可愛いアンタが気にくわない

「現状、美容にかけられるお金も時間もないので……」

 一瞬でもアタシの目を奪ったのだ。間違いなく素材は良いのに一向に磨かれる気配がないのが気にくわなかった。
 それでたまたまあの子が一人で廊下を歩いているのを見かけて、いい機会だとサクッと物陰に連れ込んでとっちめれば、うら若き乙女が浮かべちゃいけないようなしわっしわの表情で監督生は述べて。
 そんな言い訳がアタシに通用するとでも?とよくよく調べてみたら、まったくもって言い訳じゃなかった。嘘偽りない証言だった。
 学園長から渡されていた生活費は最低限。適切な相場がわかっていないのか、はたまたケチっているのか、なんにせよあの金額はあり得ないわ。
 さすが女の子をあんなボロ屋敷に住まわせるだけあるわね、デリカシーを丸ごと母親のおなかの中に置いて生まれてきたに違いないわ。
 これじゃあ、おしゃれどころか食べるので精いっぱいでしょうね。大食漢のグリムがいるにも関わらず、あの額でやりくりしてるのだからむしろ良くやってる方だ。今回ばかりはアタシが間違ってたわ。
 だからクルーウェルにチクって増額をもぎ取った。彼は監督生のことを気に入ってたし、美容の重要度に関しては理解があるもの。
 当然、彼からすれば可愛い子犬が人権剥奪されてるとしか思えない状況を許せるはずもなく、喜んで協力してくれたわ。
 こうして金額面はクリア。次は時間だけど、やっぱりこれもあの子の言う通りだった。
 にわかには信じがたいけれど、あの子は異世界人だったのよね。
 監督生が語る元の世界は想像にしてはあまりにリアリティがありすぎたし、魔法についての基礎的な知識が足りないのに数学や科学といった共通していた教科についてはめっぽう強いの。
 単純に知能が足りてないならそうはならない。だから本当に違う世界から来たんでしょうねって。
 ツイステッドワンダーランドの常識がわからない。つまりこの世界における知識がプリスクール生以下なんだもの。
 それでいてある意味同レベルのグリムの補佐をする為に人一倍勉強しなきゃならない状況だった。自分の容姿を気に掛ける時間なんてあるわけない。
 普段のアタシならそこで切り上げたわ。だって泥まみれのジャガイモをいちいち拭ってあげるほどアタシ暇じゃないの。
 けれど今回ばかりはアタシから持ち込んだ話だったし、何より花開いたあの子を想像したらワクワクしたの。きっとこの子は目を疑うほどに化けるとアタシの直感が訴えていた。どうしてもその姿を見たかった。
 そのためにもアタシが手ずからあの子に勉強を教えたの。元々地頭は良かったし意欲もあったから、あの子はあっと言う間に授業をちゃんと聞いていれば問題なく過ごせるレベルまで駆け上がってきたわ。
 そうやって色々面倒を見ていたせいか。気付けばあの子はすっかりアタシに懐いていた。学園内でアタシを見かけるといつだって「ヴィル先輩!」と嬉しそうな声と顔で駆け寄ってくるの。
 エペルみたいな気位……いやアレは負けん気ね。とにかくエペルみたいに反抗的で諦めが悪くて隙あらば噛みついてくるタイプは案外嫌いじゃないの。
 そしてあの子みたいに全面的に好意を示して人なつっこくじゃれてくるタイプは……わりと苦手なはずなのに。どうしてかしら、あの子が相手だと慕われて悪い気はしないのよね。
 金銭的にも時間的にも余裕ができて、あの子はアタシのアドバイスを素直に聞き入れる。ならばあの子がさながら蛹から蝶に変わるかのよう、美しくなるのだってわかりきったことだった。

「ヴィル先輩、今日はおかんむりですか?」

 もう前のように事細かなアドバイスは必要ないけれど、定期的にアタシの部屋で彼女との集会は続けている。
 言い終えた監督生が紅茶のカップを口に運ぶ様は及第点に至っている。最初の頃なんて見れたものじゃなかったのに。アタシの指導をちゃんとものにしたという証拠だ。
 その努力は認めてる。褒めてあげてもいいくらい、そして言動に何一つ瑕疵はない。
 なのにいやに呑気な口ぶりが今は無性に苛ついた。

「だったらどうするわけ?」
「触らぬ神に祟りなしってことで退散します」
「へえ、アタシとの時間をドブに捨てるだなんて良い度胸してるじゃない」

 凄んだところで監督生は微塵もうろたえない。最終手段ですよと軽い口調で返して、お茶請けのドライフルーツを摘まんでいた。
 悔しいけれどこの子の言う通りだった。今のアタシは非常に機嫌が悪い。
 一緒に来るまでの途中、ひそひそと小声で紡がれていた今の監督生についての評価を耳にしてから、どうにも苛立ちが止まらない。

「そういえばさっきの人達の話、聞こえました? 最近の私、可愛くなったって言ってましたよね! ヴィル先輩のプロデュース受けてる以上、当たり前ですけど」

 ピンポイントに怒りの対象を話題にされて、こめかみに青筋が立つ。
 そうよ、当たり前なのよ。アタシが手ずから磨いたんだもの、輝いて見えて当然じゃない。アタシがそうなるように仕向けたの。
 でもこの子が可愛いのは最初からだし、アタシ以外がこの子の美しさを語るのはどうしてか、ただただ腹立たしい!
 初めの頃は純粋に喜んでたわ。磨けば磨いただけ手応えを感じて。でもその感動は徐々に変わってしまった。
 この子が美しくなるにつれて、アタシはおかしくなっている。まるで彼女の美しさと引き換えにアタシは正気を失ってるとしか思えないの。
 よかったじゃない。アタシの望んだまま、いいえ想像した以上の成果をこの子は出した。なのにどうしてこんなに気にくわないの。

「私、自分の為に頑張れないんです。勉強は元の世界じゃ先生に褒められるから、家事は家族が喜ぶから努力した。でも容姿については自分にリターンが返ってくるだけだと思ってたから」
「そのわりにはアタシの言うこと素直に聞き入れてたじゃない」
「ヴィル先輩、期待してくれたので……最初はやっぱりそうだったんですけどねえ」
「何よ、その含みのある言い方」

 ままならない状況にどうにも刺々しい態度を取ってしまう。
 けれど監督生はさっきと同じく気にしていない。もうちょっと慌ててみせなさいよ、アタシの言葉なんかどうでもいいと感じてるみたいでムカつくわ。
 眉を顰めるアタシとは対照的に監督生は目を細める。
 口元を緩ませたその表情に視線を奪われる。まるで一番最初の冴えない姿でありながらアタシの視界に入り込んだ時のように。

「今は自分の為でもあるんですよ」

 ——だってヴィル先輩の前の私が一番可愛いですよね。
 それは確認の体を取った確信だった。
 わかっているのだ、この子は既に。己のものも、アタシのも。女性の方がそういったことは勘が働くらしいけど。
 だとしても、なんでアタシ今まで気付かなかったのかしら。途中で舞台を下ろされるが為に敗れ続けた形だとしても、何度も何度も演じてきたじゃない。
 俳優としてはベテランでも、学生のヴィル・シェーンハイトにとっては初めてのことだから? いくら考えても結論は出そうにない。
 ここまでアタシが手を加えた以上、どだい無理な話だけど、アタシだけがこの子の可愛さを知っていたかった。だけど我慢してあげる。アンタの言うことは事実だから。
 ああ、もうチークが濃くなってそうで嫌になっちゃう。ただ言われっぱなしは好きじゃないの、アタシ。

「なまいきな子ね、アンタ」

 とっさに憎まれ口を叩くアタシへ監督生は見惚れるしかない微笑みを浮かべてる。
 ええそうよ、癪だけど認めるわ。愛する男を前にしたアンタが一番可愛いってこと!

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