夢の続きをはじめよう 05
「ここらでオススメの飯屋っていったら……やっぱ大鷲亭だな。スペード、今日の宿決まってないんだろ? だったら、なおさら良いと思うぞ。あそこは宿屋兼ねてるし」
「ありがとうございます、助かります!」
この地域に長らく勤める今回の捜査のリーダーに地元の店を教えてもらう。捜査中は剃刀のような鋭い雰囲気を放っていたが、この朗らかな姿がきっと彼の素なんだろう。快い返答に気分が上がる。
魔法執行官になって早一年。とある凶悪犯罪の捜査を命じられた僕は、先ほど地元の警察との協力の末、無事その犯人を逮捕するに至った。
本来であればすぐさま本部へ戻るところなのだが、移動手段である魔法の鏡が明日までメンテナンス作業に入ってしまい、上官より今日はこの街で過ごすよう通達されている。
かつて過ごした賢者の島同様、各国から孤立した島に位置するこの街は交通手段が限りなく少ない。箒で飛ぶにしろ、公共機関を使うにしろ、戻るまで一日がかり。
だったら明日のメンテ明けまで待った方が経費も体力も時間も効率が良い。それからちょっとした休息も兼ねているのだろう。魔法執行官の夢を叶えてから、いや彼女が元の世界に戻ってしまってからずっと、がむしゃらに学び、働き続けていたから。
もうあれから短くない月日が流れた。それでも僕はが好きなままで、彼女との再会を諦めていなかった。今や大魔法士として名を馳せたグリムも、それから「お前ホント諦め悪いね」なんて言いながらも何かと協力してくれるエースも同じく、彼女との再会を夢見ている。
もしかしたら今のには元の世界で好きな人ができてしまっているかもしれない。そうなってもおかしくないだけの時間が過ぎてしまった。だとしても、おしまいにできるほど、この恋心は甘いものではなかった。
「お前、卵料理好きだったよな。だったらあそこの店のオムライスは絶対食っとけ。あれ食べずに帰ったら後悔するぞ」
「そんなに美味いんですか?」
「ああめっちゃうまい。元々うまかったんだけど、数年前に来た看板娘ちゃんが作るようになってからは更に味上がったんだわ」
「なるほど……」
「息子くんがすごい卵料理好きらしくってな、その影響らしい」
「へえ、良いお母さんなんですね」
いいことを教えてもらった。リーダーとの会話を終えて、僕は早速ウキウキとした足取りで例の飯屋へと足を運ぶ。
その途中、道の端で子供が泣いているのに気付いた。周囲を見ても親らしき人物はいない、子供だけで遊ばせていた様子でもなさそうだ。となればおそらく迷子だろう。
「君、どうかしたのか?」
「ぼ、ぼく、おかあさん、に」
宿に着く前で良かった。魔法執行官の制服は身分証明となり、子供に人気が高い。なのでこんな風に話しかけても周囲から通報されたり、子供に不審者と怯えられる可能性が限りなく減るからだ。
ただそのままじゃ威圧感は感じるだろう。目線を合わせるようにその子の前で座り込んでから口を開いた。一人称、薄く日に焼けた肌、短い紺の髪とズボンからしても男の子で間違いないだろう。
彼の目は涙を拭う手に隠されてあまり視線が合わない。それでも僕が警察官だと気付いたのか、はたまた同じ高さからの声であることで安心したのか。少年が嗚咽混じりに訴えてくる。
切り出された言葉からして、かつての僕のように母へ酷いことを言ってしまったのだろうか。きゅっと胸が痛くなるのを感じながら彼の話に耳を傾ける。
「いつもしつこくせまるおっさんのかつら、まほうでむしって、むちゅうでにげてたらどこかわからなくなっちゃって」
その返答は予想してなかったな……。元気なのはいいことだが、ちょっとヤンチャ過ぎないか? よく見たら足下に奪ってきただろう毛の塊が落ちている。持ち主からはぐれたそれはなんだか哀愁が漂っているような気がした。
ただ思わぬハチャメチャっぷりに圧倒されてしまったが、迷子であることは確認できた。あとは親御さんのところへ連れて行ってあげないと。そう思案していたが、彼はいっこうに泣き止みそうにない。さすがにこの状態で連れ回すのは気が引ける。
涙を堪えているのか、ぎゅっと力いっぱいつむった瞼。だけどもその目尻から頬へどんどんとそれは伝っていく。
「おかあさん、わるいことにまほうつかっちゃだめっていってたのに、おかあさんとやくそくしたのに」
さっきよりも悲しみに満ちた声だった。ああ、彼が本当に気にしていたのはこれなんだな。その気持ちが痛いほどわかってしまう。
「ちょっとやりすぎかもしれない、でも君はお母さんを守る為に魔法を使ったんだろう? だったらそれは悪い事じゃない」
「おかあさん、ぼくのこと、きらいにならない……?」
「大丈夫。こんなに良い子なんだ、むしろ大好きになってるさ。もし怖いなら僕も謝るの付き合うぞ」
「……ほんとう?」
「ああ、約束する」
「ありがとう!」
泣き止んだ彼がパッと瞼を開く。彼と視線があった瞬間、僕は息を呑んでいた。
彼の瞳は僕と同じ緑だった。そして顔立ちも幼い頃の僕とよく似ていて。だけどその笑顔は、の。
『お前は当事者だからな、伝えておくべきだろう』
ふと恩師の言葉が蘇ったのはきっと偶然ではない。あれは、もしかして。
「セイ!!」
「あっ、おかあさん!」
「無事でよかった……お母さん、すごく探したんだからね!」
思い当たった可能性に呆然としていれば、目を輝かせた少年が探しにきたであろう母親の元へ駆けていく。顔を上げれば彼女と視線がぶつかった。
「え……デュー、ス……?」
あの頃とは違って髪は伸びていたし、格好もスカートで、記憶の彼女と随分と雰囲気が違う。でも戸惑い気味に自分を呼んだ声は記憶にある彼女と同じだった。
あとは考えるよりも先に体が動いていた。街の往来だとか、子供の前だとか、わかっているのに彼女を抱きしめる。もう二度と離れたくなくて、離したくなくて。
「、僕はお前が好きだ」
聞きたいことや言いたいことはたくさんあったはずなのに真っ先にそれが口を出た。
「愛してる。もうどこにも行かないでくれ……」
逃げられないと悟っているのか、腕の中のはひどく大人しかった。もしかしたらひどく混乱していて何も言えないだけなのかもしれない、だとしても離す気はない。
どのぐらいそうしていただろう、くいっと下からマントを引っぱられる。視線を下げた先にいた彼の目は何かを期待するようにキラキラしていた。
「おとうさん?」
これだけ似ているのだ。この子が気付いたって不思議ではないだろう。そう頭の隅で判断しながら、彼に父として呼ばれたことに僕は感動していた。
嬉しさのあまり声を震わせながらも肯定すれば、飛びつくようにぎゅっと力いっぱい彼に抱きつかれた。
「おかあさんのこと、ゆるしてあげて!」
「えっ?」
「おかあさんがおとうさんにひどいことしたからいっしょにいられないんだって、おかあさんずっとそういってた! でもおかあさんはおとうさんのこと、だいすきなんだもん! ぼくもあやまるから、だから!」
再び泣きじゃくりながら彼は必死に僕へ訴えかける。母を想うその懸命な姿には胸を打たれずにはいられなかった。息子が母親思いの優しい子に育ってくれていたことを喜ばずにはいられない。
父親であるぼくですらこうなのだ。の感動はこんなものじゃないだろう。セイ、と彼の名前を口にしながらは涙ぐんでいた。
彼女から身を離し、セイの体を抱きかかえる。そしてそのまま僕はへと向き合った。
「確かにひどいな。こんなにも可愛い息子の成長を見せてくれないなんて」
冗談めかしながら口にして僕はに微笑みかける。彼女が守ってきてくれた腕の重みが、ぬくもりが、ひどく愛おしい。
「おとうさん、おこってる?」
「いいや怒ってないぞ、セイ。安心してくれ」
不安げに僕の顔を覗き込んできた彼に訂正の言葉をかける。それでもまだセイは心配そうな表情を見せている。こればっかりは仕方ないのかもしれない。どうやら僕もも相手のことを思うあまり、臆病になってしまう性格のようだから。
もう言葉がなくても通じ合えているけれど、でも言葉にしたい。さっき口にした分じゃ足りそうもないんだ。だから言わせてほしい、あの日を迎えるよりもずっとずっと前から伝えたかった想いを全部。
「なあ、。あの頃の僕らは言葉が足りなかった。だからその分もたくさん話そう。それから教えてほしいんだ、この子と過ごしてきた日々を」
「……うん。ねえ、デュース」
「なんだ?」
「制服すごく似合ってるよ、おめでとう」
ちょうど良い卵入ってるからさ、今からお祝いしようか。
そう約束の続きを始めようとする彼女に、腕の中のセイが「オムライス?!」と弾んだ声を出す。どうやら彼は味の好みまで僕に似ているらしい。
そわそわと見るからにはしゃいでいるだろう姿があまりに可愛くて、思わず彼女は顔を合わせて小さく笑いをこぼす。
「きっとグリム達が本当のこと知ったら怒るよね……」
「セイのこと自慢したいから諦めてくれ」
「親ばかになるの早くない?」
彼女の発言の直後、安心した様子で僕に身を預けるセイと目が合う。ご機嫌なのか、にこーっと浮かべたと同じ笑顔に心が打ち抜かれる。当たり前だろう。こんなにも可愛いんだから。
自然と僕らは手を繋いで、未来を語り合いながら同じ方向へと歩いて行く。そのささやかな、ずっと欲しかった夢の続きを二度と手放すことのないように、しっかりと彼女の手を握りしめた。