そんな男、僕は絶対に認めない!
私がセベクとよく話すようになったきっかけは、学園長の依頼で式典の準備を共に行ったことだった。同じ一年生だけどもクラスも寮も違うのであまり接点がなかったが、あれからというもの度々話すようになって。
グリムの暴走によるお小言だったり、私の脆弱さに対する追求だったり、彼は言いにくいこともズバズバ口にする。私はあまり気が長くない方なので、言葉だけならムッときただろうし、なんなら「ほっといて!」と逆ギレしてたと思う。
だが彼の場合は暴れるグリムを捕獲してくれるし、私が重い荷物を運んでいたら手伝ってくれる。他にも魔法が使えない事や性差による不都合で困っていたらセベクは何気なく助けてくれるのだ。
たぶん本人はあまり意識していないみたいだけど、おそらく貴族または騎士として弱者は守らなければいけないと精神に根付いているのだろう。
気に掛けてくれているとわかれば、彼が口にしているのは思ったままの感想だから、ただ言い方がストレートすぎるだけなんだなと印象も変わってくる。
「セベク、お腹減ってるならこれ食べる?」
「なんだそれは」
「私が作ったツナマヨパン、腹持ち良いよ」
セベクの人間呼びに慣れた……というより、ツノ太郎ほどハッキリした特徴はないが、おそらくセベクも人外なのだろうと理解し始めた頃。
私との会話中、盛大におなかを鳴らしたセベク。昼休みに食堂で見かけた彼は何皿も平らげていたのが、あれでも足りないのか。どうやらグリムのことを強く言えないぐらい彼も食いしん坊らしい。
ひとまず会話中は持つかなと思い、おやつに作っていたそれを手渡す。嫌いな物やアレルギーがあったら困るので材料を告げれば、問題無かったようでセベクはがぶりとパンに齧り付いた。まさか一度で1/3食べちゃうとは、一口大きいなあ。私とは大違いだ。
「……旨いな」
「セベクの口に合ったのなら良かった」
元はツナ缶ばかりじゃ飽きるかなと思ってグリムの為に作った品だ。ひとまず試しに作ったそれはグリムに好評だったのだけれど、セベクもこんなに喜んでくれるとは。
チーズとかコーン入れたらもっと美味しいんだよね。そう話せばパンと私の顔を見比べるセベク。その表情はまるでこれ以上旨くなるのかと言ってるみたいで。そんな期待に満ちた目を向けられては応えたくもなるというもの。
「また何か作ってこようか?」
「頼む!!!!」
鼓膜が破けるかと思うような声量だったけれど、それだけ楽しみにしてもらえたという事なのだろう。
以来、彼と話す日は時折作ったお菓子を持参するようになった。セベクは好き嫌いが殆ど無いみたいでなんでも食べるけど、ツナマヨパンが特にお気に入りみたいだ。
一度そんなに好きならと思ってレシピを渡そうとしたのだが断られてしまった。混ぜて焼くだけだと言ったものの、料理してるところをリリア様に見つかる訳にはいかないのだと。
今の僕では必ず背後を取られてしまう……そう告げるセベクはまるでこの世の終わりでも見てきたような顔だ。いったい何が……。気にはなっても好奇心で死ぬ猫にはなりたくない、それ以上首を突っ込むのは止めておいた。
◇
「あ」
「どうしたの、セベク……あ、落としちゃったのか」
今日のおやつは芋餅である。本当は焼きたてが一番美味しいから迷ったのだけれど、これはとにかく腹持ちがいいのだ。まあ炭水化物の塊だからね。
芋餅は彼の腹筋に跳ね飛ばされて地面に落ちたらしい。彼の黄緑のベストにべっとりタレが付いてしまっている。
ひとまずズボンじゃなくて良かった。ブラウスやベストよりは目立たないけど、今からやることを考えるとズボンはだめだ。いくら善意でも痴女扱い待ったなしである。
「汚れ落とすからベスト貸してくれる?」
「お前、洗浄魔法が使えるのか?」
「いや普通にしみ抜きするだけだよ。時間経つと落ちなくなるから、とりあえず応急処置だけ」
不思議そうにしつつもセベクは脱いだベストを渡してくれる。カバンから道具を取り出して、セベクに魔法で水を出してもらい、一枚目のハンカチを濡らす。
そして濡らしたハンカチを裏地の目立たない場所に押し当てる。続けてしみ抜き剤も垂らす。うん、色落ちの心配はなさそうだな。こういう蛍光色の素材ってだいたいアウトなんだけど……そこは魔法の世界ってことなのかな。何にせよ助かる。
裏に乾いた布を当てて、しみ抜き剤を含ませた汚れを濡らしたハンカチでひたすら叩く。丈夫そうな生地なのでつまみも入れれば、殆ど目立たない状態まで落とすことができた。あとは洗濯すれば完全に綺麗になるだろう。
「はい、セベク、おまたせ。寮に戻ったらすぐ洗濯してね」
「……」
「……セベク?」
いっこうにセベクはベストを受け取ろうとしない。何故か呆然と私を眺めるばかりだ。
ようやく受け取ったと思えば、その動きは随分と緩慢で彼らしくない。いったい、どうしたというのだろうか。
「人間、お前はケチャップも落とせるのか?」
「ケチャップ? うーんとミートソースとか色々混ざってたら難しいけど、ただのケチャップなら水溶性だから同じ方法ですぐ落ちるよ」
「なんだと?!」
「ひえ」
いきなりの大声にビビってしまった、不覚。
詳しく話を聞いてみれば、セベクがいつも話している若様の実験着を汚してしまった件について彼は語った。それから、その時アズール先輩から買ったらしい洗剤の事も。
今度は私が唖然とする番だった。色素の塊であるケチャップの汚れが一瞬で無くなったこと、元よりも白い生地になったこと。その二つからして彼が買ったらしい洗剤はむしろ漂白剤の類いだろう、しかも色物に絶対使えないタイプ。
そんなどう考えても実験着ぐらいにしか使えないのに二十回分1500マドルって。サムさんの店で300マドルあったら五十回分買えるよ、このしみ抜きセットですらせいぜい500マドルだぞ!
きっと私がその現場にいたら「この悪徳商人!!」「目を覚ませ!!」と我を忘れてアズール先輩もセベクもひっぱたいていたと思う。今の私はお金が関わると凶暴なので。
でも、もう終わったことだしなあ。騙されたと分かったらセベクがかわいそうだし、なんか色々と大変なことになる気しかしないので黙っておこう。もしかしたら私の世界じゃどうしようもない実験中の薬品とかもスッキリキレイにするかもしれないし……。
これのやり方を教えてくれとせがむセベク。あれ?もしかしてこの世界しみ抜きの概念がない感じなのか。そういえばカリム先輩、運動着が汚れてるのを見て「買い換えないのか?」って聞いてきたけど、そんなまさか。
でもラギー先輩の洗濯の手伝いに駆り出されるし、ラギー先輩が「汚れたなら早く出してくれって言ってるじゃないッスか!」ってレオナ先輩にキレてたし。洗濯の概念はあるんだよな……。
そういや、さっきセベク洗浄魔法って言ってったっけ。あー、そっか。私の場合はグリムがリボンを汚したり、トラブルで制服を汚したりで身に付けざるをえなかったけど、この世界の人からすればだいたい魔法でどうにかなるから使わない方法を知らない人が多いのか。
一通り納得したところでセベクにしみ抜きの方法をレクチャーする。やり方から注意点、ちょっとしたコツ。セベクは真剣に耳を傾けてくれるから教え甲斐がある、しっかり話を聞いてくれる人ってポイント高いよなあ。
「使いかけで良かったらそれあげるよ。家に予備あるし」
「いいのか?」
「セベクにはいつも色々助けてもらってるからね」
私に礼の言葉を告げた彼は「これでもっと若様のお役に立てる!」と張り切っていた。その姿に私はつい笑みを浮かべる。
彼の優しさに触れた私はセベクと友達になりたいと思った、これは嘘じゃない。だから友達になれて嬉しい。
まっすぐで向上心に溢れる彼は見ていて気持ちがいい。頑張っている姿は純粋に応援したいと思う。なのに若様について一生懸命語る彼に好きだなとも思ってしまう。潔く認めよう、私はセベクに恋してる。
ただ伝える気はないのだ。若様の背を追う彼にとって恋など不要なものだろう、きっと重荷でしかない。だったらこれからも一人の友達として彼を支えたい。非力で魔法も使えない私だけど、どうかそう願うことぐらいは許してほしい。
◇
「人の子はセベクが好きなのか?」
鮮やかな橙色のアイスキャンディーを片手にツノ太郎は首を傾げる。ツノ太郎が持っているだけで、原価10マドル以下のアイスが最高級品に見えるのだから不思議。
いつものように夜更けにオンボロ寮の周りをうろついていたツノ太郎へ、これから面倒くさい話をするお詫びといって渡したアイスキャンディー。といってもサムさんのお店で特価になっていたオレンジジュースを凍らせただけの品だ。
氷菓が好きらしいからぴったりかなと思ったけど、いかにも高貴な身分っぽいしこんな安物食べたくないか。そう考えたものの、ツノ太郎は意外にも嬉しそうに受け取った。
なんでも外で同じおやつを一緒に食べるのが友達っぽくてツノ太郎に刺さったらしい。そもそも私たち友達でしょ?と言ったら更にニコニコしだした。どうしたんだろ。
上機嫌な彼に促されるまま、たまりに溜まったセベクへの気持ちを吐き出す。それをツノ太郎はアイスキャンディーを食べ進めながら聞いてくれていた。
もし彼がセベクについて知らなかったらという心配は不要だったみたいだ。ツノ太郎偉そうだから、寮長で妖精族の次期王様らしい若様と関わりありそうだし、その流れでセベクのことも知ってそうだなと思ってたけど、この様子なら私が想像した以上に親しいのかもしれない。
それにしても私と同じようにしゃくしゃく囓ってるはずのに、ツノ太郎が食べてる姿は何だかすごく上品だ。これが上流階級と一般市民の差か……なんて思いつつ、彼の質問に頷く。
「つまり僕が二人の恋の架け橋になればいいんだな」
「待って待って待って! 違う! 違うから!」
僕も妖精族だから任せてほしいと突然張り切りだしたツノ太郎を全力で止める。よくわからないが、たぶん妖精族の間では恋の手助けをするのは常識みたいな所があるのは何となく把握した。ラギー先輩から獣人達の間にもそんな文化があるとは聞いてたからだ。
「恋人になりたいわけじゃないの。ただ一人で抱え込むのが辛くなってきたから聞いてほしかっただけ」
「何故だ?」
「セベクにとって一番大事なものは若様だから。彼に追いつこうと頑張ってるのに恋なんて邪魔なだけでしょ。フられるにしたって負担をかけるだけだしね」
私の気持ちを一蹴してそのまま忘れてくれるなら良い。でもきっとセベクは懸命に悩んで選ばなかった後も抱え込んでくれるだろう。何度も言うが、私は決して彼に迷惑をかけたいわけじゃないのだ。
せいいっぱいの私の主張はツノ太郎としては理解しがたいものらしい。きょとんとした顔、なんならハテナマークの幻覚まで見える。
「セベクはお前のことを気に入ってるが。他の者とは違って嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で、ぼ……マレウス・ドラコニアの話をひたすら聞いてくれると」
「そう、なんだ……。あのね、ツノ太郎。私はセベクが若様の事を楽しそうに話す姿が好きなんだ。だからそれが叶うように、私はこれからもセベクの友達でいたいんだ」
根本的に価値観が違うのだろう。やっぱりわからないみたいで、唇に手を当ててツノ太郎は何か考えている。ただもう時間が時間だ、アイスも食べ終わってしまったことだし、そろそろお開きになるだろう。
ツノ太郎からアイスの棒を回収する。使用している型が使い捨てじゃなく洗って再利用するタイプだからだ。結構喜んでもらえたし、またジュースの大安売りをしてた時には作るとしよう。セベクがもしオンボロ寮に立ち寄ることがあったら彼に振る舞ってもいいかもしれない。
そのまま普段通りいつの間にか姿を消すのかと思いきや、ツノ太郎はまだ私の前に立っている。
「人の子、確かにお前の言うとおり、ぼ……マレウス・ドラコニアがセベクにとっての一番だろう」
「うん」
「だがセベクはお前が思っているよりも貪欲な男だ」
そう言ってツノ太郎は唇に弧を描く。僕に任せておけ、と一言を残して。いや待ってという私の訴えも聞かずに、ツノ太郎は瞬きの間に消えた。そして私一人がその場に残される。
ツノ太郎、人の話聞いてた?もう妖精族の考えわかんない。まあツノ太郎、わりと天然っぽいからそのせいで理解できないだけのような気もするけど。
ただもう過ぎてしまったことはしょうがない。いつまでも立ち尽くしてるわけにもいかず、私は諦めてベッドへと戻っていった。
◇
「人間、お前には懸想する男がいるというのは本当か?!」
セベクの発言に私の手からマスカット味のアイスキャンディーが滑り落ちた。突然の大音量に驚いたのが半分、そして彼の質問内容にうろたえたのがもう半分だ。
ツノ太郎の不穏な宣言から数日、今日の私はディアソムニアの談話室にお呼ばれしていた。学園ではなくここで話す時はセベクが思いっきり若様自慢をしたい時だ。だから聞き役に徹するつもりだったのだけど。
なんだかセベクは思い悩んでいる様子でいつものマシンガン若様トークはまったく奮わず、殆ど会話がないまま彼から借りた本を返して、美味しい紅茶をいただくだけになってしまった。そうこうしてる間に帰る時間になって。
そしてセベクがオンボロ寮まで送ってくれたのだが、そういえばそろそろアイスが良い感じになっている事を思い出した私は彼を門の前で引き留めて。ここなら談話室と違って、滅多に人が来ない。だから話しにくい事も口にしやすいかなと。
渡したアイスが溶け出した頃、意を決した様子でセベクが叫んだのがさっきのセリフである。
「その話、誰から聞いたの。セベク」
「わ……つ、つつつつ、つッ、つのっ」
「ツノ太郎だね。わかった」
「そのふざ、ッうぐ……いや、なんでもない……」
聞くまでもなく容疑者は一人しかいないのだけど。それよりツノ太郎の事を言おうとしたセベクがやたら挙動不審なのはどうしてだろう。もしかして自分の事を告げないようにツノ太郎から口止め食らってるけど、正直なセベクのことだから隠さなきゃいけない板挟みが辛かったのかな。
「それよりお前が想いを寄せているのはどんな男だ」
「ツノ太郎から聞いてないの?」
「……わ、つ、ツノタロウサマからはお前に好いた男がいるとしか教えられてない」
場合によっては協力してやらんでもない、とセベクが続ける。
その言葉に私は勝手に傷ついていた。セベクにしてみれば友に対して親切心から申し出てくれているというのに、私はなんて酷い奴なのか。
……それでも彼からは、セベクからだけは言われたくなかったなあ。
「いらない」
「どうしてだ」
「叶える気なんてないの。彼には恋ではないけれど命も惜しくないほど大事な方が他にいる、彼はその人に追いつこうと必死で頑張ってるんだ。だから私からの想いなんて彼の道の邪魔になるだけだよ」
私は今ちゃんと笑えてるだろうか。いや無理だろうな、私そんなに器用じゃない。きっとぎこちない顔をしていることだろう。
元より叶えるつもりなんてなかった。そのくせ、よりにもよってセベクから切り出されたことに、私は自分でも思っていた以上にショックを受けていたらしい。気付けばツノ太郎にすら言えなかった事まで口にしていた。
「他の人と違って私は弱いし、魔法も使えない。だからきっと彼は私のことを守ってくれようとする。でもそんなのだめだよ、彼にはもう守るべき人がいるんだから」
だからほっといて。そう切り上げて、私は落としたアイスキャンディーを拾おうとした。けれどセベクに手首を掴まれたことで遮られてしまう。
地面に向けたままの視線に二本のアイスキャンディーだったものが映る。それから彼のブラウスの袖口が黄緑に染まってるのも、早く洗濯しないと汚れ落ちなくなるのにな。
「だめだ」
ぐいと顎を持ち上げられる。こんな情けない表情を見られたくないのに、彼の力は再び俯くことを許してくれない。鳶色をした蛇の瞳が私を睨め付けていた。
「だめだ、だめだ、だめだ! そんな男、僕は絶対に認めない!」
何を言われているのかわからず、ぽかんとしてしまう。なんで私、好きな人本人に好きな人を否定されてるんだ。最初こそ呆気にとられていたが、だんだん腹が立ってきた。誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。
「セベクにそんなこと言われる筋合いはないよ! 私の好きな人をばかにしないで!」
「うるさいぞ!」
セベクの声の方がうるさい。けど私以上に必死な様子の彼に、喉まで迫り上がっていた文句が胃の中へ落ちていく。
なんて顔をしてるんだ。掴まれていない方の手を彼の顔に伸ばそうとしたが、届く前にそちらも捕らえられてしまった。
「僕にもその男のように命にも代えがたい方がいる。だが、それをお前を選ばない理由にするのは許せない。敬愛するお方と愛した女、どちらも守れぬ者にお前は渡せない」
手首を握る彼の手に力が込められる。セベク自分が馬鹿力で、私が非力な人間なの忘れてない? 何にせよ、きっとしばらく痣になってしまうだろう。
「僕にとって一番は若様だ、けれど僕はお前を諦めたりしない。お前を愛してる。若様もお前もこの命にかけて守り抜くと誓おう」
でもそんな痛みも取り乱した私にはこれが現実だと伝える存在でしかない。彼の冷たい掌が私の上がっていく体温にぬるくなる、全身の血が沸騰したかのように熱い。
引き寄せられた私の体は簡単にセベクの腕の中に収まってしまった。耳が彼の胸元に宛がわれる、そこから聞こえる心音は彼の声みたく大きくうなり立てていた。
おずおず見上げれば、切羽詰まった表情のセベクがそこにあった。真っ赤になった私が見えているだろうに彼の顔は変わらない。ここまでしておいて彼は気付いてない。
「だから僕にしておけ」
だからこそ抱きしめながら告げられたそれは、いつもの彼からは考えられないほど小さな声の懇願だったのだろう。
もうどうしろっていうの。たぶんオーバーヒートした私の頭から煙が上がり続けている。とりあえずツノ太郎、ありがとう、でも約束破ったのは絶対許さない。
耐えきれなくなった私が白状しようとするまであと数十秒、だがその前に唇を奪われるまであと——
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