すきを見せたか言ったかの違い 01
『ちゃん、大きくなったら僕と結婚してね』
僕は幼馴染ののことがずっと好きだった。
と僕は年齢が同じで、誕生日も家も近くて、幼い時からずっと一緒に過ごしてきた。いつから好きだったのかはわからない、気付いた時にはもう恋していたから。
優しくて、でもたまにズバッと鋭い一言を飛ばす、そんなギャップにドキドキして。何よりも彼女は笑顔がとても可愛かった。
だから結婚の約束をしてくれた時は本当に嬉しくて。一生懸命貯めたお小遣いで安物ながらも指輪を贈ったんだよ。いつかもっとすごいのあげるねって。
成長しても僕達はずっと仲が良くて、中学では夫婦なんてからかわれたりもしたけれど、僕は恥ずかしくも嬉しかったし、もまんざらじゃなさそうだった。
ただ僕はなかなかに告白できずにいた。照れくさくて素直になれなかった。あと間違いなく受け入れてもらえただろうけど今の関係も悪くないなって。彼女から告白されたらモチロンOKしてたけどさ。
言葉がなくたって僕らの心は通じ合ってる、なんの心配もいらないだろ。
だから中学最後のバレンタインデーに彼女からチョコレートをもらえなかったのはひどく衝撃的だった。いつもくれていたのに、自由登校になったけれどきっと家まで届けてくれると信じていたのに。
自分から欲しいと言いにいくのはなんか違う。最近寒いしインフルエンザとか流行ってたから、きっと体調でも崩したんだろう。
卒業式の日も彼女は早々に女友達と卒業パーティに行ってしまい話せなかった。第二ボタン残しておいたのに。まあ別にあえて今日渡す必要なんてないか。
春休みは進学先が違う友人達と遊ぶ予定が詰まってて、彼女も何か忙しいとのことでスマホでのやりとりも殆どできなかった。も僕とは進学先が違う。でも近所に住んでる以上、いつだって会える。だからきっと大丈夫——
◇
「そういえばちゃん、今日、実家に戻ってくるんですって」
が海外留学に行って早五年。朝食を食べ終えた時、ふと思い出したように母が僕に告げる。
あまりに急なことに驚きながらも僕は必死に身だしなみを整えていた。母曰くこれまでも何回か戻ってきていたとのことだが、次いつ会えるかわからない以上、このタイミングを逃すわけにはいかない。
以前の僕なら次があるならと後回しにしていただろう。でも、そう思っていた結果、彼女の留学によって何年も顔を見ることもできない状態になってしまったのだ。
彼女が留学に行った先は全寮制の学校だったらしい。しかもかなり厳しいのか、スマホは置いていったのだと。ならと手紙を送りたいとのおばさんに聞いても、それすら無理なのだと断られていた。もう後悔したくない。
途中で話を切り上げたからか。母が何か言おうとしていたが、一刻も早く彼女に会いたかった僕は準備が整い次第、家を飛び出した。
「!」
彼女の家の前で立っていた女性。もう何年も彼女と離れていたというのにそれがだと僕は一目で気付いた。
呼ばれた彼女が僕の方へ顔を向ける。僕を見る彼女は目を丸くしていた。その反応に思わず口角が上がる。あの頃から僕は随分と背が伸びているから、それで驚かせてしまったんだろう。
数年ぶりに顔を合わせた彼女はなんだか大人びて綺麗になっていた。胸がドキドキしているのはきっと走ったせいだけじゃない。逸る胸を押さえつける。何から話そう、どうせなら最近できたカフェに誘って——
「ねえ、その人だれ?」
「ああ、幼馴染だよ、エース。昔はよく一緒に遊んだんだ」
彼女しか目に入っていなかったが、誰か他の奴がいたらしい。それも声からして男だ。
は僕の婚約者なのにやけになれなれしくないか? 彼女に対する気安い声色に若干の苛立ちを覚えながら、男の姿を視界に入れようとした時だった。
僕が好きだった笑顔よりも更に可愛らしく彼女が笑う。それから隣に立っていた、ぞっとするような美貌の男を手で示して。
「紹介するね。私のフィアンセのエース、半年後に彼の地元で結婚するの」
「……え?」
何を言われているのか、わからなかった。
フィアンセって、その相手は、僕のことで。ひどく混乱する中、男の薬指に光るものが目に入る。まったく同じものが彼女の指にも輝いていた。僕があの約束の日に渡した物とは比べものにならない立派な、理想以上の品が。
笑みを形作りながら僕を見下ろすひどく冷めた男の目。その色と同じ赤い宝石がはまった指輪を彼女は愛おしげに触れて微笑んでいた。
◇
あれからどうやって家に帰ったのか、よく覚えてない。
気付いたら二人とも僕の前からいなくなっていて。しばらく彼女とよく遊んだ公園に行って僕は何をするでもなく、ただベンチで呆然としていた。
暗くなってきたから諦めて帰る途中、彼女の家の前を通ったけども、の部屋の窓はカーテンが締め切られていて何も見えなかった。とはいえまだ寝るような時間ではなかったから、電気が消えていたということは部屋にはいなかったのだろう。
自室に戻ってきてベッドに横たわりながら考える。も性格が悪い、いくら僕の気が引きたいからってあんなタチの悪い嘘を吐くなんて。それも役者を雇うとか……あんな美しい男が一般人なわけないよな! ましてや普通の女の子でしかないを好きになるなんてありえない。が昔からやる時はとことんやるタイプだって知らなかったら危うく騙されていたところだった。そうだ、嘘に決まってる。だって僕と結婚してくれるって約束したんだ!
今日はもう遅いから明日の朝、また彼女の家に行こう。それで今度こそちゃんと話して。彼女が望んでいるだろう告白もしないとな!
いつもより早く目覚めた僕は身だしなみを整え次第、家を出た。彼女の家の方向へと走る。
少なくともの両親がこの時間帯には起きているのは一緒に学校へ通っていた時に把握済だ。だからもしが寝ていたとしても、起こしてもらえばいい。
無我夢中で走っている間に、あっという間に彼女の家の近くまでやってきていた。そして玄関先に誰かがいることに気付く。
インターホンを押しに行くつもりだったけれど、とっさに僕は近くの角に隠れた。
「おじゃましました」
「美味しい紅茶、いつもありがとう。また遊びに来てね、エースくん」
人影はおばさんととあの男だった。何を言っているのか完璧には聞き取れないが、だいたいはわかる。どうやら会話からして男が出て行くところらしい。
おばさんに向かい合う男の態度は昨日の僕に対するものとは違って、まるで別人のように丁寧な物腰を取っていた。元々抱いていた悪感情が更に膨らむ。
その不快感を少しでもマシにしたくてを見る。彼女の表情を見た瞬間、僕は喉を鳴らしていた。
とろけた目つき、ほんのり赤くなった頬、艶めいた肌。人気はないとはいえ、外だというのに今の彼女はひどく色っぽい顔をしていたから。
興奮からかつてないほど心臓が高鳴ると同時、頭の中の冷静な僕が囁く。なんで、彼女はあんな表情をしてるんだ、と。
これ以上、見てはいけない。早く立ち去るべきだ。そう思っているのに足が動かない。危険信号が脳内で鳴り響いてるのに、僕の目は奪われたままだった。
「じゃあ、、オレそろそろ行くから」
「うん……あ、エース、待って」
「ん? 、どうしたの……ッ?!」
男の服を掴んで引き留めて、それから彼女は背伸びして男に口付ける。
そんなショッキングな光景に頭が理解を拒む。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! あの恥ずかしがり屋のはこんなことするはずない!!
だが現実は残酷だ。はもっとキスを深めるように男へ唇を押しつける。から男を求めてる。母親が見てるのに、僕がここにいるのに!
初めてのキスは三回目のデートの帰り道、夕焼けの中で僕が優しく教えてあげるはずだった。だが目の前の光景からして、彼女の方が知っているようにしか見えなくて。そう考えた瞬間、胃から迫り上がったものを何とか堪える。
「こんの、バカッ! 何してんの、お前!!」
「だっていつもしてる……」
「ここは日本でしょーが!!」
「それはつまり日本じゃなかったらいいってこと?」
「おば様ッ!!」
彼女の体を引き離して男が騒ぐ。真っ赤になった男は口調こそ怒っているように感じるが、声色も表情にも嬉しさが滲んでいた。
唸りながら、男はくしゃくしゃと髪を掻きむしる。その場に座り込んだ男に「いってらっしゃい、エース」とはふにゃりと笑いかけていた。
彼女の笑顔を見るたびにいつも胸が温かくなった。なのに今はひたすら心臓が痛い。口の中に砂でも食ったかのような不快感が広がっていた。
「あーもうっ、いってきます!」と男が騒いで、僕が立っている逆方向へと歩いていく。すぐに男の姿が見えなくなった。だけど僕は膝が震えて到底立ち去れそうもない。
「あのお母さん、なんか、ごめんね……」
「まあが幸せそうで何よりよ。それよりお母さん、に言っておきたいことがあるの。杞憂ならいいんだけど、アンタの性格考えるとなーんか心配なのよね」
「心配って……何が?」
「……ワガママ言わずにちゃんと避妊しなさいよ?」
男が立ち去って収まっていた彼女の頬の赤みがさっき以上にひどくなる。頬どころか顔中を真っ赤にして無言では頷いた。
質問の言い回し、それからのの動作。それが指し示す意味は。
二人が家の中に戻っていく。僕だけがこの悪夢に取り残される。
なんで、どうして。僕の方が先にのことが好きだったのに。立ちすくんでいる間に、僕の恋はバッドエンドを迎えていた。