二つの椅子の間に落としてくれ 03
私達が男女の敷居を超えたマブから彼氏彼女の関係になってからも、最初の三ヶ月はさほど変化しなかったように思う。せいぜい泊まりに来る頻度が上がったなとか、お出かけの時に手を繋がれるようになったとか、そのくらい。
今までの価値観から付き合ったその日に押し倒される可能性も考えていたので、思ったより遙かに緩やかな進展具合に拍子抜けしたものだ。ただ二人には悪いけれど、その子供の戯れのような触れ合いに私はひどく安心した。
三ヶ月目を過ぎた辺りから少しだけ進展して。髪や肩に触られたり、抱きしめられたり、キスしたり。ちなみにファーストキスの相手はデュースだった、何でもじゃんけんで決めたらしい。
喧嘩している二人は見たくないから、そんな平和な方法で折り合いつけてくれて助かった。男の人は初物にこだわるってよく聞くし、アイツらも処女食っては自慢してたし……あーあー思い出したらサブイボたってきた。
それにしても同じようなスキンシップでも好きな人が相手だと全然違うんだなと、ファーストキスの時になんとなく思っていたことを、エースとのセカンドキスではっきり確信して。
そんな風にあんまりにも滞りなく進んでいけば行くほどに、私の中の焦りは膨らんでいった。こんなの間違っている。さっさと二人を解放してあげなよ、と。
「……私の血筋って色狂いばっかりなんだよね」
だからこそ、私はそれを明かしてしまったのだろう。
エースが借りてきた古い映画、そのラブシーンを見ながら私は自分でも意図しないうちに口にしていた。
うごめくシーツ、甘ったるい猫なで声、わかりやすい性行為の跡に、私はついあの人達が日常的に繰り広げていた狂宴を思い出して。
蚊の鳴くような声だったが、同じソファ、それも私の両横に座っていた二人にはしっかり聞こえていたらしい。
さりげなく私の肩を抱きながら平然と画面内の痴態を眺めていたエース、シーツから零れた艶めかしい女優の足を気まずそうにしながらもしっかり見ていたデュース、どちらの意識も濡れ場から私に移る。
私には母と兄と弟がいる。私と兄弟の父親は全員誰かわからない。私以外はみんな見事に好き者で、ほぼ毎日異性を家に連れ込んでいたこと。そのせいで私自身も同じような尻軽として見られたり、なんとか操こそ守りきったが母の恋人に風呂を覗かれたり体を触られたことがある。なんて恥であり、弱味でしかない、どうでもいい話を私は無心で語っていた。
どう表せばいいのか、わからない。ただ二人があまりにも私のことを大事にしてくれるから申し訳なかったのだ。私は二人にそんな大切にしてもらえるような女じゃないよと。
「あの人達のことを嫌悪してるけど、私にもその血が流れてるんだよ。だからこうして二人のことが好きなんて言ってるのに、いつか他の男の人にも手を出すかもしれない」
浮気は最低だと思ってる、でも現に私は二股かけてるわけで。ある種一線を越えてしまった今、きっと昔以上にハードルが下がってる気がするのだ。カラオケで最初の人が歌い始めたら皆が歌い始めるように、浮気も一度したら二回目からは葛藤しなくなるという浮気カラオケの法則という科学的証明もあるし。私は私が一番信用できない。
「あ〜だからお前、触られそうになると身構えてるんだ」
「えっ」
「……気付いてなかったのか?」
——だから私なんて恋人にしない方がいいよ。そう続けるはずだったのにエースが先に言おうとしていた接続詞を取っちゃったせいで、私は出鼻をくじかれてしまった。更に思いもよらない指摘により二人にペースを譲ってしまう事となる。
「ずーっと不思議だったんだよな。って泊まる分には文句言わねーけど、そのくせスキンシップには明らかにビクビクしてんだもん。でもその話聞いて納得したわ」
「僕達が触るのはだいぶ慣れてきてるけどな。ただ怖がる姿ってむしろ加虐心に火を付けるから気をつけた方がいいぞ」
「やだーデュースくんってばこわーい」
「エース、うるさい。事実だろ」
自分でもわかっていなかったことを次々突き出され、私は目を回す。ただ何とか二人からの情報を噛み砕き整理しようと試みて。
兄弟か、母の恋人か、何にせよ私にとって家に男がいるのは当たり前だった。だから二人が家に泊まりに来ること自体には何も抵抗がなくて。
でも未遂で済んだのだから大丈夫だと言い聞かせていたくせ、手を出されることは知らず知らずのうちにトラウマになっていたらしい。
思い返してみれば、私は付き合い始める前、友達としてのスキンシップですら二人に怯えてしまっていて。だから、二人はゆっくり歩み寄ってくれていたのだなと今更ながら気付いた。
「はオレら二人を好きになったこと気にしてるけどさー。そうじゃなかったら今みたいに三人でバカできなかっただろうし、むしろが両方選んでくれて良かったと思ってんだけど」
「僕もエースに同感だな。エースも僕もお前を好きになってしまった以上、どちらかが選ばれたらその時点で破綻していただろうからな。エースはともかく、あいにく僕はそこまで器用な人間じゃないんだ」
「……そうやって甘やかしたら碌な大人にならないよ」
ソファの上で体育座りになりながら私は口元を隠す。口先だけの文句はこの通り、にやけた唇から出ていたので。
こんなのダメなのに。そう思っていても、二人の言葉に私はどうしても喜ばずにはいられなかった。満更でもない態度を取りながらの反論に、エースは悪役じみた笑顔で、デュースは不思議そうな表情で応じた。
「優等生を目指す僕が言うのもなんだが……ヴィランにそれを言うのか?」
「男も女もちょっとワルなぐらいが魅力的じゃん」
「ワルなのはどうかと思う」
「こらこら元ヤン時代が黒歴史だからってデュースくーん、話の腰折らないでもらえますー?」
「ぶっころ……がすぞ!」
相変わらずエースは煽るなあ。デュース、直前で躊躇ったんだろうけど、もう殆ど言ってるじゃん。
二人のいつも通りの掛け合いについクスクス笑ってしまう。私のそんな反応に面食らったか、今にも始まりそうだった喧嘩は一瞬にして終わった。
まだ思うところは多少なりとも残ってる。でも二人が望んでくれるなら、いつか終わるその日のことは後回しにして、今はこの関係を享受させてもらおう。
だべっているうちに映画はクライマックスに入りかけていた。うーん、すっかり肝心な所を見逃してしまったなあ。巻き戻そうとチャンネルに手を伸ばした私へエースがもたれかかってきた。
「エース、何? 重いよ」
「オレ、もうこの映画見るの四回目だから見飽きてんだよね」
そう言われても私とデュースは初見なんだけど。というか面白いとは思うけど、そんな何回も繰り返し見るほどの作品かなあ。伏線らしい伏線もないし、ごく一般的なアクション映画だと思う。何がそこまでエースの興味を引いたんだろう。
「女優の裸」
「は? ……ッひぃやぁ?!」
脇腹を爪でなぞられ、びくんと飛び跳ねる。いきなり何をするんだ、そう思ってエースを睨み付け息を呑む。さっきまで見せてた快活な年相応の笑顔はどこやら、ぞっとするような色気を含んだ微笑みを向けていたから。
「オレ、映画よりこの下が見たい」
そう言って私の腰をするりと掌で撫でる。いきなり始まった淫靡な空気に耐えかねて、私はデュースへ助けを求め……られなかった。
振り向く前にデュースが後ろから抱きしめてきたからだ。私を腕に収めたまま、いつの間にかデュースの手に渡っていたチャンネルがピッと音を立てた。それと同時にブツンとテレビの画面が消える。
「ベッド行くか」
デュースの表情は見えない。でもその一言の熱っぽさに、エースと同じように欲情していることは聞いてとれた。
もしここが全年齢の映画の世界だったら暗転してるんだろうなあ。突如我が身に降りかかったベッドシーンの予感に私は他人事のようにそう考えていた。
なにがきっかけだったのか後で白状させたのだが、お風呂を覗かれた発言が原因だった。デュースが言うに「どこぞの誰かがお前の裸を見てるのに、恋人の僕が見れてないのがムカついた」とのこと。エースもおおよそ同じだった。そんなとこまで息ぴったりにするんじゃない。