君が望んだハッピーエンド 01

『他の男に抱かれてほしいんだ』

 恋人と個室で二人きり。料理を終えた今、ここやはり指輪か、はたまた花束か。どんな物でも心を込めたものなら嬉しいのだけど、なんて純粋であれたのは数時間前まで。
 付き合って二年。夜景が美しい高級なレストランにデートに誘われ、プロポーズだろうかと浮かれていた自分に待っていたのは常識的に考えてあり得ない提案だった。
 意味が理解できず呆然としている私に恋人だと思っていた男はペラペラと語った。自分は寝取られ性癖があるのだと。
 私達もいい大人だ。そういった雰囲気になったことは一度や二度ではない。だがいつも彼の方が乗り気でなく、私は私で経験がなかった為、行動に移せなかった。でもそれは初めての私を大切にしてくれているからこそだと思っていたのに。
 抱かれなかった理由を悟った瞬間、急に空しくなった。二年間慕ってきた初めての恋人にとって、自分は己の欲望を満たすための道具だったのと思い知らされたようで。
 「考えておいてほしい」とほざく男を置いて、私は「ふざけるな、別れる、二度と連絡しないで」と叫んでレストランから飛び出した。少しでも元彼から離れたかったのだ。ぶるぶる震えてわずらわしい携帯の電源を無理矢理落とす。いつもとは違う特別な気配に(想定と全く違う最低なものだったが)無理して履いた慣れないヒールで足が傷んでも走るのを止めず、とにかく人の多いところを目指して。

「あぶないっ」

 週末の夜の大通りは人で賑わっていた。とっくに酔いなんて覚めていたのにフラフラしていた私は人波に飲まれ、危うく転ぶところだったのだけれど。すれ違いざまに伸びてきた腕によって支えられ、地面との激突はなんとか逃れられた。
 お礼を言わなきゃ、そう思いながら顔を上げて目を丸くする。それは彼も同じだったようで、昔ひどく焦がれたグリーンが大きく見開かれていた。

「もしかして、ちゃん?」
「は、はい……」
「すっごく美人になってて一瞬気付けなかった。あ、怪我とかない?」
「だいじょうぶ、です」

 軽く再会の挨拶を交わしながら、ケイト先輩は自然な流れで私を道の端へとエスコートする。あそこでは人通りの邪魔になるからだろう。
 先輩と話すためのきっかけになるかもとマジカメを始めたものの、三年に進級した頃に先輩のアカウントを追うのは止めた。今も惰性で投稿は続けているが、あのSNSでやりとりする相手は殆どいない。だからこうして先輩の姿を見るのは卒業式ぶりだった。
 下ろした前髪のせいか、記憶にある姿とは全く印象が違う。それでも一目で気付いてしまったのはきっと。私が恋したあの頃の面影を残しながらも精悍さが増した先輩に当時のトキメキが蘇る。とっくに捨てたつもりでいたけれど、今もなお心の奥底で燻っていたらしい。

「さっき、なんだかふらついてたみたいだけど……体調悪い?」

 先輩が私の顔を覗き込む。心配そうな表情を浮かべながら先輩は「顔色ひどいよ」と私の頬へ手を添えた。
 それにもう一度、大丈夫だと返すはずだった唇が空ぶる。私を心から案じてくれているのがわかるその眼差しに言葉が詰まって上手く出てこない。触れている手のぬくもりが私の脆いところを剥き出しにする。
 先輩に迷惑をかけたくない。面倒事に巻き込みたくない。恋を諦めたあの時と同じ気持ちが浮かび上がる。でもそれを覆ってしまうほどの激情が私の中を巡っていた。言っちゃだめ、我慢して、先輩に嫌われたくないでしょ……そう思ってたのに。
 葛藤の末、プツンと張り詰めていた糸が切れて、ぼろぼろと大粒の涙が一斉に溢れ出す。そんな私に先輩は目を丸くしていて。気付けば私は先輩の胸へ縋り付いていた。

「けいとせんぱい、たすけて」

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