つらいとからいは同じかんじ
「じゃあ、先輩、後ろ向いててくださいね!」
「わかってる、わかってる。見ないから安心してくれ」
俺が背中を見せたのを確認したのだろう。ごそごそと彼女が俺の死角で物音を立てはじめる。
どうしてこんなことになったのか。飾り付けに集中している彼女はどうせ俺の様子になんて気付かない。そう踏んだ俺はスツールの上で大きくうなだれていた。
調理中はなんとか取り繕ったが、今の俺はきっと人を殺せそうな目つきをしているに違いない。
『好きな人にお菓子をプレゼントしたいんです。ただ、自信がないので先輩、手伝ってもらえませんか……?』
想いを寄せていた相手にそうねだられ、ふざけるなと内心苛立ちながら「わかった、何を作るつもりなんだ?」と、これまで通り優しい先輩としてふるまったのが三日ほど前。
そこから彼女と相談を重ね、フルーツクリームのカップケーキを作ることが決まった。
彼女としてはもっと簡単なものにするつもりだったらしい。だけど、渡すのと共に告白するのだと聞いた俺が「それならとっておきのレシピに挑戦してみないか?」と促したからだ。
設備がないと悩む彼女に、だったらうちの寮で作れば良いと説得して。本日こうして決行に移したわけだが。
が考えていたレシピならきっとオンボロ寮に招かれていたのだろう。その点は少し惜しいけども、それでも俺はレシピを変える必要があった。
『え、どうしてお菓子をプレゼントするのか、ですか……? その、前々から私の料理が食べたいって言われてたので……』
レシピを決める時にさりげなく彼女から聞き出した情報に、俺の判断は間違いじゃなかったと悟る。
は料理がうまいらしい。忘備録としてマジカメに上がる夕食は写真からでも旨そうなのが伝わってきたし、実際彼女の手料理を食べたエーデュース達は声を揃えておいしいと口にしていた。
だが俺は何度お願いしても『トレイ先輩みたいな料理上手な方にふるまえるような腕ではないので……』と断られ続けてる。
なのに例の男は彼女から手作りお菓子をもらえて、しかも可愛い恋人ができるのだ。そんなの心底羨ましいし、ムカつくに決まってるだろう。
相手の男について彼女は殆ど話してくれないが、おそらくうちの寮のやつだと思う。
というのも彼女が『これとチョコペンで彼のモチーフを刻むつもりなんです』と言って見せてきた焼きごてがハートマークだったからだ。
それからもう一つ。料理上手な彼女が尻込みするということは俺の作った菓子の味に慣れている奴じゃないだろうか。自慢じゃないが、洋菓子店の息子で。その上この寮で三年間、菓子作り担当を務めてきた自負がある。俺の菓子は日常的に味わっていれば、それなりに舌も肥えていることだろう。
スートがハートでとよく接している奴なんてエース以外浮ばないが、それなら俺を頼る必要はない。エースはもう彼女の手料理の味を知っているわけだし。
おっと、危ない危ない。あやうく忘れるところだった。味見は既に終わっていることもあり、彼女に気付かれないようユニーク魔法を解く。
ここからの逆転は難しいだろう。けれどまんまと負け犬に甘んじてやるつもりはない。
彼女の料理を対価もなく手伝ったのは決して親切心なんかじゃなかった。NRC生にそんな殊勝な奴がいるわけないじゃないか。まあカリムとかシルバーとかの例外はひとまずさておき、俺も結局はこの学園に染まったヴィランってことだ。
彼女に勧めたレシピはマシュマロを使って中に空洞を作り、そこへたっぷりフルーツクリームを流し込むというもので。そのクリームは俺が用意しておいた。
悪いが今朝、別件で用意したけど余ったから使ってくれないか?と言えば、彼女はあっさり了承してくれた。傷んでないことも味も彼女は自ら確認している。
俺が、味と香りをユニーク魔法で書き換えていたのは見破られなかった。
相手が獣人みたいに鼻が利く相手の可能性もある。あと単純にその方がダメージが大きいだろうと思い、香りについてはそのままだ。
だけども味は昨日、色んな意味で泣きながら作っただけあって、とんでもなく辛い。だって、そうだろう。あれの原料は果物じゃなくて、サムさんの店で買った東国のからしなんだから。
生クリームに混ぜ込んでもなお、その強烈な辛みは抑えきれなかった。リリアの料理と同じぐらいやばいぞ、あれは。
あれを食べた恋敵がどんな反応をするのかはわからない。もしかしたら彼女に幻滅するかもしれない。あわよくばフラれて落ち込む彼女を慰めてかっさらえれば最高だろう。
でもきっと彼女をよく知る相手なら、誰かに妨害されたのだと気付くに違いない。となれば、この学園の生徒は性格はアレでもエリート揃い。犯人が俺だとバレるのも時間の問題で。俺を悪く思うよう仕向けるだろうな。
こんなギャンブルじみたことは俺らしくない。でも、もはや、なりふりかまっていられなかった。何もせずに嘆くだけで終わるのはもうごめんだ。状況が悪化するとしても、その僅かな可能性にしがみついてやる。
「あの、トレイ先輩……」
「ん、どうした? もういいのか?」
「はい。完成したので見てもらっていいですか? これ、なんですけど」
そう言って彼女が差し出してきたカップケーキは。
「えっ」
三つのハートの焼印、ちょろっと尻尾のようなチョコペン。それは明らかに別のものを——三つ葉を表現していた。
「その、普通にクラブを三つ刻むと、どうしてもオシャレにほど遠いというか、森!みたいな感じになっちゃって」
「なので白詰草の葉っぱみたいな三つ葉にしてみたんです。この方が見た目がいいかなって」
「先輩が手伝ってくれたから、きっと味は文句なしだと思うので……その、先輩が好きって気持ちいっぱい、詰めたので」
トレイ先輩が好きです。緊張しているのか、若干ちぐはぐな文章を口にする彼女の顔はひどく真っ赤だ。
カップケーキを俺に差し出す手は震えていて。反応を見るのが怖いのだろう、はぎゅっと瞼を閉じている。俺を全身で好きだと表しているようなその姿はなんともいじらしくて可愛かった。目の前の天国に地獄が同居してなければ、もっと堪能したんだけどな。
この状況で彼女に気付かれないようユニーク魔法を使うのはまず無理だ。絶対にいらない誤解を生む。
ただそうじゃなくてもバレて揉めかねないが緩和する方法はある。嫉妬からだったと知れば、おそらくは悪感情は薄れる、はず。もうこうなったら覚悟を決めよう。自分が蒔いた種だ。自分が刈り取るしかない。
「どうせなら食べさせてくれないか? 恋人の手ずからとなれば、もっと美味しくなると思うんだよ」
引きつりそうな口角を必死に押さえ込みながら提案すれば、コクコクと彼女は何度も頷く。その動作もとびきり可愛い。手の中の爆弾がなければ最高だったんだけどな……。
彼女が食べさせやすいように屈む。唇に触れるカップケーキの感触、優しくて甘い香りに自分の嫌がらせの才能を初めて呪う。
五秒後にとは違う意味で真っ赤になっているだろう事を確信しながら、俺はカップケーキにかぶりついた。