とっくのとっくに好きだった

、何、これ?」

 部屋に戻るやいなや、真顔のエースから突き出されたパンフレットに思わず紅茶のトレーを落としそうになったけれど、なんとかしのぐ。一難去ったところで目の前の状況は変わらない。
 近くのテーブルにトレーを置いて、しぶしぶエースの近くへ歩み寄る。勉強会でこそあるけど、せっかくエースと二人で過ごせる機会だから楽しみにしてたのに。これはもう勉強どころじゃないだろう。
 私の恋心を知っているゴーストのおじさん達が「彼が来ている間は部屋には近づかないようにするね、グリ坊にも伝えておくよ」と気遣ってくれたのも無駄になってしまった。
 話が終わる頃にはきっと紅茶も冷めてしまう。あとエースは怒りに熱くなるタイプだと思っていたけれど、度を超すと逆に静かになるんだな。
 本当はそんなことを考えていられるような状況じゃないのに、肝心じゃないことばかりぽんぽん浮ぶのはある種の現実逃避なんだろう。

「お前が最近調子悪そうにしてたのって、これのせい?」
「……うん」
「なんでもないって言ってたくせに、全然大丈夫じゃないじゃん」

 彼のいつもより低い声色には怒りが滲み出ていた。あの温かな色から放たれているとは思えないほど冷え切った視線に、私は隠していた後ろめたさも手伝ってエースと目を合わせられず顔を伏せる。
 病院で貰った封筒は被せていたと言えども、中身は全部取り出していた。だからおそらくエースはパンフ以外の、例えば……診断結果にも、しっかり目を通したに違いない。

 先日トレイン先生に付き添ってもらって病院で診察してもらった結果、私はある奇病を患っていることが発覚した。
 サキュバスシンドローム。体内で生命エネルギーである精気を作れなくなることが原因の婦人病で、症状は微熱や倦怠感、頭痛、目眩と風邪によく似ているが、進行すると立ち上がることすらできなくなり最後は死に至る。
 だけどこの病気は男性の精気を胎内で受け取る……つまり異性との性交渉さえすれば完治するし、再発することもない。初期ならば薬でも治療も可能らしいが、残念ながら私の病状はもう、その段階を過ぎていた。
 だからお医者様からは今すぐ死に至ることはないが、可能な限り早く治療に臨むよう私は指示されていた。彼が今持っているパンフレットは治療者派遣機関の案内だ。相手を選ばなければ、私はすぐにこの病気を治すことができる。
 でも私はその機関を頼ることはできなかった。エースに恋する前の自分なら、すぐ利用していたのだろうけど、今は例え治療だとしても彼以外となんて考えるのも嫌で。
 そんな私を共にお医者様からの話を聞いていたトレイン先生は責めなかった。愛妻家として、三人の娘を持つ立場として、女性にとってそれがどれだけ重い選択か理解しているから、と。
 ただ、もしも私が治すことを選んだ時のために避妊薬を渡してくれていた。一般的にこの病気に罹患している場合は妊娠することはないらしいが、異世界人である私はイレギュラーが発生してもおかしくはないのだと。

「このことはエース以外、病院に付き添ってくれたトレイン先生しか知らないんだ。だから秘密にしてね」
「言われなくても言いふらしたりしないっつーの……それで治療はどうすんの。相手決まってるわけ?」
「しないよ」

 私の宣言に「は?」と思わず声を漏らしたかのようにエースが硬直する。まだ怖いけど見つめ返した彼の赤色は大きく開かれている。じっと彼の目を見つめて私はもう一度「治療する気はないんだ」と口にした。

「私、好きな人がいるの。その人としかしたくない」
「お前、ふざけんな! そんな意地張ってる場合じゃないだろ! それに、お前いつか……元の世界、帰るんでしょ?」

 静かに首を横に振る私にエースは愕然としていた。
 彼の言うとおり、以前までの私なら元の世界に帰るため、諦めて治療を受けていただろう。死ぬのも帰れないのも怖くないと言ったら嘘になる。でも恋を知った今は誰が相手でも抱かれるつもりはなかった。

「彼は事情を話せば、私のことそんな目で見てなくても、きっと助けてくれるから……絶対に言わない。無理強いされて傷つくのは男の人でも変わらないだろうし、今はね、元の世界や命よりも、彼と友達じゃなくなっちゃう方が怖いの」
「……はは、そうかよ」

 もうこの雰囲気じゃ勉強会どころじゃないだろう。せっかく来てもらって申し訳ないが、今日のところは帰ってもらおう。その旨を伝えようとした瞬間、視界が黒く塗りつぶされた。
 突然のことに驚いていたら腕を引っぱられ、ベッドの上へと私の体は投げ飛ばされる。目を覆うのが最近習った暗闇魔法だと気付いた時には、エースが私へと馬乗りになっていた。ただでさえ男女の力の差があるのに、視覚まで奪われては逃げようがない。ギシ、と二人分の体重に軋む音がいやに大きく聞こえたのは視界を塞がれたせいだけではないのだろう。

「友達が死ぬとか気分悪いじゃん、オレはごめんだわ」
「エー、ス」
「誰か分からないようにしてやるから、好きな奴のことでも考えとけば?」

 唇を塞がれる。それに私は身を縮こめて、既に見えないのだから意味も無いのに、ぎゅっと瞼を閉じてしまう。
 早く止めなきゃと思うのに、エースから手を出してきたんだから良いじゃないかと頭の中の悪魔が囁いてきて。その甘言で情けないことに私の理性はあっけなく崩れ去った。
 ちうと吸い付かれる唇に気持ちよくなっている間に部屋着の短パンは剥ぎ取られていたし、トップスにしていたエースのお古のTシャツも首元までめくられていた。あまりにも信じがたい展開に、今日の下着かわいくないのになんて、それどころじゃないことを私はまた考えてしまう。
 ワイヤーが入っていない簡素なブラはぐいっと簡単にずらされた。剥き出しになった私の薄い胸、その先端をくにくにと彼は弄ぶ。視覚が使えない分、他の感覚が敏感になっているようで、エースの指の動き全てに翻弄させられてしまう。
 ぴちゃぴちゃと耳を舐められながら乳首を更に捏ねられる。淫らな水音に直接頭を揺さぶられ「あ、あ」と漏らしたくもない声が勝手に口を出た。恥ずかしいと思うのに、いつもより優れた耳が、エースの興奮が混じった吐息を聞き取って余計に喘いでしまう。
 彼に刺激されて固くなってしまっただろうそこにぬるりとした感触が走る。さっきまで耳に与えられていた刺激と生暖かさに、乳首を咥えられているのだとわかったところで私に為す術はなかった。気持ちよさから咄嗟にぐいと彼の頭を押しのけようとするが、ふわふわとした髪を掌で味わうだけで、彼はなんなく愛撫を続けている。
 とことん喋るつもりはないらしい。何も言わずエースの指がショーツの上から割れ目をなぞる。彼が指を擦りつけるたびにぐちゅぐちゅとした音が立つことで、自分でも笑えてくるほど濡れていると察してしまった。
 最後の一枚もするすると足から引っこ抜かれる。全部エースに見られている。そう実感して、ただでさえ荒い息がいっそう上がっていく。
 エースがさっき指でなぞっていた時、触れるたびにびくついていたそこをエースが、ぐりと緩く押してきた。頭がびりびりする、なんだかこわい。そう訴えてもエースが突起を弄り続けていたところ、びくんっと私の体が跳ね上がった。
 わけがわからないまま弛緩した体をベッドに預けていれば、私の胎内を確かめるように彼の指が侵入してくる。エースの指は長いからきっと自分で思うよりもっと深い所に入っているんだろう。
 中を捏ねるように指を動かされているうち、二本目が入り込んできた。しばらくして三本目も銜え込むことになっていたけど、やっぱり痛みはなかった。
 それどころか異様な焦燥感、彼が欲しいという衝動がふつふつと湧き上がってくる。私、初めてなのに。そういえばサキュバスシンドロームには性交を好むようになる、そういう雰囲気に流されやすくなるなんて症状もあったけれど、そのせいだけだとは思えなかった。
 足を抱えられて、さっきまでエースが触れていたそこに固いものが宛がわれる。緊張から思わず体を強ばらせれば、優しく唇を塞がれた。何度も繰り返されるキスに気を取られていた中、エースが腰を押し進めてくる。

「えーす」

 広げられる胎内に痛みを覚える。なのに私のおなかはもっと彼を欲しがって、きゅうきゅうと疼いて。痛いのに気持ちいい。
 未知の感覚に戸惑いながらも手を伸ばして見つけた彼の体に縋りつく。えーす、えーす、何度も彼の名前を呼んでいた間に膣の入り口にエースの肌がぶつかった。
 エースが再び私にキスをする。これで終わりじゃないとわかっているのに、もうこの段階で幸福感に心が満たされていた。
 奥まで入り込んでいる彼は強い圧迫感を持って、その存在を主張してくる。元々諦めていたからこそ、こんな形でもエースと繋がれたのが嬉しかった。

「……なんでオレじゃねーの」

 吐き捨てたようなその呟きは怒りよりも悲しみが籠もっていたように思う。
 見えないなりに気になってエースの顔へ伸ばした腕は彼によってシーツに縫い付けられる。続けざまに始まった律動に私の発言権はすぐさま消え失せた。
 ぐちぐちと緩やかに彼の腰が動くたび、さっきまで処女だったのが嘘のように私は甘ったるい声を上げる。キスを時折混ぜながら突き上げられて、快感で頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

「オレのこと、好きになってよ」

 果てる直前、黒いもやの向こう側に今にも泣き出しそうな彼の顔が見えた気がした。

「トレイン先生にはオレから話しておくから、ちゃんと治ったか診断してもらえよ」

 情事の余韻からか、少しばかりだるい体で起き上がればエースが帰り支度を始める。どうやら私が目覚めるのを待っていてくれたらしい。暗闇が解けた視界で確認した外はすっかり真っ暗だ、この調子じゃ彼の寮の門限を破ってしまっていることだろう。
 彼に乱された服はすっかり整えられていて、おそらく体も洗浄魔法で清めてくれたようだ。行為の痕跡は殆ど残ってない。なので記憶が残ってくれていてよかったと心の底から思う。

「エース、待って」
「……なに? 言っておくけど、オレ謝んないから。悪いことしたなんて全然思ってないし」

 背中を向けられているから彼の表情は分からない。でもきっとさっきみたいに泣きそうな顔をしてるんだろうな。
 そうやって、いっぱい傷ついてでも、私のことを助けようとしてくれた。やっぱり思った通りだった。だから、私も彼の勇気に応えるべく口を開く。
 ——エースが好きだから言えなかった。そう告白する私に振り返ったエースは「ばか」と言いながら、震える体で私を抱きしめた。

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