最後のページは君と、私と、

 夜もとっぷり更けた頃、私はグリムのいびきが響く中、古いスタンドの頼りない明かりの下で一心不乱に針を動かしていた。
 明日までに用意しなきゃいけないのに。明日っていうか、もう今日か。作業を始めてから時計は見てないのでわからない。見たら疲れがドッときそうだし、今は一分一秒が惜しいので。
 編んで、測ってを無心で繰り返す。かなり余裕を持って計画したんだけどなあ。元々時間がかかるものだが、色々トラブル続きでこの通りギリギリを攻めることになってしまった。
 でも多少無理してでも恋人の喜ぶ顔が見たい! その心で手をひたすら動かし続ける。

「よし、できた!!」

 一月以上の集大成に思わず大きな声をあげてしまったが、全く起きる様子のないグリムに胸をなで下ろす。グリムが眠りが深いタイプでよかった。
 なんとかできあがったそれを広げて出来映えを確認する。ほつれなし、編目も間違えてないし、肌触りも大丈夫そう、伸縮性も問題ないよね。そして柄に関してもだいぶデフォルメしてしまったが、ちゃんと彼だとわかるはず。うん、完璧。
 いやー黒色で編むのはやっぱり編目が凝視しないと見えないからきっついな。ゲージで常に測ってなかったら酷い有様だっただろう。もう濃い毛色はこりごりだ。
 なんとなく視界に入った時計が示す深夜帯にゲッと可愛くない声が出る。そして現実を目にしてアドレナリンが切れたのか、一気に疲労感が襲ってくる。
 連日夜なべの編み物によって目はしょぼしょぼするし、肩はごりごり。いくら私が十代だと言っても限界がある。
 本番は明日の夜だからラッピングは朝にして、今日はもう寝よう。目薬を差して布団に戻り込む。そして寝るというか気絶の勢いで、横になって早々私は夢の中へと浸かり始めた。

 ことの始まりは十一月の半ば、ウインターホリデーについてスカリーくんと話したのがきっかけだった。
 スカリーくんはホリデーの間どうするのか確認したところ、彼は私達と一緒にオンボロ寮に残ると。それによりホリデー中の予定を話し合った中で、私が「まさか恋人と過ごすクリスマスが来るなんてな〜」と伝えたところ、スカリーくんに首を傾げられたのである。
 そう、この世界にはクリスマスの概念がない。なのでざっくり元の世界のこんな感じの行事だと説明したところ、スカリーくんの方から気持ち程度でも再現してみようという提案をされたのだ。
 さんにとってご家族やご友人との思い出の詰まったイベントなのだからと。あといざとなったら我輩が普及させるので体験しておきたいですとの事だった。さすが身一つでハロウィン王に成り上がった男、バイタリティがすごい。
 ともあれ私の思い出を大切にしてくれる彼の優しさに甘えた結果、24日はグリムやゴーストさん達とパーティを開いて、その後でこっそり二人でプレゼント交換をしようという話になったのだ。

 いつもはエーデュースや友人達を中心に、わさわさと人が集まるゲストルームだけれどホリデー中は利用されない。皆帰省してるからね。
 なのでどうせならゲストルームの1階丸ごとクリスマスパーティの会場に使うことにして。
 学園長に交渉して送ってもらったごちそうや、カツアg……生徒達からもらった素材で作った飾り付けをふんだんに使って行われたパーティはとても賑やかで盛り上がった。
 プレゼント交換は二人だけですることにしたけども、グリムやゴーストさん達にもプレゼントを渡すことは決めて。
 グリムには私から防水毛糸を使った手袋と靴下というか足カバー(肉球が寒い!!と叫んでいたので)を、スカリーくんからはロケットペンダント付のリボンを贈った。
 ゴーストさん達は何が欲しいかわからず聞いてみたところ、私がクリスマスの話をして、スカリーくんはハロウィン王になるまでの軌跡を話すことに。
 そうやって楽しく笑い合ったまま、パーティの時間は過ぎていって。

「……楽しい時間はあっという間だね」
「ええ。ですが残しておけば、いつでも楽しかった記憶は蘇らせることはできるので」

 後片付けが終わり、元の素朴な雰囲気に戻ったゲストルームに、もの寂しさを感じる私へスカリーくんがポラロイドカメラを手に微笑む。
 スカリーくんはオンボロ寮に住むようになってから、撮影やメモに記録する姿をよく見るようになった。そういえば、さっきのパーティでもたくさん写真撮ってたなあ。後でお願いして見せてもらおう。
 グリムやゴーストさん達は部屋に戻って今は二人きり。なので、うまいこと飾り付けの家具の裏に隠しておいた、互いに渡すためのプレゼントを取り出す。ひとまずスカリーくんには彼が用意した方を渡して。

「よし、じゃあプレゼント交換をします! スカリーくん、メリークリスマス!」
「ありがとうございます。さん、メリークリスマス」

 お決まりの祝辞を言い終えたところで、お互いのプレゼントを交換する。彼から渡された真四角のそれはなかなかの重さだ。でもなんとなく覚えがあるな、この感じ。

「あの、さん、頂いたプレゼントですが、早速開いてもよろしいでしょうか?」
「うん。採寸させてもらったから中身はわかると思うけど、それでもびっくりさせる自信あるからね。ぜひ反応が見たい」
「それはそれは、ワクワクしますね」

 購買が開いてたならサムさんにラッピングしてもらったのだが、できあがったのが今朝だったので自分でするしかなかった。一応プレゼントらしくはなったと思うけど、やっぱ素人感は拭えない気がする。
 それでも彼は丁寧にラッピングをほどいていく。そして中身を目にした瞬間、大きく瞳を見開き体を震わせ始めた。

「こ、これは……ジャック様にゼロ様?!」
「そうそう。ジャックさんだけだと寂しいからね」

 私がスカリーくんに贈ったのはセーターだった。黒地に黄色の丸い月、そして更にその中にジャックさんの顔とゼロが乗ってるデザインにしてみたのだが、予想以上の反応が返ってきてホクホクしてる。
 顔だけジャックさんだと寂しいから、本当は一緒にサリーさんを乗せたかったが、彼女のデザインは複雑すぎて無理だなと。ジャックさんの全身も同じ理由で断念した。ともあれイイ感じに仕上がったから問題ないだろう。

「あの、もしやこちら、さんの手作りなのですか……?」
「うん。あ、ちょっと念のためサイズ確認しておきたいから、一回着てもらってもいい?」
「はい! 少々お待ちくださいませ!」

 勢いよくジャケットを脱ぐとスカリーくんはさっきの豪快さから一変して、おそるおそるといった様子でセーターを被る。手製とはいえ、さすがにそんなやわじゃないんだけどなあ。
 セーターを身に付け終えた彼を観察する。うん、窮屈そうな感じはないし、かといってサイズオーバーもしてなさそう。思っていたサイズ感ぴったりに仕上げられたことに安心から息を吐く。

「こんなにも心のこもった素敵な贈り物、ああ、この喜びと感謝をどうすればお伝えできるのか……!」
「おうおう、伝わってる伝わってる。だからいくらほっぺとはいえ、連続でちゅーするのはやめよう。私の心臓に悪い」

 手はプレゼントを持っているからだろう。感極まったスカリーくんが、むちゅむちゅとほっぺに何度もキスしてくるのを言葉で遮る。それでもしばらく続けられたが、彼からもらったプレゼントでスカリーくんを押しのけて強制終了。そんな物足りなさそうな顔してもだめです。

「着心地も大丈夫そう?」
「はい! とても温かいですし、程よい重みがあって体に馴染みますね。毎日身に付けます……! 例え夏が訪れても……!」
「さすがにそれは死ぬからやめよう。嬉しいって気持ちは充分すぎるぐらい伝わってるから」

 暴走し始めた彼にツッコミを入れる。残念そうな顔してもダメだってば。
 冗談だと思いたいけど、どうにもジョークに聞こえないんだよなあ……。いざとなったらサマーセータ—編んでごまかそう。ただ喜んでくれる顔は想像できるのに、ごまかせる気がしないのは何故。
 ひとまず藪蛇な気がするから、これ以上追求するのもこの件に触れるのも止めておこう。

「私もスカリーくんのプレゼント見せてもらっていいかな?」
「あっ、はい! さんは既に別のものをお持ちでいらっしゃるかもしれませんが……」

 さくっと話題を変えて、パリパリと破かないように包装をめくっていく。この瞬間はワクワクするのと同じくらい緊張する。一人きりだったらもうゴリラのように破るぐらいのパワーで開けるけど、さすがに彼の目の前でそれを実行できるほど女を捨ててない。
 おしゃれなラッピングを何とか剥がし終えて、そうして、出てきたのは。

「……アルバム?」
「はい。どうぞ、中もご覧下さいませ」

 表紙をめくると、まずはハロウィンタウンで過ごした、あの三日間がスケッチと共に現れる。
 あの日々は写真に収められなかった。だからイラストで表現しているのだろうけども、鮮明に思い出せるほど細やかな記述に感動を覚える。
 ハロウィンタウンのまとめの次はオンボロ寮に来てからの出来事が、写真と一緒にこれまた綿密に記載されていた。
 普段からいっぱい写真を撮っていたのは知ってたけど、こんなとこまで網羅していたのか。そう思うと同時に、頭の片隅に行ってたはずのそのさりげない日常もはっきりと脳内に蘇った。
 スカリーくんが埋めてくれているページは多いが、途中で終わっている。見るからに上質なアルバムはかなり分厚くページ数もかなりのものだからそうなるだろう。空きページを見るにこれ何年どころか十年ぐらい使えそうなタイプだよなあ……。プレゼント用ならもっと少ないのも売ってると思うんだけど。
 そうやって私が不思議そうにしていたからだろう。スカリーくんが少しお話してもよろしいですか?と尋ねてくる。頷くと静かに彼は語り始めた。

「先程ゴーストさん達にもお話しましたが、ハロウィンの布教は険しい道のりでした。最終的には協賛者が現れましたが、軌道に乗るまでは無力感と孤独に幾度となく押しつぶされそうになりました」

 怪しい思想家と思われて警戒されたり、盗賊に襲われたり、ある程度名が通り始めたところで新聞社に悪意のある記事を書かれたり。行く先々でトラブルが絶えなかったと。
 他にもスカリーくんは色々語ってくれたけれど、本当はまだまだ話し切れないほどの苦労を重ねてきたんだろう。

「ですが、くじけそうになるたび、皆様と過ごしたハロウィンの記憶が心を温かく灯してくださいました。きっとあの思い出がある限り、我輩は千年の暗路とて一人歩み続けたことでしょう」

 彼の発言を大げさだとは感じなかった。スカリーくんがあの日々を本当に大切にしているのを知っていたから。そして何の迷いもなく言い切れる彼だからこそ、世界中にハロウィンを広めるという偉業を成し遂げられたのだと思うのだ。

「ですので、我輩にとって思い出とはかけがえのないものなのです。インタビューにて語った皆様との思い出を妄想扱いで侮辱した新聞社を、営業時間中に社屋丸ごとカボチャにするぐらいには」
「さっきぼかしたと思ったら、めちゃくちゃやってるね?! 社屋ごとって、それ、中で働いてた人は」
「さあ? カボチャの種にでもなっていたのではないでしょうか。その社屋ですが当時かなり注目を浴びたようですので、目立ってこその業種的に美味しい体験ができたかと」

 カボチャだけにってか、やかましいわ。
 それだけスカリーくんからするとブチギレ案件だったんだろうけどさあ。気付いたらカボチャの種になってるとか、意味わからなすぎて発狂するだろ、そんなの。本当にあった怖い話やめよ、ハロウィンじゃないんだぞ。
 どんなに紳士の面してても、そういえばNRC生だったね、君。
 というかスカリーくんのユニーク魔法の対象、生物だけじゃなかったっけ……? ゴーストさん達に「ハロウィン王の魔法味わってみたい!」ってねだられてかけてたから、幽霊にも効くのは知ってたけど。
 たぶん使っていくうちに無機物も対象にできるように進化したんだろうな、当時の治安なかなかに悪かったみたいだし。

「それで、このアルバムを選んだ理由なのですが」
「あ、うん」
「このアルバムを埋め尽くすぐらい、さんとたくさんの思い出を築いていきたいのです。ですので、この先のページは我輩と一緒に埋めていっていただけませんか」

 彼の言葉を反芻して、パチパチと瞬きする。私の返事を待つスカリーくんは縋るような目をしていた。だがすぐには口にできなかった、びっくりしすぎて。
 うん、でもやっと落ち着いた。よし。

「スカリーくん、それってプロポーズ?」
「へあっ?!」
「だってこのアルバム、どう考えても数年で埋まるようなものじゃないし。だったら卒業してからもずっと一緒にいるしかないなーって思ったんだけど」
「あ、え、いや、あの、その、た、確かにその通りなのですが……!」
「なんなら最後のページぐらいには子供の写真飾れそうだね」
「こどっ」

 あ、フリーズした。うーん、ちょっとからかいすぎたか。
 本当は私とてわかってる、スカリーくん的にはそんなつもりがないことくらい。これだけ動揺してるの見たらそりゃあね。
 でも最初はそうなのかなって期待した気持ちがあったのも事実だ。まあ彼にそんなつもりなくても、アルバム埋めるまで一緒にいたいとの言質は取れたから、最終的にそういう形に持ち込めば私の勝ちだろう。
 固まったままのスカリーくんの顔だが、すっかり真っ赤になっている。この調子じゃ復活するまでもうちょっと時間かかりそうだな。
 ここらへんでお開きにするかと「素敵なプレゼントありがとう、これからが楽しみだよ」と口にしようとした時だった。

「わ、我輩は」
「うん? どうしたの?」
「男の子と女の子、一人ずつ欲しいです……」
「うん、まだテンパってるね」
「本当はいっぱい欲しいです……」
「スカリーくん、わかったから落ち着こうか。また後で頭抱えることになるよ」

 スカリーくんの暴走する癖は今に始まったことではない。毎回とんでもないことを言い出しては後で悶える羽目になってる。
 なので止めにかかるが、今回も私の努力も空しく、完全にハイになったスカリーくんは「さん我輩のお嫁さんになってください、死んでも一緒にいましょう!!!」と聖夜プロポーズを決めたし、私はOKしたし、彼はやっぱり激しく悶絶することになるのだった。

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