校は離れてしまったけど、それでも家は近所だし毎朝駅までは一緒だから、これからも私は彼への告白を続けるのだろう。
そう思っていたのも束の間、高校の入学式を迎えるはずのあの日、私は気付けばツイステッドワンダーランドへと飛ばされてしまっていたのだった。
「、好きだぜ!」
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
「そっか!」
ある日の放課後、オンボロ寮の談話室にて。告白を断ったというのにカリム先輩はいつも通りあの眩しい笑顔のままだ。
まったく気まずげな様子はなく彼は雑談を再開する。こんな風に会話の途中で行われたのは初めてのことだから一瞬面食らったけれど、私もまた気にせず先輩との会話を楽しんでいた。
何せカリム先輩が告白してくるのも、私がお断りするのも今に始まったことじゃないので。
きっかけは何だったか。もはや覚えていないけれど金銭感覚はともかく、その他の部分で私とカリム先輩は驚くほどに馬が合った。カリム先輩が「まるでオレンジの片割れだな!」と評するくらいには。
だから宴にお邪魔させてもらったり、ゲストルームに招いたりとお互いに交流を積極的に持つようになって。
私とカリム先輩が付き合ってるなんて噂が流れ始めたある日、カリム先輩に告白された。
カリム先輩のことは好きだ。でもそれは友愛であって、男の人として好きなのは依然として幼馴染の"彼"のままで。
先輩には彼の存在も、彼が好きなことも話してある。それでもなお告白してきたのだから、きっとこれからは先輩との関係は壊れてしまうんだろうなって残念に思いながら真剣に断った。
ただ予想外だったのは私の答えをしっかりと受け止めつつも、先輩は悲しい顔とか一切しなかったし、気まずげな雰囲気にもならなくて。告白自体が白昼夢かと考えてしまうぐらい、自然に交流が続いたのだ。
で、またある日、告白されて、また断って、そんなことをくり返すようになっていた。でも友情は途切れない。そして先輩の私を見る眼差しは熱を含んだままだった。
「……先輩は」
「ん? どうした?」
「私が彼を好きなままで傷つかないんですか」
さすがに無神経だよなと思って最初の告白の後、私は彼のことや元の世界の話題をカリム先輩に振るのをやめようとした。でも他でもないカリム先輩の方から望んできたのだ。
ええ……?と当然の戸惑いはあったが、先輩からねだられるまま語ってきたけれど。今日もまた話した口で、抱いた疑問を先輩にぶつける。
私の問いかけに先輩は予想外だったのか、きょとんとした顔を見せて。そうだなーといつもの調子で答えて少し考え込んでいた。
「正直に言うと少し悔しいぜ! でも彼のことを語ってるお前は最高に可愛いんだよな」
「か、かわいい、ですか」
「ああ! すっごく可愛いぜ!」
カリム先輩は普通の男子高生ならきっと言えないことも、プラスの言葉であれば全く躊躇しない。これまで、好きも、可愛いも、他にもたくさん愛のこもった声色で私に与えてくれている。
「……私、カリム先輩にそんな風に言ってもらえる資格ないです」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、私は何度も先輩の想いを蔑ろにして弄んでるじゃないですか」
「んー……それは違うんじゃないか? はちゃんとオレの想いに向き合ってるんだから」
それは自分の為だ。自分がされて嫌だったからやらないだけ、カリム先輩にまであんな気持ちを味わわせたくない。
"彼"が一度でも嫌な顔をしたのなら、はっきりと拒絶したのなら、幼馴染という関係を手放そうとするのなら。でも"彼"はいつだって私の告白を軽く受け流すだけで、満更でもない様子を見せる。
だから諦められなかった。ずっと苦しくても、まだ諦めなくていいんだって思ってしまったから。
少し前に先輩に尋ねたことがある。私のどこを好きになったのか、その時も先輩は惜しみなく言葉にしてくれた。
『彼を想い続けるお前が強くて綺麗だから、ずっと見ていたいと思ったんだ』
『こうして離れても好きなんだろう? しかも子供の時からずっと一途に想い続けてる。それって誰にでもできることじゃないぜ。凄いよ、お前は』
『相手が迷惑してるならダメだけど、そうじゃないなら諦めなくていいと思うぜ! オレだってそうする! え? もうしてる? あっはっは、そうだな!』
きらきらと満面の笑みで告げられた返答に私は泣きそうになってしまった。
元の世界にいた時、周囲はみんな諦めろと諫めてくる人ばかりで。"彼"は嫌がってないのに、私の恋心はずっと否定され続けていた。
だから、心から許してくれる先輩の言葉がどうしようもなく嬉しくて。それで、だから、今思えばきっとあれがきっかけで。
「……ごめんな。お前の負担になってるだろうけど、諦められなくて」
眉を下げた先輩が大きな手で私の髪を撫でる。
その優しい眼差しに、こぼれてしまいそうになった言葉をなんとか押しとどめた。これは今言うべきじゃない。
緊張から一つ息を吐く。そして初めて私から次の約束を取付けた。
◇
今度は先輩の部屋で話したいという私の要望は、一切疑問を抱かれる様子もなく快諾された。
そうして今私はオンボロ寮のソファとは比べものにならない上質なカウチに、先輩と並んで腰掛けている。なんだかいつも以上に先輩はニコニコと上機嫌だった。
先輩は話上手だ。聞き上手でもあるけれど、一度語られ始めたら聞き入ってしまって、きっと言えなくなってしまうだろう。なので先手必勝あるのみ。
「先輩、私、もうカリム先輩が好きになってくれた私じゃないです」
「? えーっと……悪い! どういった意味だ? オレはのこと好きだぜ!」
「私、カリム先輩が好きです」
これまでの先輩がしてくれたように、しっかりと彼の瞳を見つめながらそれを口にする。
告白にカリム先輩が息を呑む。彼の赤い瞳がこぼれ落ちそうなぐらい見開かれて。
「やったー!!」
嬉しいという気持ちの詰まった声をあげた先輩にぎゅっと勢いよく抱きつかれる。そのことに驚きつつ、私はおそるおそる彼の背中に腕を回した。
つい最近、彼の告白を断ったばかりだというのに、先輩は喜ぶばかりで気にも止めていない。どういった心境の変化なのか、とか聞かれてもおかしくないのに。おおらかな先輩にとってはそれらは全部気にするまでもない細かい事になるのだろう。
私の悪いところも弱いところも全てを愛して包んでくれる人。だから、私も"彼"のことを過去のことにできたのだ。もう今はこの人へ向けて向けられた愛しか見えない。
「カリム先輩、私を愛してくれて、諦めないでくれて、ありがとう……貴方を愛してます」
オレも愛してる。そう告げた先輩に口付けられる。深く、呼吸を食べるような唇に体が火照っていく。熱くて、熱くて、唇から溶けてしまいそうだ。
腰砕けになった私は彼に抱えられ、寝台へと運ばれる。性急だと声を荒げることはなかった。むしろこれまで待たせすぎたくらいだから。それに、彼を信じてる。
シーツの上で互いの指が絡み合う。夜の帳が下りゆく中で、夢と思ってしまうほどの幸福感を、その熱が現実だと伝え続けていた。