ロマンチックは二度目から

「ス、カリーくん、うしろ、下がってぇ……」
「あの、申し訳ないのですが、我輩のすぐ後ろに壁があって」
「う゛……そっか、ごめん、無理言って」

 なんでこんなことに。
 捲れてしまいそうなスカートの裾を両手で必死に押さえながら、このとんでもない現状を理解しようとしてみるけれども全くわかんない。
 たぶん真面目に考えたところで、妖精のイタズラとか魔法的なサムシングで片付けられそうな案件なのだ。ふざけるなとキレたところでここはツイステッドワンダーランド、そういうのが通用してしまう世界なのである。
 それが例え、恋人と共にとんでもない体勢で謎の空間に閉じ込められるなんてトンチキ現象だとしても。

 今日はスカリーくんと恋人になって初めてのデートだった。
 恋人になる前も何度かおでかけしたけれども、それでも張り切っていた私は精一杯おしゃれしてこの日に望んだのだ。普段はパンツスタイルなんだけど、シフトを増やしてスカートを買ってみたり、ちょっと冷えちゃうけどこのスカートなら短めの靴下の方がいいかなとか、慣れないなりに頑張った。
 だってスカリーくんにちょっとでも可愛いって思ってほしかったから。
 頑張った甲斐あってスカリーくんの反応は好感触で。普段よりもハイテンションに可愛いって言ってもらうことができた。
 順調だったのは出だしだけじゃない。そのまま町へ下りた後も至って普通の楽しいデートで、問題が起きたのは最後に立ち寄ったオルゴール店……だと思う。
 何故疑問系なのかというと実際の所はハッキリしないのだ。ただオルゴール店で色々見て回っているところで記憶が途切れているので、おそらくあの店で何かが起こったと考えるしかない。

「一時間ほどで出られるとのことですが……」
「スカリーくん、これどういうことか、わかるの?」
「いえ、さんは体勢等で読めないかと思いますが、ちょうど我輩の目の前に『一時間経過で脱出できる箱』と書いておりまして」

 密閉空間だし発光源や照明らしきものはなさそうにもかかわらず、ここは何故かお互いの表情がわかるぐらいにはぼんやり薄明るくて。
 だから視界の殆どがスカリーくんで塞がれているものの、確かに上の方に何か文字が書かれたものが貼られているのが彼の隙間から見えた。それが真実かどうかわかったものがじゃないが、ひとまずは信じるしかない。

「我輩の予想なのですが、おそらくオルゴール店に置いてた商品の中に混ざっていた妖精憑きのイタズラか、魔法具が誤作動を起こしたのでしょう。古くに作られたものだとそういったことは珍しくないので……」
「うう……そんな危険物、商品の中に置かないでほしい」
「残念ながら特定条件下じゃないと発見できないパターンが多いのです。ただ効力が一時間というのは信じて良いかと、こういった空間構築系の魔法は魔力の消費が激しく長時間維持し続けるのは難しいものですから」

 やっぱりあんまり当たってほしくない、この世界の常識が正解のようである。
 魔法が発動しない(私へユニーク魔法をかけようとしてくれた)事と、際どい体勢だからだろう。一時間後に出られるはずだけども、スカリーくんの表情には焦りが浮かんでいた。
 今できることなんて雑談でもして気を紛らわせることぐらいだろう。でもいつもならいくらでもおしゃべりできるのに、今は全く話題が浮かばない。
 さっきからスカートの中で固いものが当たってるせいで。……とても、きまずい。
 できる限り腰を引こうとしながら、ものすごく申し訳なさそうに「ごめんなさい……」と、心底申し訳なさそうに謝るスカリーくんに私は何も言えない。あいにく私は女優じゃないのでバレバレの演技だろうと気付かないフリをするだけで精一杯だ。

 強制的に持ち上げられている足も腰も、確認できないが謎のクッションらしきものが下に挟まれていて動かせない。左右にも見えないが壁らしきものがあるようで、できる動きは足を上げることだけ。明かりといい、どんな形状してるんだ、この空間。
 足の間にスカリーくんの体が挟まっているせいで、一番の叶ってほしい閉じる動作もできない。
 私の軟弱な腹筋では身を起こすのはそもそも難しいのだけれど、私に体重をかけないよう床に手を付いているスカリーくんが窮屈そうに上半身屈めているところからして、天井もあまり高くないのだろう。
 考えないようにしていたけど、これ、どう考えてもえっちなことする体勢……。意識した瞬間、羞恥心に耐えきれずぎゅーっと強く目をつむる。
 捲れ上がったスカートから飛び出る生足と、かろうじて隠している下着にこんなことなら慣れないおしゃれなんてするんじゃなかったと後悔してる。人生で一番長い一時間になりそうだ。

「……はっ?! びゃ、」
「? スカリーくん、どうし、わぷっ」

 気詰まりな沈黙の中、スカリーくんが突如声をあげた。そのことについて尋ねようとした声は覆い被さってきたスカリーくんの体に遮られる。
 彼の片方の腕は私の腰に、もう片方の手は私の後頭部に回されて。私の顔をスカリーくんの胸元に隙間なく押しつけられるようにして、抱きしめられる。

「我輩が離れるまで、このまま、息を止めてくださいませ」

 何が起こってるのかわからないけれども、彼の切羽詰まった声色から言われた通り呼吸を止める。しばらくしてシューシューとスプレーを噴射するような音がし始めた。
 視界も彼の体で塞がれてるから何もわからない。ただ、感覚を一つ潰されているからだろう。密着した体から伝わってくる温度がどんどん熱くなっていくのが、いっそう感じ取れた。
 謎の音が止まってもスカリーくんは被さったまま。さすがにそろそろ限界かもしれない。酸欠に意識が朦朧とし始めたところで、スカリーくんがゆっくり身を起こした。
 それを合図に必死で酸素を取り込む。苦しかった、死ぬかと思った。ぜぇーぜぇーはぁーはぁーと何とか呼吸を整えたところ、私はようやく気付いた。
 さっきまでほんのり赤かったスカリーくんの顔は真っ赤に紅潮していて。薄く開いた唇からは荒い息が漏れていた。私を見下ろす瞳は潤んでいて、平静を取り繕えていない表情は妙な色香を纏っている。
 その反応に『発情』の二文字が頭に浮かんだ。例え恋人と言えども、そんな状態の男性と密室で二人きり。ならば私が抱くべきは自分の貞操に対する危機感だったのだろう。

「スカリーくん」
「だいじょうぶ、です。わがはい、からだ、おおきいので。わがはいなら、だいじょうぶですから」
「さっきの媚薬ガスだったんだね」

 余裕なんてないだろうに私を安心させようとしてくれた彼の優しさに胸がぎゅっとなる。
 危機感の代わりに浮かんだ確信を持って問いかければ、スカリーくんは唇を結んで視線を逸らした。答えたくなくても誤魔化すだけの思考能力が今はないのだろう。

 媚薬というのは教科書にも載ってるぐらい、魔法薬の中ではポピュラーな薬だ。私は魔法世界の教科書を溢れんばかりの好奇心と、ついでに予習から読み込んでいた。
 その延長で魔法薬大全という辞典的なものにも手を伸ばしていたのだが、それにもがっつり目を通していたので知っていたのだ。
 媚薬ガス……即効性の誘淫気体は一度吸い込んでしまえば熱を発散させるまで体を蝕む。ただ噴出されてから数秒程度、体内に取り込まなければ効力を失う、と。
 だから私はこうして平静を保てている。でも私を庇う為にスカリーくんは一切防御できないまま、ガスに晒されてしまった。
 スカリーくんは体が大きいことから人より魔法薬等の効き目が悪いのだと聞いている。でも残念ながら今回ばかりはその特性を越えるほどの量を摂取してしまっていた。
 媚薬の怖いところは発散しないと精神にまで影響を及ぼすことだ。我慢し続ければ、気が狂ってしまう。それがどの位の時間で起こすのかは個人差があるけれど、少なくとも訓練を受けてもいない常人では一時間耐えきるのは不可能に違いない。
 スカートを持っていた手を離して、スカリーくんの頬に手を伸ばす。

、さ」
「スカリーくん、いいよ。えっちしても、いいよ」
「え、ぁ」
「正直言うと恥ずかしいし、怖いけど、でもスカリーくんが苦しくなっちゃう方がやだ」

 私を庇ったことから、スカリーくんもこのままではマズいことも、現状の解決方法もわかっているんだろう。でも私を傷つけたり、私に嫌われるのが怖いから動けない。
 だから私から「スカリーくんの好きにしていいよ」と促す。見つめる彼の瞳はぐるぐると混乱に回り回っていた。
 でもそうこうしてるうちに微かに残っていた理性は焼き切れたのだろう。唇へ噛みつくようなキスを受けた。

「ふ、ぅ……♡ スカ、んんっ……♡」

 いつも手や頬で受ける時よりも熱い唇に塞がれたまま、荒っぽい動きの舌に口腔を舐め回される。歯列から上顎を丹念に擦られて。追い立てるように迫ってきた舌に絡め取られた。
 ファーストキスにしては卑猥すぎるそれを続けられたまま、ぐいぐいとスカリーくんは腰を押しつけてくる。スカートは完全に捲れ上がっていた。下着越しに大事なところへさっきよりも固いものが触れて、びくびくと体を震わせる。
 トップスの中にスカリーくんの手が滑り込んで、ぷつんとブラが外された。そして、べろっとトップスごと胸の上まで捲りあげられる。
 胸が剥き出しになるけれど、触れた空気はお互いの体温で熱くなっていて肌寒さは感じなかった。私は上下共にひんむかれてるのに、スカリーくんはジャケット一つ脱いでいないのが、ひどく恥ずかしい。
 ツンと主張している自身の胸の先に思わず目を逸らす。認めたくない。もしかしたら生理的な反応なのかもしれないけれど、現状では私が考えてるように性的興奮と捉えるのが自然だろう。
 かぷりと胸の先をスカリーくんが銜え込む。べろと舐め上げられ、びりびりとした快感に思わず背筋を弓なりに反った。いくら吸ったところで何も出ないのに、ちうちうと彼は夢中で吸い続けていた。

「はッ、さん……♡ 、さん♡」
「あ、あ、あ♡ やっ、耳、やだぁ♡」
「おみみ、弱かったんですね。あぁなんて可愛らしい……♡」

 耳にキスされて、ふーっと息を吹きかけられる。ぞわぞわと全身に撫で上げられたような感覚が走った。
 私の名前とか、好きですとか、それから感じていらっしゃるんですねとか、彼は吐息を意識したように耳元で囁く。羞恥心を煽られると同時に、快感を自覚させられ、いっそう敏感に感じ取ってしまう。
 私達の荒い呼吸しかしない静かなこの空間では、大好きな彼の声の良さが際立って。媚薬を吸ってないはずなのに頭が変になりそうだった。
 耳の表面を舐めながらスカリーくんはへこへこと下半身を擦り付けてくる。上からも下からも、くちくちと濡れた音が響いてきて羞恥心に全身がカッと熱くなった。

「ごめんなさい、さん。ごめん、なさい♡ 腰、とまらな、い♡」

 私の腰をがっしり掴んで、ぐりぐりと固い熱で私の大事なところをスカリーくんは刺激してくる。いいと言ったのにスカリーくんは最後までする気はないらしい。
 そのことに安心はできなかった。だってこれたぶん本番よりも恥ずかしいこと、してる気が。
 スカリーくんのズボンの膨らみはすっかりシミができている。それは彼自身のせいなのか、はたまたわたしのせいなのか。
 見えないけれど、その判断が付かないぐらい、自分のそこは潤っていて。ずりずりと擦り付けられるたびにビクビクと腰を跳ね上げる。
 ぬち、ずちゅ、はしたない水音がひたすら立ち上り、彼の動きに合わせて徐々にリズムが早まっていく。唇を塞がれて律動を続けられるうち、私も自分から求めるように腰を揺らしてしまって。
 お互いの体がびくんと震える。ぴったりと彼の熱が触れていた部分にじわと更に熱い感覚が広がった。
 はぁはぁと荒い呼吸が空間を支配する。殆ど動いてないけれど、慣れない出来事にドッと疲れが湧き出た。うん、でもこれで終わり……。

さ、さんっ♡ ごめんなさい、我輩まだ収まらなくて、ですのでもう一度……♡」

 じゃなかった。全然申し訳なさのない、とろとろの顔でスカリーくんはすりすりともう復活している下半身を擦り付けてくる。早い早い。そして絶対一度で終わらないパターンだよね、これ。
 正気に戻った時にスカリーくん死にたくなるんじゃないかな……と心配になりながらも、好きにしていいと言った以上、私は「おいで」と彼の提案を受け入れるのであった。

「…………」
「…………」
「……あの、えっと、そろそろ帰ろっか」
「ハイ、ソウデスネ……」

 どうやらあの箱で起こったできごとは全てなかったことになるらしい。
 時計の針も、しわになっていただろう服も、ぐちゃぐちゃに濡れそぼっていたお互いの下半身も閉じ込められる前のままの状態で、気付けば私達はオルゴール店の中に立ちすくんでいた。
 ただし記憶は残ったままである。おかげで最高に気まずい。
 とはいえこのまま硬直していたところでどうしようもないので帰宅を促す。なお住んでいるのはお互いオンボロ寮なので、やっぱり帰り道で気まずいことには変わりないのだけれど。

「え、スカリーくん?」

 店の外に出て手を繋いだ直後、スカリーくんはオンボロ寮と真逆の方へ歩き出す。
 彼は別に方向音痴ではなかったはずなんだけど。何か行きたい店でもあったのだろうか。ひとまず彼の行く道へと続いていく。
 しばらくして小さな広場のツリーの前に辿り着いたところで彼が歩みを止めた。
 昼間は近くで市場をやっているのと親子連れが多かったから賑やかな印象だったけれど、今の時間帯は中央から少し離れているのと店が閉まっているからか、私達以外の人気はなく。
 時期が時期だからだろう。周囲一帯飾り付けられていて、夜の暗闇を遮るようにキラキラとイルミネーションが輝いている。なんとも幻想的な雰囲気にほうと思わず息が漏れた。

さん、その、やり直しさせていただけませんか」
「……やりなおし?」
「さすがに、アレが、初めてなのは……あんまりですので」

 彼の指し示していることがわからない。それが顔に出ていたのだろう。スッと伸びてきた彼の指が私の唇をなぞった。
 その動作でようやく私は彼の意図を読み取れた。私としてはさっきのでも別にありだと思うけど、この場所をわざわざ選んでくれるなんてスカリーくんってばロマンチストだな……。
 と、彼に責任転嫁しかけたところで思い出す。そういえば私、付き合う前にスカリーくんと映画鑑賞中ロマンチックな恋愛に憧れてるみたいなこと言ったわ。私の為じゃないか!
 正直なところ仕方ない状況だったし、他でもない大好きなスカリーくんが相手だから本当に気にしていないのだけれど。せっかくの彼の気遣いを無碍にするのも憚られて。
 とはいえさっきは勢いでなんとかなったけど、改めてするとなると……。
 どぎまぎする私の両肩に彼が手を乗せる。愛おしげに私を見る彼に、ぽぽぽと照れながら瞼を閉じて。
 初々しく優しい二度目のファーストキスに胸を高鳴らせるのだった。

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