すきを見せたか言ったかの違い 02

『ばっ、ちげーよ! はただの幼馴染だって! カノジョにするとか絶対にねーよ!』

 私には生まれた時からの幼馴染の男の子がいた。
 幼い頃にした結婚の約束を本気で信じていたわけじゃないけれど、少なくとも私は彼に淡い恋心を抱いていたように思う。彼もたぶん憎からず想ってくれていると考えていたのだけれど、それは私の勘違いだったらしい。
 中学三年生の冬。彼が友人にそう語っていたのをたまたま通りがかりに聞いてしまった。
 ショックだったけども、次のバレンタインに告白しようかなと考えていたから、その前にわかったのは幸いだったのかもしれない。
 それから間もなく自由登校になって、私は彼と一緒に登校することはなくなった。この時はまだ気持ちの整理が付いていなかったから助かった。
 家は近所と言っても少し離れているから意識しなければ顔を合わせることはあまりない。進学先も違う以上、これからは疎遠になっていくのだろう。
 卒業式の日、友人達との卒業パーティの帰り道、私はいつも持ち歩いていたお守りを開けていた。ひっくり返して中にあった宝物を掌に出す。
 これみたいに大事にしまい続けていたのが悪かったのか。もう小指にしかはめられないけれど、それでも捨てられなかった。けどもうお別れしなくちゃ、終わっちゃったんだもん。
 泣きながらそれを近くの川へ投げ捨てて、そうして私は失った初恋にけりを付けた。
 そして高校生活初日、私は気付けば異世界——ツイステッドワンダーランドへと飛ばされていたのだった。

「ふーん……まあ、お前がアイツと付き合ってなくてよかったわ」

 叶わなかったとはいえ、昔の恋の話を彼氏に話すのは気が引けたのだ。
 だが他でもない彼がお願いしてきたから話してみたところ、エースは案の定むすっと唇を尖らせている。実は嫉妬深い彼のことだからこうなると思って言わないでおいたのに。
 彼が今の私の立場なら絶対いじってくるだろうけど、エースにそれをすると面倒なことになるのは目に見えている。だから彼が拗ねているという事実はひとまずスルーし、変える為の話題を私は考えていた。

「お前アイツと付き合ってたら、絶対帰れるようになった瞬間、帰ってたでしょ」
「うん。たぶん、そうだろうね」

 だが私が関係ない話に切り替える前にエースが口が開く。彼の質問にすぐ答えは出たものの、内心で更に深掘りしていく。
 エースに告白されたのは二年に進級する少し前だった。
 彼に対する第一印象は最悪だった。イケメンだからってなんでも許されると思うなよって心の底から思っていた、けど一緒に過ごしているうちにたくさん素敵なところが見えてきて。いじわるだけどそれ以上に優しくて、私が困っていたら必ず手を差し伸べてくれる、そんな彼の事が私はいつの間にか大好きになっていた。
 でもその恋を叶えるつもりはなかったのだ。当時の私はまだ家族を思う気持ちの方が強かったから。
 だから「元の世界に帰るつもりだから付き合えない」と言う私に「だったら行き来できる方法見つけてから帰ればいいじゃん」とエースは返して。
 帰らないでと言われていれば意地でも撥ねのけていたと思う。でもエースは家族を思う気持ちも、この恋心も捨てずに済む選択肢を突き付けてくれた。だから私も確かにそうかもと説得させられて。
 そのおかげで三年になって一方通行だが帰れる道が見つかった時、エースと離れたくないから行き来できるまで帰らないとワガママになれた。
 そして諦めなかった結果、私達はNRCを卒業して間もなく、両方の世界を行き来するという最高のハッピーエンドに辿りつくことができたのだった。

「だからエースのこと好きになって良かったなって」

 早々に帰っていたなら、私はツイステッドワンダーランドの友人達を捨てることになっていただろうから。
 ……けど、もし見つからなかったとしたら、私は両親を泣かせてしまうことになってたんだろうな。エースの手を取ってしまったその瞬間から、もう私の中から彼の手を離すという選択肢は消え去っていたから。
 なので皆が幸せになれる結末を迎えられたのは他ならぬエースのおかげだ。エースが私を好きになって、そんな彼を私も心から愛してる。このハッピーエンドはそうして起こった奇跡で、運命なんだって。

 おみやげにエースが持ってきて、お母さんが淹れてくれた紅茶を口に含む。薔薇の王国の特産品のそれは最初こそ私も母のように感動していたけれど、今ではすっかり飲み慣れた味になっていた。
 魔力も戸籍もない私はあちらの世界で就職が決まらなかった。どうしようと悩んでいたところ、エースに申し込まれた結婚前提の同棲をありがたく受け入れて。
 でもこうして世界を行き来できるようになった為、彼の仕事が休みの日は私の世界に一緒に遊びに行くようになった。たまに私の両親もツイステッドワンダーランドに行ったり、逆にエースの親御さんがこっちの世界に付いてきたりもする。
 おかげで世界を隔てながらも私達は両家の家族公認のカップルとなっていた。
 私があっちの世界で過ごしていたのはこっちの世界では留学していた扱いになってたり、異界に渡ると自動的に翻訳魔法がかかったり、異界渡りに関する不都合が世界の修正力によってある程度、違和感が出ないよう調整されるからこそできているけど。
 あと、修正力でごまかせない部分は自分達で説明しないといけなかったのだけれど、異世界なんて荒唐無稽な話をどちらの家族もすんなり信じてくれたのも大きいだろう。

 そんなわけで今日もいつものようにエースが実家の私の部屋にやってきており、ただ今回は普段と違ったことが起きた。
 家の前で幼馴染に会ったのだ。約五年ぶりに見た彼は誰かわからなかった。なんとか声で思い出したけど、彼ってこんな顔だったっけ?って恋愛フィルターが外れた幼馴染にはあの頃の眩さは感じられなかったから。息の荒いニヤけた見知らぬ男がいきなり話しかけてきたという恐怖から更に認識が遅れたように思う。そんな心証だから久々の再会で積もる話が……なんてこともなく、ただエースのことを紹介して終わり。
 お母さんが私達の訪問を楽しみにしてるから待たせたくなかったのだ。それに今の私はエースにメロメロで、かつての失恋相手を前にしても何の感慨もない。吹っ切れて何年も経ってるしね。
 でも勘の鋭いエースはあの短いやりとりで何かを感じ取ったらしい。初恋相手ということで話すのはためらわれたけども、隠すと絶対更にややこしいことになるだろう。だから正直に白状したら、この通りエースは拗ねッポラになってしまった。
 ぐりぐりと隣に座る私の肩にエースは頭をすりつけてくる。動作は猫ちゃんみたいで可愛いけれど、彼のおなかの中は嫉妬が煮えたぎっていることだろう。
 なんとかご機嫌をなおしてもらえないか……。いや、別に敢えてこのままの方がいいかもしれない。
 いつもならエースと一緒にツイステッドワンダーランドに戻るのだけれど、明日の昼から彼は出張が入っている為、エースだけが先に帰って、私はそれが終わるまでこっちの世界で過ごす予定になっている。
 出張で会えない分、たくさんいちゃつきたい。そして嫉妬している時のエースはえっちがとんでもなくねちっこくなる。だからむしろこの状況はおあつらえ向きじゃないかと。

「……エース、今日、大丈夫な日だから、そのまましてね」

 もぞもぞと服の中にエースの手が潜り込んだタイミングでおねだりする。それにエースの耳が赤くなった。でも「まだダメだってば」といつも通り怒られる。ちぇっ。
 防音魔法をエースが施す。施錠魔法はとっくにかけてあって、でも照明魔法と避妊魔法はしてくれないみたい。だから手元にあったリモコンで電気を消す。いっぱいエースを感じたいけど明るいままはちょっと恥ずかしい。
 一回このソファでした後はベッドに行くのかな。エースの唇を受け入れながら次のことを考えるなんて、随分えっちになっちゃったなあと自分でも思う。
 でもそんな私をきっとエースは受け入れて愛してくれるから。だいすきと抱きつく私に、オレも好きと呟いた彼がキスをする。
 明日のお見送りのキスは私からしよう。そう決意しながら私は身も心もエースで満たされていった。

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