アイラブユーなんて言えやしない
その日、彼と話すべく訪れた植物園は異様に静かだった。いつもならば誰かしら人影があるのに、今日は彼の姿すら見当たらない。
不思議に思いながら、彼が眠っているであろう場所へと私は歩みを進めて。背後から聞こえた微かな物音に立ち止まったその時だった。
「い゛っ」
死角から飛びかかってきた何かに組み敷かれ、床に体を打ち付ける。受け身こそ取れなかったものの、頭をぶつけずに済んだのは幸いだった。
衝撃に軽く目を回していた私の体を大きな影が覆う、カーテンのように垂れ下がる髪が頬をくすぐった。いつもならこんなに近くでは感じることのない雄の匂いが噎せ返りそうなほど辺りを漂っていた。
ふーふーと自分を見下ろす男の呼吸は苦しげでひどく荒い。意識が朦朧としているのか、目の焦点も合っていなかった。普段の理性的な彼からして正気を失っているのは疑いようもない。
驚きのあまり硬直している間に、彼の大きな掌によって私の両手首は頭の上で一纏めにされていた。掴まれたジャケットの前身頃が獣の膂力によって紙でも破るかのようにあっけなく引きちぎられてしまう。
「れ、おな、せんぱい……」
何とか彼の名を絞り出した私の口は噛みつくようなキスによって塞がれた。まるで別の意志を持っているかのよう、器用に動き回る舌が口内を蹂躙する。尖らせた舌先が上顎を撫でる度、鼻を抜けるような声が漏れてしまう。飲みきれなかった唾液が口端から零れていった。
働かない頭を必死に動かして少しでも状況把握に取りかかる。こんな状態に陥った原因に私は一つ覚えがあった。
今は発情期の季節じゃない。ならばおそらく媚薬、私を作り出した忌々しいルーツのせいなのだろうと。今の私には関係ないと思って調べていなかったが、こちらの世界にも存在していたらしい。
……それもそうか、性欲の果てに子が生まれるのはここも同じ。ならば関係する薬が生まれるのは何も不思議なことではないのだから。
そうこうしているうちに彼の手がブラウスの上から私の胸をわしづかむ。強い痛みについ顔を歪めれば、すぐさま力が緩められる。ぐにぐにと適度な力で捏ね回されるのは悪いものではなかった。どんな形であれ、触れているのは先輩だから。
絶体絶命の状況だが、私はさほど恐怖を覚えていなかった。ギラギラと狙いを定めた獣の目は大の大人でも震え上がりそうなほど鋭い、だが私には美しいエメラルドだと見惚れることしかできなくて。
現状において私ほど手頃な特効薬は他に存在しないだろう。ピルを飲んでいる以上、母のように孕むことはない。万が一身ごもってしまったとしても、この世界において私は異物だ。消えたところで誰も気にもとめないので手軽に始末できるだろうし。それに非力だし悪い病気も持ってない、精の吐き出すための胎にはうってつけだ。ただ彼のズボンの膨らみを見る限り、処女なのはマイナス要素だったかもしれない。
「せんぱい」
自分が今から言おうとしていることは、きっと先輩が望むものじゃない。でも私は望んでしまった、この一時だけどうか私を選んでほしいと。
だってこの美しい人には、誰にも必要とされない私は相応しくないから。彼に釣り合うだけの美貌も、才能も、身分も、私は何一つ持っていない。私が捧げられるのは貴方を慕うこの体と心だけ。
そんな私でも今なら貴方の役に立てる。この振る舞いは嫌っていた母の愚行とそう変わらないとわかっていながら、私は止められなかった。卑怯者だ、自分勝手だ、馬鹿だと、後でいくらでも罵ってくれていい。その通りなので。貴方は何も悪くない。どうか全て私のせいにしてください。
先輩の首に腕を回す。へらと唇を緩めて、私はかつての彼が脳天気だと称した笑みを浮かべた。
「せんぱいの、すきに、して」
◇
「う゛あぁ」
身を引き裂く激痛に思わずうめく。本能で動いている以上、早々にねじ込まれることだって覚悟していたが、先輩は性急さこそあってもちゃんと慣してくれた。にも関わらずこの有様だ。
こんな声では萎えてしまうと咄嗟に唇を噛みしめる。唇の皮が破れたか、鉄の味が口に広がった。ぶちぶちと自分の体の中で嫌な音がする。べたつく脂汗の感触が気持ち悪い、息の仕方がわからない。痛みに気を失ってもすぐさま痛みに意識が引き戻される。
肩や胸に歯形が残るほど噛みつかれた痛みなど比ではない。目の前がちかちかと明滅する。息を切らしながら確認した彼の男性器はまだ半分も入っていなかった。根本的にサイズが合わないんだろう。膜が破れたか、それとも裂けたか、うっすら赤が付着しているのが見える。強烈な異物感に耐えかねて先輩の体に縋り付く。
はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返す。痛い、すごく痛いのに、止めてほしいとは欠片ほども思わなかった。
「せんぱ、んっ……」
唇を塞がれて舌を吸われる。続けて彼のざらついた舌に歯列をなぞられ、背へぞわぞわとむずかゆい感覚が走った。私の快感を的確に拾うように先輩の舌が動いて。
気持ちいい、縮こまっていた体から力が抜ける。生理的な涙を私の目尻から舌で拭った後、先輩は瞼に口付けた。ちゅ、と小さなリップ音が今度は耳に与えられる。そのまま耳の軟骨部分に沿って舐められた。くすぐったさによく似た何かに力が抜ける。
力んでいた中が緩んだその隙を狙って先輩の腰が進められる。ずっずっと固い中をこじ開けるようにして、熱の塊がこれ以上入らない場所まで辿り着いた。
ぽたぽた、覆い被さる先輩の汗が私の体に落ちる。ふと見上げた先輩の表情はひどく苦しそうだ。今すぐ腰を打ち付けたいだろうに、私の反応が思わしくないからか、必死で耐えてくれている。痛くないと言ったら嘘になる、でも我慢してほしくない。もう大丈夫だと伝えるべく先輩の名前を呼ぶ。
それを合図に先輩が私の腰を掴んで揺さぶるようにしながら律動する。あ、あ、と意味の無い言葉が先輩の動きに合わせて勝手に口から飛び出していった。
ずるずる擦られるたび、その刺激に中がじんわりと濡れてくる。滲んだ愛液と血と先輩の先走りが混じり合って、より大きな水音が立つ。徐々に生まれた甘い疼きにきゅうと中が締まって、銜え込んだ彼の男性器の形が鮮明にわかってしまう。それにまた興奮して、とろりと奥から愛液が零れた。
ぐいと両足が彼の肩へ引っかけられて。二つ折りのような状態になった私へ、上から突き刺すように先輩が体重を掛けてきた。さっきよりも深く潜ってくる体勢で、こつこつと最奥を小刻みに穿たれる。強すぎる刺激に瞼の裏で星が飛ぶ。その動きはまるで孕めとばかりに奥を拓こうとしていた。
唐突に先輩が低く呻く。その瞬間どくんどくんと中で脈打ち、体の一番奥に熱いものが流れ込んだ。ああ良かった、先輩気持ちよくなれたんだ。遅れて私も達してしまい、中が子種を搾りつくすかのよう収縮を繰り返していた。
出したはずなのに先輩のそれはまったく萎えていなくて。子を宿そうとする本能からか、吐き出した精を塗りつけるように先端を押し込んでくる。ぐちぐちとさっきよりも滑りが良くなったこともあり、再び彼が私の体を揺さぶりはじめるまでそう時間はかからなかった。
お互い何度果てたかはわからない。彼の精は全て子宮へと注がれた。だってしょうがない、獣にとって交尾は子を作るための本能だから、獅子の血を引く先輩もそうなのだろう。だとしても私の腹には実ることはないから大丈夫。全て承知の上で受け入れたんです。だから先輩は何も悪くない、だから、だから、先輩、そんな顔しないで。
「お、俺は、何を、なんで、お前、」
無惨に破かれた服、一つじゃない血の滲んだ歯形、軽く腹が膨らむほど流し込まれただろう精は膣から溢れてしまっていることだろう。事情を知らない人間からすれば暴行現場にしか見えやしない。
頭はぼんやりしているのに、何故かそんなとこだけ冷静に考えていた。固い床に擦れた体とか、言えない場所とか色んなところが痛い。まだ足の間に何か入ってる気がする。なんだか肉体的にも精神的にもすごく疲れた。
ぐったりと力なく横たわった私を見て、正気を取り戻したらしい先輩の顔はすっかり青ざめていた。その前に取り繕うつもりだったのにままならないものだ。全身を覆う疲労感のせいか、起き上がることすら億劫で。そんな中で何とか気力を振り絞って、せんぱいと彼を呼ぶ。
「すみません。ちょっと……疲れたので、寝ます」
「はっ?!」
まず始めに状況説明を行うべきなんだろうけど、狼狽している先輩には悪いがもう体力の限界だった。おかげで瞼を閉じた瞬間に私は眠りに付いていて。
次に私が目覚めたのはレオナ先輩の寮長室のふかふかなベッドの上だった。倦怠感やら異物感は残ったままだったが、体に付いた歯形も破かれた制服も直っていて。
掻き出しきれなかったであろう彼の体液が腹の奥から垂れてこなければ、あとベッド横で血の気なく真っ白な顔をしたレオナ先輩が待機してなかったら、あれは夢だったと済ますこともできただろうに。
先輩にとっては悪夢でしょうね、きっと。でも私にとっては死ぬまで忘れられない夢の一時でした。はた迷惑なことに先輩を愛していますので。なーんて、冗談でも言わないですけど。
長居するのも申し訳ないしと立ち去ろうとした私を先輩が引き留める。責任は取ると切り出した先輩に、行為の最中からずっと考えていた断り文句を私は浴びせた。