従え獣慾

「私、どうもマゾっぽいんですよね」

 隣に腰掛けた後、ごくナチュラルにトレイさんが手を絡ませてきたから、言うなら今だろうなあと。
 そんな私の唐突なカミングアウトに、彼の瞳はレンズの奥で丸くなっていた。気付かれてるかと思っていたが、この反応からして私はそういった素振りを見せてなかったらしい。滲み出ていそうなもんだけどね。
 ひとまず軽蔑の視線がないことに安堵する。機を見計らう間に何度も脳内シミュレーションしてきたおかげで、ビクビクと内心ビビリながらも頭が真っ白にならずに済んでいるが、本当にそれだけだ。嫌われる覚悟は未だできてない。

「今までのセックスじゃ物足りないか?」
「うーん、物足りないんですかね?」

 二人っきりで、それも同棲している部屋という状況だからか。トレイさんはものすごくストレートに尋ねてくる。
 冷静に答えたいのに、にぎにぎと私の手を覆う彼の掌がちょっかいをかけてくるのでなんだか落ち着けない。そのため、質問を質問で買えるような形になってしまった。
 あと実際のところ、自分でもわかってないのだ。何かが足りないと思っても、それが何かまでは突き止められていない。

「ん、違うのか?」
「これまでのだって好きなんです。心が満たされるし、嬉しいと思う。でもたぶん欲が出ちゃったんですよね。もっとぐちゃぐちゃに、酷くされてみたいなって」
「そうか」

 ろくでもないことを言っている自覚はある。言おう言おうとは前々から思っていたけど、本当に言ってしまった。今更ながら、これ以上ないやらかしに血の気が引いていく。
 こんなにも大切にされているのに何が不満なんだろう。自分の変態ぶりに自己嫌悪が止まらない。
 よくティーンズ小説で同じようなシチュエーションを見るけれど、そういった作品のヒロインは物足りないからと彼氏に別れを告げるパターンが多いように思う。
 でも私はトレイさんと別れたくない。こんな女じゃ幻滅されても仕方ないと考えても、大好きな彼を手放す勇気は私にはなかった。
 やっぱりこんな彼女は嫌ですよね?と面倒な質問をつい投げてしまいそうになる。そしたらきっと困ったように彼は笑って言葉を濁すんだろう。
 ありあり浮かぶ当たり前の結末が見たくなくて、何とか唇を噤み、その末路を避ける為にも彼とは反対の方へ視線を伏せた。
 痛い位の静寂はどれほど続いただろうか。被せられた掌がぐっと力を込めてきた。意味ありげな動作に彼の表情を怖々確認する。

「酷いこと、されたいんだな?」

 トレイさんは笑っていた。でも、それはよく見る困ったような笑い方でも、いつもの優しい笑みでもない。笑顔の起源は威嚇だと思い起こさせるような、細められた瞳も、僅かに上がった口角も、そんな獰猛さを孕んでいた。
 唇が触れる。最初の頃は彼のメガネが邪魔だと感じることもあったけど、今はもう慣れたものでこの位のキスなら何の障害にもならない。
 離れた隙に呼吸を整える。ならばその間にトレイさんはメガネを目の前のテーブルへ追いやっていた。いつもは許可証代わりとばかりに「外してくれないか?」と私に頼んでくるのに。
 些細な変化に気を取られているうちに再び唇を塞がれた。舌先で口をノックされのに応えて開けば、ぬるぬると口内をまさぐられる。上顎に舌を擦り付けられるたび、勝手に声が漏れてしまう。
 続けて歯茎の裏を丁寧になぞられ、がくがくと腰が震える。(めちゃくちゃ頼み込まれて)トレイさんに歯磨きされた時はちょっとくすぐったいとしか思わなかったのに、どうしてこんなに気持ち良くなっちゃうんだろう。
 力の抜けた体をソファに預けていれば、トレイさんの体越しに照明が目に入る。大部分は遮られてるけど、眩しい。……眩しい?

「トレイさん、電気……」
「見えてないから大丈夫だぞ」
「……でも近くでまじまじ見るじゃないですか」

 それに彼は何も答えない。図星だからだろう。でも結局明かりは消してくれず、彼の手がトップスの中に入り込んだ。
 普段は真っ暗な寝室でしかしないから、こんな明るいリビングのソファの上でなんて羞恥心がすごい。だけど、酷くしてなんて贅沢を言った手前、それ以上強くお願いするのも気が引けて。
 服を捲り上げられホックも外される。こんな明るいところで露わにされていると実感して、改めて体温が上がった気がした。胸を揉みしだかれて、赤くなった先端を捏ねられ。
 セックスの時、トレイさんはあまり喋らない。たぶん一番最初に私の胸に触れた時「スポンジ生地みたいだ」とトレイさんが述べた感想が、やたらツボにハマってしまい、ムードが台無しになってしまったのを地味に引きずっているんだと思う。

「あっ」
「こーら、余計なこと考えてるだろ」

 ぎゅっと強めに乳首をつままれて叱られる。普段より荒々しい手付きだった。はっきりと見えないからだろう、いつもより鋭い目つきは睨まれているかのよう。ちょっと痛くて、怖くて。なのにどちらにもぞくぞくと興奮で背筋が震えているのだから、やっぱり私は変態なんだろう。
 ズボンを脱がされてショーツの上からカリカリと陰核を引っかかれる。布越しの快感がもどかしくて触ってほしいと願っても聞き入れてもらえない。濡れすぎてもう意味のない下着はぐちゃぐちゃと粘着質な音を立てるだけの道具に成り下がっている。

「ちゃんと、触ってください……」
「どこに触ってほしいんだ?」

 わかってるくせに聞くなんて。そう思ったって、それをねだったのは自分なのだ。
 だから卑猥な言葉を口にするのが正解だってわかってる。でも羞恥心を捨てきれず、トレイさんのズボンの膨らみに手を伸ばす。それから自ら足を開いて。

「トレイさんに、ぐちゃぐちゃにしてもらう、とこ」

 触れながらそうねだるのが、今の私には精一杯だった。これ以上は難しいと彼も感じたのか、良い子だと耳元で囁かれた。
 ショーツが足から抜き取られて、指を二本差し込まれる。いつもは一本一本、頃合いを見て増やされていくのに。ただぐちゃぐちゃに濡れそぼった中は何の抵抗もなく彼の指を引き込んだ。
 普段みたく慣らすような動きをしたかと思えば、突然Gスポットをぐいぐいと何度も押されて腰が跳ねる。開発済のそこから与えられる強すぎる快感にバチバチと頭がショートして、目の前に星が飛んでいた。
 それがオーガズムと気付いた瞬間に次の絶頂がやってくる。連続でイかされ、声に鳴らない悲鳴を上げ続けた。今までは容赦されていたのだと思い知らされる動きに、ボロボロと生理的な涙が止まらない。
 ガクガクと全身が痙攣し続けている。もう何も考えられない。ただトレイさんの指がふやけるほどに溢れているだろう愛液がお尻を伝う感覚に少しだけ理性が返ってきた。

「トレ、イさっ、やめ、ソファよごれちゃ、ひぅうっ」
「後で洗浄魔法かけるから気にしなくていいぞ。というか、そんなことが気になるなんて、まだ余裕があるみたいだな?」

 首をぶんぶんと横に振って否定するが「遠慮しなくていいぞ」なんて優しく酷い言葉を告げる。
 息を吐く暇もなく気をやる。意識を失っても、すぐさま叩き付けられる快感に強制的に引き戻される。ごめんなさい、ゆるして、と泣いても返ってくるのは「怒ってないぞ」という答えだけ。
 ただ私のリクエストに応えているだけで、本当に怒ってないんだろう。でも、もうその判断も揺らいでしまうぐらい、私の思考回路はぐちゃぐちゃにされていた。

「〜〜〜ッ!」
「ははっ、入れただけでイったのか? かわいいな」

 ぷしゃぷしゃと潮で彼のシャツを汚した時、もう私は疲れ切ってぐったりとソファに横たわることしかできなくて。
 そんな私をうつ伏せに転がしたならば、のしかかるようにして彼は一息に最奥まで貫いてきた。
 みちみちとおなかの深くまで浸食する熱は重く、いつもより感じる圧迫感に身震いする。唯一の頼りであるソファーカバーをぎゅっと握り込むけれど、心も快感も和らがない。度重なる絶頂に敏感になった体は背筋をツツッとなぞる彼の指にも過剰に反応を示していた。
 頭を撫でられる。心地良いのか、気持ちいいのか、もうわからない。嬉しいと思うのに、それだけに集中できなかった。彼の先端がめり込む場所から走る感覚がずっと止まってくれないから。

「トレイ、さん、やだ、これ、びりびりする」
「ああ、この体位だとずっとポルチオ当たるもんな」

 理解を示しておきながら、ぐりぐりと腰を押し込まれて目の前が真っ白になる。もう今日だけで何回イったんだろう。
 ソファーカバーを握り込んでいた手をほどかれ、手首を押さえつけられる。これじゃ、どうやっても逃げられない。そう悟って間もなく、ごちゅっと勢いよく突き上げられた。
 足をばたつかせてもびくともしない。暴力的なまでの快感を何とか逃がそうにも全く身動きが取れなくて、可愛くない声で喘ぐことしかできなかった。

「さっきからお前の奥、俺のに吸い付いてるの、わかるか?」

 質問している間もトレイさんの腰は止まらない。行き過ぎた快楽が怖いのに、彼に支配されるような体勢に安心している自分もいて。
 すっかりバカになった私の中は彼の形を覚えるようにきゅうきゅうと締め付けていた。ずっとイきっぱなし。もう一生分の絶頂を味わったのではないかと思う。
 さっきの激しさは鳴りを潜め、ゆるゆると彼は腰を前後させる。だけど動くたびに確実に私の感じるところを引っかいて。次第に奥を捏ねるような動きにシフトする。

「ずっと俺にこうされたかったんだよな? ……悪い、そろそろ」

 限界が近いのだろう。また早く腰を打ち付けられ、息が詰まる。
 その中で先程の確かめるような言葉に、私はそれどころじゃないけども、あることに気付いて。ああ、怯えて損した。正しい位置で考えたら何も問題ないのだから。
 好きだぞと囁いた後、私の無防備な背中にトレイさんは緩く歯を立てる。痛いのに体は正直だ、彼のをいっそうきつく締め付ける。
 それが引き金になったのか、仰け反る私に少し遅れて彼も薄い膜越しに欲を吐き出した。

「また、たまにしてもいいか?」

 いつもより数段濃い時間に力尽きていた私の世話を甲斐甲斐しく焼いた後、トレイさんは許可を求めてくる。
 私から願って始まったはずなのに、どうやら彼の方がハマってしまったらしい。
 わざわざOKをもらわなくたって勝手にすることもできただろうに。でも彼は仕返しこそするが、基本的に揉めるのが苦手なのだ。だから少しでもトラブルの元は減らしておきたいからこその事前申請なんだろう。
 ただ彼のタチの悪いところはもしここで断った場合、結局何が何でも私を頷かせようとするのである。なかなかに執念深い。
 なのでここのトレイさんの彼女としての最適解はきっと「いいですよ」なんだろう。

「……たまに、でいいんですか?」
「はは、お前には敵わないな」

 だけど私はそれ以前に猛獣使いなので。彼は口では降参していても、細められた目にまた獣じみた凶暴性が覗かせている。まあ飼い慣らせばいいだけの話だ。
 私の感じていた物足りなさは、実際のところはおそらく彼が抱いてきたものだったんだろうな。
 涼しい顔で、次はいつにするかと心積もりしているであろう彼に髪を撫でられながら、私はそのことに勘付くのだった。

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