運命ですので
は小学生の時からの親友だった。
大人しそうな顔に対して、アイツはわりと気が強くて、負けず嫌いで、ノリがよくて、良い意味で女の子らしくない奴で。
だから女だと特に意識することなく、ずっと普通の友達らしく馬鹿騒ぎをしてきた。周りの奴らも同じような感じだったと思う。
それが変わり始めたのは中学へ進級する少し前くらいだった。
は性格こそ相変わらずだったが、体つきがどんどん女らしくなって。ふとした仕草にも"女の子"を感じられるようになった。それでも俺にとっては親友に変わりない。だからこれまでと同じように付き合っていくはずだった。
でも周りの奴らのへの態度はあからさまに変わった。にちょっかいをかけるようになった。
男連中とつるんでる時に出てくるエロい話には必ずといっていいほど、のことが話題になる。そんな話を聞いてるうちに俺もちょっとずつ、のことを意識するようになって。
でもは良くも悪くも変わらない。俺のことを友達としか見てないし、周りの奴らのちょっかいに「嫌だからやめて」と軽く受け流してるだけ。
エロいことは別に平気なんだろう。一緒に見に行ったホラー映画で過激なラブシーンがあっても「派手に死んだね〜」ってケラケラ笑うだけ。俺はこんなに悶々してるのに、その脳天気さがムカついた。だから、つい、アイツもちょっとは悩めばいいんだって。
『おっぱい見せてよ、俺達友達なんだからいいだろ』
——ちょっとした冗談のつもりだった。でも、全く期待がなかったわけじゃない。は優しいし、俺は一番の友達だし。だから、もしかしたらって。
だけど、俺の言葉を聞いた彼女は今にも泣き出しそうな顔を見せて。その表情を見たのは後にも先にもその一度だけだった。
『……ああ、なんだ。君もそういう奴だったんだ』
すぐさま表情を取り繕ったは投げやりにそう呟いて。
彼女はそれから俺のことを徹底的にいないものとして扱った。何度謝ったって聞き入れられない。ただのジョークになにそんな本気で怒ってんだよ。意味わかんねえ。
ちょっと距離を置いたら頭を冷やしてくれるかと思ったけど何も変わらない。今までのように話すことも、笑いかけてくることもない。どうやっても相手されない。
いつまでも許してくれないことがだんだん腹立たしくなってきて、そのうち俺は他の奴に混じって同じようにからかうようになった。それでもアイツは何も反応しない。どうせ無視されることに変わりない、だから彼女へのからかいはどんどんエスカレートしていった。
でも結局、は最期まで俺を見てくれることはなかった。
◇
『ああ、クソッ。どこなんだよ、ここ……』
直前の記憶はトラックが突っ込んできたところで終わってる。あそこの道、滅多に車通らないくせに、なんで俺が信号見てなかった時に限ってくるんだよ。
最悪なことに俺は死んでしまったらしい。足らしきものは途中でぼんやりと切れていて、しかも全身が透けている。加えてさっきの記憶からして間違いないだろう。
俺が目覚めたのは天国ではなく見知らぬ場所だった。周囲はネット小説に出てくるような中世ファンタジーの町並みで、あとありとあらゆる場所にカボチャや蜘蛛の巣、コウモリなんかが飾られてる。
どうやらちょうどハロウィンの時期らしい。明らかに日本人ではない行き交う奴らは大人も子供も仮装している。人がこんなにも悩んでるっていうのに、どいつも呑気に楽しそうにしやがって。
ワンチャン死んだんじゃなくて異世界転移の可能性を考えたが、明らかに困った様子の俺に誰も声をかけないところからして、俺の姿は誰にも見えていないらしい。ぶつかっても反応しないしな。
ただおそらく同じ幽霊と思われる、白くブクブクしている気の抜けた顔の奴らには見えている。だが何故か俺の見た瞬間、どの幽霊も一目散に逃げやがるのだ。俺が何をしたっていうんだよ。
憂鬱な気分とは裏腹に笑顔を浮かべる連中、きゃはきゃはうるさい子供の声、全部全部うっとおしい。少しでもマシになるようにと、その場を離れ、路地を通り(ショートカットできりゃ楽だが家の中は入れなかった、めんどくせえ)町外れに出た時だった。
『え……? ……?』
中学を卒業して以来、会うことのなかった親友がそこにいた。
彼女はゲームとかでよく見る魔女のような仮装をしていて、食べ物の詰まったバスケットを手に街灯の下を歩いている。走馬灯で見た時よりも成長しているが間違いない。
急いで近寄って彼女の肩を掴もうと腕を伸ばす。
『い゛ッ!!』
彼女の体に触れる前に、バチンッと強い電流のような痛みと共に伸ばした手が弾かれる。なんだよ、くそっ! すぐ傍でひどい大声を出したはずなのには全く反応を示さない。
『おい、ッ! 俺だよ、俺! なあ! こっち向けよ!!』
触れるのは諦めて近くで叫ぶ。だがは俺の存在に気付いていない。ああ、そうだ、こいつ霊感まったくないんだった!
……それって逆に考えれば何したってわからないってことだよな? こんな若いうちに死んじまったんだ、ちょっとくらい役得あったっていいだろ。
あの頃よりもエロくなった体つきをじっくり眺める。もっと露出が多かったり、体のラインが出る格好なら尚更よかったのに。触れないのが本当に残念だ。
見るだけじゃもったいないよな。人目を気にする必要はないことだし、に向かってかつてのようにエロい言葉を投げかける。やっぱりからのアクションはない。
にイタズラしているうちに興奮してきた俺はある名案を思いつく。触るのは無理でも見抜きとか、ぶっかけならできるんじゃね?
ナイスアイデア!と早速試そうと自身の下半身に手を伸ばす。だがその前にが家に辿り着いて、中に入って行ってしまった。ドアが開いてれば一緒に入れるかと思ったが弾かれてしまった。あともうちょっとだったのに!
なんとかして入れないか、ドアの前をしばらくうろついた後、玄関以外も探ってみるべく家の周囲を回ってみる。
「もし……ねえもし、貴方、そこの彷徨われるお方」
庭に入ったところで背後から話しかけられ、思わず振り向く。振り向いた先には白髪頭のやたらデカい男が立っていた。もう夕方だというのにサングラスを身に付けていて目元は見えないが、口元は微笑んでいるように見える。
はっきり言って怪しい事この上ないが男は俺の姿が見えている。だったらこの男を利用するしかない。
『アンタ、俺の声聞こえてるか?』
「ええ、聞こえておりますとも。何かお困りのご様子ですが……」
『俺この家に入りたいんだよ、ここに住んでるって奴に用があって』
「なるほど。ちなみにさんとはどのようなご関係か、お伺しても?」
『ガキの時からの親友だよ! わかったなら早く……』
「10月31日(スケアリーナイト)」
ガクン、と突如目線が下がる。何が起こった? わからない、身動きが取れない。
「ああ、よかった。ゴーストには通じるか、不安だったのですが物は試しですね……普通の魔法もいけそうだな」
『おいアンタ、俺にいったい何をして』
「お望み通りご招待いたしましょう、オバケカボチャさん。我輩の屋敷へと」
そう言って男は屈んで俺の額に指を当て呪文を唱える。男の言葉の違和感を覚えると同時、耐えがたい眠気が襲ってきた。
「どうぞ、良い悪夢を」
◇
話し声に徐々に意識が浮上する。
暗く冷たい場所に俺は転がされていた。見えるのは僅かに開いている隙間からの光景だけ。
相変わらず身動きは取れないが、なんとか目を凝らして見えた大きなソファにはとあの男が並んで腰掛けていた。
『おい、これどういうことだよ!』
「スカリーくんが作ってくれた今日のご飯、すごい美味しかったな〜」
「さんのお口にあったようで何よりです。さんのお母様から頂いた野菜と、ちょうど取れたての夕時草がありましたので……」
『聞こえてんだろ、無視するんじゃねえ!!』
はまだしも、俺の張り上げた声が届いているはずの男もこちらに一切反応を示さない。
俺が必死で叫ぶすぐそばで、どうでもいい会話を呑気に二人は続けている。あいつら、どういう関係なんだ。よく見ると二人が着ているパジャマは色違いだが同じもので。
嫌だ、嫌だ、考えたくない。だって、そんな男より俺の方が、先に、を。
ああ、そうさ。俺はずっとが好きだった。死ぬ間際にまっさきに思い出すぐらいには。
同じ高校に行って、そこでやり直そうと思ってたのに、アイツは偏差値のめちゃくちゃ高い、それも全寮制の女子校に進路を決めていて。
それでも諦めきれずにのおばちゃんに取り次いでもらおうとしたら「二度とうちの娘に近づくな」って怖い顔で門前払い食らった。昔はあんなに優しくしてくれたのに。
高校を卒業してもアイツには会えなかった。の家には近づけない。のおじさんが殺されるんじゃないかって勢いで睨んでくるから。俺が何をしたっていうんだよ。
風の噂で知った限り、アイツは高校の時にどこか遠い国に留学して、そのまま移住したのだと。
そう聞いても俺はアイツを忘れられなかった。だってわかってなかっただけで、俺は子供の時からずっとが好きだったんだから。
「え、あの、さん?」
「……いや?」
「いえ、少し驚いただけで、嬉しいです」
「うーん、スカリーくんってばすっかり慣れちゃったね。最初の頃はもっと」
「あ゛ぁー! あ゛ぁー! その件につきましてはご容赦頂きたく……!」
から男の方に抱きつく。男に対して信頼しきった顔でじゃれつき甘える姿、こんなを俺は知らない。
ガキの頃ならともかく、お前そんな風に誰にでもスキンシップ取るようなタイプじゃなかっただろ。俺だって成長してからはされたことないのにやっぱお前、噂通りのビッチなんじゃねーか。クソクソッ!
まるで目玉が固定されているかのよう、目を閉じたいのに閉じられない。見たくないのに目がそらせない。
「……どうしてかはわかんないんだけど、帰ってきた時に急に嫌なこと思い出しちゃって。全部スカリーくんが聞いてくれたから、もう大丈夫だと思ってたのにな。ちょっと憂鬱なんだ」
「そうだったんですね……」
「仮装してたからお店でハロウィン割してもらったり、もっと良いこともあったのに。ごめんね、しばらくこうさせて……」
「ええ、ええ、もちろんです」
俺の知るアイツはいつだって元気で、こんなしおらしく誰かに甘えたりしなかった。ずっと親友だった俺も例外じゃない。
嘘だ、嘘だって言えよ。お前はこんな普通の女の子みたいなこと、誰にもしないだろ! お前はそんな顔、俺には一度もしなかったじゃないか!!
俺の声は届かない。俺の願いを、想いを、踏みにじるようにの方から男へキスをする。何度もくり返すに、男が深く口付けて。
二人の唇が離れた時、俺は泣いていた。泣いてるはずなのに涙の感触はしない。だけどえずくほどに泣き叫ぶ。やめろ、やめてくれ。もう見たくない。
「……スカリーくんのおっきくなってるね」
「すみません、すみません! こんな状況なのに、我輩は」
「スカリーくんのえっち」
男を叱るのそれは聞いたことのない甘ったるい声だった。なあ、お前、なんでそんな嬉しそうな顔してんだよ。俺が同じようなことした時は無視したくせに。
クスクス笑いながら男の手を取って、は自分の胸に導く。触れて間もなく男はにキスしながら、そのやわらかさを堪能し始める。俺がどんなに頼んでも見せてもくれなかった胸は男の大きな手の動きに合わせて形を変えていた。
慣れた手つきには安心しきったように身を任せている。それは二人の行為が何度もくり返されてきたであろうことを物語っていた。
二人分の唾液が彼女の口の端から溢れる。は頬を赤く染めて潤んだ目で男を見ていた。そのだらしなく緩んだ表情は俺の知ってるじゃない。
息がうまく吸えない。胃の中の物を全部吐きだしそうなぐらい気持ち悪いのに、実際にこぼれるのは荒い呼吸だけだった。
「スカリーくん、私のおっぱい好きだね」
「その、好きです。他ならぬさんのお体ですから」
「うん。知ってる、スカリーくんは私のこと全部好きになってくれたんだって。そんな優しいスカリーくんにお願いなんだけど、もうちょっとしたらこの子にわけてあげてね」
「へ……?」
『は?』
さっきのいやらしい顔から一転して、のおばちゃんに良く似た優しい笑みをアイツは浮かべている。さっきまで男に縋っていた手で、は自分のおなかを押さえて。
男の目が見開かれる。両手で覆われた男の血の気のない頬がだんだん赤くなっていった。その歓喜に満ちた表情が指し示す意味を理解したくない。
感極まった様子の男がを抱きしめる。そして当たり前のように男の背中にの腕が回る。
「さん、ありがとうございます……! 我輩、この子が誇りに思うような父親になれるよう努めます……!」
「うん。私も良いお母さんになれるよう頑張るね。ただ少し、不安なの。もしこの子が女の子で、私に似たら、それで私みたいに苦しい思いさせちゃうんじゃないかって」
「その時は我輩達が支えましょう。かつてさんが、ご両親にしていただいたように。何があっても味方であり続けましょう。愛しい我が子に手出しする方は全員カボチャにしてやります」
「うーん、過激派。でもその通りだよなあ……。まあ今から悩んでもしょうがないか。もしかしたら私にとってのスカリーくんみたいに、運命の人が現れるかもしれないし」
「……運命の人」
「あっ……えっと、その、あの、私、そういうの、ガラじゃないってわかってるけど、本当は好きなの。運命の相手とか、そういうロマンチックなの」
言葉に詰まるなんてアイツらしくない。さっきから知る初めては全て男が引き出しているものなのだと、覗き見という状況が突き付けてくる。
発言を終えて、今度はが赤くなる。お前、照れることなんてあるのかよ。そんな可愛い顔、するのかよ。
照れた時にアイツは耳に髪をかける仕草をするらしい。初めて知った、男は知っているのだろうか。
「ええ、はい、存じておりますが……」
「えっ?! なんで?!」
「さん、ホラー映画と同じぐらいロマンス映画を楽しんでいらっしゃいますし、恋愛小説を読んでいらっしゃる時は目が輝いていらっしゃるので。特に山場と思われるシーンは食い入るようにご覧になられていますよ」
「そっか、知ってたんだ。スカリーくんって本当に私のこと見てるんだね……でも、似合わない、よね」
「可愛らしいなあと思います。それに我輩もさんは間違いなく運命のお方だと信じておりますので、さんも同じ気持ちでいてくださって嬉しいです」
「スカリーくん……」
「愛しております、さん。我輩の運命、魂の片割れ、貴方と結ばれて我輩は本当に幸せです」
臭いセリフを恥ずかしげもなく口にする、そんなキザ野郎のどこがいいんだよ。
俺の方が、ずっと前から、お前のことが好きなのに。俺を見ろよ、なあ!
「私も愛してるよ、スカリーくん。私の愛しの旦那様」
俺に気付きもしない彼女はただただ幸せそうに、夫となった男だけを見つめていた。
◇
おやすみと言葉を交わしが部屋を出て行った後、少しやることがあると告げていた男が戻ってきた。
扉を開けた男は無言で俺を袋へと詰め込む。色々謎はあったが、もう何も考えたくなかった。
『ヒッ、冷てえ!』
しばらく移動した後、袋から取り出された俺は雑に地面へと放り投げられた。
なんとなく見覚えのあるここはさっき通ってきた裏路地だった。日当たりが悪いからだろう、まだ残っていたらしい水たまりにちょうどはまってしまい体が濡れた。
『は? なんだよ、これ……』
水たまりに映った俺のいる場所にはありとあらゆる箇所がぐずぐずに崩れ落ちた、顔らしきものが彫られたカボチャがあった。ところどころ先程濡れたのとは違う液体がこぼれている。なんとも気味が悪い。
何が何だか、全くわからない。得体の知れない恐怖に喚く俺の頭に上から衝撃が与えられる。
「ああ、うるさい、うるさいな」
上から振ってくる声、ぐっとめり込むヒール。男に踏みつけられているのだと理解するが、俺は何もできない。
少し静かにしていただけますか? お話したいので。口調こそやわらかいがその声は冷え切っている。拒否権は与えられていないのだろう。男は俺の返答を聞く前に語り出す。
「さんは我輩と結ばれてから、自身に向けられてきた悪意について、少しずつ話してくださるようになりました。そうすることでさんの心が楽になるならばとお付き合いいたしましたが、耳を塞ぎたくなるような話ばかりでした。どうして彼女がそのような目に合わねばならなかったのでしょうね」
「一番傷ついた瞬間についてお伺した時には思わず涙が止まりませんでした。どれほどお辛い気持ちになられたのか、想像しただけで胸が張り裂けそうです。周囲の人間が一切信じられなくなった中、唯一信頼していた親友に裏切られるなど」
「その元親友殿はたいへん愚かな方だったようですね。さんが抵抗しないことをいいことに、更に聞くに堪えない下卑た暴言を浴びせたとか……ええ、存じておりますとも。先程、我輩が庭で収穫していたさい、実践していらっしゃったので」
男が言葉を句切る度、踏みつける足に力が入っていく。
痛い、やめてくれ、必死に叫ぶが「でも、貴方はお止めにならなかったのですよね」と一蹴された。何の話だよ、意味がわからない、どうして俺がこんな目に。
「……我輩、とても狭量なのですよ。例え心の傷という形だろうと他の男が彼女の中にあるのが、ずっと厭わしかった。今はもう癒えたといえど、さんに消えないかもしれない傷を残したお前が許せない。一生許さない」
ぐ、ぐ、とついに爪先が頭に食い込む。これ以上はいけない、これより強い力を与えられたら、きっと俺は。
なりふりかまわず泣き叫んで命乞いをする。それを男は鼻で笑うだけ。もういいだろう! もう酷いことしないでくれ! なんでこんなことするんだよ!! 俺、アンタに何もしてないだろ!
「ねえ、オバケカボチャさん。ハロウィンを終えたオバケカボチャはどのような運命を辿るのか、ご存じですか?」
『やめろ、やめてくれ、割れちまう!!』
「ええそうです、正解です。どうぞ惨めに泣き叫んでくださいませ」
男が長い足を振り上げる姿がスローモーションに映る。男の言葉のせいか、同時に頭の中での泣きそうな顔がフラッシュバックした。
「これこそが貴方の運命ですので」
ぐしゃり、再び自分が潰れる音が響く。運命が終わる瞬間は何度聞いても嫌な音だった。
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