かわいいフリしてあの子たち

 つい最近オンボロ寮に新しい住人が増えた。二体の自律式魔法人形、私とエースの動くぬいぐるみである。
 事の始まりは、ノートを見せた対価は体で払ってもらおう……ということで、先日エースを引き連れて物置を掃除していたのだが、その最中に例の人形の素体を見つけたことだった。
 いいもんあるじゃんと手に取ったエースが説明してくれたのだが、一見さるぼぼのようなこちらの布製人形。実は魔力を込めるとたちまち注いだ本人そっくりのぬいに変化するのだと。しかも事前に同意を取った相手に変身させることも可能。
 そういったわけで、エースの魔力によってエースぬい&監督生ぬい爆誕!した経緯は以上となる。ちなみにオンボロ寮で預かるに当たって、二匹の主は私になるように設定してもらっていた。
 素体と一緒に見つけた二匹の隠れ家になっているドールハウスといい、当時はなんとも思ってなかったけど、前の住人はもしかしたら人形趣味だったんだろうか。なんにせよ、こんな可愛い住人に出会うきっかけを作ってくれて感謝しかない。

 一度起動させれば、あとは自力で大気中の魔力を補給するらしく、魔法を解かない限りは半永久に活動し続けて。他にも活動範囲は基本的に生まれた家屋だけで、外出する場合は主が傍にいないとできないらしい(ぬいを使った犯罪防止および野生化対策と聞いて納得した)
 またツムと同じで、似るのは外見だけじゃなく中身も姿の持ち主の性質を引き継ぐようだ。そのため、ぬい達は私とエースみたく友達らしく、仲良く語り合ったり遊んでいる二匹をよく見かける。
 密かにエースへ想いを寄せている私としては嬉しくて、ちょっと羨ましい。ただただ友情を築いている二人にヤキモチなんてお門違いなんだけど……。
 性格が似るとは言ったが、どうやら本能的な部分が強く出るらしく、私のぬい、明らかにエースぬいにアタックしてるんだよな。エースの前でもおかまいなしなので、ちょっと気まずい。ただ幸いにもエースぬいは適当にあしらってくれてるようなので、とりあえず安心してる。うちの子が迷惑かけてごめんね……。エースのぬいも、うちの子だけどね!

「ぬいちゃん、喜んでくれるかな〜」

 さっき宅配で届いた、ぬい用のおやつを手に廊下を歩く。向かう先は二匹の為に用意した部屋だ。その部屋は彼らが落ち着けるよう、私が使っている居住スペースから離れた寮の端の方にある。
 そんなわけで玄関からはめちゃくちゃ遠いのだけれど、もうすぐエースが遊びに来る予定なので、それまでに済ませておきたい。せっかく遊びに来てくれるのだから、できればエースのことを出迎えたいのだ。まあエース、時間通りに来ることの方が少ないんだけどね。
 そうこうしているうちに彼らの部屋へ辿り着く。驚かないようにノックしてから「おじゃまします」と中へと入った。

「ぬいちゃん? ……あれ? いないのかな……」
「……っ」

 そこまで広い部屋じゃないし、家具も最低限だ。にも関わらず二人の姿は見当たらない。となると……もしかして、おうちかな?
 視線を部屋の奥に置いているドールハウスへと向ける。耳を澄ませばそこから微かに声らしきものが聞こえるし、カタカタとわずかながらも振動していた。やっぱりかあ。
 ここ最近はこの隠れ家がお気に入りらしく、二匹揃ってそちらで過ごしていることが多い。仲良くおしゃべりしているところ悪いけれど、少しばかりおじゃまさせてもらおう。近くのテーブルにおやつを置いて、ドールハウスの屋根に手をかける。

「ぬいちゃーん、おやつだ……」
「ぬいっ ぬい……っっ」「ぬ……」

 二匹への呼びかけは最後まで言葉にならなかった。ドールハウスの床には二匹の服が落ちていて、ベッドでは裸の私のぬいの上に、エースぬいが覆い被さっている。思わぬ光景に動揺するあまり、取り外した屋根を持ち上げた状態で私は固まっていた。
 これまで聞いたことのないような甘い鳴き声を出す二匹はお互いに夢中のようで私の存在に気付いていないようだ。ならば今のうちに見なかったふりで閉めればいいのだろうけれど、思考と一緒に体もフリーズしていて動きそうもない。ただ顔が異様に熱くて、頭も茹で上がりそうだ。

「ぬ、ぬっ、ぬい」
「ぬい、ぬい、ぬいっ〜〜」

 よくわからないが、二匹ともが一際高い声を上げる。それからたぶんキスをしているのだろう、エースぬいが何度も私のぬいに顔をくっつけていた。ちゅっちゅっと聞こえるはずのないリップ音が聞こえてきそうな勢いに、ますます己の顔が赤くなっているであろうことがわかる。

「おーい、。来たんだけど」

 自分でもこんな脳内で実況している場合じゃないのはわかっているが、もう大して回らない頭を動かすので精一杯で。そんな中、エースぬいが顔を上げてしまった。

「……ぬっっっ?!!???!!」
「ねえ、ってば」
「ひょわっ???!!!!!」

 そしてバッチリ合う目と目。ぬいが絶叫をあげると同時に後ろから肩を叩かれ、私も続けざまに悲鳴をあげる。エースがいつの間にかやってきていたらしい。だとしても事が事なのでつい過剰反応してしまう。

「なんつー声出してんの、。っていうかお前なに見て…………」

 エースにとっても衝撃的な光景だったらしい。ぎょっと一瞬固まったのち、エースは私の手から屋根を取ると何も言わずに家へ被せた。いや、その、もう遅いんだよなあ……。

「ぬぃ……ぬぃ……」
「ぬ〜〜! ぬ〜〜!」
「ごめんね、ごめんね、ぬいちゃん本当にごめんね!!」

 エースが屋根を閉じてくれたとはいえ、一緒に映画鑑賞中にラブシーンが流れてしまった時よりも気まずい雰囲気に、私も彼も居たたまれない顔で立ちすくんでいたのだけど。
 しばらくして服を着た二匹が隠れ家から出てきた。そして私の顔を見るやいなやエースぬいが泣き出してしまって、今も彼はぺしょ……ぺしょ……と悲しげに涙している。
 そんな彼を私のぬいが懸命にフォローしているようだった。見られたのは彼女も一緒だろうけど、エースより私の方が神経が図太いのかもしれない。現に謝罪の気持ちでいっぱいの私と違って、エース(本体)は未だめちゃくちゃバツの悪い顔をしているし。
 二匹は怒ってくれていいのだけれど、私が邪魔したのが悪意ではなく完全な善意である事と、ひたすら謝り続けていることから責めることができないらしい。なんて健気な。もうちょっと悪い子になっていいんだよ、NRC生みたいに……。
 ええい、懐は痛むが仕方ない。スマホを取り出した私は即時便でそれを注文する。そして注文確定のボタンを押した瞬間、足下に箱が出現した。
 誠意を見せるっきゃねえ。意気込んで私は箱から取り出したそれをエースぬいの前に差し出した。

「ぬい……」
「もう二度と勝手に開けないって約束するから、仲直りしてくれるかな」

 クソ高送料と引き換えに招喚したぬい用チェリーパイにエースぬいがキラキラと目を輝かせる。お気に召していただけたようで何よりだ。
 しばらくチェリーパイに釘付けになっていたエースぬいだが、私のぬいと顔を見合わせた後、こちらに向かって片腕を差し出しきた。おそらく指切りの代わりだろう。その腕に小指を巻き付けて「約束」と呟けば、大きくぬいが頷いた。
 それから彼らはチェリーパイを持って隠れ家へと戻っていく。いやちょっと待って、その大きさじゃおうちに入らない……と思いきや、ドアをくぐり抜ける直前にぴったりのサイズへと縮んだ。魔法凄いな。

「えーっと、お待たせ。エース」

 帰って行った二人を見送り終えて、私はようやくエースに声をかける。この短い間にどんな心境の変化があったのか。さっきの気まずさMAXの表情から打って変わって、エースは拗ねたような様子を見せていた。

「まさか、ここまでぬいに先越されてるなんてね」
「えーっと、それは……エースぬいが、その……えっ……仲良ししてたことが羨ましい感じ?」
「別にセックスのことを指してるんじゃなくて、いやまあそれもそうなんだけど」

 せっかく人がぼかしてるのに堂々と言わないでほしい。余計に恥ずかしくなるでしょ。
 エースの発言にうっかりさっきの光景を思い出してしまった私はたぶんめちゃくちゃに赤面していることだろう。たとえぬいとはいえ、そういうシーンであることには変わりないわけだし。エースも私ほどではないが照れてるみたいだ。
 私はそういったことは好きな人とするべきだと思うけど、誰とでもいいからさっさと初体験を済ませたいという考えがあるのも知ってる。特に男子高校生にはその傾向が強いことも。だからエースが結構見栄っ張りなこともあり、てっきりその口だと思ったんだけど。

「……オレ、実はアイツらがとっくの前からデキてたの知ってたんだよね」
「えっ、そうなの? いつの間に……」
「魔力注ぎ込んだ次の日には物陰でアイツからちゅーしまくってたし」
「早っ」

 やだ、私のぬい手早すぎ……?と、自分を元にしたぬいの行動力に軽く引いてしまう。
 ぬいは元の人間の性格より本能的に動くらしいから、それだけ私のエースへの恋心が反映されていたということなのか。いやそれにしたって行動力オバケすぎる。オルトくんか?

「ぬいはモデルになった奴よりも素直とはいえ、アイツ普段はのぬいに絡まれても素気なくしてたから安心してたんだけど」

 エースが続けた言葉に首を傾げる。それじゃあまるでエースのぬいが私のぬいにメロメロだったみたいじゃないか、と。ただ、そのまま言うと、シャイなエースの事だから悪い方向に転がりそうなので、できる限りオブラートに包むようにして口にすることにした。

「……あの、エース、さっきの発言の流れからすると、アイツってエースぬいを指してるように聞こえるんだけど」
「そーだけど。アイツ、人前だとデレないからわかりづらいだろうけど、ちゅーしてた時だってアイツの方から迫ってたし」
「な、なるほど……」

 実際に目撃したエースが言うのだから、間違いなのだろう。じゃあつまり、あの毎日のアタック、私のぬいにしては積極的だなとは思ってたけど……両思いだって知ってたからイチャついてただけだったのか。
 なんにせよ、その恋愛における積極性は見習うべきかも。そんな風に考えていたところ、突然エースにハグされた。驚きすぎた結果、彼にぎゅっとされたまま、私の体がびょんっと跳ねる。

「えっ、えーす……?」
「告白とかぜーんぶアイツらに先越されたの、すっごいムカつく」

 ぎゅーっときつく私を抱きしめながら「オレの方が先にお前のこと好きになってたのに」とエースは呟く。どさくさに紛れて告白しないでほしい、嬉しいけども。
 今更だけど、ぬい達はモデルになった人物に影響されるのだ。だからエースは私が彼を好きだと確信しているのだろう。私もやっと気付いた。
 まあだから、たぶん、これくらい許されるだろう。身長差のせいで、このままじゃ届かない。なので、彼の後頭部に腕を回してエースの顔を近づける。そして思いっきり唇を奪ってやった。
 言葉じゃない私の告白の返事にエースは少しばかり目を丸くしていたけれど、すぐさま仕返しとばかりにキスしてきた。くっついて、離れて、でもまたすぐくっついて。そんな風に何度もキスを繰り返される。

「お前がその調子なら、あんな風になるのも案外早いかもね」

 ちらとドールハウスへ視線をやるエース。それから口にしてきた彼の発言に思わずエースの胸をべしべしと叩く。だけどエースは一切ひるまず、むしろ強く抱きしめてくるばかり。
 だから否定できない自分を誤魔化すように私もきつく彼を抱きしめ返した。

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