お前のせいと書いて愛と読む
病気の後遺症で子供はできない。そうお医者様から告げられた当時、私はそこまでショックを受けていなかったように思う。
両親には申し訳ないと思ったけど、幸い年の離れた兄と姉には既に子供がいたから孫を抱かせてあげられないなんて事にはならないし、今の時代なら子供を産まないこともそう珍しくない。
だから私以上に落ち込んでいた両親を大丈夫だよと笑って慰めていたぐらいだ。
でもエースと初めて肌を重ねた日から、その気持ちは変わってしまった。溢れる幸福感と彼への想いを膨らませていた中で、ゴミ箱に捨てられた避妊具を見て、ふと気付いてしまったのだ。
——私はどんなに望んでもエースの子供を産むことはできないんだ、と。その瞬間、宣告された時なんて比じゃないぐらい絶望して。
それでも私が立ち直れたのはあの頃はまだ元の世界に帰ろうとしていたからだった。
どうしても家族に会いたかった。だって私には元の世界にしか家族がいない、私は家族を作れないから。
だからエースには悪いけども、私は彼との関係を卒業と共に終わらせるつもりでいた。彼の子供を産めないことを思い出してからはいっそうその意志を固めて。
エースのことは好きだった。きっと彼以上に愛せる人はいないと思っていたし、実際にそうだった。だからこそ帰らなきゃいけない。
彼の子供が産めない現実を受け入れられない。でも彼が私以外の人と家族になっていく姿も見たくなかったから。
人生最大の絶望を知った日から数年。卒業式に切り出した別れはあっさり流されて、決意とは裏腹に私とエースの交際は大人になってからも続いていた。
そろそろ周囲から結婚しないの?と聞かれることも増えたり、エースからもさりげなくアプローチされていたけれど何とかやりすごして。
そんなある日、私は学園長に呼び出され、元の世界に帰れないと告げられてしまった。どうかエースには言わないでくれと頼んだけども、学園長は既にエースへ報告していて。
突然元の世界に戻ってしまうかもしれないから、私はそう言って彼との結婚を拒んでいた。だからそれが無くなった以上エースがプロポーズしてくるのは当然のことで。
そこへ了承ではなく別れ話を口にしたって聞き入れてもらえないのも当たり前だ。でも、どうしても言いたくなかった。もうわかりきったことだけど、言葉にしたら完全に認めないといけなくなる。私は好きな人の幸せを奪うことしかできないんだと。
言いたくなかった。けど言うしかなかった。エースに諦めてもらうには、エースの不幸にしないためには。
『だとしてもお前と家族になりたい、最後まで一緒にいてよ』
今まで黙っていたことに軽蔑されても仕方ないと思った。でもエースは私を責めるどころか優しい言葉をかけてくれたから、もう私は頷くことしかできなくて。
エースの家族にも改めて挨拶に行った時に事情を説明したけれど「エースが決めた幸せを貫いてほしい」と快く受け入れてくれた。
そうしてエースが家族になってくれて、もう三年が経つ。彼の深い愛情に包まれながら、私は幸せに満ちた日々を過ごして——
◇
「ひあっ♡」
「こんな時に考え事とか随分余裕じゃん」
ぐりぐりと奥を強く刺激されて大きく体が跳ねる。私に覆い被さる夫は気にくわないとばかりに不機嫌な顔を見せていた。
回想していたのは気持ちよさに意識が飛んでしまった結果であって、彼との行為を蔑ろにしていたわけじゃないのに。そう説明しようにもエースが腰を打ち付けてくるたびに広がる快感に言葉がまとまらない。私の口から出ていくのは甘ったるい嬌声ばかりだ。
結婚してからというもの、私達は毎晩こうして体を重ねている。結婚した当初は新婚さんだからかなと思っていたけど、そんな時期がとっくに過ぎたはずの今でもこの調子なのだ。一度理由をたずねたところ「好きな相手に触りたいと思っちゃダメなわけ?」と拗ねたように(たぶん照れていたのだと思う)エースは答えて。
「あっ♡ おく、とんとんするの、やらぁっ♡」
「うそつき♡ こういう風にされるの大好きじゃん」
「ふあっ♡ だめっ♡ えーす♡ んっ、んん♡」
エースの言うとおりだ。本当はダメなんかじゃない。私の一番深い所まで彼と繋がっていることが嬉しかった。
もっともっと近くでエースを感じたい。その気持ちが溢れてしまったのだろう、彼の腰に足を巻き付けるようにして引き寄せる。動きづらいだろうけど彼は怒らない。ぐりぐりと奥を押しつぶすように先端で擦られる。
「あっ、あぁ♡ えーす♡ すき、すきぃ♡」
もう何も考えられなくてただただ喘ぎながら、合間合間に好きと彼の名前を口にするだけの私をエースはぎゅうと強く抱きしめる。それから深く口付けてきて、そのキスはまるでエースに食べられてるみたいだった。
彼の腕に包まれながら達した私のおなかがきゅうと絞まる。続けて中の熱が一際大きくなって。ぴったりと奥に嵌まった彼の先端から、あたたかいものが広がっていった。
この瞬間はいつも寂しい。私のせいで宿ることなく、ただただ死んでいく彼の子供達を考えてしまうから。
そんな私の寂しさを見越したようにエースはきつく抱きしめてくれる。励ますように、守るように。いつだって彼は一番欲しい優しさを与えてくれる。これまでも、きっとこれからも。募った愛おしさのまま、彼の体へ甘えるようにすり寄った。
「えーす、すき、すき、だいすき」
何度言っても足りなくてバカみたいに繰り返す。そんな稚拙な私の愛の言葉にエースの熱がまた固くなった。
興奮してくれたのも求めてくれているのも私は嬉しいのだけれど、エースはちょっと気まずげだ。だからといって終わるなんてことはない、止められるわけがないのだ。
「お前のせいだから最後まで付き合ってよ」とエースが私にキスをする。彼の背中にしがみつく私へ、エースは再び腰を打ち付け始めた。
◇
「……エースっていい旦那さんだよね」
「急にどうしたの?」
洗浄魔法ですっかり綺麗になったシーツの上で、彼が持ってきてくれた水を飲み終えた私はふとそれを口にした。
突然の褒め言葉に疑問こそあれど、エースはどことなく嬉しそうだ。そういったところが彼が色んな人に可愛がられている理由の一つなんだろう。
「さっき気絶してた時にね、子供ができないってお医者様に言われた時の事とか思い出したんだ」
普段はおしゃべりな彼だけども今は口を噤んでいる。見つめてくる彼の綺麗な赤色からは私を心配しているのが窺えた。落ち込んでいるわけじゃないと示す為にも私は笑みを向ける。
「それでね。プロポーズもそうだけど、エースはいつも一番欲しい言葉をくれるなあって思って。初めて生でした時とか、こないだエースの同僚さんに絡まれた時とか……」
結婚初夜の日に初めてゴムを付けずに肌を重ねたのだけれど、その後に私は「避妊するは必要ないって先に言っておくべきだったよね、ごめんね」と謝った。
ゴムは安いものじゃないし、何より男の人は生でする方が気持ちいいらしいから。そんな気持ちから申し訳なくなっていた私にエースは軽くだけどデコピンして「こんな贅沢、ガキんちょに覚えさせなくていいの!」と。
提案こそ叱っても、今まで騙してきたことには一言も責めたりしなかった。
同僚さんの件はこないだの休日にエースとデートしていた時、たまたま出くわした彼女に子供がいないことで嫌な絡まれ方をして。
彼女はエースが好きなんだろうなって、にぶい私でも一目で分かった。だから彼の妻である私に嫉妬して、あとは見下しているのが丸わかりだった。
結婚してわかったのだが、どうやら世間的にモテる男とパッとしない女の夫婦というのは、男がただでセックスができる小間使い欲しさに結んだもので、恋愛は妻じゃない女で楽しんでるものだと思われがちらしい。おそらく彼女もそのように私達を見ていた。
例え妄想の中でも私の愛する夫をゲス不倫クソ男にされるのは正直気分が悪い。だからレオナ先輩やイデア先輩によって鍛えられた煽りスキルで泣かせたろ!と思っていたのだが、その前にエースが行動に出た。
街の往来にも関わらず、エースは私にキスをして「この通りオレ、嫁さんにベタ惚れだからさ。子供に取られたくないんだよね」と。
庇ってくれたあの時のエースは最高にかっこよかった。思い出してうっとりする私に彼は一見拗ねたような表情を見せる。まるで怒っているみたいだけども、これはただ照れているだけだと私は知っていた。
「あながち嘘でもないし、だってオレのこと大好きじゃん」
「うん。エースがいなきゃ生きていけないぐらい惚れ込んでるよ」
思ったままの感想を返す私にエースの耳が赤くなる。意外と彼は素直な言葉に弱い。あと手放しに褒めるのも意外と照れるタイプだった。
珍しく言葉に詰まっているエースに追い打ちをかけるようで悪いけど、どうしてもそれを伝えたくて私は続けて口を開く。
「こんな素敵な旦那様と結婚できて、私すごく幸せ者だね」
ふにゃふにゃ頬を緩める私にエースは頬をかく。ちょっと迷った様子を見せてから、エースは私へ視線を合わせた。
「まあ、オレのことを素敵な旦那様にしたお前も良い嫁ってことじゃない?」
「……私いいお嫁さん?」
「結婚遅いだろうなあって思ってたオレに、こんな早くプロポーズさせるぐらいには」
「そっかあ」
今更ながら私も照れくさくなって、顔を隠すようにぎゅっとエースに抱きつく。優しく抱き留めながら「一生幸せ者でいてよ」と呟く彼へ「エースもね」と返した私はそっと唇もくっつけた。
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