お似合いだって負け惜しめ

「……また渡されたのか」

 放課後の中庭は映画研究会が使用する日以外は人気が少ない。古びたベンチがぽつんと一つあるぐらいで他に目立ったものはなく、人目を避けるにはもってこいの場所だ。
 だからわざわざそこで人のいない時を狙って目を通していたのだが、よりにもよって出くわさないようにしていた本人に見つかってしまった。
 今は正面に回っているが、かけられた声は後ろから。なのでセベクは間違いなく、私の手の中に刻まれていた口説き文句を目にしただろう。
 彼は声と同じく特徴的な足音をしていると思ったのだけれど、さっきは声をかけられるまで近づいてきていたことに全く気付かなかった。たぶんリリア先輩による訓練のたまものなのだと思う。
 ちょっと聞かせてもらった程度だが、幼少の頃から彼はなかなかにハードなサバイバル経験をさせられたらしいので。隠密行動も必要に迫られて身に付けざるをえなかったんだろう。
 真面目なセベクが部活をサボる可能性はまず考えられない。元から休みだったのか、はたまた急遽中止になったのか。どっちにしろ本日は乗馬部はないのだろう。だから、きっと私を探しに来たのだと彼がここにやってきた理由を推測する。
 私としても恋人が会いに来てくれて嬉しいのだけれど、今だけは素直に喜びきれない。手の中のそれを折りたたんで封筒にしまう。

「ノート貸したら返された時に挟んであったんだよね」
「どんどん手口が回りくどくなってないか」
「正面から来る人はきっぱり受け取り拒否してたからなあ……」

 苦笑いと共に顔を上げる。案の定、セベクはいつも以上に眉間に皺を寄せてしかめっ面をしていた。こんな顔させたくないから隠してたんだけどな。
 私が彼に隠したかったもの、それは他の男子から渡されたラブレターである。
 セベクとの交際はわざわざ隠しているわけではない。ただ伝えているのは親しい友人や付き合いの深い先輩ぐらいで、セベクも吹聴するタイプじゃなかった。
 だから私に恋人がいると知らずに、たまにアタックしてくる人がいるわけだ。
 大抵は学園唯一の女子を彼女にしたいというステータス目的だが、ガチの人もそれなりにいる。対応の丁寧さに差はあれど、どっちにしても毎回「恋人がいるから」と言って断っているが、一向に減る気配はない。
 普通、恋人がいるって広まりそうなものだけど、体はプライドでできているNRC生のことだ。フられたことをバレないようにそもそも告白したことも隠してるんだろう。あとは何も知らずに他のヤツも同じくフラれちまえ!って悪意も八割ぐらいあるね、きっと。

「あまりこのような人気のない場所で過ごすのはやめておけ。その手紙の送り主みたくお前を狙う不埒な輩は少なくないんだぞ」
「そうだね。ごめん、セベク。心配してくれてありがとう。自分で言うのもなんだけど、セベクと付き合ってから私、可愛くなったからなあ」
「何を言っている。その前からお前は愛らしいだろう」

 恋は女を綺麗にする、というよく聞く噂は本当だったらしい。セベクを好きになってから肌が綺麗になったし、体型も良い意味で丸みを帯びてきたな、と。これは科学的にも証明されているのだとルーク先輩から教えてもらった。
 恋人になってからはセベクと両思いだと知り、自信が付いたことが影響しているのだろう。この世界の男性陣、前向きだったり気の強い子好きだからな。明らかにモテるようになった。
 そんなわけで自信が付いたはずなんだけど、とはいえ好きな人からドストレートに投げられた褒め言葉に無言で照れてしまう。これに関しては、流すか、からかわれるか、そんな普通の男子高校生の反応をセベクに求めた自分が悪い。
 言った本人的には思ったことを口にしただけなんだろう。いきなり赤面しだした私を不思議そうな顔をしていた。

「ところで、その手紙はどうやって断るつもりなんだ。間違っても二人きりにはなるなよ」
「いつも通りメールで断りたいんだけど連絡先知らないんだよな……私も手紙で返すべきかなあ」
「……手紙は変に期待を持たせると思うぞ」
「それもそっか。でもすごくしっかり書いてくれてるから適当に返すのも心苦しいんだよね」

 口頭でちゃっちゃと答えるのが一番てっとり早い。でもわざわざラブレターを用意してくれるのは大体ガチ勢の人だ。自分もそうだった。
 だから私はラブレターに関しては手間をかけてくれた分もできるだけ真摯に応えようと、渡されたものにはきっちり目を通しているし、きちんと自分の考えをまとめられるメールで返すようにしている。
 セベクはそれにちょっと嫌な顔はするものの、止めるようには言わない。たぶん誠実な彼のことだから、彼が私の立場なら同じ対応を取ると思っているからなんだろう。
 でもやっぱりセベクに不快な思いをさせてるのは事実だしなあ。
 どうしたものか、うんうん悩む私を眺めるセベクがどんな表情をしていたのか。その時の私は気付いていなかった。


「ん、セベク? どうしたの?」

 昼休みの食堂にて、いつも通りエース達とランチセットを食べようとしていた時、セベクに声をかけられた。
 今日はディアソムニアのメンバーが揃わなかったのだろうか。そう思って、いつも彼らが座っている席を見たが、ちゃんとツノ太郎とリリア先輩とシルバー先輩がいるし、セベクが座るだろう席も空いていた。
 ……気のせいかな。リリア先輩、こっち見ながらめちゃくちゃニヨニヨしてるんだけど。
 先輩の生暖かい視線になんとなくいごこちの悪さを感じていれば「これを」と分厚い通り越してパッツンパッツンになった封筒を渡される。よくこれ封蝋できたね。

「お前に貰っていた恋文の返事だ」

 その厚みにまだ友人だった頃、渡されたツノ太郎の素晴らしいところリストを思い出し、懐かしんでいたところセベクが爆弾を落としてきた。
 お昼時の食堂だけあって生徒達が集まってるし、セベクの声はよく通る。おかげで周囲が一気にざわつく。先日、結局デュース経由でアドレスを聞いてお断りしたラブレターの主と目があったがどうしようもない。当事者である私は予想外すぎる彼の行動に完全にフリーズしていたから。

「え、あの、もう言ってもらった……よね?」

 パニックになってついこぼした返事が更に騒ぎを大きくする。やっべと火に油どころかガソリンを注いだことに気付いたが、もはや手遅れだ。
 直接口にする勇気がなかった私はセベクに貸してもらった本にラブレターを挟む形で彼に告白した。最初に好きですと書いて、あとは彼の好きなところや、セベクを見てると私も頑張ろうって気持ちになれるとか、最後に迷惑だったら捨ててほしいと締めて。
 それにセベクはわざわざオンボロ寮まで来てくれて、僕もお前が好きだと返してくれたのだ。だから何故今になって彼がこれを渡してきたのか、全くわからない。

「あの手紙を貰った時、あまりに嬉しくて、いち早く口頭で返してしまったが……僕もお前に恋文をずっと書きためていた。どうしても上手くまとまらず渡しそびれていたが、先日リリア様に相談したところ『いっそ全部渡せばいい』と背中を押してもらったんだ」
「そ、そうなんだ。でもなんで、ここで」
「……僕もわからない。ただ、ここはお前にフラれたにも関わらず、近くをうろつく男が多いだろう。それを見たら、つい」

 セベクに言われて、ふと周囲を見回す。そういえば見覚えのある顔がわりと近くにちらほら。例え忘れていても、視線がぶつかるとサッと顔を逸らすので分かりやすい。
 今まで気付いていなかったけど、こんな状態だったのか。そりゃセベクが一人になるなと注意するのも当然だ。

「僕は」

 静かに納得していたところ、セベクが再び口を開く。まっすぐ私を見る目はいつも以上に熱が籠もっていた。

「お前にそんなつもりがないことは重々承知している。ただ向けられた好意に、真摯に対応しているだけだと。だがどんな形であれ、僕以外の男に対し、お前が心を砕いているのを見ると、ひどく胸がざわつく」

 誰かに文を綴っている時は相手のことしか考えないだろうとセベクが言葉を続ける。確かにセベクへのラブレターを書いている時、ずっと彼のことで頭がいっぱいだったけども。
 その理論で行くとセベクはこの便箋の分、私のことで時間を割いていたことになる。たぶんじゃなく確実にとんでもないこと言ってるんだけど、セベクは私に愛らしいと告げた時のように恥じている様子は全くない。

「ま、最近の監督生すっごいモテモテだもんなー。ヤキモチも妬きたくなるか」
「ということはつまり牽制か! やるなセベク!」
「ちょっと黙っててエーデュース」

 辿り着きかけていた結論を先に言われてしまった。それはともかく表現がよろしくない。
 確実に茶化しているだろうエースと、天然とはいえ現状を煽っているデュースに思わず低い声で叱る。
 そんな風にからかわれてセベクは怒っているだろうと思いきや、彼は口を押さえて顔を赤くしていた。その表情は怒りではなく、驚きと戸惑いが見えて。

「……僕は嫉妬していたのか」

 ものすごい小声で自分に言い聞かせるようにセベクが呟く。さっきの発言を聞くまで気付いていなかった私が言うのもどうかと思うけど、めちゃくちゃわかりやすかったのに気付いてなかったのか。というか照れるポイントそこなのか。
 彼の想いが詰まりに詰まっているだろう手紙を胸に抱く。手紙と言うには厚すぎるそれはセベクの愛情深さを表していて、思わず顔がにやけそうになる。
 私がどう動いたところで、この騒ぎが収められるとは思わないし、しばらく周囲がうるさいだろうけど今更か。
 貴方しか見えてない、私の好きな人はセベクだけ、恋人からのラブレターすごく嬉しいな。色々と返事が浮かぶけれど、もうここは彼を見習ってシンプルに行こう。バカップル扱い?上等だ! きっとこれが一番割り込む隙間がないって思わせられるだろうから。

「私も愛してるよ、セベク!」

 そして私は素直な気持ちを伝えるべく、目の前の恋人に向けて、食堂の端まで聞こえそうなぐらい声を張り上げた。

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