奥様は優しい罠の中 04
高名な魔法士であり、四十半ばにして未だ抱かれたい魔法士ランキング上位に食い込む程度には顔が良い父親。そんな父から魔法の才と美貌を受け継いだ、優秀な魔法士として活躍中の兄と姉。
対して僕は母に似たごく平凡な容姿と人並みの魔力しか持ち合わせていなかった。となれば、大抵の人は僕が父や兄姉へ強烈なコンプレックスを抱いてやさぐれてるものだと思うらしい。
「ハジメ、ハジメ、ハジメ〜」
「姉さん今包丁使ってるから大人しく座ってて、もうできるから」
珍しく早起きだなあと思ったら、台所に立つ僕に後ろから姉がちょっかいをかけてくる。いつも通り適当にあしらう僕に「弟が冷たい」と愚痴りながら、姉はしぶしぶ食卓につく。
この一連の流れでおわかりいただけると思うが、僕と姉の仲は決して悪いものじゃない。というか世間一般から見ても、かなり仲良しだと思う。
確かに姉は父に似て、美人で要領が良くて、フォレストストライク[Ⅱ]とアクアウェーブ[Ⅱ]を連発して平然としている馬鹿げた魔力の持ち主だが、もうここまで差があると羨むもクソもない。比較するまでもないのだから嫉妬するだけ無駄である。
というか普通にこんなベタベタに好かれている状態でどうやって嫌えと?「お前あの姉ちゃんの弟とか可哀想だな」なんて同情に見せかけてバカにしてくる奴に、姉さんとの仲良しツーショットを見せつけて鼻で笑うぐらいにはシスコンである。僕の姉さん美人だろ、知ってた!
「はい、お待たせ」
「やった! フルーツサンドじゃん!」
五人分の朝食を食卓に並べていく。サラダとスープとサンドイッチ、朝ご飯ならこれで十分だろう。
なおうちのフルーツサンドは父姉兄のご希望によりチェリー率高めなのだが、さくらんぼはバナナとかと違ってすぐ傷むので、今日みたく皆が一斉に集まる休みの日ぐらいしかできないんだよね。食べれなかったメンバーが拗ねるから、子供か。
「じゃあ姉さん、僕みんなを起こしてくるから紅茶注いでおいて。もう用意はできてるから」
「オッケー」
飲み物の仕上げを姉に頼んで各自の部屋へと向かう。まずは近い兄の部屋から。父さんほどではないけど兄さんも昨日帰り遅かったからなあ、寝起き悪そう。まあ一応奥の手は準備しておいたけど。
起きてるとは思わないけど兄の部屋のドアをノックする。無反応だったので「入るよ」と告げて中に入る、ドア横のスイッチで電気を付けたがベッド上の兄は微動だにしない。にしてもすっごい寝相だな。
「兄さん、起きて。朝だよ」
「あと五分……いや十分……」
「増やすな。もうこないだみたいにそのまま三十分寝過ごして朝ご飯食べ損ねるよ、ほら起きて」
体を揺さぶっても兄は夢の中。ならばこれはどうだとベッド横のカーテンを魔法で開ける、眩い朝日が部屋に一斉に射し込む。これは個人的には腹立つからあんまりしないんだけど……兄にはまったく効果がなかった。むしろ僕の声の方が反応が良いとか。うーん、仕方ない奥の手使うかあ。
「兄さん、今すぐ起きてくれないと身体強化の魔法使って10セベクさんぐらいの声帯でおはよう言い続けるよ」
「やめてやめて鼓膜破れる! 起きる、起きます! だからそれだけは止めて!!」
「おはよう、兄さん。ごはんできてるよ」
「……おはよ。ハジメ、お前どんどんおふくろに容赦のなさ似てきてんな……」
さすがに母さんにはまだまだ追いつけないと思う。まあでも僕は母さんの事も好きなので、似てきたと言われるのは悪くない気分だ。
飛び起きたわりに兄はまだ寝ぼけ眼だ。でもふわあと大きくあくびする姿も、寝癖でぼさぼさだろうとカッコイイのだから、イケメンってずるいよなあ。これで血が繋がってるとかギルティだよ、こんちくしょう。
「今日は兄さんご希望のフルーツサンドだよ。ちゃんとチェリー多めにしてるから」
「えっ、マジで?!」
「まじまじ、だからさっさと起きてね」
兄の父さん譲りのルビーが一気にきらめく。ばっと腕を広げたかと思えばぎゅっと抱きついて頭をぐりぐり擦り付けてくる。もうおおげさだなあ。
「愛してるぜ、ハジメ〜〜!」
「重いから離して、それにその言葉は僕より小さくて一緒の戸籍に入ってない可愛い女の子に言われたい」
「俺の弟が冷たい」
デジャウと思ったけど、さっき姉さんにもほぼ同じこと言われてたな。
というわけで、僕は兄とも普通に仲が良い。七歳離れたこの兄は姉と一緒になって僕をべらぼう可愛がってくれた、同じ年齢差の父と伯父のように幼い頃は「兄ちゃん、兄ちゃん」と後ろについて回ったけどデレデレされても邪険にされたことはない。
そんな感じなので、我が兄ながらあまりのかっこよさにたまーに同じ男としては悔しいと思うことはあっても、懐く以外の選択肢なんてないんだよな〜〜!
「父さん達起こしてくるから、顔洗って先に食べといて」
「はいはーい」
兄さんが洗面所に行ったのを確認して両親の寝室へと向かう。ドアの前に立った時、中から物音が聞こえた。おそらく母が起きたのだろう、いつもならとっくに起きてる時間だから。今日は僕が朝食当番なので放っておいたんだけど。
ノックしようかなと思っていたところ、ドアが開いて母が部屋から出てきた。僕に気付いた母が笑顔を浮かべる。
「おはよう、ハジメ」
「おはよう、母さん。父さんは?」
「昨日遅かったからもうちょっと寝かせてあげて」
「うーん……わかった」
ちょっと相談したいことっていうか、もう決定事項なんだけど知らせたいことあったんだけどな。まあ昼ご飯か夜ご飯の時でもいっか。
エプロンのポケットを一撫で。今朝、郵便受けに入っていたそれが懐にあるのを確認し、僕は母さんと一緒にダイニングへと向かった。
◇
「そういえば、そろそろナイトレイブンカレッジから入学案内来る時期だよなー」
朝食とその片付けを終え、リビングで家族団らんしていた時だった。兄がその話題を振ってくれたのは。
伯父、父、兄とうちの男性陣は軒並みナイトレイブンカレッジの卒業生である。(母も一応卒業しているのだが、その特異性故に公式の記録には残っていない)兄に至ってはかのハーツラビュルの寮長を務めたほどだ。だからなのだろう、兄は僕にもNRCから入学案内が来るものだと信じて疑っていない。
みんなと違って僕はそんな才能ないのになあ、兄馬鹿にも困ったものだ。残念ながら僕はNRC生になれないと知ったらガッカリさせちゃうだろうな。
「ハジメはどこの寮になるんだろうな、やっぱ俺と同じでハーツラビュルかな」
「それはアンタの願望でしょー、案外ポムフィオーレとかかもよ?」
微妙な表情をしているだろう僕に気付かず、兄と姉は僕がどの寮に選ばれるかで盛り上がってる。子供のように楽しそうにしている二人、それを微笑ましい顔で見つめる母。
母さんは父さん大好きだから、父さんそっくりな姉さん達がきゃっきゃしてるのが可愛くてしょうがないんだろうな〜!う゛ーーーん、この雰囲気だと言いづれえ〜〜!
「えーっと、その事なんだけど……」
「なんか楽しそうな話してんじゃん」
「あ、父さん」
和みモードに負けそうになりながら、それでも切り出そうとしたその時、父が起きてきた。タイミングが良いのか、悪いのか。「親父おはようさん」「お父さんおはよー」「エースおはよ」兄達に続いて「父さん、おはよう」と僕も挨拶する。
それに返した後、父は僕を後ろから抱きしめる。ちょうど姉さんと兄さんを半分ずつにしたようなちょっかいの出し方に遺伝を感じる、まあ引き継いだのは姉さん達なんだけど。
「ハジメはに似てるから、きっとオンボロ寮だって」
「そもそもまだオンボロ寮残ってるのかなあ?」
「残ってるよ、親父達が言ってた例のゴーストのお姫様も年一で遊びに来てる」
って父さん達も参加しちゃうか〜〜!現実見てよ、親バカ〜〜〜!!そんな父さん達が大好きだけども〜〜〜!!!
歳を取ってからできた、それも待望の母さん似だった僕は父にも溺愛されている。兄さん達が僕を可愛がっているところに大人げなく入り込んでくるのなんかしょっちゅうだったし。
父さんも母さん大好きだからな。なにせナイトレイブンカレッジから届いた制服を試着した兄さんに母さんが「出会った頃のエースを見てるみたいでドキドキしちゃう」とジョークかましたのに本気で妬いてたぐらいである。こう言っちゃ下品だけど、よく子供三人で済んだよな。
あとはどうせ似るなら僕が女の子だった方が良かった?と聞いたら「それだと絶対嫁に行かせてなかったから男で良かった」と、据わった目で言ったりだとか。愛が重い。ちなみにその意見に姉さんと兄さんも同意してた。というか男の今でも僕を踏み台にして父さん達にお近づきになろうとする奴とかに三人とも容赦ないので、男に生まれて本当によかったなと思う。
「ハジメはどの寮に入りたいんだ?」
気付けば僕がNRCに入る前提まで話が進んでいる。止めて、いたたまれないから。
楽しそうな笑顔を見せてるところ悪いけど、三人ともクソ忙しいせいでこうして家族全員揃うのってなかなか難しいから今話すしかないんだよな。この機会逃したら次はいつになるか。
腹を括ってエプロンのポケットに手を突っ込む。かさ、と紙の音にその場にいた全員が反応した。あああああ、その期待に満ちた眼差し本当に止めて。泣きそうになりながらも腹を括って、彼らの目の前へそれを掲げる。
「来ちゃった♡」
ヤケクソな笑みになりながら見せつけたRoyal Sword Academyと刻まれた封筒。
それによって家族団らんが途端に阿鼻叫喚の場となり、フレイムブラストでRSAを燃やしに行こうとする三人をどうやって押さえるべきか、僕は頭を抱える事になるのだった。