かっこわるいヴィル様しかいません
「あんの羽虫ッ!!!」
「ひえっ」
最近は大人しかったから油断したのが悪かったのか。またしても私達は恋の妖精(笑)のいたずらにかかってしまったようだ。
部屋を認識した瞬間、怒りを爆発させたヴィル先輩に思わず引け腰になる。
気持ちはわかるのだ。私も先輩ほどではないけど、こう立て続けにハプニングを起こされると、さすがにいいかげんにしろよと苛立っているし。ただ自分以上に激しい感情を発露している人を見ると意外と冷静になれるもので。
一瞬びびりはしたけども先輩のように声を荒げることなく、ひとまず今回の部屋のお題を確認する。
『どちらかが相手の両耳を耳掃除すれば出れる部屋』
「耳掃除……? あんなの人にやらせるものじゃないでしょ」
ほぼ同じタイミングでお題を見た先輩が怪訝そうな顔を見せる。彼のその様子にあれ?と私は違和感を持った。
ひとまずそれはよそにお題の看板の真下に置かれた台へと近づく。そこには多種多様な耳掃除グッズが用意されていた。前回は看板と扉しかなかったけど、さすがに今回は手助けしないと達成できないと判断したのだろう。
「何、その火かき棒のミニチュアみたいなの。、アンタわかる?」
「耳かきですね。見た事ないってことは……先輩、耳掃除っていつもどうしてます?」
「一月に一回ぐらい、お風呂上がりに綿棒で軽く回してるわ」
「あー……欧米式。えっと、これはですね……」
後ろから覗き込んでいた先輩が、私が手に取った耳かきを見て不思議そうな顔を浮かべる。
さっきの発言でなんとなく予想していたが、やっぱり耳かき文化が浸透してないのか。まあアジア以外ではあまり馴染みがないから、ヨーロッパっぽいこの世界でもそうなるよね。
オタク文化に精通しているイデア先輩辺りなら知ってそうだけど、日本でもイヤーエステの概念が正しく広まったのわりと最近だしなあ。
「はぁっ?! これ耳に突っ込むの?! アンタ正気?!」
「私が元いた世界では一般的なやり方ですよ」
耳かきの使い方を解説したところ、先輩が目に見えて狼狽する。
若干怯えている様子の先輩に更に説明を重ねて。迷走神経による気持ちよさとか、触るのはせいぜい手前の一センチぐらいだとか、友達とか家族にやったけど最終的に心地よさで寝たりしてましたよとか。
その甲斐あって納得しきれていないけれど、ひとまず信用はしてもらえたようだ。アンタに任せるわと。ならばと早速取りかかるとしよう。
「……本当にこの体勢じゃないとダメなの?」
「ソファがあったら上半身を乗り上げるようにしてもらえるのがいいんですけど……ないのでこちらで諦めてください」
「そういう話じゃ……ねえ、アンタこれ、私以外の男にしてないわよね?」
「膝枕ですか? グリムとヴィル先輩だけですよ」
「……グリムなら、まあいいわ」
膝の上に先輩の頭を預けてもらう。つまり先輩を床に直で寝かせているわけだが、私の膝枕でもないよりはマシだろ。何よりこの方が耳かきするには都合がいい。
グリムはたまーに丸まりながら乗ってくるのが可愛いので特別OKしているが、人間の頭は重いので意外と膝枕は疲れるのだ。なのできっと先輩以外にすることになっていたのなら、ブレザー脱がせて丸めたものを敷いて行っていたことだろう。そう思いながら答えた私を、よくわからないが先輩は許したらしい。なんだったんだろう。
「じゃあ先輩、お耳触りますね」
「ッ」
「あっ、すみません。冷たかったですか?」
「……少しびっくりしただけよ」
私の手が触れた瞬間、びくんっと先輩の体が跳ねた。驚かせてしまったらしい。
声を掛けただけじゃ足りなかったか。そりゃあ耳なんて普通に生きてたらそんな触られる場所じゃないもんなあ。となると、リラックスしてもらうのが先かもしれない。
中を軽く確認したら耳かきに移るつもりだったけど予定変更。耳全体を指で挟むようにしてマッサージしていく。
「痛くないですか?」
「っ、へ、へいきよ……」
「先輩ならご存じかもしれませんが、耳を揉むと全身の血流が良くなるし美容効果もあるんですよね。体、ポカポカしてきましたか? 耳は温かくなってきたんですが」
「そう、ね。そんな気がするわ……」
悪くない反応だ。まだ身構えているけれど、さっきよりは緊張もほぐれてきたように思う。
そろそろ良いかな。先輩の耳の中を確認するため、穴を広げるように緩く耳を引っぱる。
「そんな汚れてないですね。でも一応ローション使って拭いておきますね」
「はっ? ッ、ひっ」
「大丈夫。何も怖くないですよ」
綿棒使いだから押し込んで固まってるかと思ったけど、耳の形だけでなくこんなところまで完璧だとは。気を取り直し、イヤーローションを含ませた曲がり綿棒で撫でるようにして耳介と中を拭き取っておく。決して力を入れる必要は無い。
ローションの水気か、はたまたヒヤッとした感触か、最初こそ驚いていた先輩だが、だんだん心地よくなってきたらしい。徐々に先輩の頬が色付いてくる。目つきもとろんとしてきて、凄まじい色気を放つ先輩になんだか悪い事してる気分だ。
「じゃあ次は耳かき使っていきますね。危ないので動かないでくださいね」
「ッ、ぅ、ん」
カリ、カリ……スー、スー、カリ……
滑らせるように軽く耳かきで中の浅い所をひっかいていく。少しずつ丁寧に全体を撫で回して。
耳の迷走神経独特の快感にぞわぞわしているのだろう。私の忠告を守って動きこそしないけれど耐えているせいか、先輩の息はひどく荒いものになっていた。
そういえば耳掃除に慣れてない外人さんとかは気持ちよすぎて涎垂らしたりするって聞いたことあったなあ。先輩は意地でもそんな醜態さらそうとしないだろうけど……。
一度休憩した方がいいかなと耳かきを抜く。そのタイミングを見計らったようにもぞもぞと動いた先輩が足をクロスする。他にすがれるものがないからか、太腿の上で握られた拳は随分と力が籠もっているようだった。
そろそろ再開させてもらおう。ただその前に伝えておかないとね。
「私(の耳掃除)でいっぱい気持ちよくなっちゃって大丈夫ですよ。どんな先輩でも私は大好きなので」
「う゛、ううっ、ア、アタシはこんなのに絶対負けないんだからぁ……!」
「先輩が敗北寸前の魔法少女みたいなこと言ってる……」
「誰が魔法少女よ、せめて魔法青年にしなさい!!」
「ヴィル先輩、突っ込むところ、そこでいいんですか?」
いつもと違って随分ツッコミのキレが悪い。余裕ないんだなと察した私は穴の中の掃除は止めて、耳輪(外に張り出してる部分のふち)を緩くひっかくようにして掃除する。普段からちゃんと洗っているのだろう、こっちもあまり汚れていないようだ。
たださっきよりも弱い刺激のはずだが、それでも辛いみたいなので手早く終わらせる。仕上げに梵天(耳かきの後ろのふわふわ)で軽く全体を一撫でした。
「先輩、終わりましたよ」
「ーーッ、は、ぅーー……お、わり?」
「はい。なので次は反対の耳しますね。私のおなかの方へ顔向けてもらえますか?」
「えっ」
真っ赤になりながら息絶え絶えの先輩には申し訳ないが「お題的に両耳しないとダメらしいので……」と宣告する。無慈悲な指示を理解した先輩の顔が絶望に染まった。
「〜〜ッ、あの害虫……駆逐してやる! この世から……ルークに頼ってでも!」
今度は某名作漫画の主人公みたいなこと言い出した先輩にだいぶ気の毒になりつつ、体勢を変えてもらう。辛いのか、いつもキビキビしている先輩にしては鈍い動きだった。
だけでもさすがヴィル先輩というべきか。その並々ならぬ精神力でもう片方の耳掃除も先輩は乗り切った。私ならたぶんとんでもない顔になっていただろうけど、先輩は赤らみながらも最終的には平然とした顔になっていて。
ただし無事お題達成で扉が開いたにも関わらず、先輩は立ち上がろうとしなかった。もしかして腰が抜けて立てないのだろうか? そう思って手助けしようとしても先輩は素気なく「先に行っててちょうだい。少し休んでから出るから」と言うばかり。
今度はなんだか死亡フラグみたいなの立ててる……と思っていたところ、目の前でポンッと謎の効果音。そして音が立ったそこには楽しげな顔をした妖精が現れていて。
「お題達成おめでとう、おつかれさま☆ 彼ならしばらく動けないと思うよ——勃起してるから!」
これは鬼気迫る表情の先輩が、妖精を握りつぶす直前の話である。
back