夫婦ゲンカは犬も食わぬが魔獣なら食べてた
三日前から始めたおせち作りも、ようやくラストスパートである。
後は黒豆の仕上げと、昆布巻きに味含ませて、海老のうま煮を保存すれば終わりかな。鍋にかけた黒豆と昆布巻き、それから氷水につけてる海老の鍋が冷めるのを待つ。袋に入れてキッチンの隅に置いてある重箱セットはもう洗い終わっている。
本当は今日詰めれたらよかったんだけど、もう晩ご飯の時間だ。詰めるのは完全に冷めてからじゃないと傷みやすいからなあ。明日早起きして詰めるとしよう。
目を悪くした祖母に完全に見えなくなる前にうちの味を伝えたいと縋られ、高学年の時から作ってきたせいで、私的にはおせちを食べないとお正月が始まった気がしないのだ。
でもここは日本ではなくツイステッドワンダーランド。全く文化が違う、日本とは異なり何か特定の正月料理とかは存在していないようだった。
だが年越し蕎麦したいし、おせちが食べたい。だからホリデーに入る前にダメ元で重箱やら身欠きにしんがあるかサムさんに聞いてみたところ、まさかのインストックナウ。しかも具材は必要時期に届けることもできるとのこと。海老とか傷みやすいから、めちゃくちゃ助かる。
なのでクリスマスに引き続き、また故郷の形式でニューイヤー迎えてもいいかとスカリーくんに相談してOKをもらった。あと今回はグリムにも許可を取っている。
おせちを作るにあたって途中でつまみ食いをされては困るからだ。食べ物のことなので説得は難しいかと思いきや、むしろ「うまいもん食えるならかまわないんだゾ! あと食いもんのことでもうお前を怒らせるのはこりごりだ……」とすんなり聞き入れられた。
以前、料理の邪魔をしたことで私がブチギレたのが地味にトラウマになってるらしい。ごめんね。だが私も日本人なので食べ物に関してはバーサーカーなのである。
食事のことで唯一グリムに負けたのは黒い石の件ぐらいじゃないだろうか。黒い石は私にとっては食べ物じゃないのでたぶん"ガチ"になれなかったのかなと思う。なんにせよ黒い石食うな。
思い返しているうちに良い感じに時間が経っていた。
なので最後にちょっと味見した後、問題無さそうなのでそれぞれ容器に移して冷蔵庫へと保存する。
いやー嘆きの島ご一行様にオンボロ寮を破壊された時はどうなるかと思ったけど、おかげでコンロは増えたし、冷蔵庫も大きいの貰えたし結果的に良かったな。じゃなかったら、いつも通りの品数は揃えられなかっただろう。
「あの、さん。今、大丈夫でしょうか?」
「あ、スカリーくん。一通り終わったから大丈夫だよ。どうかした?」
ひょこっと廊下からスカリーくんが控えめに顔を出す。仕草可愛いな。
私の返事にキッチンの中へと彼が入ってくる。
「そろそろ夕食のご用意を始める頃かと思いまして、何か我輩にお手伝いできることはありますか?」
「ありがとう。今日はすぐできるメニューだから私達の箸とグリムのカトラリー並べててくれる?」
「わかりました」
布教の旅をしていた頃は殆ど自炊だったとのことで、スカリーくんはそれなりに料理ができる。
なのでいつもこうして手伝いに来てくれるのだ。おせちに関しても申し出てくれたのだが、教えながら作れる自信がなかったので断ってしまっただけれども。
ふと確認事項を思い出し、立ち去ろうとした彼に「スカリーくん、ちょっと待って」と声をかける。
「蕎麦って結構好みが分かれるんだけど、本当に蕎麦でよかった? 一応ラーメンも買ってきてるよ」
「はい、ぜひありのままの文化を楽しみたいので。蕎麦ってラーメンと同じものなんですか?」
「いや全く別物。ただラーメンって中華そばとも言うからギリセーフかなって」
蕎麦が苦手な親類はうどんとかラーメンで済ませていた。それでなくても蕎麦にアレルギーとかあったら食べられないだろうしなあ。
まあハロウィンを楽しみ、クリスマスを祝い、正月にはしゃぐ、お祝い事に関しては大らかすぎる国の神様なので、たぶん大目に見てくれるだろう。
「蕎麦は切れやすいから厄災とか悪縁を切り捨てて次の年に持ち込まないとか、細長い麺だから長寿を願うとか、年越し蕎麦には色々理由があるんだけどね。食事は楽しんでこそだから」
「お気遣いありがとうございます。でもそのお話を聞いていっそう蕎麦が食べたくなりました!」
「そっかぁ。じゃあお蕎麦に何乗せたいか教えて。具材は海老の天ぷら、ネギ、卵、モチ、かしわを用意してるよ。多くても二種類ぐらいにしておいた方がいいかな」
「さんとグリムさんはどの具材にされるのですか?」
「グリムはおなかが膨れるからモチがいいって。私は金運上昇繋がるらしいので卵にする」
「なるほど。もしやこれらの具材にも意味があるのですか? あと、かしわとは……?」
日本は何かと縁起物にしたがる傾向がある。ちょっとぐらいなら無茶なこじつけするんだよね。なので彼への返答に頷く。
というか、かしわって通じないんだ。そういえばこっちに来てから柏の木を見た覚えがない、あれ葉っぱ特徴的だからあったらすぐわかるはず。そう思いながら鶏肉のことだと説明した。
続けて私は具材の意味についても解説する。スカリーくんはこういった文化について知るのが好きみたいなので。なお全て祖母からの受け売りなので、彼氏を喜ばせる知識をとことん与えてくれた祖母にはいくら感謝しても足りない。元の世界に戻れたら祖母孝行するからね……!
海老は腰が曲がってることから長寿、ネギは一年の労を『ねぎ』らうというシャレ、卵は黄身を黄金に見立てて、モチは丸いことから角が立たず円満に過ごせる。
「かしわは柏って名前の木があるんだけど、それの枯れ葉と鶏の毛皮の色が似てるのが語源でね。柏の葉は落ちずに越冬して、新芽ができてから落ちることから、子孫繁栄」
「かしわにします!!」
この至近距離でのシャウトに思わず驚きからビクッと体が跳ねた。そんなに意気込まなくても。つい大声で叫んでしまうほど、かしわが食べたかったんだろうか。
ともあれ了解した後、私達は皆で仲良く蕎麦を啜って、カウントダウンにしゃれ込むのだった。
◇
「はい、お待たせしましたー! これがおせちだよ、一人一箱ね」
そして迎えた正月の朝。私は早起きして詰め込んだおせちを各々の前へ並べる。
故郷で使っていた物からすると随分小さなそれは一人用の重箱だ。せっかくのお正月ということもあり、奮発して一人一個買ってしまった。皆でつつく形だと回ってこない具材が(グリムが食べるの速いので)確実に出るからなぁ……。
だからといって正月から怒るのも嫌で悩んでいた私へこれを提供してきたサムさんは本当に商売上手だなと思う。
元の家じゃ置き場所に困っていただろうが、オンボロ寮には余ってる部屋がいっぱいあるので、使い終わったらまた来年まで休ませておけるので問題ない。
「色鮮やかで、どれも美味しそうですね……!」
「まるでごちそうでできた宝石箱なんだゾ!」
それに蓋を開けて目をキラキラさせているグリムとスカリーくんが大変可愛いので、やっぱり私のこだわりは間違っていなかったと確信した。
こんなに受けたなら、品数増やす為にも三日前から作り始めた甲斐があったな〜!
「じゃあ順番に説明するね。上から一段目は一の重と言って『祝い肴』と『口取り』に分類される具材を詰めてるよ。祝い肴って言うのは……」
グリムが早速食べ始める横で、スカリーくんに重箱の構成を解説する。
元々冷ましてるものだし、一人用にしておいたので焦る必要は無い。ゆっくりと、時折飛んでくる彼からの質問にも答えながら進めていく。
本来なら五段重にするところなのだが、今回購入したのは四段重だ。五段重は一番下を神様からの福が詰まるってことで空にしないといけない。でも一番下が空だったらグリムがガッカリするだろうな、と。
まあ今は時代が変わったから、何でもかんでも好きな物を詰めるスペースになってるらしいけど。一応様式美は守っておきたい。
「与の重はさっき説明した通り煮物コーナーだね。蓮根は穴が開いてることから『将来の見通しが立つ』で、筍はまっすぐ生える姿により『子供の健やかな成長』『立身出世』『家運向上』の意味があって……」
「つやつやふっくらした黒豆のすっきりとした上品な甘みがたまらないんだゾ〜! 皮までやわらかくて、ねっとりした舌触りの後に広がる豆の風味でいくらでも食えちまう!」
それぞれの具材の説明に移って、あと残り一段分にさしかかったところだった。
興奮しているのか、さっきよりも大きな声でグリムが褒め殺ししてくる。黒豆は特に自信作だ。なのでスカリーくんへの説明の途中だというのに、グリムの食レポについにやけてしまう。
スカリーくんはうっかり説明が途切れさせてしまったというのに、グリムの言葉に喜ぶ私を見てニコニコ微笑んでいる。うあー! スカリーくんの、こういうところが好きなんだよなあ〜〜!
大体の具材は今日で使い果たしたけども、そんなに気に入ってるなら黒豆はまだ残ってるので明日も出してあげよーっと。いつもなら黒豆って余って飽きるから、今回もアレンジすることになると思っていたが、この様子なら明日には全部食べ終わりそうだな。
「なるほど。一つの具材でも複数の意味が込められている物もあるのですね」
「うちの故郷、語呂合わせとか好きだし、ちょっとでも要素があると結びつけるところあるからね。この里芋もそんな感じ。丸い形が『家族円満』を表していて、あと一つの根に多くの子芋や孫芋が付くから『子孫繁栄』『子宝』の意味があるよ」
「……こだから」
「えーっと、これで全部説明できたかな。食べる順番とかは決まってないから好きなのから食べて大丈夫だよ」
どれもお気に召したようだけど、栗きんとんも同じようにテンションが上がっていたのでグリムは甘い系が好きなのかも。スカリーくんはどの具材を気に入ってくれるんだろう。
彼の手元をじっと眺めているとスカリーくんは里芋に箸を伸ばす。おっと意外なチョイス、なかなか渋いね。
「あっ」
スカリーくんはオンボロ寮に来てから私に合わせて箸を使っている。最初こそ苦戦していたけども、器用な彼はあっという間に使いこなしてた。
そんな彼でもさすがに里芋は荷が重かったらしい。狙った獲物をつるっと見事に掴み損ねている。もう一度挑戦した彼は滑らないようにと力を込めているがそれ逆効果なんだよな。
案の定、逃げてしまう里芋にスカリーくんは途方に暮れていた。刺すのはタブーだと私から聞いている為、めちゃくちゃ困った顔してる。まるであのハロウィンタウンで拘束された時みたいな表情だった。
「スカリーくん、ちょっとごめんね」
なので断りを入れて彼の重箱に箸を入れる。里芋はちょっとしたコツがいるのだ。
彼が掴もうとしていた里芋を仕切りの傍に移動させ、へりに軽く押し当てながらゆっくり挟んでもちあげる。
「はい、あーん」
「えっ、あ、あの、さん」
「スカリーくん、お口開けて?」
掴んだ里芋を差し出す私にスカリーくんは戸惑っていた。だが申し訳ないが、はっきり指示してこれの行動を促させてもらう。いや箸の達人みたいな素振りでなんとか持ち上げたが、実際はいつ箸から転げ落ちてもおかしくない状況だったのだ。
ここで落としたらあんまりにもダサすぎる。たぶんスカリーくんは見なかったフリしてくれるだろうけどさ! というわけで、このこなれムーブ、実は思いっきり私情である。
おずおずと唇を開いた彼の口内ですかさず里芋を放り込む。よし、ミッションコンプリート。まあまだ何個か残ってるんですけどね! 頑張れ私の箸持ち筋……なんだよ箸持ち筋って。
「おいしい?」
「はい……」
私の見栄が続くうちにさっさと終わらせそう。そう思って次の里芋を掴むタイミングを計る為、スカリーくんの様子を窺っていた私は気付く。
……なんかスカリーくん、顔赤くない? いや疑問符いらないわ。だって耳まで赤くなってるもん。
さすがにこの短時間で高熱が出たとは考えづらい。というか静かだけど、今のスカリーくん、ものすごくテンパってる時の顔してる。となるとめちゃくちゃ照れてる?
あーんは前にもしたけれど、ここまでの反応にはなってなかった。この表情を見たのは最近だとクリスマスの時だったよね。あの時はなんでだっけ……。思考を巡らせながら次の里芋を持ち上げる。
『本当はいっぱい欲しいです……』
クリスマスに暴走した彼の放ったあるセリフが頭をよぎる。
そして視界に移る里芋の意味を思い出した。
で、私はそれを私の手ずから彼の口へ運んでるわけで。
……もしかして、私、今めちゃくちゃ恥ずかしいことしてるのでは?
気付いてしまったら、もうさっきのような真似ができるはずがない。里芋を掴んだまま固まる私に、彼は目を細めて。
それからスカリーくんは私に対して見せつけるようにあーっと大きく口を開ける。絶対わかってやってるだろ、これ! やっぱ君NRC生だね、性格悪い!! さっきまでのマジ照れしてた可愛い君を返して!!!
目で早くと促す彼のセクハラに、私は意地を張って里芋を掴んだまま動かない。戻すのは品が無い、落とすのは恥ずかしい。でも根負けして彼に食べさせるのは嫌。だからといって私が食べても意味深すぎる。負け試合じゃないか、こんなの。ここからの勝ち筋はございませんか!!?
働かない頭に縋ったところで良い答えが見つかるはずもなく、となれば現状の私が取れる最適解は硬直だけで。そんな私にスカリーくんは視線でプレッシャーをかけてくる。
そんな感じで無言の争いを繰り広げる私達を『何やってんだこいつら……』と呆れた目で見ながら、グリムは自分の重箱の最後の里芋にフォークを刺して口に運んでいたのだった。
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