我慢できない
半年前に籍を入れたばかりの夫が十日間ほど出張に行く事となった。なお出発したのは先週の話で、夫であるエースは今週末には帰ってくる予定だ。
出張前夜のピロートークでは「九時以降ならホテルいるから、寂しくなったら電話してきていーよ」とエースは言ってくれて。
だから初日におやすみだけ言いたくてかけたら、やたら驚かれた。彼曰く半分過ぎた辺りで来る予想だったらしい。その言葉を聞いた時、あの提案で彼が妙に意地悪な顔をしていたのは十日すら我慢できなかった私をいじるつもりだったのかなと思って。
なお私の推測は『四年の頃とか、卒業してから結婚するまでは月に一回ぐらいしか会えなかったのに』と、エースがからかってきたところからしてあながち間違いでもないようだった。
でも『まったく。オレの奥さんってば、とんだ甘えただわ』と呟く声は楽しげだったから、以降も寝る前に声が聞きたいのだと毎晩連絡していて。今夜もこれまで同様、スマホを握りしめている。
時間帯は今までより少し早め。いつもならリビングの椅子から連絡するけども、現在私はベッドの上。そして初めてかけた時よりも緊張していた。ぱしっと軽く頬を叩いて気合いを入れつつ、彼へ繋がる数字を押す。
五回ほどコール音が流れた後『もしもし』とエースの声が聞こえてきた。それに私だと告げれば『今日は随分早いじゃん』とエースが返事してくれる。事前にテストしておいたが、どうやら今日届いたマイク付イヤホンはちゃんと動いているようだ。よかった。
『もう寝んの?』
「えっと、ね。エースとしたいことがあって……エース、明日忙しい?」
『したいことって?』
早々に聞き返してくるってことはそんなに忙しくないのかな。完全に私のワガママだから、無理に付き合わせるのは申し訳ないんだけど。
緊張からか、口の中が乾く。そわそわと落ち着きがなくなっているのを自覚しながら、ゆっくり唇を開いた。
「え、えっちなことしたい……」
『…………は?』
「シーツ洗ったからエースの匂いがしなくなったの寂しくて、それでエースのこといっぱい感じたくて、だから」
しどろもどろになりながら、理由になってない理由を口にする。話す前はもう少しマシな説明を考えていたはずなのに、実行に移したらこの有様。最後の方に至ってはあまりにも声が小さくて聞こえなかったんじゃないだろうか。
自分の至らなさにしょぼくれていたら、それまで無言だったエースがふーっと大きく息を吐く音が聞こえた。呆れられてしまったのだろうか。更にしゅんと気落ちしてしまう。
でもすぐにその気持ちは覆ることになる。ふは、とエースが吹き出した声が耳に入ってきたから。
『お前って奥手かと思えば、結構とんでもないこと言い出すよな。ホンット飽きねーわ』
彼の気分を害した訳じゃなかったのか。なんて安心したのも束の間、情事の時の甘い声色でエースが『』と私の名前を口にする。
それにぴくんと体が跳ねる。瞬間、スイッチが入ったのが自分でもわかった。
『今どんな格好してんの? パジャマ? それとも下着だけ?』
「……エースのパジャマ借りてる。下着は、その……付けて、ない」
『ははっ、それすげえエロいやつじゃん。ってば、やーらし♡』
イヤホンのおかげで耳元で囁かれているみたいでぞくぞくしてしまう。
エースはビデオ通話に切り替えたらしく、スマホの画面に彼の姿が表示された。お風呂上がりなのだろう、私と同じようにベッドの上へ乗る彼はバスローブを身に付けていた。
もっと寂しくなっちゃうから顔は見たくない、そう言ってこれまでビデオ通話は避けていたのだけど。でも楽しげに笑っているエース(ただし目は笑ってない)からは、お前もやるよな?という無言の圧力を感じる。
私と違ってイヤホンを付けてる様子もないのに、どうやってハンズフリーにしてるんだろう。やっぱり魔法かな、器用だなあ。
ベッドヘッドの上にスマホを立てかけてモードを切り替える。画面の左上に小さく表示された私は期待から、既にひどくいやらしい顔をしていた。
『ズボン、履いてないんだ』
「だって大きすぎて裾ずるずるし、脱げちゃうから」
『だぼだぼなのってなんか可愛くて良いよな。じゃ、まずおっぱい触ってるとこ見せて』
ぷちぷち胸の所のボタンを外して上半身をはだけさせる。足は閉じてるし、裾が長いから下は見えてないだろう、たぶん。
エースの手付きを思い出しながら胸に触れる。掬い上げるようにして下からさすり、ゆっくり揉みしだく。彼によって少しばかり大きくなった膨らみが自分の手の動きに合わせて形を変えていく。
胸の先には触らない。エースはいつもそうやって焦らすから。エースの触れ方を再現しているせいか、まだ何もされていないにもかかわらず、先端はぷくりと膨れて触ってほしそうにしている。
『すっかり赤くなってチェリーみたいになってんじゃん。はあ、舐めたい』
興奮が滲む、上ずったエースの声におなかの奥が熱くなった。むずむずする感じに思わず太股を擦り合せる。
触っていいよ、そう彼が促してくれたのに従って先端に指を這わす。くにくに捏ねてみたり、少し強めに引っ張ってみたり。気持ちいい。けれど、どんなに上手く真似してもやっぱりエースの手じゃないと物足りなかった。
画面の中でエースの下腹部が映る。盛り上がったバスローブに、エースも欲情してくれているのだと嬉しくなる。ただあまりにもじっと眺めていたため『のえっち』とからかわれたけど。
「……エースがしてるのも見せて」
『えっ、なんで? 男のオナニーとか見て何が楽しいわけ?』
「エースのえっちなとこ、私は見たいもん……」
というか、彼にそっくりそのまま同じ言葉を返したい。私が一人でしてるの見て何が楽しいの?と。
今だってエースが見てるからドキドキしてるけど、本当は自ら進んでするほどこの行為は好きじゃない。二人でする方がずっとずっと気持ちよくて幸せになれるって知ってるから。
私の頑固さを考えたら中断される可能性が出てきたからだろう。エースがバスローブの腰紐をほどく。引き締まった腹筋、その下の大きく反り立ったものが画面に映し出された。
「や、やっぱりおっきいね。それにすごくびくびくしてる……」
『あんま見ないでよ』
居心地悪そうしているエースからクレームが飛んでくる。私がまじまじ見たせいか、隠すようにしてエースはそれを握り込んだ。
『足開いて、どんな状態かオレに見えるようにして』
言われた通り、しっかりと足を左右に広げて、秘部を見せつけるような体勢を取る。恥ずかしいけれど、先にエースに見せてもらった以上はちゃんとしないと。
画面越しでもわかるぐらい濡れそぼった秘部が、物足りないとばかりにひくつく膣口が、エースの視界へと映る。エースに私のいやらしいとこ、全部見られてる。それに興奮してか、おなかが疼いて、奥からこぽと愛液が溢れてきた。
胸だけを晒すように中途半端に脱げたシャツ、なのに一番恥ずかしい所を思いっきり曝け出して。彼の視線と、声と、この異様な状況に、画面端に写る私はとろけきった顔を見せている。情事の最中、自分はいつもこんな表情をしているのだろうか。
……してるんだろうなあ、エースも普段の行為の時の顔をしているのを見る限り。知らなくて良いことを知ってしまった、うう。
画面越しでも熱が伝わってくる眼差しに凄まじい羞恥心を覚えていたなら、おねだりする時の呼び方でエースが私の名前を口にした。
『オレに挿れられる時の事、思い出しながら一人でシてよ』
私はエースのお願いにたいそう弱い。だから今回も逆らえず、指を三本、中へと差し込む。一気に複数本も入れたからだろう、エースが心配そうに『こら、慣らしてないのに』と叱ってくる。
でも、これまでの行為で胎内はすっかり潤っていて、指の抜き差しはなんの支障もなくスムーズに行えた。
くちゅくちゅ、エースの熱に見立てた指を動かす度、濡れた音が立つ。ぬるぬるになった指で陰核に擦りつけて、再び中へのピストンに動きを戻して。ただもう片方の手でくるくると愛液塗れになった陰核を撫で回す。
「ん、ん、ん、えーす、えーすっ」
自分の指じゃ届かない、おなかの奥が寂しい。それでも絶頂は近づいてくる。目の前がちかちかしていた。
頼りない視界で見えた画面の向こうで、エースも私が今一番欲しい物を扱いている。気持ちよさそうな顔をして、どんどん手の動きが速くなって、耳元で聞こえる彼の吐息も切羽詰まったものに変わっていく。
「……ッ」
「ひ、ああっ」
熱を帯びた声で名前を呼ばれた瞬間、体が大きく跳ねた。入り込んだ指を内壁がぎゅっと締め付ける。絶頂の余韻にびくびくと太股が痙攣している。たらりと飲みきれなかった唾液が唇の端から垂れていった。
『……めちゃくちゃ出た』
ぼそっとエースが呟く。私が見る前に拭ってしまったので確認できなかったが、彼もたくさん興奮してくれたということだろう。
ゆっくり指を抜く、ちゅぽんと引き出したさい思わず漏れた声はいやに甘かった。頭の中がまだふわふわしてる。気持ちよかった、でもする前よりも寂しさが募ってしまった気がして、なんだか少し泣きたくなった。
まだエースと電話が繋がったままなのにどうにも表情を繕えそうもない。だから、ごめんね、ありがと、おやすみなさい、そう伝えて早々切ってしまおう。
愛液をティッシュで拭き取って、ビデオ通話をオフにしようとスマホに手を伸ばしたその時だった。
『そういえば、オレ明日帰るから』
まさかの宣言に「えっ」と反射的に声が漏れる。一瞬何を言われたのか、わからなかった。明日、帰る? どうして?
「今週末までの予定だったよね……?」
『まーね。でもお前がすっごい寂しがるから、めちゃくちゃ頑張って早く終わらせてきたの』
オレってば優秀〜、なんてエースは軽く言ってみせるが相当大変だっただろう。彼の優しさになんとか押さえていたはずの涙が再び滲む。
元の世界に帰れないとハッキリわかってるし、ツイステッドワンダーランドで何年も過ごしてきたし、自分の意志でエースと一緒に生きていくと決めた。
それでも元の世界との違いに、自分はやっぱりこの世界の異物なのだと事ある毎に心細くなってしまって。そんな私をエースはずっと支えてきてくれた。私の不安に対して「世界にとってなんて難しく考えなくていいじゃん、オレにはお前が必要なんだから、お前にもオレが必要でしょ」と。
そして今もこうして私を慰めて前を向けるようにしてくれる。それにやっぱりエースが好き、大好きだと実感すると同じくして、前々から抱いていた気持ちが大きくなっていく。
そうこうしているうちに画面の向こうのエースがニヤニヤと悪い顔をする。何かよからぬ事を企んでいるのは分かったけれど、私は素直に受け入れるつもりでいた。私の為にいっぱい頑張ってくれた彼が喜ぶなら、どんなお仕置きでも恥ずかしい事でも応えてあげたかった。
『玄関にゴム置いといてよ、絶対ベッドまで我慢できないから』
「……やだ」
『じゃ、よろし……えっ、なんで? 防音魔法ならちゃんとかけるって』
断られるとは思っていなかったらしい。一蹴する私へのエースの返答は動揺に満ちていた。
私も本来なら断るつもりはなかったのだ。でもこればっかりは聞いてあげられない。膨らみきった気持ちに嘘はつけないから。
「……エースの赤ちゃん欲しいから、やだ」
数秒間の沈黙を置いて『お前帰ったら覚えとけよ……』と顔を押さえたエースが唸る。隠しきれていない彼の耳はトランプのハートのような赤色をしていた。
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