嫉妬は女王の色をしている
「アンタまた告白されたそうね」
「身近にいる女が一人となると血迷っちゃうんでしょうね。後にも先にも、これほどのモテ期はきそうにないです」
背後から私の髪を梳くヴィル先輩へ、冗談めかした回答を口にする。
一ミリも喜んでないのが伝わればいい、先輩に誤解されませんように……まあそんな気持ちが入ってるなんて先輩は露にも思ってないだろう。
そもそも私にそんな乙女心がある事を先輩は知らないんじゃないだろうか。だって告白に対して、この冷めた反応。意識されてるわけないよなあ。
先輩のおかげですっかり女の子になった今ですら、こうやって何の下心もなく部屋に招いてくれるぐらいだし。いっそ間違ってほしかった。
私が放課後、こうして時折ヴィル先輩の部屋にお邪魔するようになったきっかけは彼からの呼び出しだった。
グリムが何かポム寮でやらかしたか……?
そう考えて、びくびくしながら行けば「アンタ女の子よね」と追求されたのだ。
当時の私は学園長の提案で男装していた。おそらく彼以外にも、その秘密に気付いていた人はいただろうけど、はっきり突き付けてきたのはヴィル先輩が初めてだった。
ただそれは私の為だ。というのも今でこそ普通に女の子として過ごしているが、その頃の私は立場的にも金銭的にも精神的にも男として生活するのが精一杯で。
そんな姿を見かねたヴィル先輩はこっそり私が女の子としていられる環境を用意してくれたのだ。
仕事先でもらった石鹸や化粧品を分けてくれたり、先輩が掲載されてる女性誌を見せてくれたり、美容関係の手ほどきをしてくれたり。今のヘアアレンジもその一環だ。
ありのままの自分でいられる時間はひどく満ち足りたものだった。あまり私は着飾る事に興味がなかったけど、先輩は私をどんどん綺麗にしてくれるから楽しくて。
先輩の丁寧な指導の甲斐あって、自分の容姿はこちらにきた時と比べて随分見れるようになったと我ながら思う。
何せ学園長が「う〜ん、今の君では男と言い通すのは無理がありそうですね」と男装を止めさせてくれたぐらいだ。
あと私が綺麗になったんだなと確信したのにはもう一つ理由があった。私は先輩に恋している。
あんなに優しくしてくれて、女の子として扱ってくれた人に惚れるなという方が無理だろう。
その頃から例の告白ラッシュが始まったのだ。恋は女を美しくする、という事なのだろう。
「ちゃんと断ったんでしょうね? 下手に期待させると後が面倒よ」
「先輩に憧れてるって言ったら『ヴィルの兄貴なら仕方ねえ』ってすぐに引いてくれましたよ」
「……アタシをダシに使うだなんて、なかなか強かになったわね、アンタ」
兄貴は止めろって言ってるのに、私の髪をいじりながらヴィル先輩はぼやく。
私にはわからなかったけど、先輩にはその名称で呼ばれる覚えがあったらしい。
なかなか際どい台詞を言ったつもりなのだけれど、先輩はいつも通りだ。それにやっぱり脈は、なさそうだなと悲しくなる。
本当は「ヴィル先輩が好きだから、貴方の気持ちには応えられない」と私は口にして。
てっきり馬鹿にされるかなとの予想は丸っきり外れ、獣人の彼は応援すると言ってくれた。だがあいにくそのエールは無駄になりそうだ。
私が腰掛けているスツールの前に鏡はない。
だから今、自分がどんな表情をしているのか、ヴィル先輩がどんな髪型にしてくれているのか、どちらもまったくわからない。
ただ優しく私の髪を編む先輩の手は泣きたくなるぐらい優しくて。いっそ乱暴に扱ってほしい。
でも先輩は絶対にそんな真似はしてくれないのだ。ヴィル先輩は自分も人も美しくする人だから。
私へ告白したのは『ヴィルの兄貴と一緒にいる監督生はすごく可愛かったから』と獣人の彼は言ってくれたけれど、今の自分は惨めな顔を晒さないように必死になっていることだろう。
「できたわよ」
見てみなさい、と三面鏡の前へ促される。
言われたままに鏡を覗き込んで、私はハッと息を呑んだ。目が見開く。
鏡に映る私は制服のヴィル先輩と同じ緩い編み込みのハーフアップで纏められていた。
ただ一目で分かる決定的な違いに混乱する。見えているのに認識が追いつかない。
髪と一緒に編み込まれた二色のリボン、薄い金色とアメジストのようなそれらはまるで先輩の。
「今回のワンちゃんみたいに聞き分けのいい相手ばかりじゃないわ。でもそれならよっぽどのおばかさんでもない限り問題ないでしょ」
はくはくと唇が空ぶるばかりの私へ背後の先輩が知らない声色でそう口にする。苛立ちに似たそれに思わず振り向いた。
「アンタって結構おばかさんよね」
そう、彼の言うとおり私は敏い方じゃない、そして先輩は才ある役者だ。
なのに先輩の瞳からは隠しきれない熱を感じて。
私を自分の色で染めたがる、その意味を私は理解していいのか。
縋るように先輩を一心に見つめる。
「……そんな顔向けられて、血迷わない方がどうかしてる」
さっき塗ってもらったばかりのグロスが先輩の体温にゆっくりと滲んでいった。
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