奪うならば心から

「……ヤケになると君は相変わらず無茶するッスねえ」
「本当にすみません。こんなことに付き合わせて。でも私どうしてもあの野郎に一矢報いたいんです」

 私は現在かつてお世話になった先輩と共にホテルのベッドの上にいる。ラギー先輩とは卒業後も交流していて一月ぶりに顔を合わせた訳だが、前に会った時はこんなことになるなんて全く思ってもいなかった。
 それなりに値段の張った部屋だけあって、設置された家具はどれもこれも上等だった。私達が乗っているベッドも二人で眠ってもまだ余裕があるほど広い、これならセックスにも支障が出ることはないだろう。
 私の中ではもう数時間前に過去になったが、自分には恋人がいた。ただそれはあの野郎であって決して目の前にいるラギー先輩ではない。

 なのに何故こんな状況になっているのか。発端は私の元恋人の浮気である。
 本日の昼頃、仕事が忙しくてしばらく会えないと言っていたのに街で見かけて。それだけならまだしもあの野郎は親しげに女性と腕を組み、ホテルに入っていったのだ。もうその時点で真っ黒だが、試しにしばらくして携帯にかけたところ、本人は上手くごまかしてるつもりだったんだろうが、どこからどう聞いてもヤってる状態で電話に出やがりくださったのである。
 その後は手短に切り上げ、ホテルに入っていく写真と共に「別れる」というメッセージを送ったが返信はまだ返ってきていない。おそらく浮気相手とのセックスに夢中になってるんだろう。
 たぶん私が本命なので別れるだけでもダメージを与えられるとは思うが、結婚話も出ていた上でこんな仕打ちを受けて流してやるほど自分は心の広い女じゃなかった。
 だから決めたのだ。自分も浮気してやる。そしてどう見ても事後の写真を送りつけてやろうと。
 ただそうなってくると相手が必要になってくる。自暴自棄になっているとはいえ、さすがに行きずりの男を誘う根性はなく。割り切ってくれそうで、口が固くて、ワンナイトかましてもスキャンダルにならないだろう相手を考えて、自分でもアホだなと思いつつ、事の顛末とお願いを記載したメッセージをラギー先輩に送ったわけだ。もし問題なければここに来てくれと。
 元より無茶を言ってるのは分かっていたし、仕事の都合だってあるだろう。それにもう私の中では別れたことになっているが相手は了承していない以上、浮気の片棒を担ぐことになる。だから断られても仕方ないと思っていた。
 でもラギー先輩は指定したこの部屋にやってきてくれて、シャワーを浴びて私と共にベッドの上に座っている。最中に鳴っては野暮かと考えてスマホの電源は切っておいた。ただこんな状況に持ち込んでおいてなんだが、ここからどうすればいいのかわからない。
 どうしようと悩んで固まるばかりだった私をラギー先輩がゆっくり押し倒す。覆い被さった先輩の指が唇をなぞる。

くん……キスしてもいい?」

 正直言うとキスはあんまり好きじゃない。でも雰囲気を壊すのもどうかと思っておずおず頷く。その瞬間、ぴこぴことラギー先輩の大きな耳が揺れ動いた。そのふかふかの耳が大好きで、学生時代によく洗濯等の手伝いのお駄賃として触らせてもらったものだ。
 やっぱりかわいいなあとつい目を奪われていれば、先輩が私の口を覆う。最初は軽く触れるだけ、でも繰り返すうちに長くなっていって。かぷと下唇を優しく食まれる。感触を楽しむようなキスに、先輩の唇は厚めなのだなと今更ながら気付いて。それらがあまりにも気持ちよく「ん……」と気付けば勝手に声が漏れていた。
 おかしい、おかしい、なんで、どうして。疑問が頭の中をぐるぐる回る。あの野郎とする時はいつもざかざか口の中を舐められて、怖いし気持ち悪いだけで。だから嫌だったのに。
 先輩のやわらかな、でもざらざらと刺激的な舌で丁寧に唇を舐められ、私は自然と口を開いていた。ぬると温かい先輩の舌が口内へと滑り込んでくる。お互いの舌が触れたタイミングでゆっくり絡められて。背筋にぞくぞくと甘い痺れが走る、何故か胸の奥できゅうと締め付けられるような感覚がした。
 先輩の舌に上顎や歯茎をぬるぬるとこすられる。頭の芯がジンジンと痺れ、ふやけてしまいそうで。零れそうになった唾液を嚥下するが、それでも飲み干せず溢れて口角から流れていく。ぢゅと最後に大きく吸いついて先輩の唇が離れていった。火が付いたように熱を持った体から出る荒い呼吸もまた熱い。まるで呼吸すらも食べられてるようなキスだった。でも、もっとしてほしい。

くん、オレとのキス気持ちよかったッスか?」
「……す、ごく、きもちよかった、です」
「じゃあオレ達、遺伝子的に相性抜群なんスね。良かった」
「そうなんですか……?」
「キスや匂いで本能的にわかるもんなんッスよ。オレ達、獣は特に。ただ女性は種族関係なく敏感らしいんスけどね」

 匂い、先輩の言葉に思わず鼻が動く。獣人は香水が苦手だと言っていた。だから今私が感じている、石けんの香りとは違ったこの落ち着く匂いは先輩自身から漂っているのだろう。意識した途端、その匂いが濃くなったような気がして。それでも心地よさを覚えてる。たぶん言い分からして先輩も私と同じような考えみたいで。
 知らなければ何とも思わなかったはず、けど私はさっきの先輩の話を聞いてしまったが為に平静で居られなくなってしまった。ぐわと体温が急上昇して、顔が赤くなっていくのがわかる。そんな私に先輩は含みのある顔をしていた。

「シシシッ。どうしたんスか、急に真っ赤になっちゃって」

 これ絶対わかってる。というか、こうなることわかってたでしょう。ラギー先輩は学生時代からそうだった。優しいけど、時折意地悪だった。でもそんなラギー先輩のことを私は好ましく思っていたのだ、卒業後も縁を切れないようにこまめに連絡を取り合うぐらいには。
 もう一度、唇を塞がれる。さっきの気持ちよさを覚えていた私はそれにおずおずと舌を伸ばす。そんなふしだらなおねだりをするのは初めてだった、でもどうしても我慢できなくて。差し出した私の舌を先輩はチロリと舐めてやわく噛みつく。
 角度を変えながら何度もキスしている間に先輩が私のバスローブの腰紐を引いて前をはだけさせる。先輩の唇が首筋、鎖骨、胸元へと下りていった。胸元をちゅうと強めに吸って、先輩の唇が離れる。そうして先輩の唇の下から赤い鬱血痕が現れて。

「うまそうッスねえ……」

 この世界の人は軒並み顔良いし、獣人の女性は大抵ナイスバディだ。だから誘ったはいいが、顔も体も平々凡々な私で先輩は興奮できるんだろうか?『すぐ行くんで、待ってて』と先輩から返信が来てからよぎっていた心配は不要だったらしい。
 細められた灰青の瞳はぎらぎらと凶悪な光を宿している。腹が減って仕方ないと言わんばかり、今にも獲物を喰らいつくそうとする獣の目だ。先輩が私にこんな視線を向けるなんて想像もしてなかった。こわい、なのに、どこかうれしいと思ってる自分がいる。

「ん、んっ」

 キスしながら先輩は優しく胸を愛撫してくる。やっぱりそれも気持ちいい。先輩こういう事慣れてるのかな、まあそうだよね、女の人が放っておかないよ、ラギー先輩かっこいいもん。あの野郎に初めて触られた時、鷲掴みにされ痛みに殴った時とつい比べてそう思う。
 心臓の真上を先輩の舌が這う。ちゅ、ちゅと鎖骨の辺りに吸い付かれながらやわく胸を揉まれる。先輩の手に形を変える膨らみがひどくいやらしく見えて。もうこれ以上は上がるはずがないと思っていた体はまだ昂ぶっていく。
 胸の先を先輩は口に含み舌で転がして弄ぶ。わざと音を立てながら吸い付かれ、思わず甲高い悲鳴が漏れた。口で良いようにいじくりながら、先輩の手が太股を撫でる。上下から与えられる刺激に耐えきれず腰がもぞもぞと動いてしまう。

「すっかりぐしょぐしょッスね」

 胸から顔を上げた先輩がにんまり笑う。先輩の視線は私の秘部へと集中していて、その指摘に煽られた羞恥心から「うう」とくぐもった唸りを上げずにはいられなかった。足を閉じようにも太股を押さえ込んだ先輩の手のせいでそれは叶わない。
 先輩がさっきまで追い詰めていた胸の先は赤く尖っていて。てらてらと先輩の唾液にまみれて光ってる。自分の体なのにあまりの卑猥さからつい目を逸らしてしまう。
 濡れそぼった秘部から先輩は愛液を掬い取って陰核へと塗りたくる。キスしながら先輩は愛液のぬめりを利用して円を描くように陰核をくるくると撫で回して。かと思えば指先で弾いたり、押しつぶしたり。次々と与えられる快感にびくんと体がしなる。そうこうされているうちに、突然、頭の中が真っ白になって全身が跳ねた。
 初めて迎えた絶頂に体を震わせていたならば、優しく頭を撫でられる。きゅと胸がうずく、その手付きがどうにも嬉しかった。
 ちゅと触れるだけのキスをして、先輩の指が秘部を滑る。そして中へと指先が入り込んで。

「い゛たっ」
「え?」
「あっ」

 咄嗟に口を押さえる。ああ、でも絶対聞かれてしまった。ただでさえこの至近距離、それにくわえて先輩は耳が良い。だから聞き逃したなんてことは絶対にないだろう。
 おかげでだらだらと嫌な汗が背中を伝う。こんなの、どうやっても続けてくれとか言える雰囲気じゃない。先輩が手を引いて身を起こす。

くん」
「……」
「もしかして……初めて、だったりします?」
「……ぐす」
「えっ、ちょ、くん?!」

 ただでさえムードをぶち壊しておきながら、私は空気を読まずボロボロと涙を落としてしまう。号泣しだした私を先輩は抱き起こして。咄嗟に先輩の胸へ縋り付けば、背中を撫でて宥めてくれる。なのにその優しさにまた涙が止まらなくなる。

「本当は私が悪いって、わかってるんです……わたしのせい、だって。浮気されても、仕方ないって」
「……どういうことッスか?」

 まるで幼子に尋ねるような声色だった。でも今の私はそれにひどく安心感を覚え、ぽつぽつとそれを話し始めていた。
 自分には二人、姉がいて。上の姉はできちゃった結婚をしたものの、すぐに不仲となり離婚した。下の姉は学生時代に子供ができたが、相手に逃げられて中絶した。そんな二人を見ていたせいで自分は結婚するまでそういった事をしないと決めたこと。
 だからあの野郎に告白されたさい、事情を話して婚前交渉はできないと約束した上で付き合い始めたこと。

「でも、もういいんです……。我慢させて浮気されるだけなら、こんなの守ったって」

 どう考えても性行為に持ち込める雰囲気ではなかったが、そう零せば先輩はため息を吐いて。私の目尻から涙を舐めとり、その流れで先輩は口付けてきた。口を離した先輩は真剣な表情をしていて。

くん、オレ、NRCに通っていた頃から君のこと好きなんッスよ。だから内定決まったら告白しようと思ってたのに、オレがインターンに行ってる間に君には恋人ができちゃって。けど、それでも諦められないぐらいには君が好きッス」
「へ……?」
「だから今日ここに来たのは、本気でアイツから君のこと奪う為で。さっきまでそのつもりだったんッスけどね……」

 衝撃の事実に驚き過ぎて涙が引っ込む。ぽかんとする私の肩口に先輩は顔を埋めて。腰に回った先輩の腕にぎゅっと力が籠もる。

「……知ってます?ハイエナって雌の許可がないと交尾できないんスよ」
「え、あの、私、別にいいですよ……?」
「好きだからこそヤケになってる君は抱きたくないッス。好きな子は大事にしたいんで」

 顔を上げた先輩は私の体を抱き寄せて。密着した肌から先輩の早鐘のような心音が伝わってくる。そのリズムに釣られるようにして私の胸もどくどくと音が大きくなっていく。

「失恋しても他の女の子なんて一切考えられなかった、代わりにすらできなかった、ずっと君が好きだった。君がオレを選んだのは一番都合が良かったからだろうけど、オレは君が良い。いや君じゃないと嫌ッス」
「ラギー先輩、あの」
「だから君のお願い、オレに叶えさせて。君が好きになってくれるよう頑張るし、君がオレを好きになるまでいくらでも待つから」

 こんなことになるなんて、本当に想像してなかった。いきなりぶつけられた大きな愛情に頭が追いつかない。でも嫌だとは全く思わなくて、むしろ嬉しくて。傷心してるとはいえチョロ過ぎないか、私。

「あの、その、えっと、でも、そうなると、そ、それ、辛くないですか……?」

 バスローブ越しでも直視できず目を逸らしながら指さす。それとはさっきからお腹に当たってる先輩の育ちきった熱のことである。我ながら話の切り替え下手すぎか?と思うが、どうしても気になってしょうがなかった。
 私の指摘に先輩は気まずげに視線を泳がせて、ぺしょんと耳を折りたたむ。それに私は先輩の胸に顔を押し当てて。

「ラギー先輩、その、私、本当に大丈夫、なので」
「……じゃあ味見だけ」

 味見ってなんだろう。そう考えていると再びベッドの上に横たわらされる。くいと足を開かされ、その間に先輩が体を挟んで。
 先輩が自身のバスローブの腰紐をほどいて前を寛がせた。他の人のは見たことないけれど、先輩のは凄く大きかった。
 大きなそれが秘裂に宛がわれ、ゆっくり上下に擦り付けられる。先輩の熱が動くたび、指すら入らなかったものの潤みきっていた秘部の愛液を纏ってぬちぬちと粘っこい水音が立つ。自然と陰核が擦られる上、先輩は時折、笠になってる部分を引っかけるようにして刺激してくるものだから、嬌声を押さえられなくて。
 経験が無いのに比べるのもどうかと思うが、たぶんきっとこれ普通にするより恥ずかしい。だって先輩のが丸見えで、本当にした時、私の中でこんな風になっちゃうんだって想像してしまうから。恥ずかしくてたまらない、なのに目が離せない。

、くんッ」

 耳元で囁かれ、私の体は大げさなほど震えた。そして、その瞬間、お腹の上に熱い物が飛び散る。
 ラギー先輩の匂い、お互いの汗の匂い、腹に掛けられた白くどろりとした体液の匂い、混ざり合った濃厚な空気が噎せ返りそうなほど私達を覆っている。でもそれを私は不快に思うどころか、ぞくぞくと甘い痺れに脳が溶かされていくような錯覚をおぼえるだけだった。

 結局、事後の写真は送らなかった。というか、あの後、疲れ切っていたのと先輩の腕の中が心地よくて、すぐに眠ってしまって。
 ホテルの朝食が提供されるより先に起きてしまったのだが、先輩は私よりも前に目覚めて新聞に目を通していた。そして朝食の時間までお互い好きに過ごすことになったのだけれど。

「アイツ、それどころじゃないんで大丈夫ッスよ」

 さすがにもう返信来てるだろうな。それに付けた瞬間から鬼電されるかも。色々考えて、目覚めてから電源を落としっぱなしだったスマホを前に溜め息を漏らせば、新聞に目を通したまま先輩がそう言い放った。
 その発言の意図がわからず首を傾げれば、先輩は読んでいた新聞を渡してきて「右下のちっさい記事」と口にする。
 先輩に促された通りにして、私は目を見開いた。どこか聞き覚えのある会社の横領事件、昨夜ラブホテルで捕まったらしい容疑者の名前は。

「……オレ、実は君より先に知ってたんッスよね。アイツが浮気してるの」

 ただでさえ驚いてところに、先輩は更に衝撃の発言を重ねてくる。思わず見た先輩の表情は今までに見たことない位、冷め切っていた。

くんの性格からして、きっとくんは知らないんだろうなって。だから君が知らないまま、消そうとしたんスけどね。また出遅れちまった」
「ら、ラギー先輩……?」
「情報って高く売れるんッスよ。あとハイエナって獲物によって狩りの仕方変えるって、くん知ってました?」

 さっきとは打って変わって、にこやかに笑うラギー先輩。ぴんと立った耳も笑顔も可愛いのに、恐怖を感じる私はたぶん間違ってない。
 でもおそらくこの展開に運ぶのは簡単な話じゃないだろう。それほどまでに先輩は私の為に怒ってくれてたんだなって。またもや私は先輩の深い愛情を読み取ってしまって。
 だからなのだろう。きっと、そう遠くない未来、私はこの人に捕まってしまうのだろうなと。そうなることを待っている自分がいるのだから、もう手遅れだ。

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